2006年10月24日

ResearchID,orgの"インテリジェンス"についての主張

Research ID.Orgというインテリジェントデザインのサイトがある。Discovery InstituteEvolutionNews.OrgID the Future.ComAccess Reseach NetworkIDEA Center.Orgといった公式サイト群には属さないサイトのようで、さらにUncommonDescent.Comのようにインテリジェントデザイン理論家のブログでもない。

で、登場時点はコンテンツゼロの状態だったこのResearch ID.Orgも、そこそこコンテンツがそろってきた。ということで、その中から、「Defining Intelligent Design」を見てみよう。このページが特徴的なのは、インテリジェンスについて明確に語っている点。特に定義が:
Key Definitions(重要な定義)

intelligence - a characteristic of a phenomenon in which it is capable of undertaking the conceptualization and actualization of a plan and/or forward-thinking
インテリジェンス: 計画や将来を見通すことの概念化と現実化を行う能力を持つ現象の特徴

design - a purposeful arrangement of parts, typically understood as the actualized products of intelligence
デザイン - 典型的にはインテリジェンスにより現実化された所産として理解される、目的を持った部品の配置
デザインとはインテリジェンスの所産であり、インテリジェンスはデザインを生み出す能力を持つという定義になっている。これはトートロジーになっているが、それは問題ではない。

Daniel Dennettが指摘したように、デザインが必要とする知性とは何かを問う必要がある:
だからPaleyは、デザインは説明すべきすばらしいものだと語っただけでなく、デザインは知性を必要とするとも語った点で、正しかったのだ。彼がただ一つ見落としたのは、--- そしてダーウィンが提供してくれたのは --- この知性は、まるで知性とは見なされないほど小さくて愚かな断片に砕かれたあと、一連の巨大なネットワーク状のアルゴリズムのプロセスを通して、空間と時間に分散していくことができるのだという考え方であった。[Daniel C. Dennett: ダーウィンの危険な思想, 2001 (Amazon)]
デザインを意味出す知性が、インテリジェントデザイナーあるいは人間の職人というインテリジェントエージェントの知性に限定できなければ、インテリジェントデザイン理論は何も語ったことにはならない。しかし、Research ID.Orgもまた、インテリジェンスの定義を、上述の定義以上には語っていない。そのかわりに次のような主張をする:
There is no observational or verifiable scientific evidence for an ateleological origin of designed phenomena. The insistence that designed objects in nature have an ateleological origin rests on metaphysical arguments, not scientific ones. In addition to this complete lack of evidence, it is extremely improbable that chance and necessity gave rise to these designed phenomena.
However, there is reliable and verifiable evidence demonstrating that intelligence can form these structures, making intelligent design a viable explanatory option.

デザインされた現象の非目的論的起源についての観測も検証可能な科学的証拠もない。自然界にあるデザインされた物事が非目的論的起源を持つという主張は、形而上学的なものであって、科学的なものではない。証拠のまったくの欠如に加えて、偶然と自然法則では、これらのデザインされた現象は起こすことは、ありそうにもない。しかし、インテリジェンスがこれらの構造を形成できることは信頼できて検証可能な証拠の示すところであり、インテリジェントデザインを説明の選択肢とする。
基本的には、"God of the gaps"論になっているが、それよりも注意すべきは「インテリジェンスがこれらの構造を形成できる」と言っていること。それは次のことを意味する。すなわち、現在はまだ不可能だとしても、我々はいつの日にか、生命をデザインし、デザインした通りの生物を実際に創れるようになること。それが「信頼できて検証可能な証拠」であると。

そして、もうひとつ注目すべき表現は「ateleological origin = 非目的論的起源」である。このような表現はインテリジェントデザイン公式サイト群には見られない。materialistic, unguided, undirected, blindといった表現を好むのが公式サイト群である。これは、宗教色を弱めた表現を求めた結果だろうか。

いずれにせよ、知性が何であるかを定めなければ、これまた何も言ったことにならない。
Research ID.Orgはここで、インテリジェンスについて次のように語る:
Anything designed to mimic natural regularity cannot be detected as designed, without particular knowledge of its causal history. Yet, this concern is belayed by reality, since intelligent agents rarely set out to imitate nature in an undetectable way. (That is to say, intelligence tends to act in accord with its unique nature.)

原因についての歴史についての知識がないなら、自然の法則性に模倣してデザインされたものは検出できない。インテリジェントエージェントは検出されないように自然を模倣しようとはしないから、現実にはそれは問題にならない。すなわち、インテリジェンスはユニークな性質で働く。
...

This follows from the fact that intelligence rarely imitates nature, but natural regularity cannot imitate many of the unique abilities of intelligence.
これは、インテリジェンスが自然を模倣することがめったにないが、自然の法則性はインテリジェンスのユニークな能力の多くを模倣できない。
Research ID.Orgは、自然の法則性がまねのできないことをインテリジェンスはやってのけるだろうと言う。しかし、そんなことは証拠のない主張でしかない。

しかし、Research ID.Orgはこれで十分だと考えているように見える。すなわち、暗黙の前提があり、それと組み合わせるなら、十分な説明になるのだろう。

では、暗黙の前提とは? おそらくこれだ。哲学者Elliot Soberがインテリジェントデザインが宗教だと証明する過程で、インテリジェントデザインの補助仮説とした:
Any mind in nature that designs and builds an irreducibly complex system is itself irreducibly complex.
還元不可能な複雑さ持つシステムをデザインし構築する、自然界にある心は、それ自体が還元不可能な複雑さ持つ

[Elliot Sober: "Intelligent Design and the Supernatural -- the 'God or Extraterrestrials' Reply."]
すなわち、インテリジェンスは自然界から"Chance and Nessecity"によって生み出されたものではないという前提だ。もし、インテリジェンスが自然界の"Chance and Nessecity"の所産であるなら、そのインテリジェンスの所産もまた、自然界の"Chance and Nessecity"の所産である。

インテリジェンスは自然界の外側からもたらされたものであるという前提があるからこそ、インテリジェンスの所産が、自然物と対比できる。そして、自然界にはデザインされたものがあるのだという主張を裏付ける。

つまり、「インテリジェンスの所産は自然物では模倣できないのは、インテリジェンスは自然物ではないからだ」という暗黙の前提を持つということ。これは検証不可能な神学であり、「インテリジェンスは自然物である」という神学に対して、何ら優位に立つものではない。それは、検証できないのだから、勝ち負けというものがないからだ。
posted by Kumicit at 10/24 00:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General