2008/07/25

追加創造 Again

創造行為は終わったと言う創造論者たち

"若い地球の創造論"者たちは、創造6日間で創造は終了し、新たな創造行為はないと主張する:
[John C Whitcomb: "Methods of the Creator" on Answers in Genesis]

And thus the fact that God is not creating things today should not be interpreted as God’s weakness or God’s inability to do what Genesis 1 tells us He did at the beginning, because the Bible itself assures us in Genesis 2:1-3 that creation, as a distinct method of God in reference to this world, was finished.

From that kind of work God rested, and from that moment to this we live in a world that is being preserved, not recreatednot added to, but simply preserved according to the well-known first law of thermodynamics. This law tells us that the total amount of mass-energy in the universe remains constant through the conservation of mass-energy, a law that God Himself formed and upholds by the Word of His power. What a wonderful God, who not only has done all these things, but has condescended for our learning to reveal them in His Word.

そして、今日、神が創造をしていないという事実を、神の弱さあるいは神が創世記に記された始まりに行ったこと能力を失ったと解釈すべきではない。何故なら、聖書が、神の卓越した方法によるこの世界の創造は終わったと記した創世記2章1-3節において、そのことを保証しているからだ。

そのような仕事を終えて、神は休息した。そのときから今まで、我々は保存され、再創造や追加創造されない世界に住んでいる。よく知られた熱力学第一法則による単純に保存された世界に。この法則によれば、宇宙の質量とエネルギーの総量は、神自身が創造した法則であり、神の力の言葉によって支持される質量=エネルギー保存則に従って、一定に保存される。神は素晴らしい。神はあらゆることを為しただけでなく、我々の学びにあわせて神の言葉にある神の為したことを明らかにしてゆく。


インテリジェントデザイン理論家(数学・神学・哲学)は、ナイロンを食べる細菌の出現について、簡単な突然変異でナイロンを食べられるように仕込まれていたと主張し、新デザインが持ち込まれたという話をしない:
[Why Scientists Should NOT Dismiss Intelligent Design (2005/09/25) on Uncommon Descent]

Most proteins cannot do this. For instance, most genes in the nematode have stop codons if they are frame-shifted. This special repetitive nature of protein-coding DNA sequences seems really rare; one biologist with whom I’ve discussed the matter has never seen another example like it. Maybe it’s more common in bacteria. Thus, contrary to Miller, the nylonase enzyme seems “pre-designed” in the sense that the original DNA sequence was preadapted for frame-shift mutations to occur without destroying the protein-coding potential of the original gene. Indeed, this protein sequence seems designed to be specifically adaptable to novel functions.

大部分のタンパク質はこのようなことはできない。たとえば、フレームシフトすれば、線虫の中の大部分の遺伝子は停止コドンとなる。このような、タンパク質コード化DNAシーケンスの特別な繰り返しの性質は非常に稀である。私がこの問題を議論した生物学者はこのような例を他に見たことがないと言っていた。従って、Millerが言うのとは反対に、オリジナルの遺伝子のタンパク質をコード化するポテンシャルを破壊せずにフレームシフト突然変異が可能なように、オリジナルのDNAシーケンスが予め適応していたという意味で、ナイロナーゼ酵素は"予めデザインされていた"ようである。本当に、このタンパク質シーケンスは、新しい機能に特に適応できるように設計されていたようである。
インテリジェントデザイン理論家(生化学)は、思考実験の設定に、インテリジェントデザイナーの介入を想定しない。
[Kitzmiller v. Dover裁判記録]

In fact, intelligent design is open to direct experimental rebuttal. Here is a thought experiment that makes the point clear. In Darwin’s Black Box, I claimed that the bacterial flagellum was irreducibly complex and so required deliberate intelligent design. The flip side of this claim is that the flagellum can’t be produced by natural selection acting on random mutation, or any other unintelligent process.

実際、インテリジェントデザインは直接実験による反証を受け入れている。これを明らかにするための思考実験を提示しよう。Darwin’s Black Boxで、私はバクテリアの鞭毛が還元不可能な複雑さを持つので、インテリジェントデザインであると主張した。この主張は、突然変異に対して自然淘汰が働くこと、あるいはその他のアンインテリジェントな過程では鞭毛は創れないを意味する。

To falsify such a claim, a scientist could go into the laboratory, place a bacterial species lacking a flagellum under some selective pressure, for mobility, say, grow it for 10,000 generations, and see if a flagellum, or any equally complex system, was produced. If that happened, my claims would be neatly disproven.

この主張を反証するには科学者は実験室に行って、鞭毛のないバクテリアを運動性に対する適当な淘汰圧のもとにおいて、10000世代培養する。そして鞭毛もしくは同等の複雑なシステムができているか見る。出来ていれば、私の主張は完全に反証される。
「鞭毛もしくは同等の複雑なシステムができているか見る」だけでは何の証明にもならない。出来ていたとしても、それに至る中間段階がなければ、インテリジェントデザイナーの介入であり、あったら(それが進化過程で絶滅しようとも)インテリジェントデザインはオッカムの剃刀にひっかかる。見つからなくても、インテリジェントデザイナーが鞭毛のある細菌を滅ぼしつくしたかもしれない[ie Richard B. Hoppe]。しかし、Dr. Michael Beheはインテリジェントデザイナーの介入を想定しない。


創造行為が終わった理由は


では、創造論者たちは、何故、神はAdamとEveの創造を以って、創造行為をやめたと言いたいのか?あるいは、創造が続いているとは思ってもみないのか?

  1. 「オッカムの剃刀」のような「神の介入原則」でもある? 自然の過程(超自然の介入のない自然現象)によって実現可能なことに、神は介入しない。あるいはしていても、介入したとは考えない。
    ==>これだと、AdamとEve創造後に、神の介入がないと主張したことにならない。また、神の介入を禁止してしまうと、キリストの奇跡はなかったことになる。
  2. 神の存在証明のための"理論"の展開の都合で「自然の過程では実現できないこと」のにみフォーカスしている。
    ==>"God of the gaps"論(科学で解明できないことは神様のせいなのさ)という詭弁によって神の存在を証明しようとするなら、今この瞬間に神による自然界への介入があってもよい。また、フォーカスだけの問題なら、「現在及び未来の創造行為は創造論の対象外」と宣言してもいいが、「創造行為は終わった」と主張する必要はない。
  3. AdamとEveの創造以後の創造行為は宗教教義に反する

これらのうち、1.と2.はなさそうなので、3.について考えてみよう。

  • "若い地球の創造論"では創世記を字義通りに解釈するので、当然のことながら、創造6日間以後は、神様は休憩中である。
  • "古い地球の創造論"では、ビッグバンから現生人類(ホモ・サピエンス・サピエンス)の出現=AdamとEveの創造時点以降に創世記のストーリーが適用されるので、やっぱり神様は休憩中である。
教義上、創造行為は現在は続いていないことになる。
続いているとすると、いささか深刻なことになるだろう。というのは、創造行為が、

  • 人間が住まう世界を創造し
  • そこに人間とともに生きる動植物を創造し
  • 最初の人間を創造すること
というものだから。
創造行為が続いているとするなら、まだ創るべきものがあることを意味する。それは何か?

  • 創り忘れたものがあったので後から創っている。
  • 人類の文明の変化に合わせて、適時、新たなものを創っている。たとえば、ナイロンの実用化に伴って、ナイロンを食べる細菌を創造するとか。
  • 創造行為の目的たるものを未だ創っていない。
もちろん、全能なる超越的神に「忘れ物」などあるはずもない。また、人類の変化を予測できず、後になって対応物を創造するなどということも、全知なる超越的神にはあるはずもない。とするなら残るはただひとつ。神は未だ目的のものを創っていない。

それは、"古い地球の創造論"的に言えば、これまでに存在したと思われるヒト科[ie. Hominid Species]たちの列の最後が我々Homo Sapiens Sapiensではなくなる可能性を示唆する。

Sahelanthropus tchadensis
Orrorin tugenensis
Ardipithecus ramidus
Australopithecus anamensis
Australopithecus afarensis
Kenyanthropus platyops
Australopithecus africanus
Australopithecus garhi
Australopithecus aethiopicus
Australopithecus robustus
Australopithecus boisei
Homo habilis
Homo georgicus
Homo erectus
Homo ergaster
Homo antecessor
Homo heidelbergensis
Homo neanderthalensis
Homo floresiensis
Homo sapiens

この列に続きがあったら、我々もまた神にとっては、それまでのヒト科と同じく、最終形態を出現させるために捨石にすぎなくなる。


でも、論理的にはインテリジェントデザインは追加創造を否定できない

現在、デザイン行為(=創造行為)を観察できないとしても、それは未来においてデザイン行為が起きないことを証明しない。デザイン行為は突如のイベントだからだ:
The abrupt appearance of Homo as a novel and distinct form, significantly different from earlier fossil forms and without links to previous fossil forms, implicates intelligent design as a cause involved in the origin of Homo.

まったく新しく、これまでと異なった外見を持つ現生人類の突如の出現は、初期の化石に残された形態と著しく異なり、それまでの化石に残された形態とつながりもないので、現生人類の起源にかかわる原因としてインテリジェントデザインを意味する。
[Casey Luskin : Human Origins and Intelligent Design on ISCID]
さらに、インテリジェントデザインではデザイナーの意図は不明だ。従って。デザイン行為(=創造行為)が終了したか、まだ続くのかは不可知である。

暗黙のうちに創造行為が終わったことを前提に語るインテリジェントデザイン支持者がいる:
if life is an accident, why not alter it to suits our needs? If we can, why not make human clones? Why not abort unwanted children? Why not euthanize the "useless" aged? Why not end a challenging marriage? Why not cheat on our taxes? Why not "steal, kill, and destroy?" ...... "If there is no God, all things are permissible. However, if ... life is not just an accident or occurrence, but is something that has been designed and made, then life must have an inherent purpose.

生命が偶然のものであるなら、なぜそれを私たちの必要に応じて変更しなてはいけないのでしょうか?もしできるなら、何故ヒトクローンを作ってはいけないのでしょうか?何故、望まれぬ子を堕胎してはいけないのでしょうか?何故、もはや働けない老人を安楽死させてはいけないのでしょうか?何故、結婚制度を廃止してはいけないのでしょうか?何故、脱税してはいけなのでしょうか?何故、盗んだり、殺したり、破壊してはいけないのでしょうか?.....「神がまったくいなければ、なんでもは許される」しかしながら、もし生命がまったくの偶然のできごとでないなら、何かデザインされ、作られたものであるなら、生命には本来の目的があるはずです。

[William S. Harris and John H. Calvert: "Intelligent Design --The Scientific Alternative to Evolution"]
しかし、「本来の目的」は「捨石」かもしれない。



posted by Kumicit at 2008/07/25 02:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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