technobahnの記事「
我々の現実は実は全て仮想現実、研究者が奇抜な論文発表」について。
まずソースは査読付論文じゃなくて、Cornell University Libraryなどによるプレプリントサーバ
arXiv.org登録品である。
Brian Whitworth: "The Physical World as a Virtual Reality", arXiv:0801.0337v2, 2008 (
Abstract,
PDF)
執筆者はMassey Universityの情報数理科学の講師であるDr. Brian Whitworthで、本業は社会工学。
"論文"のテーマは、OxfordのNick Bostrom教授の論理学ネタ「
シミュレーション・アーギュメント」である。これは...
技術的に成熟した人類の次の段階の文明には、巨大な計算力があるだろう。この経験的事実に基づくと、シミュレーション・アーギュメントは次の命題のうち少なくとも一つは真であることを示す。(1)人類段階の文明が、次の段階の文明に到達する可能性は限りなくゼロに近い。(2) 次の段階の文明は、自らの祖先のシミュレーションを実行することに興味を持つ可能性は限りなくゼロに近い。(3) すべての人々のうち、シミュレーションの中に生きている人々の比率は限りなく1に近い。
もし(1)が真であるなら、我々はほぼ確実に、次の段階に到達する前に滅亡する。もし(2)が真なら、発展した文明は、祖先のシミュレーションを実行したいと思い、かつ実行できるような、相対的に裕福な個人を事実上含まないようなものに収束する。もし(3)が真なら、我々はほぼ確実に、シミュレーションの中で生きている。我々の知識がない状態では、 (1)と(2)と(3)の信頼性はおおよそ等しい。
もし、我々がシミュレーションの中で生きているのでないなら、我々の子孫は決して祖先のシミュレーションを実行しない。
[N. Bostrom, “Are You Living in a Computer Simulation?” Philosophical Quarterly, 2003, Vol. 53, No. 211, pp. 243-255. ]
というもの。日本では
三浦俊彦氏が論理学のネタにしている。
別に奇想天外でも奇抜でもなく、Doomsday Argument(終末論法)や観測者選択効果による人間原理などと同様の論理学ネタ。Nick Bostrom教授によって、シミュレーション・アーギュメントが形をなしたのは2001年ころだが、ネタそのものは1990年代からある。
シミュレーション・アーギュメントが自然科学ではなく論理学なのは、
- "ここ"がシミュレーションではなく、基底的現実だということが原理的に証明できない。
<== あたかも基底的現実のように創られたシミュレーションであるという主張を否定する方法がないから
- "ここ"がシミュレーションだと直接的に証明することが、ほぼ不可能であるため。Bostrom教授による証明方法は、事実上「ありえないことが起きたら証明される」というもの:
There are clearly possible observations that would show that we are in a simulation. For example, the simulators could make a “window” pop up in front of you with the text “YOU ARE LIVING IN A COMPUTER SIMULATION. CLICK HERE FOR MORE INFORMATION.” Or they could uplift you into their level of reality.
我々がシミュレーションの中にいることを示す、明らかに可能な観察がある。たとえば、シミュレータたちは「キミはコンピュータシミュレーションの中にいる。さらに情報がほしければ、ここをクリック」と書かれたウィンドウが目の前にポップアップさせる。あるいはシミュレータたちがキミを現実世界へと引き上げる。
[Simulation Argument FAQ]
今回Dr. Brian Whitworthは、トリッキーな論理で、シミュレーション・アーギュメントが反証可能性のある科学であるということにしている:
A common criticism of the calculated hypothesis is that we “…have no means of understanding the hardware upon which that software is running. So we have no way of understanding the real physics of reality.” [22]. The argument is that virtuality implies an unfalsifiable reality, and so is unscientific and should be dismissed. However this misrepresents VR theory, which postulates no other dimensional “hardware”. It is a theory about this world, not some other unknowable world, and its hypothetical contrast is that this world is an objective physical reality. Unprovable speculations about other virtual universes [23], or that the universe could be “saved” and “restored” [11], or that our virtual reality could be created by another VR [24], fall outside the scope of VR theory as proposed here. Further, the theory that the world is an objective reality is just as unprovable as the theory that it is a virtual reality. It is inconsistent to dismiss a new theory because it is unprovable when the accepted theory is in exactly the same boat.
計算仮説に対する、よくある批判は「ソフトウェアが実行されているハードウェアを理解する方法がない。従って、我々は現実の真の物理を理解する方法がない」というものである[22]。この論は、事実上、反証不可能な現実を意味しており、非科学的なので、却下すべきというものである。しかし、これは仮想現実理論を間違って、別次元のハードウェアを必要要件として、提示している。この理論はこの世界についてのものであって、未知の別世界についてのものではなく、仮説が対抗しているのは、この世界が客観的物理的現実だというものである。他の仮想宇宙についての証明不可能な推測[23]や、セーブ&ロードできる宇宙[11]、あるいは我々の仮想現実が他の仮想現実によって創造可能[24]などは、ここで提示する仮想現実理論の対象外である。さらに、この世界が客観的現実であるというのは、ここが仮想現実であるのと同様に、証明不可能な理論である。既に認められた理論とまったく同じ条件下にある新理論を、証明不可能であるという理論で却下するのは、一貫性がない。
[11] J. Schmidhuber, "A Computer Scientist's View of Life, the Universe and Everything," in Foundations of Computer Science: Potential-Theory-Cognition Lecture Notes in Computer Science, C. Freksa, Ed.: Springer, 1997, pp. 201-208.
[22] D. Deutsch, "Physics, Philosophy and Quantum Technology," in Proceedings of the Sixth International Conference on Quantum Communication, Measurement and Computing,
Princeton, NJ, 2003.
[23] M. Tegmark, "The interpretation of Quantum Mechanics: Many Worlds or Many Words," in arXiv:quant-ph/9709032v1 vol. 15 Sep, 1997.
[24] N. Bostrom, "Are you Living in a Computer Simulation?," Philosophical Quarterly, vol. 53, pp. 243-255, 2002.
我々のいる"ここ"のシミュレーションを実行しているハードウェアが何であるかが特定不可能であっても、"ここ"がシミュレーションか否かを論じることは科学として問題ではないだろう。そこまではDr. Whitworthの論は通る。
その次の段階である「この世界が客観的現実であるというのは、ここが仮想現実であるのと同様に、証明不可能な理論である」が問題。確かに、シミュレーション・アーギュメントでは、原理的に"ここ"が客観的現実(基底的現実)であることを証明する方法がない。このため、次のようになる。
- "ありえない"ことが起きないので、"ここ"が客観的現実(基底的現実)なのか、仮想現実(シミュレーション)なのか識別不可能
- "ありえない"ことが起きて、"ここ"が仮想現実(シミュレーション)だと証明される
このうち、2.が科学として提示できるか? できなければ、科学にならない。
既に失敗確定した方法論として、インテリジェントデザインの還元不可能な複雑さがある。「進化論で説明ができないものがあったら、それはデザインだ=ここはシミュレーションだ」という形式の"Negative Argument"である。この"還元不可能な複雑さ"という基準で進化不可能と判定された生物器官(細菌の鞭毛)の進化経路が
提示されてしまって、基準として使えないことがわかっている。
Dr. Whitworthは"ありえない"ことの例として、相対性理論と量子力学の関係を例として挙げている。ただし、これはあくまでも項目を例示しただけで、物理学として検討したものではない。
- Teleportation. Quantum particles can “tunnel”, suddenly appearing beyond a barrier they
cannot cross, like a coin in a sealed glass bottle suddenly appearing outside it.
- Faster than light interaction. If two quantum particles are “entangled”, what happens to one
instantly affects the other, even if they are light years apart.
- Creation from nothing. Given enough energy, matter can suddenly appear from an “empty”
space (where there was no matter before).
- Multiple existence. Light passing through two slits creates a wave interference pattern. The
interference continues if photons are shot through the slits one at a time, and regardless of the
time delay. A quantum entity, it seems, can interfere with itself.
- Physical effects without causality. Quantum events like gamma radiation occur randomly,
and no physical cause for them has ever been identified.
ここで論としてうまくいかないのが、「たとえ相対論的量子力学をきわめた結果、うまく説明が付けられなかった」としても、「それはありえない」とは言えないこと。すなわち「我々に未知なメカニズム」があるのか「そんなものはない」のかを合理的に区別する方法がないから。
ということで、シミュレーション・アーギュメントを論理学ネタから科学ネタにするのは、やっぱり無理がありそう。
でも、それでシミュレーション・アーギュメントの値打ちがなくなるわけではない。論理学ネタとしては面白い。また、Nick Bostrom教授は、宇宙論とか生物進化とかが得意な人ではないようなので、ネタ補充という点で、Dr. Whitworthの"論文"も役になっていると思う。
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