Dr Justin Barrett says:超越的な神による創造という教義を持つキリスト教の影響力の強い欧米では、このような目的論志向な人間の推論機構が素直に創造論を選好することは自然な成り行き。
過去10年の科学的証拠により、子供たちの心の自然な成長過程で、自然界をデザインされ、目的あるものとして見て、その目的の背後にインテリジェントな存在があると考える傾向ができることが示されている
子どもたちは通常かつ自然に発達させた心により、神による創造やインテリジェントデザインを信じるようになる。これに対して、進化論は人間の心には不自然であり、理解するのが難しい
==>忘却からの帰還:"人間の心は進化論を理解しにくいようになっている?" (2008/11/30)
Jennifer Whitson says:
陰謀論を信じれば事件の原因と動機が定まり、単なる偶発時と考えるよりも合理的だと思えるようになり、乱れて予測のつかない現実をコントロールのもとにおくことができる。
人間の精神は、世界はランダムであると考えるよりも、神秘的で目に見えない力が秘かに働いていると信じたがる。
==>忘却からの帰還:"When seeing IS believing" (2008/10/11)
Deborah Kelemen and Cara DiYanni say:
生物および非生物の自然界の事物について、人工物のような目的機能の説明をつくり、動物と人工物の起源としてインテリジェントデザインを支持する傾向がある
==>忘却からの帰還: "目的論を語る子供たち" (2006/11/13)
一方、福音主義キリスト教ほど創造論信仰が強くないか、あるいはユダヤ・キリスト・イスラム教ではない宗教の影響が強いと、創造論には陥らず、別な間違いへ入り込みそうだ。
「進化史を歴史物語のように見ている」なら、次のような、まったく間違った発想にたどりつくだろう:このような傾向はRight Wingだけにとどまらない。名目上は唯物論を掲げるLeftistにも同様の傾向がみられる:
- 進化史は生命の"歴史"である
- (人間の)歴史が文明の発展の過程であるように、生命の"進化=進歩"の過程である。
- (人間の)歴史が人々の意志によって動くように、生命の進化もまた進化したいという意志によって進む
- (人間の)歴史は、安全や豊かさや平等など幸福を目指して進んできたように、生命の進化もまた目的を以って進んできた
さらに悠久の歴史を直観的に理解するのは簡単ではないので、「国家や文明の興亡」を「人間の一生」のアナロジーで捉えることもあるかもしれない。同様に、「種の分岐・進化・絶滅」の過程も「誕生・成長・死亡」になぞらえてしまっているかもしれない。であれば、
- 「このような人になりたいという願いと、そうなろうとする努力によって、そのような人になる」ように「進化する意志が進化を引き起こす」と考える
- 「誰かの人生」になぞらえて、進化史から生き方や道徳を引きだしてしまう
==>忘却からの帰還: "暗黙のアナロジー「進化史と歴史物語」 (2008/08/09)
マルクス主義同志会 曰くこれは「創造論をわずかも信じていないにもかかわらず反進化論を支持する」人々がいることを示している。しかも、それは、目的・意図といったものを自然の中に見出すという目的論志向な人間の推論機構に関連しているように見える。
間は果たして、人間の前の“種”の中から生じた、突然変異的な存在(これは、論理必然的に“個”としての存在である)から発展してきたものであろうか、そんな風に人間の発端と進化の歴史を理解することができるであろうか。何らかの猿(類人猿)から、人間への進化は果たして“偶然”の結果であろうか。我々は類人猿の中にたまたま生じた、たった一人のある“ミュータント”の子孫、その意味で偶然の産物であろうか。
鰺坂ほか: 反デューリング論の学習, p.46:
フランスのモノーらのように分子レベルで変異と淘汰を説明する試みもありますが、この説の最大の難点は変異も淘汰もたんなる偶然でしか説明されないという点であり、これについてさまざまな議論があります。
Alan Woods and Ted Grant say (in Marxism and Modern Science)
大いなる複雑さを生み出し、低次の生命から高次の生命を生み出し、複雑な作業が出来る能力を持つ大きな脳を有する人間へとつながった進化という事実は、その進歩的性質の証明である。
==>自然選択を嫌うLeftistたち (2007/03/07>
とすると、欧米における創造論勢力の問題は、日本にとっても対岸の火事ではないかもしれない。