普通に見ると"is-ought problem"(である=べき問題)
Rev. Mark H. Creechの主張を言い直すと、神が人間を創造したのなら、
- 胎児を堕胎してはいけない
- 老人や障害者を安楽死させていけない
- 結婚制度をやめていけない
- 嘘をついてはいけない
- 盗んだり殺したりしてはいけない
しかし、「神の存在」から、「誰かを殺せたら、その誰かは自動人形である。従って、罪ではない」とか「この世界にかけがえのないものなど何もない。従って、誰を殺そうが、地球を壊そうか悪いことは何もない」といった結論も簡単に引き出せる。すなわち、神の存在からは、お好み次第の結論を導ける。
さて、何故こんなことがおきるかと言えば、「神が人間を創造した」という事実命題から、「人間はかくあるべき」という当為命題を導こうとしたから。これは。David Humeの言う"is-ought problem"(である-べきである問題)、すなわち、「"べきである"の理由付けに"である"を使おうとする問題」だから。
言い換えたRev. Mark H. Creechの主張は、「神が人間を創造した」という"事実命題"を理由付けに使っている。正しく主張したければ、当為命題「神が直接、創造したものは壊してはいけない」を前提として明言する必要がある。すなわち、
- 神が直接、創造したものは壊してはいけない
- 神が人間を創造した
- 従って、...
ただし、「何故、神が直接、創造したものは壊してはいけないのか?」について、別に根拠が必要になるが。
あるいは、神がいなくても有神論
3日前ののエントリでは、とりあえず着目だけしたのは:
普通の人々は、生命に本来の目的がないなら、心に浮かんだ目的と合致するものなら何でも許されると直感的に認識します。「神がいなければ、なんでも許される」
*: Fyodor Dostoevsky, The Brothers Karamazov (Cutchogue, NY: Buccaneer Books,
1996).
[William S. Harris and John H. Calvert: "Intelligent Design, The Scientific Alternative to Evolution", 2003]
permissible:
that can be permitted; allowable;
that may be permitted especially as according to rule;
that may be accepted or conceded;
これを使って原文を修正すると
If there is no God, all things can be permitted (as according to rule).受動態で、"by〜"がない表現になる。もし"by〜"をちゃんと書くなら、何が"〜"に入るだろうか?
神がいないなら、(掟に従って) 何でも許可されうる。
ほぼ確実に「by GOD」だろう。すなわち、
- 神が存在しないなら、神は何でも許可する
すなわち、たとえ「神が存在しない」としても、William S. HarrisやJohn H. Calvertたちにとっては、「神が許認可権限者あるいは善悪判断者」であり続けている。少なくとも、
- 「神が禁止しないことは何をしてもよい」という掟を神が定めた
- 神は存在しない=禁止する神が存在しない
- 従って、何をしてもよい
William S. HarrisやJohn H. Calvertのような有神論者にとっては、仮定あるいは作業仮説上でも「神が存在しない」ということは、ありえないのだろう。
あるいは、もっと単純で、
- 神が存在して、人間を直接創造した。
- そうであれば、聖書は正しい
- 聖書によれば...
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