2006年05月31日

進化論は唯物論だが、気象学は唯物論ではない by Casey Luskin

自然科学は機械論であり、方法論的自然主義に基づく。進化生物学であろうが、宇宙空間物理であろうが、気象であろうが、宇宙論であろうが違いはない。しかし、インテリジェントデザイン運動が、それは"唯物論"だと批判するのは進化論のみ。宇宙論については"The Privileged Planet"という本1冊だけ。

そこで、進化論が唯物論で無神論だというなら、気象学はどうなんでい!!とNick Matzkeが突っ込みを入れたら、Casey Luskin [現在はインテリジェントデザインの本山たるDiscovery Institute所属で、当時はIDEA CENTER]が自爆方向に反応した。

==>Panda's Thumb: Note to meteorologists: You’re next [by Nick Matzke, 2005/05/16]

Nick Matzkeが注目したのは、Casey Luskinの長々しい反論から:
[Matzke] suggests that if the weather is undirected, then meteorologists should rightly employ the same materialist philosophy Wells criticizes. However, the difference between the weather and evolution is that the processes controlling weather are be observed in the present to be based upon chance and law. The origin of biological organisms took place in the past, where the processes involved cannot be accessed. By assuming that only naturalistic processes were at work in the past, evolutionists make stronger philosophical statements than meteorologists, who can directly observe that naturalistic processes are at work in the present. Given that many unknowns about causes of weather will always exist, for we cannot know what is always happening in the sky, it is possible that God “makes clouds rise from the ends of the earth; [and] sends lightning with the rain” after all! However, given that we observe weather in the present obeying natural laws, scientists are not unjustified in relegating explanations of present weather to the natural realm.

天候が指示されないなら、Wells[訳注: 統一教会信者でDiscovery InstituteのシニアフェローであるJonathan Wells]が批判するように、気象学者は同様に唯物論哲学を採用しているとMatzkeは示唆する。しかしながら、天候と進化との違いは、天候を制御する過程が、偶然と自然法則に基づくものだと現在において観測されていることにある。生命の起源は過去にあり、関係する過程を見ることはできない。現在において自然主義的過程が働くのを観測できる気象学者に対して、過去において自然主義的過程だけが働いたと仮定する進化論者は、より哲学的に強い主張をしている。天候の原因には未知なことが多くあり、我々は常に空で起きていることを知りえないので、結局は、神が「地の果てに雨雲を湧き上がらせ/稲妻を放って雨を降らせ/風を倉から送り出される。」かもしれない[詩篇135編7節]。しかし、現在において自然法則に従っている天候を観測しているので、科学者が天候の説明を自然主義に追いやることは不当ではない。


これに対して、Nick Matzkeは:
To summarize, Luskin says:

  1. Meteorologists observe natural processes operating today
  2. Evolutionists, although they can observe natural processes operating now, can’t observe natural processes operating in the past
  3. Meteorologists actually can’t directly observe all the natural processes operating today in controlling the weather (weather is a chaotic system, highly sensitive to initial micro-conditions that cannot be observed this is the butterfly effect)
  4. So maybe God is miraculously intervening in the weather after all, like the literal reading of the Bible says
  5. But meteorologists are justified in using exclusively natural processes in their work, while evolutionary biologists are being dogmatic philosophical materialists for doing so.


まとめるとLuskinはこう言っている:

  1. 気象学者は、今日働いている自然の過程を観測している
  2. 進化論者は、現在働いている自然の過程を観測できるが、過去に働いていた自然の過程を観測できない
  3. 気象学者は、今日において天候の制御に働いている自然の過程をすべてを直接に観測できるわけではない(天候はカオスな系であり、観測不可能な微視的な初期条件に大きく支配される。これはバタフライ効果)
  4. 従って、結局は、聖書の字義通りのように、神が奇跡のように天候に介入しているかもしれない。
  5. しかし、気象学者は排他的に自然の過程を使っても正当だが、進化生物学者が排他的に自然の過程を使うと、独断的な哲学的唯物論者だ。


It makes perfect sense!
それは、完全に意味をなす!

The only way the IDists can escape the Meteorology Argument is (1) give up on their core claim, or (2) be self-consistent, and state that meteorologists are also nasty, society-undermining secular dogmatists promoting atheism, philosophical materialism, and moral decay under the guise of science. Option #1 doesn’t seem very likely, so I bet we’ll be seeing meteorology warning labels in public schools and on the public airwaves (your local news weatherman is actually promoting atheism over the air!) sooner or later.

インテリジェントデザイン論者が"気象学の論"から逃れる方法は(1) 中心的な主張を引っ込めるか (2) 整合性をとるために、気象学者は不当に、社会を蝕む無神論を広める世俗的独断論者で、哲学的唯物論者で、科学の名の下に倫理を崩壊させると主張するしかいない。選択肢(1)はありそうにもないので、私は、遅かれ早かれ、公立学校と公共放送で気象学が警告ラベル(ローカルニュースの天気予報担当は実際に無神論を放送で広めている)
を貼られるのを見る方に賭ける。
とさらなる突っ込みを入れている。

確かに、Luskinの反論は自爆方向にある。過去の気候は観測できないので、神の介入を排除すると、Luskinは唯物論だ!!と批判しないといけなくなる。"過去"が古生代はもちろんのこと、観測が断片的でしかない1816年頃でも同様だ。ニューイングランドに夏が来なかった1816年(Eighteen Hundred and Froze To Death)の原因を、神の介入を排除して、前年のTambora火山噴火に求めると、Luskinは唯物論だ!!と批判するだろうか。
タグ:id理論
posted by Kumicit at 05/31 02:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | DiscoveryInstitute

2006年05月30日

"聖書と科学は一致する"という死屍累々 (3) アクロバチックな20世紀後半のコンコーディズム

1960年頃までには力尽きた、聖書の記述と科学を一致させる聖書解釈たるコンコーディズム。その後は、本気と言うより遊びのようなものが散見される。その中から、コンコーディズムの歴史をまとめたYoung本人の作品と、アクロバチックな解釈を行ったStokesをご紹介:

創造X日目と記述の関係をゆるめるYoung

コンコーディズムの歴史をまとめたYoungは、自らもコンコーディズムのアイデアを出版している。

==>Davis A. Young: "Creation and the Flood", Grand Rapids, Baker, 1977

もともとコンコーディズムが力尽きてしまったのは、創世記第1章の順序と地質学的な順序を合わせきれなくなったこと。たとえば、太陽が創造される前に、第3日に植物が創造されているなど。

そこで、Young[1977]は、思い切って、創造第1〜6日と現象の関係をゆるめて、次のような形にした:
  • 1日は24時間ではない
  • 創造の6日間が重なっており、必ずしもその日1日に限定されない
  • 最初の光は、ビッグバンのことではない[p.120]
  • 第1日の地球の創造は生物の生存に適しない段階[p.119]
  • "The deep"は大陸形成の前に地球をおおっていた原始の海[p.119]
  • 第3日に水が海洋底に集まり、大陸が出現
  • 太陽と月と星は第4日に創造されたのではない。地球と月と太陽の関係(自転・公転)が現在の状態になり、時刻を計測できるようになったのが第4日[p.129]
  • 鳥類の創造は第6日まで続いた
  • ホニュウ類の創造は第6日よりも前に始まり、第6日に頂点に達した[pp116-117]

さらに、植物より動物が先に創造されたという創世記の順序と、古生物学があわない点については、「将来、植物の起源の研究が進めば、陸上植物がもっと前から存在したこと明らかにするかもしれない」としている[pp.127-128]。

かなり掟破りなコンコーディズムである。しかし、これもまだまだ甘い。

創世記を宇宙の話にするStokes

University of UtahのWilliam Lee Stokesは、Youngなど及びもつかない、創世記の解釈を提示した。

==>William L. Stokes, The Genesis Answer (Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall, 1984).

その基本は

  • 創世記の"日"は、等しい期間でもなければ、時間の刻みでもない
  • 創世記の"日"は、地質学の"時代"でもない。これは地球ではなく宇宙の話である
  • 創世記の"日"は、闇が卓越する期間と光が卓越する期間から構成される
というもの[p.53]。

ということで、創世記1章2節の"earth"は地球ではなく、ユニバーサルな組織化されていない物質のことだとする[p.30]。さらに、新しい星が誕生するような星間雲には水が多く存在していることを論拠として、、創世記1章2節の水も、深宇宙の水だとした[p.32]。

4日目朝までの流れは:

  • 闇と光をつくるために、始めの光はビッグバンではないことにした。第1日の朝は、銀河の光の出現であり、第1日の夕方は原始太陽の光の減少[p.63]。
  • 天の上と下の海は銀河系の2つの渦状腕のことであり、この渦状腕の出現が第2日の朝[p.78]で、ブラックホールの出現が第2日の夕方[p.82]。
  • 創世第3日は、太陽系の形成、特に固体惑星の形成を指す[p.85]。新たに生まれた惑星は塵や雲に取り囲まれた状態にある。で、もって第3日の夕方は、なんと、渦状腕と渦状腕の間の暗い領域を太陽系が通過している期間[p.97]。
  • そして、第4日の朝は、太陽系の塵が太陽放射と太陽風で片付けられて、太陽が見えるようになったことに対応させる。


ちょっと普通には思いつかない、朝と夕方の連続である。ここまで来たら何でもありか...

ちなみに、このDr. William Lee Stokesは地質屋さんであり、創造論者の「中期カンブリアの人間の足跡化石」をぶん殴ったりしている。

==> Stokes, William Lee, 1986. Alleged human footprint from Middle Cambrian strata, Milliard County, Utah. Journal of Geological Education 34: 187-190.
posted by Kumicit at 05/30 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Creationism

2006年05月29日

宇宙版IDについてのメモ


wiki:Fine-Tuned Universeによれば、次のような項目を挙げて、人類生存のために宇宙が微調整(ファインチューニング)されており、それを証拠として宇宙はデザインされと主張するのが、ファインチューニング論である:

  • 強い相互作用が2%弱ければ陽子が2個以上の原子が維持できなくて、宇宙には水素原子しか存在しない。1%強ければ、水素原子はほとんど存在せず、鉄原子より重い原子もほとんど存在しない。
  • 弱い相互作用がわずかに強ければ、中性子はもっと速く崩壊し、ビッグバンではヘリウム原子はほとんど生成されない。弱い相互作用がわずかに弱ければ、ビッグバンで水素原子はの大半が燃え尽くす。
  • 電磁場の結合定数が違えば、原子や分子は大きく異なる。
  • 電子と陽子の質量比が違えば、電子の軌道特性も大きく異なる。
  • 宇宙にはバリオン1個あたり10億個のフォトンがある。これよりエントロピーレベルが高ければ、銀河系は形成されない。低ければ、銀河系は分裂できず恒星を形成できない。
  • 重力は電磁力よりも10^40倍も弱い。電子と陽子の数の比が1/10^37よりも違っていれば、重力よりも電磁力が卓越し、恒星や銀河や惑星は形成されない。


[1] Robin Collins:"God, Design, and Fine-Tuning"
[2] Walter L. Bradley: Is There Scientific Evidence for the Existence of God?
[3] John Leslie: The Prerequisites of Life in Our Universe
[4] Robin Collins: Evidence for Fine-Tuning
[5] Taeil Albert Bai: The Universe Fine-Tuned for Life
[6]Stephen C. Meyer:The Return of the God Hypothesis

ファインチューニング論の支持者たちはこれらを証拠として挙げる。しかし、確率がありえないくらい小さいことだけを根拠とする"God of the gaps"論であるため、宇宙がデザインされたということを証明するものではない。


2つのファインチューニング論

TalkOrigins.orgにはインテリジェントデザインによるファインチューニング論への批判が載っている。

古い地球の創造論の主張は:
The cosmos is fine-tuned to permit human life. If any of several fundamental constants were only slightly different, life would be impossible. (This claim is also known as the weak anthropic principle.)

宇宙は人間が生きていけるようにファインチューニングされている。基本的な物理定数のどれかひとつが、わずかに違っているだけで、生物は存在し得ない。(この主張は"弱い人間原理"として知られる)

Ross, Hugh. 1994. Astronomical evidences for a personal, transcendent God. In: The Creation Hypothesis, J. P. Moreland, ed., Downers Grove, IL: InterVarsity Press, pp. 141-172.
反進化論における"古い地球の創造論"の立場である「生物は自然には大進化せず、神の介入を必要とする」と違って、宇宙誕生以降の神の介入を必ずしも想定しているものではない。

これに対して、インテリジェントデザインの主張は:
The conditions that enable life to exist also give the best overall setting for scientific discovery; habitability correlates with measurability. For example, the moon exists with the right size and distance so that a perfect total solar eclipse is observable, and the total solar eclipse of 1919 was crucial in testing general relativity.

生物が存在可能となるような条件は、科学的発見をするのに全面的に最良なセッティングとなっている。居住可能性は観測可能性と相関する。たとえば、月の大きさと位置は完璧な皆既日食を観測可能とし、1919年の皆既日食は一般相対論の検証にとって重要な役割を果たした。

Gonzalez, Guillermo and Jay W. Richards, 2004. The Privileged Planet. Washington DC: Regnery.
これは「宇宙は発展のある段階で観測者を登場させる」という"強い人間原理"と言えるだろう。

特徴的なことは「月の大きさと位置は完璧な皆既日食を観測可能とする」という、あいまいながらも、デザイナーの直接介入を示唆する表現を使っていることだ。これは、インテリジェントデザイン理論はデザイナーの直接介入があったと主張する[Dembski]ものなので、宇宙版でも同様な形をとろうとしたものだろう。

ただ、これは自爆攻撃になる。すなわち:

  • デザイナーが、知的生命が誕生できるように宇宙をファインチューニングしたのなら、何故、生物進化にデザイナーが介入する必要あるのか?
  • 知的生命を進化によって創造することが不可能だと主張するなら、それは宇宙がファインチューニングされていない証拠ではないか?


==>忘却からの帰還: 宇宙版IDを批判する天文学者William H. Jefferys
==>忘却からの帰還: 宇宙版IDを批判する宗教学者Dr. Hector Avalos

そのためか、宇宙版IDは、Gonzalez and Richards "The Privileged Planet"(2004)に続く本は出版されていない。
posted by Kumicit at 05/29 00:01 | Comment(0) | TrackBack(1) | ID: General

2006年05月28日

宇宙版IDを批判する天文学者William H. Jefferys

遥かなる昔からあるファインチューニング論を、新しいことのように語るインテリジェントデザインの本山たるDiscovery InstituteGuillermo Gonzalezの本:

The Privileged Planet: How Our Place in the Cosmos is Designed for Discovery
by Guillermo Gonzalez and Jay W. Richards
Washington, DC: Regnery Publishing, 2004. [Amazon]

一昨日のIowa State Universityの宗教学のHector Avalos准教授に引き続き、本日はUniversity of Texasの天文学のWilliam H. Jefferys名誉教授によるReviewを紹介する。

宗教学者と違って、天文学者として正面から批判する形になっている。


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Review of The Privileged Planet
reviewed by William H. Jefferys, The University of Texas at Austin

"The Privileged Planet"は、我々の宇宙が知的生命を生み出すに適していないほど、不確定な性質の"デザイナー"によって、知的生命が生み出されるように我々の宇宙は"デザイン"されたのは確からしいという奇妙な考えに基づいている。言い換えるなら、我々の宇宙に、知的生命をサポートする惑星がありそうになければ、この宇宙は、宇宙の性質を探求する特定の知的生命の形態、すなわち我々、を生み出すように"デザイン"されたのは確からしい。

我々が唯一経験的に知っているインテリジェントデザイナーたる人間が働く方法ではないことを、我々は経験的に知っている。我々は、工場の人間のデザイナーが、車やコンピュータやその他の対象の製品を製造するために、工場をデザインしないことを知っている。むしろ、工場は、コストや物理的実現性やその他の制約条件のもとで、製品を最大限に生産できるようにデザインされる。

GonzalezとRichardsの基本的な間違いは、インテリジェントデザイン創造論者を含む多くの創造論者と同じく、特定の自然主義的シナリオのワラ人形に反する証拠を根拠なく主張し、明確に代替モデルを定義することなく、すべては"デザイナー"によって創造された以外に可能な説明がないと言い張ることで、彼らの"インテリジェントデザイナー"の存在を証明できると思っていることだ。この戦略のもとで、"デザイナー"が存在したならば、我々が見ることが期待できるものついて、いかなる詳細も記述されることがない。これから見ていくように、それは科学理論ではない。それは、ありきたりの間違っている、"Argument from dichotomy"(誤った二分法からの論)にすぎない。

もちろん、我々は、インテリジェントデザイン創造論者たちが"デザイナー"の性質について語りたがらない理由を知っている。もし語ってしまえば、インテリジェントデザイン創造論が宗教とは無関係だという彼らの主張を否定することになるからだ。彼らは個人的に、あるいは仲間内ではデザイナーの性質を認めているが、校区教育委員会や州教育委員会の前では認めない。インテリジェントデザインの本当の目的が、公立学校の授業に宗教をこっそり忍び込ませることなので、かれらはこの本のような一般向けに示されるいかなり論においても、彼らの"デザイナー"の真の性質をあらわにはできない。この政治戦略と同調して、この本の著者は、デザイナーの性質について用心深い(p. 330)。

しかし、彼らは板ばさみになっている。GonzalezとRichardsは、我々が実際に見るものが、「インテリジェントデザイナーがそれをした」ということがありそうだと示せない限り、勝利がないことに気づいていない。これは何故かといえば、考えられる仮説H1, H2, ... Hnのもとで、証拠Eを観測する見込みを比較することが、推論の基本ルールだからである。そして、そして最も見込みがある仮説が、その証拠によって最も支持される。明らかに、仮説がいかなるものか言わないと、仮説のもとでEを観測する見込みを計算できず、従って、その仮説はスタートラインに立てない。インテリジェントデザインの場合だと、インテリジェントデザイナーの性質と、それが存在するなら実世界がどうなるのかを記述しなければならない。

証拠が支持しないならGonzalezとRichardsはどう言うだろうか。彼らは、我々の宇宙が、知的で好奇心旺盛な生命を生み出す確率が、素晴らしくわずかだという話をする。しかし、その逆だったらどうだろうか。この宇宙が実は、知的で好奇心旺盛な生命の存在に都合がよいとしたら、どうだろうか。そのときは、GonzalezとRichardsはそのような宇宙はインテリジェントデザイナーによってデザインされた可能性は小さいと結論するだろうか? 私はそうは思えない。その場合は、彼らは宇宙の豊穣さを、"インテリジェントデザイナー"が存在することの証拠だと指摘するだろう。言い換えるなら、"デザイナー"が存在するという主張には、負けるポジションがない。どんな証拠が観測されても、この誤った理由付けは、彼らの"デザイナー"の存在を支持する。

しかし、障害がある。彼らは二股をかけられない。証拠Eが仮説Hを支持するなら、Eが誤りだという観測は、仮説Eを否定するというのが、推論の初歩的規則である。言い換えるなら、宇宙が豊穣であるという観測が、宇宙がデザインされていることを支持するのであれば、宇宙が豊穣でないという観測は、必然的に宇宙はデザインされておらず、デザイン論を否定する。

残念ながら、古典的なデザイン論(この本はその現代の例)は科学的には役に立たないことを意味する、あらゆるものが、何にも制約されない強力な"デザイナー"によるものだという主張を論破する考えれる証拠は、原理的にも存在しない。何故なら、そのような存在は、いかなる証拠も説明できてしまうからだ。真に科学的な仮説は証拠によって論破可能でなければならない。仮説を否定するような証拠を考えられなければならない(Pennock 1999, ch 6参照)。ミステリアスな"インテリジェントデザインー"の性質がまったく指定していされていない。だから、それが存在するなら、何が観測されると期待できるかについての予測を創りえない。従って、科学的仮説ではない。

たとえば、ファインチューニング論を考えてみよう:我々が存在するために"物理定数は正しい"という事実は、インテリジェントデザイナーの存在を支持することになっている。科学哲学者Elliott Sober(2003)はこの論を論破し、彼と独立に、Michael Ikedaと私(William H. Jefferys)も少し違った形で同様の指摘をした(Ikeda and Jefferys 1997)。デザインが真であることを示す"定数が正しい"確率は、自然主義的宇宙が真であることを示す"定数が正しい"確率よりも、はるかに大きいというのが、普通のデザイン論であるとSoberは指摘する。我々は、インテリジェントデザイン創造論者の見方において、この不等式が真であるのかどうか知りえないので問題は深くなる。というもは、インテリジェントデザインのコミュニティが頑として"デザイナー"の性質を規定するを拒否しているからだ。

Sober(2003)とIkeda and Jefferys(1997)は、この関係が、我々が存在することの説明に失敗すると指摘した。言い換えるなら、我々はここにいる(これを我々は知っていて、我々がここにいないとしたときのいかなる論もできない)ので、いかなる論もこれを説明に加えなければならない。従って、正しい比較は、(A) デザインと我々の存在を与える"物理定数が正しい"確率 vs (B) 自然主義的宇宙と我々の存在を与える"物理定数が正しい"確率である。自然主義的宇宙では、我々の存在自体が物理定数が正しいことを意味し、これは(B)の確率が1に等しいことを意味する。では、(A)はどうだろうか。明らかに、確率は1以下であり、(A)は1を超えられないので、(B)と(A)の比率は少なくとも1.0である。これは、観測される"定数は正しい"が自然主義仮説を否定しないことだ。

Soberは(A)も1だと言っているが、彼は重要な点を間違えている。デザイナーの性質が指定されておらず、全能の神であるかもしれないので、たとえば、デザイナーは物理定数が正しくなくても、我々が存在できる宇宙を創造できるかもしれない。恒星内部で炭素原子が作れないような物理定数が正しくない宇宙を例として考えてみよう。GonzalezとRichardsは彼らの本で、1954年の注目に値するFred Hoyleによる炭素原子核と酸素原子核の特別な共鳴の予測に言及している(p.198)。これらの共鳴が予測されたのは、その共鳴がなければ、炭素原子と酸素原子は恒星内部で合成されることはない。炭素原子と酸素原子はビッグバンで合成されえないので、我々の存在は、宇宙が自然主義的であるなら、共鳴の存在を意味する。これは、特定の物理定数のかなり狭い予測範囲("定数は正しい")を導く。実際にも、共鳴が存在することが見つかっている。

これは、物理的事実についての予測が、感覚を持つ存在は、彼らが住まう宇宙は彼らの存在と整合するということを観測すべきであるという、いわゆる弱い人間原理から導かれた最初の例のひとつであり、最も良い例である。

しかし、宇宙がもし十分に強力なデザイナーによってデザインされていたら、物理定数が我々が存在するように正しくある必要はない。たとえば、デザイナーは炭素と酸素を恒星内部で生成できないような、物理定数が正しくない宇宙を創造できる。そして、かわりに(いかなる理由かはわからないが、気まぐれか、それとも科学的に微妙な手がかりによって我々に自らの存在を知らせようとしたのか)、必要な炭素原子と酸素原子を宇宙のいたるところにばらまいてもよい。そのようなデザイナーが存在すると考えるなら、Soberが主張するように、もはや(A)の確率は1ではなくなる。ここで、インテリジェントデザイン創造論者たちがデザイナーの性質を規定すること意図的に拒否していて、どんなデザイナーを考えても良くなっていることを思い起こそう。実際、(A)は1より小さく、おそらく非常に小さい。これは"物理定数が正しい"という我々の観測が、本当に自然主義的仮説とって強い証拠となるからだ。"物理定数が間違っている"という観測は、本当に、そして実際に自然主義仮説を反証する。インテリジェントデザイン創造論者はこの不等式を逆にしている。

また別の節では、GonzalezとRichardsは、莫大な数の宇宙あるいは無限個の宇宙が存在する多元宇宙を仮定する、いわゆる多元宇宙仮説(Many Worlds Hypothesis)を論破しようとする(p.268)。これについて、まず言っておかなければならないのは、多元宇宙仮説の動機がファインチューニング問題に対応するものだという考えがそもそも間違いだということだ。事実、これは、(Wilson Microwave Anisotropy Probeの最近の観測を含む)証拠によって最もよく支持される、主導的な宇宙論であるカオティックインフレーション理論の帰結である。カオティックインフレーション理論は、我々の宇宙の観測事実、たとえば均質性を説明するために発明されたものである。インフレーションのひとつの帰結は、宇宙が空間的にも時間的にも無限に広がっていて、インフレして我々の宇宙と同じような広がった、しかしおそらく物理定数が我々のものと違う宇宙になった多くの領域を含んでいるというものである。実際、この多元宇宙は非常の大きいので、我々の宇宙とまったく同じ宇宙を無限個含んでいるかもしれない。同様に、我々の宇宙とは違う宇宙を無限個含んでいるかもしれない。たとえば、そのひとつでは、私(William H. Jefferys)がインテリジェントデザイン創造論者で、GonzalezとRichardsが私のインテリジェントデザインを支持する論を論破しようとしているかもしれない。またある世界では私は相続財産を持っているかも知れず、私のゲノムタイプの特定遺伝子がCがAに置き換わっているかもしれない(Seife 2004参照)。

GonzalezとRichardsによる多元宇宙の反証は納得できない。本当に無限個の宇宙が存在しうることを否定し(p.268 -- 彼らはどこで数学を学んだのだろうか)、「他の宇宙が存在すると考えられる証拠はない」と主張するが、この主張は次の理由により間違っている。ひとつめの理由は、宇宙論における最も支持される理論の予測であり、これは証拠によって強く支持されている。さらにふたつめは、このモデルのもとで、我々の存在が多元宇宙を証拠として支持する(この仮説のもとでは、選択効果が含まれる。我々は世界の、"物理定数が正しい"ほんの小さな一部のひとつに存在できればいい。であるなら、我々の存在は別の世界たちの存在を意味する。)

Mark Perakh (2004)が別のコンテキストで指摘するように、多元宇宙仮説には何らと区別に気前のよさがあるわけではない。ひとつには、これが我々の宇宙が現に存在するという観測事実に基づいている。我々の宇宙が存在するから、我々の宇宙とは異なるほかの宇宙を、自然主義的過程が作り出したと考えるのはもっともなことである。物理がひとつの宇宙を作れるなら、無限個の宇宙を作ることを妨げるものは原理的に存在しない。実際に、それは予測されている。これに対して、宇宙のインテリジェントデザイナー仮説は、まったくの憶測に過ぎない。Perakhが指摘するように、古代の矛盾した伝説以外に、そのようなデザイナーの存在を指摘するひとつの観測事実もない。

多元宇宙の議論において、GonzalezとRichardsはJohn Leslieによる間違った論を繰り返す(p.270)。それは、ナチの銃殺隊を生き延びた仮定上の士官が、これは偶然(ナチの銃殺隊は全員ミスった)ではなく、デザインされた(ナチの銃殺隊は意図的に銃殺に失敗した)と結論するようなものだ。

我々はこのアナロジーからの類推で、士官が偶然ではなくデザインだと結論したのは非常に確率の小さい出来事だからであり、よって我々は宇宙についても同様にみなすべきだと推論したとしよう。既知の意図がない自然主義的な宇宙と、インテリジェントデザイン創造論者の政治的動機を損なうことなく、その意図を規定できない根拠なく主張される"デザイナー"と、意図が明確にわかっている銃殺隊の違いは明らかであり、この論はまったく愚かであり、Sober(2003)によって論破されている。アナロジーは危ういものである。

最後に、我々の地球は、科学的探求をする居住者のために特別にデザインされていて、同様に我々が科学的探究をするために宇宙はデザインされているという、GonzalezとRichardsの主張に立ち返っておこう。GonzalezとRichardsは、地球の大気の透過性や、素晴らしい日食が起きるように、地球から正しい距離に月があるという事実など、我々の科学研究を推進するような数多くの現象を指摘する。もちろん、この本の論は、あまりに弱すぎる。本末転倒だ。たとえば、我々が地球とはまったく違う別世界にいたとしても、我々はまったく同じことをするだろう。我々は、自らが置かれた状況下で可能なことは何でもするだろう。もし、GonzalezとRichardsのホイッグ的論理を認めるなら、我々は我々が偶然何かしようとしたときや、何かを見つけたときにはいつでも、我々の惑星、そして我々の宇宙はそのようにデザインされたものだと結論することを正当化するだろう。多様な人類の文化がいつでもそうしてきたように。GonzalezとRichardsはほんの少し人類学と歴史を学んでいれば、多くを知ることが出来ただろう。

まとめると、この本のわずかな新しいネタは面白くなく、古いネタは、現代の新しい天文学のコスチュームをまとわせた古い創造論でしかない。それは古いイカサマと同じだ。テキサス大学天文学科でのポスドクの頃から彼のことを知っているが、Guillermo Gonzalezが、この古い論の主張者としてだまされるのは最低だ。デザイン論(Argument from Design)は200年前のものであり、それ以上古くないにしても、それからまったく進んでいない。それからの時間に積み重ねられた新しい知識からいかなる結果も出していない。現代天文学は常に宇宙についての新しい知識と理解を生み出し続けている。そして、Guillermoは前途有望な天文学者であり、こんなナンセンスで経歴を捨てないことを望む。

References

Ikeda M, Jefferys WH. 1997. The anthropic principle does not support supernaturalism. Available on-line at http://www.talkreason.org/articles/super.cfm; last accessed June 9, 2005.
Pennock RT. 1999. Tower of Babel: The Evidence against the New Creationism. Cambridge (MA): MIT Press.
Perakh M. 2004. Paul Davies: Emergentist vs. reductionist. Available on-line at http://www.talkreason.org/articles/Davies1.cfm; last accessed June 9, 2005.
Seife C. 2004 Jul 23. Physics enters the twilight zone. Science 305 (5683): 464-6.
Sober E. 2003. The design argument. In: Manson NA, editor. God and Design: The Teleological Argument and Modern Science. New York: Routledge. p 27-54. Also available on-line at http://philosophy.wisc.edu/sober/design%20argument%2011%202004.pdf; last accessed January 4, 2005.

About the author
William H. Jefferys is the Harlan J. Smith Centennial Professor of Astronomy, Emeritus, at the University of Texas at Austin.

posted by Kumicit at 05/28 01:41 | Comment(0) | TrackBack(1) | Skeptic

2006年05月27日

共和党?のBloomberg ニューヨーク市長もインテリジェントデザインには反対

共和党員であるニューヨーク市長Michael Bloombergは2006年5月25日、Johns Hopkins University School of Medicine(ジョンズホプキンス大学医学部)の卒業生への祝辞で次のように述べた:
Today, we are seeing hundreds of years of scientific discovery being challenged by people who simply disregard facts that don't happen to agree with their agendas. Some call it "pseudo-science," others call it "faith-based science," but when you notice where this negligence tends to take place, you might as well call it "political science."

今日、私たちは数百年にわたる科学的発見が、彼らのアジェンダと会わない事実を単に無視する人々から挑戦されるのを見ています。それをある人は"疑似科学"と呼び、またある人は"宗教に基づく科学"と呼びます。しかし、どこでこの挑戦が起きているかに注意すれば、これは"政治的科学"と呼んだほうがいいかもしれません。

You can see "political science" at work when it comes to global warming. Despite near unanimity in the science community there's now a movement - driven by ideology and short-term economics - to ignore the evidence and discredit the reality of climate change.

地球温暖化において、実際に"政治的科学"が機能しているのを見ることができます。科学のコミュニティにおいてほぼ同意されているにもかかわらず、イデオロギーと短期経済に突き動かされて、気候変動の証拠を無視し、現実性を疑う運動があります。

You can see "political science" at work with respect to stem cell research. Despite its potential, the federal government has restricted funding for creating new cell lines - putting the burden of any future research squarely on the shoulders of the private sector. Government's most basic responsibility, however, is the health and welfare of its people, so it has a duty to encourage appropriate scientific investigations that could possibly save the lives of millions.

幹細胞研究においても"政治的科学"が機能しているところを見ることができます。その可能性にもかかわらず、連邦政府は新たなセル・ラインを創ることに対する補助金を制限し、将来の研究の負担を民間部門に背負わせました。政府の最も基本的な責任は、しかしながら、国民の健康と福祉であり、幾百万の生命を救う可能性のある適切な科学研究を支援する義務があります。

"Political science" knows no limits. Was there anything more inappropriate than watching political science try to override medical science in the Terry Schiavo case?

"政治的科学"は限度を知りません。Terry Schiavo 裁判で医学を無視しようとした政治的科学を見る以上に、不適切なことがあるでしょうか?

And it boggles the mind that nearly two centuries after Darwin, and 80 years after John Scopes was put on trial, this country is still debating the validity of evolution. In Kansas, Mississippi, and elsewhere, school districts are now proposing to teach "intelligent design" - which is really just creationism by another name - in science classes alongside evolution. Think about it! This not only devalues science, it cheapens theology. As well as condemning these students to an inferior education, it ultimately hurts their professional opportunities.

ダーウィンから2世紀近くがたち、John Scopesが裁判にかけられてから80年たっているのに、この国が未だに進化論の有効性を議論していることは信じがたいことです。カンザスやミシシッピやその他の州で、校区が創造論の別名である"インテリジェントデザイン"を理科の授業で、進化論と並べて教えようとしています。考えてもみてください。これは科学の価値を下げるだけでなく、神学も安っぽいものにしています。これは、生徒たちに低水準の教育を宣告するとともに、生徒たちの職業選択の機会を損なうものです。

(FOR IMMEDIATE RELEASE
PR- 176-06
)

徹底して、温暖化や幹細胞などにまつわる共和党の政策を批判し、インテリジェントデザインをばっさりと斬っている。

この祝辞を、Associate Pressが2006年5月25日付けで「
Bloomberg: Science under attack in stem cell research debate」というSARA KUGLERの記事の形で配信している。その記事によれば:
The idea of this mayor splitting with the national Republican party is hardly new, and throughout his re-election campaign in this overwhelmingly Democratic city last year, his strategists were eager to paper over his Republican label.

全米共和党と市長が不和になっているというのは目新しいことではない。そして、圧倒的に民主党が強い都市での昨年の再選キャンペーンにおいて、彼の戦略家たちは彼の共和党というラベルの上に貼紙をすることに熱心だった。
...

They created a group called Democrats for Bloomberg, lined up endorsements from supporters like NARAL-Pro Choice New York, an abortion rights organization, and scheduled a parade of appearances with popular Democrats. Bloomberg himself is a relatively new Republican since he switched parties in 2001 for his first mayoral run.

彼らは"Democrats for Bloomberg"と呼ばれるグループをつくり、中絶権団体であるNARAL-Pro Choice New Yorkのような支持者をラインナップし、著名な民主党員とのパレードを計画した。Bloomberg 自身も、2001年の一期目の市長選のときに共和党に乗り換えた比較的新しい共和党員である。
....

During an interview Wednesday on Fox News, he was asked whether he was at odds with his own party.
"With which party?" he shot back, adding, "I'm not a partisan guy."

水曜のFox Newsのインタビューで、所属する党と争っているのかどうか問われて「どの党と? 私は党派心は強くない」と言った。
....

民主党が強い大都市ということで、政策的に民主党よりになるのは再選のためには必要なことだろう。また、富豪なので選挙資金が潤沢であり、気兼ねなく好きなことが言えるということもあるだろう。

しかし、インテリジェントデザインについては、共和党のGingrich元議員も反対しており、党派的にどうということはないかもしれない:

==>忘却からの帰還: 共和党の大物 Gingrich元議員はIDに反対




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なお、Terri_Schiavoの尊厳死をめぐる裁判については:
==> http://en.wikipedia.org/wiki/Terri_Schiavo
==> http://www.arsvi.com/0p/et-usa05.htm
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2006年05月26日

宇宙版IDを批判する宗教学者Dr. Hector Avalos

インテリジェントデザイン理論は、「生物はデザインされた」という反進化論と、「地球はデザインされた」というファインチューニング論から構成される。といっても主眼は反進化論であって、ファインチューニング論はもののついで程度である。インテリジェントデザイン理論家の中心メンバーであるDr. William A. DembskiやDr. Stephen MeyerやDr. Michael Beheたちはほとんどファインチューニング論を述べたことがない。

このファインチューニング論はインテリジェントデザインの本山たるDiscovery InstituteGuillermo Gonzalezが主として唱えており、1冊だけ本も出ている。それは:

The Privileged Planet: How Our Place in the Cosmos is Designed for Discovery
by Guillermo Gonzalez and Jay W. Richards
Washington, DC: Regnery Publishing, 2004. [Amazon]

である。本日は、これを批判したIowa State Universityの宗教学のHector Avalos准教授によるReviewを紹介する。


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Review: The Privileged Planet: How Our Place in the Cosmos is Designed for Discovery
By Hector Avalos, Iowa State University

インテリジェントデザインは科学の言葉で覆い隠された宗教概念である。実際、インテリジェントデザインは古くからの創造論者の論である、キリスト教版と非キリスト教版のある目的論の新しい変種である。最も単純化されたキリスト教版は、次のような構造を持つ:1) デザインはデザイナーを意味する 2) このデザイナーはキリスト教の神である。

Iowa State Universityの天文学者Dr. Guillermo Gonzalezと神学者Dr. Jay W. Richardsの共著の本"The Privileged Planet"(TPP)は、何らかの高次知性によって我々の惑星がデザインされたと論じる最近の試みのひとつである。著者は二人ともインテリジェントデザインを主導するシンクタンクであるDiscovery Insitituteのメンバーである。

TPP discusses an array of data to buttress its argument that Earth was intentionally positioned where it is. For example, if our planet were much farther from, or much closer to, the Sun, then life might not exist. Also, "the mere presence of other planets in the inner Solar System reduces the number of asteroids and comets hitting Earth" (p. 115), and so helped ensure that such perils to life would be minimized. Earth is much better than Mercury for "measurability" of the universe because the latter planet "completes three rotations every two orbits" and so "would offer more confusing vistas" (p. 106).

TPPは、地球が故意にその場所に置かれたという議論を強化するために多数のデータを論じる。たとえば、我々の惑星が太陽から非常により遠かったり、非常に近かったりしたら、生命は存在しなかっただろう。あるいは、他の惑星たちが太陽系に存在しているということだけで、地球に衝突するアステロイドや彗星の数を減らす(p.115)ことで、生命への危険を最小化することを助けた。また地球は水星よりも宇宙を観測するのに格段に適している。というのは、水星は公転2回あたり自転3回であり、観測を混乱させる(p.106)。

これらのデータやその他から、TPPは知的生命が出現し、宇宙を観測する天文学者を生み出し、デザイナーの意図を発見できるように、まさにこの位置にインテリジェントに我々の惑星は配置されたと推論する。

History repeating itself
歴史は繰り返す


過去2000年に生み出された神学を読めば、TPPが何ら新しい議論を提案しておらず、それどころか大して新しい基礎データをつかっているわけでもないことがわかるだろう。宇宙における生命の稀少性についての観察や、生命を生み出すに必要な特徴の寄せ集めがほとんどありえないといった基本的な要素すべてが、過去数千年の基礎データだった。それどころか天文学的発見にとって我々の惑星が理想的だという考えはTPPから始まったものでもない。

キケロは紀元前一世紀のローマの有名な著述家であり、既に彼の"De Natura Deorum (神の性質について; 以降DND)において非常に良くできたバージョンのインテリジェントデザインを持っていた。この段落に注意しよう(DND 2.34):
But if all the parts of the universe are so constituted that nothing could be better for use or beauty, let us consider whether this is the effect of chance, or whether, in such a state they could possibly cohere, except by the guidance of intelligence and divine providence....when you see a sun-dial or water-clock, you infer the hours are shown by art, and not by chance. How then can you suppose that the universe, which contains both the works of art and the artists, can be void of reason and understanding?

しかし、宇宙のあらゆる部分が、これ以上に使えるもの、あるいはこれ以上に美しいものがないように構築されているのは、偶然によるものか、それとも、そのような状態が知性あるいは神の摂理による指導以外にありえないのか考えてみよう。君が日時計や水時計を見れば、君は時間が偶然ではなく、人工品のよって示されたと推論するだろう。芸術の所作と芸術家を内包する宇宙が、理由や理解なしに存在しえるだろうか?


And while TPP (296-98) and other ID tracts sometimes suggest that their triad of "chance, necessity, or design" is a conceptual breakthrough, Cicero already tells us that "These thinkers however raise doubts about the world itself from which all things arise and have their being and debate whether it is the product of chance or necessity of some sort, or of divine reason and intelligence" (DND 2.35).

TPP(pp.296-98)やその他のインテリジェントデザインの冊子が"偶然か必然かデザイン"の3つのセットが概念的なブレイクスルーだと示唆するが、キケロは既に「これらの思想家は世界が自らとそこあるものを創造したということを疑い、世界が偶然かある種の必然か、あるいは神の理由と知性によるものかを論争する」と言っている(DND 2.35)。

De Natura Deorum then goes on to describe specific features of the earth that allow life to exist. Here is one example: "For in the first place the earth, which is situated in the centre of the world, is surrounded on all sides by this living and respirable substance named the air" (DND 2.36).

そして、De Natura Deorumは、生命を存在させる地球の特定の特徴を書き記す。ここの一例を示そう:「まず何よりも、世界の中心にある地球が空気という名の生ける呼吸できるものに包まれている」(DND 2.36)。

キケロが、我々の銀河に相当する星々の位置と地球の位置の関係について考えてなかったと思うなら、キケロはDND 2.36で、どう言ったか見てみよう。
And these vast and numerous fires not merely do no harm to the earth and to terrestrial things, but are actually beneficial, though with the qualification that were their positions altered, the earth would inevitably be burnt up by such enormous volumes of heat when uncontrolled and untempered.

これらの大きくて多くの炎が単に地球と地上のものに害がないだけでなく、実際に有益である。しかし、それらの位置が違っていれば、それらが制御され調整されないとき、地球はそのような莫大な熱量によって地球は焼く尽くされるだろう。


これを、銀河における我々の位置が超新星の危険性から我々を保護していることについてのTPPの議論(p.162)と比べてみよう:
Observations of supernova remnants indicate that supernova rate peaks at about 60 percent of the Sun's distance from the galactic center, where they are 1.6 times more frequent than at the Sun's position...Estimates of the rate of life-threatening supernovae in the Sun's neighborhood vary; they average one every few hundred million years.

超新星の残骸の観察は、銀河の中心から太陽までの距離の60%に超新星の存在率のピークがあることを示している。ピークの位置では太陽付近よりも1.6倍も多く存在する。太陽付近での生命を脅かす超新星爆発の発生率の推定値には幅がある。それらの平均は数百万年に1回である。

インテリジェントデザイン支持者たちは、デザイン推論につながる経験的観測から始めるので、神学をやっていないと否定する。多くのインテリジェントデザイン支持者たちは聖書をデータとして使っていないので、創造論者ではないと強く否定する。

William Paleyの有名な"Natural Theology (自然神学)"は、有名な時計職人の論(キケロが既にDNDで使った論の変種)を導入していて、それもまた経験的観察を中心にしていて、聖書を証拠としていない。

そして、Paleyの"Natural Theology" (pp. 213-14)には、TPPの議論の変種が見つかる。そればかりか、観測可能性と測定可能性についてのアイデアにも遭遇する:
After all; the real subject of admiration is, that we understand so much of astronomy as we do. That an animal confined to the surface of one of the planets bearing less proportion to it than the smallest microscopic insect does to the plant it lives upon; that this little busy inquisitive creature by the use of sense which were given to it for its domestic necessities, and by means of the assistance of those senses which it has had the art to procure should have been enabled to observe the whole system of worlds to which its own belongs; the changes of place; of the immense globes which compose it; and with such accuracy as to mark out, beforehand, the situation in the heavens in which they will be found at any future point... all this is wonderful, whether we refer our admiration to the constancy of the heavenly motions themselves, or to the perspicacity and precision with which they have been noticed by mankind.

結局、賞賛の実際の主題はそれです。我々は天文学の非常に多くを理解している。ひとつの惑星の地表の限定され、最も小さな微視的な昆虫が自らが生きている植物に対する比率よりも小さな比率でしかない動物。この小さな忙しく詮索好きな動物は、その必要性の故に与えられた感覚を使って、そして手にすべき技術を持った感覚の手助けによって、自らが属する世界の全システムを観察を可能にするはずである。それらを構成する巨大な地球の場所の変化。前もって、そのような精度で、ある未来の時点で見つけられるであろう天上の状況を選び出すことはすばらしい。我々が天上の動きそのものの恒常性あるいは人類に認識された聡明さと正確さを賞賛しようとも。


TPP tells us that the Earth's tilt is important. It observes that "a larger tilt would cause larger climate fluctuations" and "a small tilt might lead to very mild seasons" (TPP, pp. 4-5). Thus, Earth's tilt seems ideally suited for habitability.

TPPが地軸の傾きが重要だと言う。地軸の傾きが大きければ気候変動は大きくなり、傾きが小さければ非常に穏やかな季節変動になる(TPP, pp4-5)。従って、地軸の傾きは居住するのに理想的になようである。

William Paley tells us: "Another thing, in which choice appears to be exercised...is in what geometricians call the axis of rotation" (Natural Theology, p. 216). Paley also discusses what too large or too small a tilt would do. For example, "As to ourselves, instead of rejoicing in our temperate zone, and annually preparing for the moderate vicissitude, or rather agreeable succession of seasons, which we experience and expect, we might come to be locked up in the ice and the darkness of the artic circle..." (Natural Theology, p. 217).

William Paleyは「他の選択の余地があるものに、幾何学者が回転軸とよぶものがある」と言う(Natural Theology, p. 216)。Paleyはまた、地軸の傾きが大きすぎるか小さすぎた場合を論じている。たとえば、「我々自身にとっても、温帯に恵まれ、我々が経験し期待する毎年の穏やかな季節の移り変わりのかわりに、我々は極冠の氷と闇に閉ざされていたかもしれない」 (Natural Theology, p. 217)。

Paleyはそして、地球と幾つかの大きな惑星の関係について論じ、次のように記した(Natural Theology, p. 224):
It has been rightly also remarked, that if the great planets, Jupiter and Saturn, had moved in lower spheres, their influences would have had much more effect, as to disturbing the planetary motions, than they now have.

巨大惑星である木星と土星が太陽に近い軌道にあったら、木星と土星の影響は非常に大きく、今よりも惑星の運動を大きく乱していただろうことを、正しく知られている。


Compare this to TPP's (p. 94) remark that "The massive planets are like big bullies who push around the smaller kids in the neighborhood."

これをTPP(p.94)の言及「大質量惑星は近所の小さな子供たちに命令する大きな弱いものいじめのようなものである」と比べてみよう。

TPP addresses objections to its concept in almost the same way as does William Paley. TPP (p. 330) says: "Something can be designed without being perfect" and then gives the model-T as something imperfect, but yet designed. William Paley says: "It is not necessary that a machine be perfect, in order to show with what design it was made." (Natural Theology, p,. 7). Paley gives an imperfect watch as an example.

TPPはWilliam Paleyがやったのとほとんど同じ方法でそのコンセプトに対する異論に取り組む、TPPは「ものは完璧でないようにデザインされうる」ものであり、モデルTが欠陥を持っていたとしても、なおデザインされたと言う(p.330)。William Paleyは「機械がデザインで作られたことを示すために、その機械が完全である必要はない」と言う(Natural Theology, p,. 7)。Paleyが壊れた時計を例として挙げる。

"ファンダメンタリスト"という言葉を一般に広めた"The Fundametals"という反進化論と反近代主義の出版物が1910〜1915年に多く見られる。そのひとつ"Life in the Word"は、Philip Mauroという名のニューヨーク市の弁護士が、英国の自然主義者であり、ダーウィンと同時代のAlfred Russel Wallace (1823-1913)が出版した"A Man's Place in the Universe"(1903)について、興奮しながら語っている。Mauroは、現代のインテリジェントデザインの主唱者たるPhillip E. Johnsonに相当する人物であり、Wallaceの本の主たる結論を興奮しながら書いている:
First, that the solar system occupies (and always has occupied) approximately the central portion of this vast universe, getting all the advantages due to such favorable position. Second, that the earth is certainly the only habitable planet in the solar system, and presumably the only habitable spot in the whole universe...

From Mr. Wallace's premises, if the universe is assumed to be the work of an intelligent Creator, it would follow that everything in this inconceivably vast and complex universe has been planned and arranged with special reference to making this little earth of ours a place suitable for the habitation of living beings, and especially of mankind.

第1に、太陽系はこの広大な宇宙の中心を占めており、これまでも常に占めてきて、そのような良好な位置による利点を享受してきた。第2に、太陽系で確かに唯一の居住可能な惑星であり、おそらく全宇宙でも唯一の居住可能な場所である。

Wallaceの前提から、宇宙がインテリジェントな創造者の作品であると仮定するなら、我々の小さな地球を、生物の、特に人類の居住に適した場所とするために、信じられないくらいに広大で複雑な宇宙のすべては特別の指示とともに計画され、手配されたと考えられる。

(The Fundamentals, 2:156)


Given this brief historical survey, we suggest that any claim that The Privileged Planet contains new developments that have not received a fair hearing in academia is historically false. Such arguments have been given a hearing for at least 2000 years, and they have been repeatedly repudiated because of objections that are still valid today.

この簡単な歴史の調査があれば、"The Privileged Planet"にある新たなる発展が学界から公正な審理を受けなかったという主張は、歴史的に誤りだと我々は示唆できる。そのような論は少なくとも2000年にわたって続いており、それらは今な有効な反論によって、繰り返し否定されてきた。

Why The Privileged Planetは間違っている

ユニークなものである我々が特定できる幾百万の特徴を我々の惑星が持っていることを認識すれば、TPPにある論のまったくの浅はかさが明らかになる。これらの幾百万の特性もまた、我々の惑星が太陽に近かったり、太陽から遠かったりすれば、存在しなかったかもしれない。あるいは知的生命の手助けとしてTPPが主張する、太陽系あるいは銀河系の位置的特性が違っているなら。

たとえば、我々の惑星が正確に今ある位置になければ、AIDSウィルスや先天的畸形あるいは死さえも存在しなかったかもしれない。それなら、インテリジェントデザイン支持者は、何故に生命とインテリジェンスはインテリジェントデザインのために選ばれた特性だと考えるのか。何故、インテリジェントデザイン支持者は、AIDウィルスや先天的畸形や死が存在できるように、我々の惑星がこの位置に置かれたと論じないのか。

TPPがこの選択について集めることができた最もよい説明は p.303に見られる:

"When considering universes, everyone recognizes, unless they're trying to avoid a conclusion they find distasteful, that a habitable universe containing intelligent observers has an intrinsic value that an uninhabitable one lacks."

「宇宙について考えるなら、不愉快だと思う結論を避けようとしない限り、誰もが認識することは次のことだ。すなわち、インテリジェントな観測者を内包する居住可能な宇宙は、居住不可能な宇宙が持たない、固有の価値を持つこと」


But TPP does not define "intrinsic value." In fact, TPP says (p. 300): "Such value is difficult to define, but we usually know it when we see it." Thus, TPP ends up with a very self-serving and circular argument that may be paraphrased: "Feature X was designed because I consider X valuable."

しかし、TPPは固有の価値を定義しない、実際、TPPは「そのような価値は定義するのが困難である。しかし、我々はふつうそれを見ればわかるはずである」と言っている(p.300)。従って、TPPは「特徴Xは価値があると思えるので、特徴Xは設計された」と言い換えることができる、非常に利己的で循環論法に帰着する。

さもなくば、インテリジェントデザイン主張者は古来よりの聖書のコンセプトをくりかえすだけかもしれない。イザヤ書45章18節に曰く「神である方、天を創造し、地を形づくり/造り上げて、固く据えられた方/混沌として創造されたのではなく/人の住む所として形づくられた方/主は、こう言われる。わたしが主、ほかにはいない。」

さらに困惑させられるのは、天文学者であるDr. Guillermo Gonzalezが、宇宙の科学的観測のために都合のよいように、地球がこの位置に置かれたと結論していることだ。Dr. Guillermo GonzalezはTPPの第1章を、日蝕の観測から、彼がそのような観測ができるように地球がこの位置に置かれたという考えを持ったという話で始めている。

この正当性は、我々の惑星が正確にこの位置になければ、配管工が配管工の仕事ができなかっただろうと論じるのに似ている。太陽がもっと近ければ鉛のパイプが溶けてしまうだろう。そして我々の惑星が太陽から遠ければ、凍結してしまって配管工の仕事そのものがなかっただろう。従って、我々の惑星がこの位置にあるのは、配管が理由だったに違いないと。

さらに、この惑星は科学的発見を容易にするようにデザインされたとすると、45億年の我々の惑星の歴史の99.99999%は、計測を記録できる生物がいなかったという事実を説明できない。デザイナーはインテリジェントな計測ができない生物が主として生息するように地球をするつもりだったと仮定するほうが簡単だ。

ファインチューニング(fine tuning)の不合理

インテリジェントデザインは、"ファインチューニング"論と呼ばれるものと関係している。ふつう、そのようような論は、地球に生命が存在できるように"正しくなっているはず"の無数の物理定数や変数をリストアップする。従って、もし電子の電荷が大きく違っていれば、たとえば、生命は地球に存在しなかったかもしれない。そして、ひとたび、生命が存在できるようにあらゆるものが"正しい"値をとっていると考えると、なんらかの天文学的確率を計算して、地球の生命がj純粋に偶然では存在し得ないと論じる。

主要な仮定は、実体Xを創るために"正しくなければならない"物理定数と実体の量は、一般にデザイナーのXについての目的の量に比例するというものである。

TPPが出版される前に私が述べた通り(Avalos, 1998)、この仮定は不合理に帰着する。たとえば、Pを人類が地上に存在するために、正しい値をとらなければならない物理定数の実体のすべてだとしよう。数学的には、我々は、さらに多くのものが正しくないと、コンピュータを創れないと論じられる。そうでないと、他の実体についてのホストは"固有の価値"を持たないとみなされてしまうからだ。

人類を創るのにPのみが必要であり、コンピュータを創るには P + 1(たとえば人類)が必要である。この数学的事実のもと、インテリジェントデザイン主張者たちは何故に人類がデザイナーの究極目的だと考えるのか? そして何故に、人類がもう少し長い因果系列の中間ステップではありえないと考えるのか?

実際に、我々がデザイナーをキリスト教の神と呼ぼうが呼ぶまいが、インテリジェントデザイン主張者たちは、宇宙について観測できた如何なる特性がグランドデザイナーの意図に対応することを検証できる科学的方法を提唱しないということかが逃れようはない。そして、この任意性と検証不可能性がインテリジェントデザインを科学ではなく神学の課題にしている。

Bibliography

Avalos, Hector. "Heavenly Conflicts: The Bible and Astronomy." Mercury 27 (2, March/April, 1998) 20-24. The Journal of the Astronomical Society of the Pacific.
Cicero. De Natura Deorum. Translated and edited by H. Rackham. Loeb Classical Library 268. Cambridge, Massachusetts:Harvard University Press, 1982.
Gonzalez, Guillermo and Jay W. Richards. The Privileged Planet: How Our Place in the Cosmos is Designed for Discovery. Washington, DC: Regnery Publishing, 2004.
Mauro, Philip. "Life in the Word," in R. A. Torrey, A.C. Dixon, et al., The Fundamentals: A Testimony to the Truth. Four volumes. Los Angeles: Bible Institutes of Los Angeles, 1917. We quote from the four volume reprint edition published by Baker Books (Grand Rapids, Michigan), 1998.

Paley, William and James Paxton. Natural Theology, or Evidences of the Existence and Attributes of the Deity Collected from the Appearance of Nature. Boston: Gould and Lincoln, 1854. We quote from the reprint issued by Kessinger Publishing (Whitefish, Montana).

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Dr. Hector Avalos is Associate Professor of Religious Studies, Iowa State University.
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2006年05月25日

科学は先験的に超自然を排除するか?


TalkOriginsの対インテリジェントデザイン専用サイトTalkReasonに2006年4月30日付けで掲載された
Lenny Flankによる「Does science unfairly rule out supernatural hypotheses?」が、科学による超自然の取り扱いおよびインテリジェントデザインが科学ではないことをわかりやすく説明している。概要は:

  • 超自然的説明が排除されるのではなく、科学的方法論に従えないので科学になれないだけ
  • 科学的方法とは、「観察・観察を説明する仮説・仮説による予測・実験や観察による検証・仮説の修正」という手順をふむこと。
  • インテリジェントデザインは検証可能な仮説を作れない
  • インテリジェントデザイン支持者たちは、検証なしに理論を認めることを求めている。


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Does science unfairly rule out supernatural hypotheses?
By Lenny Flank
科学は不公正に超自然の仮説を排除するか

One of the most oft-heard complaints from ID/creationists is that science has embraced a "religion of naturalism" and that it unfairly rules out, a priori, any potential supernatural or non-materialistic hypotheses, solely to prop up science's atheistic philosophy. Phillip Johnson, for instance, says, "Science also has become identified with a philosophy known as materialism or scientific naturalism. This philosophy insists that nature is all there is, or at least the only thing about which we can have any knowledge. It follows that nature had to do its own creating, and that the means of creation must not have included any role for God. . . . The reason the theory of evolution is so controversial is that it is the main scientific prop for scientific naturalism." (Johnson, "The Church of Darwin", Wall Street Journal, August 16, 1999). Dembski echoes, "From our vantage, materialism is not a neutral, value-free, minimalist position from which to pursue inquiry. Rather, it is itself an ideology with an agenda." (Dembski, "Dealing with the backlash against intelligent design", 2004)

インテリジェントデザイン支持者や創造論者から最もよく聞かされる苦情は、科学が"自然主義の宗教"を内包しており、先験的に超自然や非物質的仮説を排除し、科学の無神論の哲学だけを支持するというものだ。たとえば、Phillip Johnsonは、「科学はまた唯物論もしくは科学的自然主義として知られる哲学と同定されるようになった。この哲学は、自然はすべてであって、少なくとも自然は我々が知識を持つことができる唯一のものだと要求する。これからは、自然は自らを創造し、創造の意味は神の如何なる役割を含まれてはならないということにつながる。進化論がここまで論争になるのは、進化論が科学的自然主義の主たる科学的支柱だからである。」 (Johnson, "The Church of Darwin", Wall Street Journal, August 16, 1999)  Dembskiも「我々の観点から見れば、唯物論は、問いを追求するにあたって、中立でもなく、価値観を持たないものでもなく、ミニマリストのポジションにもない。むしろ、それ自体がアジェンダを伴ったイデオロギーである。」とたたみかける(Dembski, "Dealing with the backlash against intelligent design", 2004)。

しかし、容易にわかることだが、実際、科学は超自然的説明を先験的に排除しない。さらに、インテリジェントデザイン支持者たちが望むすべての超自然的仮説の導入を認めたとしても、それらは科学的方法に従えないだろう。

科学的研究法は非常に単純で、基本的な5ステップから成り立つ。それらは次のとおり:

  1. 宇宙のある様相を観察する
  2. 観察したものを説明できる可能性のある仮説をつくる
  3. その仮説で検証可能な予測をつくる
  4. それらの予測を検証できる観察あるいは実験を行う
  5. すべての観察や実験と予測が一致するまで、仮説を修正する

これらの5ステップのどれでも原理的に、先験的に、"超自然の原因"を排除しない。この方法により、非物質的なピクシーやゴーストや女神や悪魔やグレートパンプキンやお望み次第のものを仮説に注ぎ込んでかまわない。実際に、治癒に対する祈りの効果としての"超自然の原因"について、科学的実験が提案され、実施され、論文発表されている。その他に、ESPやテレキネシスや予知や遠望視のような非物質的あるいは非自然的現象についての研究が行われている。従って、科学が不公正に超自然あるいは非物質的な原因を原理的に排除しているという、インテリジェントデザインが主張はまったく間違っていることは明らかだ。

しかしながら、科学が要求するものは、いかなる超自然あるいは非物質的な仮説が、それが何であれ、ステップ3,4,5である。そして、インテリジェントデザインが無残に失敗するのはそこだ。

これを示すために、インテリジェントデザイン仮説の特定例を1個とりあげて、どのように科学的方法が適用されるか見てみよう。多くのインテリジェントデザイン創造論者たちがとなえる主張に、ヒトとチンパンジーの遺伝子の類似性について神ではなく氏名不詳のインテリジェントデザイナーが両方を共通特性を使って、共通デザインで創造したというものがある。この例が気に食わないインテリジェントデザイン支持者は、何か別の非自然主義的インテリジェントデザイン仮説を代わりに使ってほしい。

この仮説をとって、科学的研究法をたどってみよう:

宇宙のある様相を観察する。

オーケー、では、壊れているビタミンCゲノムや、チンパンジーの染色体の2つと同定されるヒトの融合した染色体(適切に2倍になったセントロメアとテロメアのすべて)を含むヒトとチンパンジーが特定のゲノムマーカーを共有していることが観察できる。

観察したものと整合する、仮説と呼ばれる一時的な説明を作る。

オーケー、提案されたインテリジェントデザイン仮説は「インテリジェントデザイナーが、ヒトとチンパンジーを創造するのに共通デザインを使った。共通デザインは融合した染色体の兆候と、両種にある壊れたビタミンCゲノムを含む」である。

仮説を使って予測を作る。

さて、ここでインテリジェントデザインの超自然的方法論が輝くチャンスだ。インテリジェントデザイン仮説からどんな予測が作れるだろうか? インテリジェントデザイナーがヒトとチンパンジーに共通デザインを使ったとしたら、何を見ることになると予期できるだろうか....

インテリジェントデザイン支持者諸君、空欄を埋めてみよう。

そして、インテリジェントデザイン仮説を検証するのに最も使える方法は、否定の予測、すなわちそれが見つかれば、仮説が反証され、結果的に仮説が間違っていると示されるものである。そして、.... (空欄を埋める)を見つければ、"共通デザイン"仮説が否定される。

さらなる実験あるい観察によって予測を検証して、結果に照らしあわせて仮説を修正する。

ステップ3と4を、理論と、実験や観察の不一致がなくなるまで繰り返す。

さて、インテリジェントデザイン支持者はステップ3で立ち往生してしまうようだ。インテリジェントデザインの膨大な著作や議論にもかかわらず、インテリジェントデザイン支持者たちは、彼らの仮説から、実験によって検証可能ないかなる予測も作っていない。

ここで注意をひとつ。インテリジェントデザイン支持者たちが「不公正に超自然の原因を排除している」と泣き言を言っているのに反して、実際には科学的方法を彼らの予測に対して適用する制約は、ステップ3,4,5以外にはない。すなわち、いかなる予測を作っても、それが実験やさらなる観察によって検証可能でなければならないことだけ。ステップ3,4,5に従っている限り、すなわち神性や原因を実験やさらなる観察でいかに検証できるか示されれば、いくらでも、そしてお好みのどんな超自然の原因でも提起してよい。良き魔女グレンダが魔法の非自然主義的杖を使って、これらのゲノムシーケンスをヒトとチンパンジーの両方に注入したと言いたい?いいだろう、それを検証するために、どんな実験あるいは観察ができるか言ってもらおう。神ではなく氏名不詳のインテリジェントデザイナーがヒトを非常に気に入って、それ故に壊れたビタミンCゲノムをデザインしようと決めたと言いたい? ヘイ、それを検証できる実行可能な実験か観察を教えてくれれば、すぐに実行するよ。お好みの超自然的原因をすべて使ってもかまわない。どんな実験あるいは観察をすれば、予測を検証できるか言ってくれれば。

しばらく、インテリジェントデザイン支持者が正しく、科学が不公正に超自然的説明に偏見を抱いていると仮定しよう。ということで、仮に方法論的唯物論を窓の外へ投げ捨てよう。はい、捨てた。バイバイ。これですべては公平なゲームになった。ゴースト、スピリット、悪魔、宇宙的知性、エルフ、ピクシー、魔法の星のヤギ、お好みの神様、何でもありだ。すべてを提起してもかまわない。必要な数だけ幾らでも。そして、インテリジェントデザイン支持者がやるべきことは、簡単で、「チンパンジーとヒトのゲノムの類似が共通デザインによるもの」という仮説あるいはその他の非物質的あるいは超自然的インテリジェントデザイン仮説に、科学的方法を適用するために、選んだ非自然主義的科学が何であれ、どのように科学的方法を適用するか示して見せることだ。そして、ここでインテリジェントデザイン"理論"は失敗する。この過程で、インテリジェントデザインを死んだままにしているのは科学の側の"形而上学的自然主義"のいかなる前提でもない。いかなる検証可能な予測も作れないインテリジェントデザイン"理論"の無能さだ。たとえ、インテリジェントデザイン支持者が望む非自然主義的デザイナーを提起したとしても、インテリジェントデザイン"理論"は科学的方法を実行できない。

心の奥底でインテリジェントデザイン支持者たちが本当にうめき、苦情をいっているのは、科学が不公正に彼らの超自然の説明を排除することに対してではなく、科学がインテリジェントデザインが提案する"超自然の説明"を科学的方法で検証することを要求していることに対してだ。インテリジェントデザインはその"説明"を検証できないばかりか、科学を再定義して検証しなくてもよいようにしたがっている。実際のところ、インテリジェントデザイン支持者たちは、超自然の"仮説"を特権的な地位に置きたがっている。すばわち、検証なしに科学に彼らの仮説を認めさせたがっている。すなわち、彼らは科学的方法のステップ1と2に従うが、ステップ3,4,5をスキップして、彼らの"科学"が正しいという、彼ら自身の権威に基づいた、彼らの宗教的言葉をとりたがっている。そして、それは、"唯物論"(あるいは"自然主義"あるいは"無神論"あるいは"科学主義"あるいは"ダーウィニズム"あるいは何とでも呼びたい名前)についてすべての議論を沸騰させるものだ。

インテリジェントデザイン仮説を特権的地位に置いて、他の理論にはない、検証を免除される特別の権利を与えるいかなる正当な理由もない。彼らの仮説が、それがいかなるものであるにせよ、いかなる仮説であっても通過すべき検証過程を通らなくてよいという理由を私はまったく思いつかない。もし彼らの"仮説"が、他のすべての仮説が通過すべき科学的方法を通れないというのなら、それを"科学"主張できない。おしまい。
posted by Kumicit at 05/25 01:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | Skeptic

2006年05月24日

AiGという創造論販売業者

若い地球の創造論の最も有力なサイトといえば、Ken Ham主宰のAnswers in Genesis[wiki]である。ORGドメインにあって非営利法人として認められているが、実態は雑誌・単行本・DVDの制作・販売業かもしれない。
AiGのサイトのコンテンツはほとんどは雑誌や書籍やDVDの形で販売されているもののである。独自コンテンツはKen Hamのブログなどわづか。

逆に言えば、雑誌記事はWebサイトでタダで読めるし、単行本の内容もけっこうWebサイトにアップされている。DVDもわずかながらストリーミングで見れるようになっている。これは、とおりすがりに商品を1個売りつけるよりも、リピーターを確保することを狙っているつくりだろう。DVDの価格は聞き捨ててもよい程度の$13程度と、リピーター狙いの設定か?

で、AiGが販売する世界観はSFに近く

  • 大嘘をつく (地球の年齢6000年で、6日間で世界は創造された)
  • ついた大嘘に忠実に
  • それ以外はリアルに (Ron Wyattみたいなのはゴミ箱行き)

Webサイトの演出面でも、

  • キリスト像や神様を前面に押し立てない
  • 統一されたデザイン
  • トンデモっぽく見えない
といった形で、巧く作られている。Institute for Creation Researchといえども、AiGに比べれば全く見劣りがする。他の創造論サイトはまったく勝負にならない。

Ken Hamのトークを見ても、おどろおどろしさや、説教くささはない(ひげが濃くて猿っぽい顔と、オーストラリアなまりも含めて)。トークそのものはわりと低予算で作られていると思われるが(直営ミュージアムの講演会場を使った、凝った映像を使わないもの)、チープな印象はあまり感じさせない。トンデモフリークではなく一般人を顧客とした商売ということだろう。

また、進化論系のニュースには必ず反論するニュースリリースを迅速に掲載する。これはインテリジェントデザインを含めて創造論サイトすべてに共通するところだ。インテリジェントデザイン運動だと、攻撃対象に対して反論するという文体をとるのが普通なのに対して、AiGは顧客向けの文章になっていること。たとえば、トルコの四足歩行家族についてのBBCの番組についてのAiGニュースリリースの「A feet of imagination」でも、BBCや科学者に反論を述べる形式ではない。あくまでも客商売メイン。


書籍・DVD販売が主たる活動なので、インテリジェントデザイン運動と違って、州議会に反進化論州法を作らせたり、教育委員会に創造論を教えろと言ったりしない。そもそも米国民の半数は若い地球の創造論を信じている。それを顧客にしているのだから、金にならない戦いをする必要もないのだろう。


さて、KumicitがこのAnswers in Genesisを巡回先にしているのは:

  • インテリジェントデザインと進化論の位置関係を測定するための基準点。Q&Aが幅広くカバーされていて、かつ非常によく整理されているので、主張の確認が容易にできるので基準点としてとても便利。
  • かつての創造科学の本拠地Institute for Creation Researchと違って、本を買わなくても、ネタをすべて読める。
  • 時代遅れな創造論者の主張を批判するネタ[Arguments we think creationists should NOT use]が揃っている。
  • もちろん、アホな主張もちゃんと豊富にそろっている


この「Arguments we think creationists should NOT use」は、競合する創造論販売業者に対する攻撃も兼ねていると思われる。特に、擬似考古学者Ron Wyatt[wiki]やCarl Baugh[]に対する攻撃は強め。すなわち、進化論サイトと同じ主張で、この2名を批判する。
偶然、流れ弾がインテリジェントデザインのDr. William Dembskiにあたったこともある。

==>忘却からの帰還:Dembskiの"自爆"の記録が見つかる

このあたりは、進化論専用wikiであるEvowikiが[以下のように評するところでもある:
AiG, Answers in Genesis, started as an Australia-based creationist group which was considered by scientists as 'the best of a bad bunch'; while their a priori commitment to Biblical inerrancy and authority would always prevent them from doing real science, they did make more of an effort than most other YECs to identify and eliminate scientific errors in Creationist dogma. They used to have pages Arguments we think creationists should NOT use and Maintaining Creationist Integrity.

Answers in Genesisは、科学者が"悪の束の中の最善"と考えるオーストラリアの創造論者グループが立ち上げたものである。アプリオリに聖書の無謬性と権威を認めるので、真に科学することができないが、創造論のドグマから科学的誤りを見つけて排除することをどの"若い地球の創造論"者よりも努力している。

http://wiki.cotch.net/index.php/Answers_in_Genesis

まさにこれに尽きる。というか、これが大嘘に忠実・周辺はリアルというSFになっている理由である。
posted by Kumicit at 05/24 00:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | Creationism

2006年05月23日

ヒトとチンパンジーの種分化におけるネジレ

2006年5月17日付のthe Broad Institute of MIT and Harvardのニュースリリース「News release: Human and chimp genomes reveal new twist on origin of species」によれば:
News release: Human and chimp genomes reveal new twist on origin of species
ヒトとチンパンジーのゲノムは種の起源において新たなねじれを明らかにした
Cambridge, MA - Wednesday, May 17, 2006

Common ancestor ~1 million years more recent than previous estimates;
Evolutionary age varies among genome regions;
Young age of sex chromosome points to complex speciation and possible interbreeding during speciation

  • 共通祖先はこれまでの推定よりも100万年以上、新しい時代に存在した。
  • ゲノムの領域によって進化の年代が異なる
  • 新しい時代の性染色体は、複雑な種分化と種分化の間に起きた交雑の可能性を指摘する。


The evolutionary split between human and chimpanzee is much more recent and more complicated than previously thought, according to a new study by scientists at the Broad Institute of MIT and Harvard and at Harvard Medical School published in the May 17 online edition of Nature.
The results show that the two species split no more than 6.3 million years ago and probably less than 5.4 million years ago. Moreover, the speciation process was unusual possibly involving an initial split followed by later hybridization before a final separation.

Broad Institute of MITとHarvard Medical Schoolの研究者が2006年5月17日付けのオンライン版Natureに発表した研究によれば、これまで考えられてきたよりも、ヒトとチンパンジーの進化による分岐がはるかに新しい時代であり、かつ複雑であることがわかった。
研究結果によれば、2つの種の分岐は630万年前以前ではなく、おそらく540万年前以降である。さらに、種分化の過程はふつうではない。いったん分岐した後で、最終的な分岐の前に交雑が起きている。

"The study gave unexpected results about how we separated from our closest relatives, the chimpanzees. We found that the population structure that existed around the time of human-chimpanzee speciation was unlike any modern ape population. Something very unusual happened at the time of speciation," said David Reich, the senior author of the Nature paper, and an associate member of the Broad Institute and assistant professor at Harvard Medical School's Department of Genetics.

「この研究から、我々のもっと近い種族であるチンパンジーと我々の分岐について予想外の結果が得られた。ヒトとチンパンジーの種分化が起きたときにあった人口構成はいかなる現代の類人猿の集団とも違っていたことがわかった。種形成のときに何か非常に変わったことが起きた。」とNatureの論文の著者であり、Broad Instituteの准メンバーであり、Harvard Medical Schoolの遺伝学部の助教授であるDavid Reichは語った。

Previous molecular genetic studies have focused on the average genetic difference between human and chimpanzee. By contrast, the new study exploits the information in the complete genome sequence to reveal the variation in evolutionary history across the human genome. In theory, scientists have long known that some genomic regions must be "older" than others, meaning that they trace back to different times in the common ancestral population that gave rise to both humans and chimps. But, the new study is the first to actually measure the range of ages. It gave three surprising results:

これまでの分子遺伝学の研究は、ヒトとチンパンジーの平均的な遺伝的な違いにフォーカスしてきた。これとは対照的に、新しい研究ではヒトのゲノムの進化史における変化を明らかにするために、完全なゲノムのシーケンスの情報を利用した。理論的には、科学者はあるゲノムの領域が他の領域よりも"古い"はずだとわかっていた。これは、ゲノムの領域によって、ヒトとチンパンジーの共通祖先集団に、異なる時間にたどりつくことを意味する。しかし、新しい研究は初めて、その年代の範囲を実際に測定できた。それにより3つの驚くべき結果が得られた。

  • the time from the beginning to the completion of divergence between the two species ranges over more than 4 million years across different parts of the genome. This range is much larger than expected.
  • the youngest regions are unexpectedly recent being no more than 6.3 million years old and probably no more than 5.4 million years old. This finding implies that human-chimp speciation itself is far more recent than previously thought.
  • - if one looks only at the X chromosome, it almost entirely falls at the lower end of the time frame. In fact, the average age of the X chromosome is ~1.2 million years "younger" than the average across the 22 autosomal (non-sex) chromosomes.


  • 2つの種の種分化の始まりから完成までの時間は、ゲノムの領域により、400万年以上にわたっていた。これは予想外に大きい。
  • 最も若い領域は予想外に新しい。630万年よりは新しく、おそらく540万年前よりも新しい。ヒトとチンパンジーの種分化そのものがこれまで考えらていたよりも、はるかに新しいことを意味する。
  • X染色体だけを見れば、時間レンジの下限(新しい時代)に位置する。実際、X染色体の平均年代は、22の常染色体(非生殖)染色体の平均より120万年程度若い。


"The genome analysis revealed big surprises, with major implications for human evolution," said Eric Lander, Director of the Broad Institute and co-author of the Nature paper. "First, human-chimp speciation occurred more recently than previous estimates. Second, the speciation itself occurred in an unusual manner that left a striking impact across chromosome X. The young age of chromosome X is an evolutionary 'smoking gun.'"

「ゲノム解析により、人類の進化について大きな意味を持つ思いがけないことが明らかになった。第1に、ヒトとチンパンジーの種分化は、これまでの推定よりも新しい時代に起きた。第2に、種分化が、X染色体に顕著な影響を残すような非常に変わった形で起きた。X染色体の若い年齢は進化の"動かぬ証拠"である。」とBroad Instituteの所長であり、Natureの論文の共著者であるEric Landerは語った。

The estimate that humans and chimpanzees probably split less than 5.4 million years ago is more recent by ~1 to 2 million years than a previous estimate of 6.5-7.4 million years based on the famous Toumaï hominid fossil (Sahelanthropus tchadensis), which has features thought to be distinctive to the human lineage.

ヒトとチンパンジーの分岐がおそらく540万年前以降だという推定は、ヒトに特徴的なものと考えられる特徴を持つ、有名なTaumaのヒト科の化石 (Sahelanthropus tchadensis)に基づいて推定された650万年前〜740万年前という数字よりもかなり新しい。

"It is possible that the Toumaï fossil is more recent than previously thought," said Nick Patterson, a senior research scientist and statistician at the Broad Institute and first author of the Nature paper. "But if the dating is correct, the Toumaï fossil would precede the human-chimp split. The fact that it has human-like features suggest that human-chimp speciation may have occurred over a long period with episodes of hybridization between the emerging species."

「Taumaの化石はこれまで考えられているよりも新しいかもしれない。しかし、年代測定が正しければ、Taumaの化石はヒトとチンパンジーの分岐よりも前の時代ということになる。ヒトのような特徴を持っているという事実は、ヒトとチンパンジーの種分化が非常に長い時間をかけて起こり、新たに出現した種の間での交雑が起きたことを示唆する。」とBroad Instituteの上級研究員で統計学者であり、Natureの論文の主著者であるNick Pattersonは語った。

The possibility of "hybridization" that is, initial separation of the two species, followed by interbreeding and then final separation would also explain the strange phenomenon seen on chromosome X. Interbreeding is known to place strong selective pressures on sex chromosomes, which could translate to a very young age for chromosome X.

"交雑"の可能性は、つまり2つの種は分岐した後で、交雑が起きて、その後に最終的に分岐したということは、X染色体に見られる奇妙な現象を説明できるかもしれない。交雑は性染色体に大きな淘汰圧をかけることが知られており、これはX染色体が非常に若いことを意味する。

"Hybridization" is commonly observed to play a role in speciation in plants, but evolutionary biologists do not generally view it as an important way to produce a new species in animals.

"交雑"は植物の種形成において役割を果たすことが一般に観察されている。しかし、進化生物学者は、動物において新しい種を生み出すときに重要な役割を果たすとは、一般に見ていない。

"A hybridization event between human and chimpanzee ancestors could help explain both the wide range of divergence times seen across our genomes, as well as the relatively similar X chromosomes," said Reich. "That such evolutionary events have not been seen more often in animal species may simply be due to the fact that we have not been looking for them."

「ヒトとチンパンジーの祖先の交雑イベントは、我々のゲノムに見られる長時間かけた種分化と、比較的よく似ているX染色体を説明する手助けになるかもしれない。このような進化上のイベントが他の動物であまり見られないのは、そのようなイベントを我々が探していないからなのかもしれない。」とReichは語った。

As the researchers note in the Nature paper, it should be possible to refine the timeline of speciation and test the possible explanations based on complete genome sequencing of gorilla and other primates, which is already underway at several centers including the Broad Institute.

Natureの論文に研究者たちが書いたように、ゴリラや他の霊長類のゲノムの完全な解析に基づいて種分化の時系列を精緻にし、可能な説明を検証することが可能なはずである。これらのゲノム解析はBroad Instituteを含む複数の研究機関で進行中である。


Paper Reference:

Nick Patterson¹, Daniel J. Richter¹, Sante Gnerre¹, Eric S. Lander¹ ² & David Reich¹ ³, Genetic evidence for complex speciation of humans and chimpanzees. Nature (advance online publication) DOI: 10.1038/nature04789, 2006.

1 Broad Institute of Harvard and MIT, Cambridge, MA 02139 USA
2 Department of Biology, Massachusetts Institute of Technology, Cambridge, Massachusetts 02142, USA.
3 Department of Genetics, Harvard Medical School, Boston, Massachusetts 02115, USA.


著者全員の氏名を連呼する必要性から、ちょっとくどい文章になっている。それはさておき、この研究内容は、反進化論者たちが大騒ぎするはずのもの。

で、このリリースは2006年5月17日付だが、これに対して、"若い地球の創造論"サイトAnswers in Genesisは2006年5月22日時点では反応していない。Da Vinci Code批判が優先しているのか、それとも気がついていないのか?
posted by Kumicit at 05/23 00:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | News

2006年05月22日

英国の中学理科への創造論の侵入は抑止されたもよう

2006年3月10日付で英国メディア群が、英国の中学理科に創造論が登場すると報道。たとえば英国のニュースサイトTIMES ONLINEの2006年3月10日付の記事「Creationism to be taught on GCSE science syllabus」によれば:
Exam board is accused of confusing pupils by including religion.

AN EXAMINATIONS board is including references to “creationism” in a new GCSE science course for schools.
The OCR board admitted that a biology course due to be introduced in September encourages schools to consider alternative views to Charles Darwin’s theory of evolution.

試験委員会は、(理科に)宗教を含ませたことで生徒たちを混乱させると非難されている。

試験委員会は、新しいGCSE理科において創造論への言及を含める。OCR委員会は、9月から適用される生物課程で、チャールズ・ダーウィンの進化論に対する代替的見方を考えるように学校に推奨することを承認した。


これの続報で、英国Teaching Ideas & ResourcesのGraeme Patonによる2006年5月19日付けの記事「Darwinists 1, Creationists 0」によれば:
An exam board has agreed to redraft a science syllabus which encourages pupils to discuss creationist theories alongside those of Charles Darwin.

試験委員会は、生徒たちにチャールス・ダーウィンの理論とともに創造論者の理論を議論することを推奨する理科のシラバスの書き直しに同意した。

The OCR board said it would review the contentious module after complaints from academics that the strict biblical theory that God created the Earth in six days had no place in science lessons.

神が地球を6日間で創造したという厳密な聖書理論が理科の授業にあってはならないという学術界からの批判を受けて、OCR委員会は議論になっている部分を見直すと言った。

Pupils had been asked to consider tha