1. Design works primarily through patterns of relationship that require intelligent selection. That is why many mechanisms can achieve the same design. If the relationship works, the design is achieved.「デザインを定義すること」すなわち、それは「突然変異・自然選択・その他様々総合で出現した見かけのデザイン」と「神によるデザイン」を識別する方法を定めること。
デザインは、インテリジェントな選択を必要とする、関係性のパターンを通して主として働く。従って、多くのデザインが同一のデザインを実現できる。もし関係性が働くなら、デザインは実現される。
2. Design creates mechanism but mechanism only instantiates design. Mechanism does as much as its design allows. That is why computers are not conscious. The people who are trying to make computers conscious do not understand the nature of the problem. Consciousness includes the instantiation of a series of relationships, and is not a mechanism.
デザインはメカニズムを創りだすが、メカニズムはデザインの具体例を挙げるだけである。メカニズムはデザインの許容範囲内でしか働かない。コンピュータに意識を創ろうとする人々は問題の性質をわかっていない。意識は、一連の関係の具体化であって、メカニズムではない。
[O'Leary: What exactly is the “design” part of “intelligent design”? (2007/10/25) on Uncommon Descent]
O'Learyの1.は「デザイン」を「神によるデザイン」のみに対して使う用語だと定めただけ。その「デザインが、O'Learyの2.の「デザイン」と同じかどうかは定かではない。
まあ、見た目で「神によるデザイン」を検出できないというのが、そもそもの問題なのだが。
どんな生物あるいは生物器官も見た目は「デザイン」としか言いようがない。と同時に、進化経路がわかっているか、推定されていて、「本物のデザイン」ではないこともわかっている。その自然界の過程によって生じた「紛い物のデザイン」と「本物のデザイン」が見た目に区別がつかない。
"古い地球の創造論"のように、「人間創造直前まで神は不断の介入により、あらゆる種を創造してきた」というポジションをとれば、「紛い物のデザイン」は存在しないことになる。そうなれば、あらゆる生物および生物器官をながめて、その美しさを讃えれているだけでインテリジェントデザイン理論は完成だ。
しかし、そのような「生物は進化しない論」をとらないとすると、紛い物のデザイン」と「本物のデザイン」を区別しなければならなくなる。その方法は、Dembskiが見事につむぎだしたように「進化論で説明できないものはデザイン」という"God of the gaps"論しかない。
「生物が進化することもある」ことを認めつつ、"God of the gaps"論に落ちないような「デザインの定義」を作ること。たぶん、それがインテリジェントデザイン運動における、かずすくない理論的研究課題になるはずだ。
そして、少なくともO'Learyの定義はその役には立っていない。