たまには、百匹目の猿ネタをひとつ。といっても、「猿が念力でモノを動かす」と思い込んだ[誤認1]元ネタは2年前と古い。それに蹴りを入れたブログ記事が、元ネタを今年のものだと思い込んでいた[誤認2]というお話(2005年12月29日付けの「としぼうの雑記帳(msn版)「オノヨーコのクリスマスメッセージ」via 2005年12月31日付けの幻影随想「オノ・ヨーコからのクリスマスメッセージ」)
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2005年12月31日
2005年12月30日
5年前のDembskiセンター長解任、そこは南部バプテスト連盟系の大学
前のエントリで紹介した、「インテリジェントデザイン:科学でもなければ、神学でもない(Intelligent Design: Neither Science Nor Theology)」という科目を開講するカンザス州にあるオタワ大学は、米国バプティスト同盟(wiki,公式サイト)がアフィリエートする大学。
この米国バプティスト同盟(American Baptist Churches USA)は、1814年に設立されたTriennial Conventionが1841年頃に奴隷制度をめぐって分裂したときの本流側。分裂して出て行ったのが、南部バプテスト連盟(Southern Baptist Convention)(wiki,wiki JA)で、こっちの方が根本主義傾向が強いらしい。
ところが、この南部バプテスト連盟系のBaylor大学でインテリジェントデザイン騒動が起きている。wikiの記述によれば次のような経緯:
ことの起こりは1995年に、「神学部と理学部の間で学生の質問をたらいまわしにしない」という目標をかかげたRobert Sloanが学長に就任し、1997年にthe Baylor Institute for Faith and Learning (ベイラー信仰学習研究所)をつくったこと。そして、1999年10月に、かのDr. William A. Dembski准教授をセンター長とするインテリジェントデザインを研究するMichael Polanyi Centerを新設。
そして、このMichael Polanyi Centerは、インテリジェントデザインの本山たるDiscovery InstituteおよびJohn Templeton Foundationの後援を受けて"Nature to Nurture"というイベントを2000年4月12〜15日に開催する。
これに対して、学部教授会は2000年4月18日に27対2でMichael Polanyi Centerの廃止を議決するが、Robert Sloan学長はこれを拒否。妥協案として独立委員会を設置。この独立委員会は2000年10月18日に報告書(Baylorのリリース)を出し、これに基づき、Michael Polanyi CenterはProgram in Science, Philosophy and Religionと改称された。Dr. William A Dembskiはセンター長職を解任された。准教授職は維持され2005年6月まで在籍したものの、講義をすることはなかった。
南部バプテスト連盟系ということで、インテリジェントデザインの研究センターを作ったものの、続けられなかったというお話。ただし、神学的にインテリジェントデザインと齟齬をきたしたわけではなく、あくまもで科学の問題。
この米国バプティスト同盟(American Baptist Churches USA)は、1814年に設立されたTriennial Conventionが1841年頃に奴隷制度をめぐって分裂したときの本流側。分裂して出て行ったのが、南部バプテスト連盟(Southern Baptist Convention)(wiki,wiki JA)で、こっちの方が根本主義傾向が強いらしい。
ところが、この南部バプテスト連盟系のBaylor大学でインテリジェントデザイン騒動が起きている。wikiの記述によれば次のような経緯:
ことの起こりは1995年に、「神学部と理学部の間で学生の質問をたらいまわしにしない」という目標をかかげたRobert Sloanが学長に就任し、1997年にthe Baylor Institute for Faith and Learning (ベイラー信仰学習研究所)をつくったこと。そして、1999年10月に、かのDr. William A. Dembski准教授をセンター長とするインテリジェントデザインを研究するMichael Polanyi Centerを新設。
そして、このMichael Polanyi Centerは、インテリジェントデザインの本山たるDiscovery InstituteおよびJohn Templeton Foundationの後援を受けて"Nature to Nurture"というイベントを2000年4月12〜15日に開催する。
これに対して、学部教授会は2000年4月18日に27対2でMichael Polanyi Centerの廃止を議決するが、Robert Sloan学長はこれを拒否。妥協案として独立委員会を設置。この独立委員会は2000年10月18日に報告書(Baylorのリリース)を出し、これに基づき、Michael Polanyi CenterはProgram in Science, Philosophy and Religionと改称された。Dr. William A Dembskiはセンター長職を解任された。准教授職は維持され2005年6月まで在籍したものの、講義をすることはなかった。
南部バプテスト連盟系ということで、インテリジェントデザインの研究センターを作ったものの、続けられなかったというお話。ただし、神学的にインテリジェントデザインと齟齬をきたしたわけではなく、あくまもで科学の問題。
2005年12月28日
「科学でも宗教でもないID」という講義をカンザス・オタワ大が開講
2005年12月2日にカンザス大学が創造論とインテリジェント・デザインをデバンク[正体を暴露]する科目の開講を断念した。キリスト教保守が強いカンザスだなあ...と思っていたら、同じカンザス州にある米国バプテスト同盟のオタワ大学が「インテリジェント・デザイン:科学でもなければ、神学でもない」を開講。
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2005年12月27日
カンザスのID理論をめぐる論争の中で、普通の人々は
インテリジェントデザインをめぐる戦いの中にいる、普通の人々を報道した記事を見つけたので、紹介したいと思う。
ひとりは、カンザスの高校で生物を教える反進化論なスタン・カーター先生。もうひとりは、カンザスの教育委員会で、進化論を疑問視するScience Standardが可決されたときに、反対の票を投じたJanet Waugh教育委員。
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ひとりは、カンザスの高校で生物を教える反進化論なスタン・カーター先生。もうひとりは、カンザスの教育委員会で、進化論を疑問視するScience Standardが可決されたときに、反対の票を投じたJanet Waugh教育委員。
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2005年12月26日
"Faked Cloned Stem Cell"を喜ぶジャンクマン・ミロイとシンガー翁
"Faked Cloned Stem Cell"で、Science誌の論文撤回になりそうな今日この頃。Stem Cellには関心のなさげなジャンクマン・ミロイとDr. S. Fred Singer翁だが、Science誌の"捏造論文"撤回にはとても興味ありげ。
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2005年12月25日
ユタでインテリジェントデザインを推す州上院議員
モルモン教の本拠地ユタ州で、インテリジェントデザインを推すChris Buttars州上院議員63歳。同じ共和党の知事からも、教育委員会からも、モルモン教の大学からも支持されなくても、進化論への反対に邁進する....
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2005年12月24日
創造科学からインテリジェントデザインへ(復習)
共和党の反科学な政策を追求する"The Republican War on Science"(Amazon)の著者Crhis Mooneyはインテリジェントデザインを"Creation Science Version 2.0"と呼ぶ(Chris Mooney; August 9, 2004
)。このVersion upをふりかえってみよう。
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)。このVersion upをふりかえってみよう。
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2005年12月23日
ID理論&創造論サイドはインテリジェントデザインを教育することを禁止する判決に対して...
2005年12月20日のPennsylvaniaの学校で、進化論の代替理論としてインテリジェントデザインを教えることを禁じる判決に対して、
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- 若い地球の創造論サイドは淡々と伝え、
- インテリジェントデザインの本山たるDiscovery Instituteは反論し
- カンザスのインテリジェントデザインネットワークは、創造論を信じる人々に訴えかけた
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2005年12月22日
2005年12月21日
2005年12月20日
ID理論を批判する科目を開講しようとしたPaul Mirecki准教授、殴られる...
カンザス大学宗教学科がインテリジェントデザインを批判する選択科目を開講しようとして2005年12月1日に挫折した後、事態は違った方向に展開を始めた。カンザス州ローレンスにある地方紙Lawrence Journal-Worldの記事で経過を追ってみる。
なお、ML"Yahoo KUSOMA-discuss"にPaul Mirecki准教授が投稿したemailの一部が、ここにある。
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なお、ML"Yahoo KUSOMA-discuss"にPaul Mirecki准教授が投稿したemailの一部が、ここにある。
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2005年12月19日
2005年12月18日
Dembskiの"Argument from ignorance"論理を衝くRichard Wein(2)
前のエントリに引き続き、Richard WeinからのDembskiへの砲撃を見ていく。
インテリジェント・デザインも疑似科学の習慣として、あやしい専門用語を定義する。Richard Weinがここで衝くのは"原因適合性(causal adequacy)"
その意味するところは、Richard Wein曰く「十分な説明」。で、その仰々しい用語をあてるDembskiが語るところは...
これに対するRichard Weinのツッコミは
とても疑似科学らしい。と同時に、「経験的にインテリジェント・デザイナーを検出する」という、インテリジェント・デザインの背後に隠れているキリスト教福音派
(wiki 福音派,wiki キリスト教根本主義と称される人々のニーズに応えたもののようでもある。
そして、Richard Weinは結論する。
これまでも、えんえんと見てきたとおり、インテリジェント・デザイン"理論"とは、「進化論は間違っている(詳細に継ぎ目なく検証可能に説明されていないから = Argument from ignorance)」+「"God of the gaps"論(科学で解明できないことは神様のせい)」。
Richard WeinのThe Designer-of-the-Gaps Revisitedの後半を読む
インテリジェント・デザインも疑似科学の習慣として、あやしい専門用語を定義する。Richard Weinがここで衝くのは"原因適合性(causal adequacy)"
"No Free Lunch"でDembskiは、原因指定(causal specificity)と呼ぶ概念を主張した。新たに役立たない専門用語を発明をさけようともせず、Dembskiは今度は原因指定を原因適合性(causal adequacy)で置き換える。
その意味するところは、Richard Wein曰く「十分な説明」。で、その仰々しい用語をあてるDembskiが語るところは...
But what about intelligence? Intelligence is well known to produce irreducibly complex systems (e.g., humans regularly produce machines that exhibit irreducible complexity). Intelligence is thus known to be causally adequate to bring about irreducible complexity. The argument from irreducible complexity's explanatory point, therefore, is that on the basis of causal adequacy, intelligent design is a better scientific explanation than the Darwinian mechanism for the irreducible complexity of biochemical systems.
しかし、インテリジェンスはどうだろうか?インテリジェンスは還元不可能な複雑さを持つシステムを創れることが広く知られている(人間はふつうに還元不可能な複雑さを示す機械を作れる)。インテリジェンスは従って、還元不可能な複雑さを原因適合的に明らかにできることが知られている。還元不可能な複雑さの説明ポイントからの論は、従って、原因適合性に基づいており、インテリジェント・デザインがダーウィン進化メカニズムよりも生化学システムの還元不可能な複雑さについてい科学的説明ができる。
これに対するRichard Weinのツッコミは
Dembskiは、「人間がふつうに還元不可能な複雑さを示す機械を作れる」という主張に基づいて、インテリジェント・デザインが還元不可能な複雑さを持つシステムを原因適合的に説明できることが知られていると論を進める。議論の都合上、人間が真にDembskiの用語の意味での還元不可能な複雑さを示す機械を作れるとしよう(彼は何の例も挙げていないが)。それは、我々が観察する還元不可能な複雑さを持つ生物システムをインテリジェント・デザイナーが創れるということにはならない。Dembskiは生物システムをデザインするポジションにいたいかなるデザイナーの才能の証拠も提示しない。彼はそのようなデザイナーが存在したという証拠すら提示しない。従って、Demskiは彼の説明の原因適合性を証明できていない。
とても疑似科学らしい。と同時に、「経験的にインテリジェント・デザイナーを検出する」という、インテリジェント・デザインの背後に隠れているキリスト教福音派
(wiki 福音派,wiki キリスト教根本主義と称される人々のニーズに応えたもののようでもある。
そして、Richard Weinは結論する。
- インテリジェント・デザインについての論は、デザイナーの存在するという証拠を出さずに、特定の生物構造の自然の進化を排除しようとする
- 彼らの議論は、進化生物学者が実際に提起する進化理論ではなく、既存構造のCo-optionという最も基本的な要素のひとつを無視した、単純化した理論のパロティを攻撃するもの
- インテリジェント・デザイナー擁護は"God of the gaps"論に頼らざるを得ない。
これまでも、えんえんと見てきたとおり、インテリジェント・デザイン"理論"とは、「進化論は間違っている(詳細に継ぎ目なく検証可能に説明されていないから = Argument from ignorance)」+「"God of the gaps"論(科学で解明できないことは神様のせい)」。
Richard WeinのThe Designer-of-the-Gaps Revisitedの後半を読む
2005年12月17日
Dembskiの"Argument from ignorance"論理を衝くRichard Wein(1)
インテリジェント・デザイン(ID理論)支持者と創造論者から科学を守る記事集サイトであるTALKREASON.ORGなどで、主としてインテリジェント・デザインの数学担当Dr. William A. Denskiと戦うRichard Wein
Richard Weinからの砲撃:
Dr. William A. Dembskiからの砲撃:
Richard Weinは"God of the gaps"論と同系統の言葉"Argument from Ignorance"で、Dembskiを斬る。この"Argument from Ignorance"とは、SkepDic日本語版によれば
というもの。
Richard Weinによれば、次のようにDembskiは"Argument from ignorance"を展開し続けている("Dembski: Irreducible Complexity Revisited")。
間接的な経路があるよ
一気にではなく、段階的にくっつていけるよ
進化論が完全で詳細な説明ができない限り、インテリジェントデザインは正しいという主張を繰り返す。"God of the gasp"論は決して敗北しないというわけ。
まさに、疑似科学の定型パターン通りだ。
Richard WeinのThe Designer-of-the-Gaps Revisitedの前半を読む
Richard Weinからの砲撃:
- Richard Wein: Wrongly Inferred Design, 2000/11/16.
- Richard Wein: Not a Free Lunch But a Box of Chocolates -- A critique of William Dembski's book No Free Lunch -- , 2002/04/23.
- Richard Wein: Response? What Response? --How Dembski has avoided addressing my arguments --, 2002/05/27.
- Richard Wein: The Designer-of-the-Gaps Revisited --- A critique of William Dembski's article "Irreducible Complexity Revisited" --- ,2004/02/12.
Dr. William A. Dembskiからの砲撃:
- William Dembski: OBSESSIVELY CRITICIZED BUT SCARCELY REFUTED: A RESPONSE TO RICHARD WEIN,2002/05/09
- William Dembski:
THE FANTASY LIFE OF RICHARD WEIN: A RESPONSE TO A RESPONSE, 2002/06/07
Richard Weinは"God of the gaps"論と同系統の言葉"Argument from Ignorance"で、Dembskiを斬る。この"Argument from Ignorance"とは、SkepDic日本語版によれば
無知に訴える議論は、論理的に不適切な誤りのひとつである。無知に訴える議論は、これは間違いだと証明されていないから正しい、とか、これは正しいと証明されていないから間違いだ、などと言い出すことである。ある意見の真偽は、それを裏付けたり論破したりする証拠にもとづくのであって、意見の逆を裏付けたり論破したりする証拠がないことでは決定できない。
というもの。
Richard Weinによれば、次のようにDembskiは"Argument from ignorance"を展開し続けている("Dembski: Irreducible Complexity Revisited")。
- バクテリアの鞭毛のように還元不可能な複雑さを持つシステムは"直接的なダーウィン進化の経路"では進化しない
間接的な経路があるよ
- それ自体の機能をサブシステムが持っていることが見つかったり、特定されただけでは、このシステムへの間接的なダーウィン進化の経路の証拠にはならない。サブシステムがいかに小進化を経て還元不可能な複雑さを持つシステムへ段階的に変形していったかを詳細かつ検証可能な形での継ぎ目のないダーウィン進化論の説明が必要なのだ。そのような説明は不可能だし、今後も可能にはならない。
一気にではなく、段階的にくっつていけるよ
- Co-optionが、もっと緩やかに段階的に進んでいたらどうだろうか?バクテリアの鞭毛の進化で、自然淘汰でゆるやかにその構造とともに機能も進化したひとつの進化した構造に既存のタンパク質部品がCo-optしたと考えてみよう。最低でも必要なことは、いかに間接的なダーウィン進化の経路が、いかにバクテリアの鞭毛のような実際に還元不可能な複雑さを持つ生化学マシンを合理的に創ったかを詳細かつ検証可能な再構築あるいはモデルだ。
進化論が完全で詳細な説明ができない限り、インテリジェントデザインは正しいという主張を繰り返す。"God of the gasp"論は決して敗北しないというわけ。
まさに、疑似科学の定型パターン通りだ。
Richard WeinのThe Designer-of-the-Gaps Revisitedの前半を読む
2005年12月16日
ID理論の主導者Phillip Johnsonは進化論は有神論と相容れないと語った
インテリジェントデザインの本山たるDiscovery Instituteのプログラムアドバイザであり、インテリジェントデザインの主導者であるPhillip Johnsonは1993年のCreator or Blind Watchmaker?
(1993)という記事で、キリスト教徒でありながら進化論を認める者たちを批判している。
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(1993)という記事で、キリスト教徒でありながら進化論を認める者たちを批判している。
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2005年12月13日
疑似科学側に立つDr. Michael Behe
前のエントリに引き続きDr. Michael Beheを読む。
インテリジェント・デザインの本山Discovery Instituteの必読にある1998年のDr. Michael Beheのドキュメントでは、デザイン(Design)を連呼して、思いを語っている...
Michael J. Behe: "Molecular Machines: Experimental Support for the Design Inference", 1998. (Discovery Institute)
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インテリジェント・デザインの本山Discovery Instituteの必読にある1998年のDr. Michael Beheのドキュメントでは、デザイン(Design)を連呼して、思いを語っている...
Michael J. Behe: "Molecular Machines: Experimental Support for the Design Inference", 1998. (Discovery Institute)
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2005年12月12日
科学と疑似科学の境界〜ID理論の生化学担当Dr. Michael Behe
インテリジェント・デザインという疑似科学は次の2段階で成り立っている。
インテリジェント・デザインの理論家たちDr. William Dembski, Dr. Michael Behe, Dr. Jonathan Wellsなどの中で、もっとも科学の枠内にとどまっていると思われるのが生化学担当Dr. Michael Beheだ。
とにもかくにも、科学の枠内で査読のある学術誌に論文を出す一方、疑似科学ドキュメントを執筆するDr. Michael Beheの書いたものを見てみよう。続きを読む
- [第1段階] ある現象が自然法則と確率過程で説明できないことの証明して、
- [科学の枠内] 論理やモデルが正しいか間違っているかはともかくも、科学の範囲内での
- [疑似科学] デザインや"指定された複雑さ"(Specified Comlexity(などインテリジェント・デザインの疑似科学による
- [科学の枠内] 論理やモデルが正しいか間違っているかはともかくも、科学の範囲内での
- [第2段階] それはインテリジェント・デザイナーによるデザインである
反証不可能=証明不可能な疑似科学
インテリジェント・デザインの理論家たちDr. William Dembski, Dr. Michael Behe, Dr. Jonathan Wellsなどの中で、もっとも科学の枠内にとどまっていると思われるのが生化学担当Dr. Michael Beheだ。
とにもかくにも、科学の枠内で査読のある学術誌に論文を出す一方、疑似科学ドキュメントを執筆するDr. Michael Beheの書いたものを見てみよう。続きを読む
2005年12月11日
ID理論の数学担当Dembskiを読む(3) 還元不可能な複雑さをめぐって
前々エントリ・前エントリに引き続いて、数学担当Dr. William DembskiのScience and Design (科学とデザイン)(1998年10月1日)を読んでいく。
今回は、還元不可能な複雑さをめぐって。これで読み終わり。
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今回は、還元不可能な複雑さをめぐって。これで読み終わり。
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2005年12月10日
ID理論の数学担当Dembskiを読む(2)神の作品=デザインを検出する
前のエントリに引き続いて、数学担当Dr. William DembskiのScience and Design (科学とデザイン)(1998年10月1日)を読んでいく。
今回は、デザインを検出する"複雑さ-指定(Complexity-Specification)について。
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今回は、デザインを検出する"複雑さ-指定(Complexity-Specification)について。
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2005年12月09日
ID理論の数学担当Dembskiを読む(1)
インテリジェント・デザインの本山Discovery InstituteのCSC(Center for Science and Culture)のページに必読文献なるものが挙げられている。内容は一般向けのつもり(数学のわかる理系でないとわからないネタではなく)のものだ。この中からまずは、数学担当Dr. William DembskiのScience and Design (科学とデザイン)(1998年10月1日)をエントリ何回かで読んでいこうと思う。執筆時期は少し古いが、Dr. Dembskiという人の思いがよくわかる。
人間の倫理の依って立つところ
「科学とデザイン」というこのドキュメントの最後付近にある次の一節がDr. Dembskiの考えをよく表している。そして、インテリジェント・デザインをかかげる人々が、何故、「神様が目的を持って、人間を創造したという事実によって、人間の尊厳が成り立つ」と考えるのかがわかる。
進化の果てに生まれた人間に良心が宿るとDr. Dembskiは信じられない。しかし、氏名不詳の神様によってデザインされた存在なら、Dr. Dembskiは期待できるようだ。インテリジェント・デザイナーが、実験室に小宇宙を創りだしたマッドサイエンティストたるフェッセンデン博士[エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」Amazon]であるやもしれぬという疑念は、この文章からはまったく感じられない。Dr. Dembskiは聖書の記す神を前提としているとしか考えられない。
偶然と必然とデザイン
さて、出だしにもどろう。まず、Dr. Dembskiは、ニュートン力学という決定論的自然法則と、量子力学と言う確率過程が、科学の説明原理となったという。
これは間違ってはいない。しかし、微妙に表現を曲げ始めている。本来は「確率過程」もまた自然法則だ。そう書かないのは、偶然と必然に並べてインテリジェント・デザインを提示するため。
で、このパラグラフで、このドキュメントで語るべきことを言い終わっている。すなわち、「科学にデザインを持ち込む」と。
科学で解明できていないことは、いくらでもあるだろう。すぐに解決することもあれば、延々と時間だけが流れていくこともある。フェルマーの定理なんか決着するまで300年以上かかっている。にもかかわらず、"chance and necessity have proven insufficient to account for all scientific phenomena."と、論拠なく言い切るのがDr. Dembskiである。一般人向けドキュメントで論文形態をとっていないにしても、さらりと言うのはなしだろう。「現在、説明がつかないこと」が「将来にわたって説明がつかない」ことを保証するものではない。
続きは次のエントリで...
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人間の倫理の依って立つところ
「科学とデザイン」というこのドキュメントの最後付近にある次の一節がDr. Dembskiの考えをよく表している。そして、インテリジェント・デザインをかかげる人々が、何故、「神様が目的を持って、人間を創造したという事実によって、人間の尊厳が成り立つ」と考えるのかがわかる。
Design also implies constraints. An object that is designed functions within certain constraints. Transgress those constraints and the object functions poorly or breaks. Moreover, we can discover those constraints empirically by seeing what does and doesn’t work. This simple insight has tremendous implications not just for science but also for ethics. If humans are in fact designed, then we can expect psychosocial constraints to be hardwired into us. Transgress those constraints, and we as well as our society will suffer. There is plenty of empirical evidence to suggest that many of the attitudes and behaviors our society promotes undermine human flourishing. Design promises to reinvigorate that ethical stream running from Aristotle through Aquinas known as natural law.
デザインはまた、制限を意味する。デザインされるものは、指定された制限の範囲内で機能する。その制限を超えれば、それは十分に機能しなくなるか壊れる。さらに、何が働き、何が働かないかを見ることでそれらの制限を経験的に発見できる。この単純な洞察には、科学だけではなく、倫理についてもとても大きな意味がある。人間が実際、デザインされたのであれば、我々の内にハード的に組み込まれた心理的な制限があると期待できる。それの制限を超えれば、我々もまた社会と同様に苦しむことになる。我々の社会が進める態度とふるまいの多くが活躍している人間を徐々にむしばむことを示唆する多くの経験的な証拠がある。デザインは、自然法として知られているアリストテレスからアキナスへと続く倫理の流れを甦らせるだろう。[訳注: トマス・アキナスは13世紀の神学者で、「神学大全」を執筆。アリストテレスの自然哲学で、キリスト教神学を説明した。]
進化の果てに生まれた人間に良心が宿るとDr. Dembskiは信じられない。しかし、氏名不詳の神様によってデザインされた存在なら、Dr. Dembskiは期待できるようだ。インテリジェント・デザイナーが、実験室に小宇宙を創りだしたマッドサイエンティストたるフェッセンデン博士[エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」Amazon]であるやもしれぬという疑念は、この文章からはまったく感じられない。Dr. Dembskiは聖書の記す神を前提としているとしか考えられない。
偶然と必然とデザイン
さて、出だしにもどろう。まず、Dr. Dembskiは、ニュートン力学という決定論的自然法則と、量子力学と言う確率過程が、科学の説明原理となったという。
When the physics of Galileo and Newton displaced the physics of Aristotle, scientists tried to explain the world by discovering its deterministic natural laws. When the quantum physics of Bohr and Heisenberg in turn displaced the physics of Galileo and Newton, scientists realized they needed to supplement their deterministic natural laws by taking into account chance processes in their explanations of our universe. Chance and necessity, to use a phrase made famous by Jacques Monod, thus set the boundaries of scientific explanation.
ガリレオとニュートンの物理学がアリストテレスの物理学を書き換えると、科学者たちはその決定論的な自然法則の発見によって世界について説明しようとした。ボーアとハイゼンベルクの量子物理学がガリレオとニュートンの物理学を次に書き換えると、科学者たちは我々の宇宙の説明に決定論的な自然法則を確率過程で補完しなければならないと認識した。ジャック・モノーの有名な言葉、偶然と必然が科学的説明の境界条件を定めた。
これは間違ってはいない。しかし、微妙に表現を曲げ始めている。本来は「確率過程」もまた自然法則だ。そう書かないのは、偶然と必然に並べてインテリジェント・デザインを提示するため。
Today, however, chance and necessity have proven insufficient to account for all scientific phenomena. Without invoking the rightly discarded teleologies, entelechies, and vitalisms of the past, one can still see that a third mode of explanation is required, namely, intelligent design. Chance, necessity, and design--these three modes of explanation--are needed to explain the full range of scientific phenomena.
しかし、今日、あらゆる科学的現象の原因として偶然と必然では不十分であることが証明されている。過去然るべく捨てられた目的論、エンテレケイアおよび生気論を呼び戻さないなら、第3の説明方法が必要となる。すなわち、インテリジェント・デザインである。偶然と必然とデザイン--これら3つの説明方法--が科学的現象全般を説明するために必要だ。
で、このパラグラフで、このドキュメントで語るべきことを言い終わっている。すなわち、「科学にデザインを持ち込む」と。
科学で解明できていないことは、いくらでもあるだろう。すぐに解決することもあれば、延々と時間だけが流れていくこともある。フェルマーの定理なんか決着するまで300年以上かかっている。にもかかわらず、"chance and necessity have proven insufficient to account for all scientific phenomena."と、論拠なく言い切るのがDr. Dembskiである。一般人向けドキュメントで論文形態をとっていないにしても、さらりと言うのはなしだろう。「現在、説明がつかないこと」が「将来にわたって説明がつかない」ことを保証するものではない。
続きは次のエントリで...
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