2009/02/16

使ってはいけない「ダーウィンは死の床で撤回した」を使う牧師

創造論者も放棄したネタ「ダーウィンは死の床で撤回した」を使っている聖職者Grant Swankを毎度おなじみPZ Myers準教授が捕捉した。順にたどると、創造論者Malcolm Bowdenの1998年の本にたどりつく。
Grant Swank牧師は元気よく創造論者の本の引用して:
Many creationists are familiar with the account that a "Lady Hope" gave of her visit to Darwin a few months before he died:

多くの創造論者は、ダーウィンの死の数か月前にダーウィンを訪問したホープ夫人の証言を知っている。

...

There are those who protest the above with extreme vehemence, concluding it is all fabrication and that Darwin made no Christian profession.

極端な激しさで上記に抗議する人々がいる。そして、それがすべての作り事であり、ダーウィンがキリスト教の告白をしなかったと結論している。
高らかに宣言して話を終えていている。まさに作り事であることがわかっているの有名すぎるネタなのだが。

Ken Ham主宰の"若い地球の創造論"ミニストリAnswers in Genesisの「創造論者が絶対に使ってはいけない論」の1番目に挙がっているネタ:
「ダーウィンは死の床で撤回した」

多くの人々がこの物語を使う。しかし、これはほぼ確実に真実ではない。ダーウィンの妻で、進化論的な考えが嫌いだったEmmaを含む、彼の近親者の誰からも確証は得られていない。さらに、もしこれが真実だったとして、それがどうした。Ken Hamが聖書を捨てたら、聖書は否定されるのか?
さらに、詳しい記事もある:
Moore concludes that Lady Hope probably did visit Charles between Wednesday, 28 September and Sunday, 2 October 1881, almost certainly when Francis and Henrietta were absent, but his wife, Emma, probably was present.[9] ... He points out that her published story contained some authentic details as to time and place, but also factual inaccuracies -- Charles was not bedridden six months before he died, and the summer house was far too small to accommodate 30 people. The most important aspect of the story, however, is that it does not say that Charles either renounced evolution or embraced Christianity. ... The alleged recantation/conversion are embellishments that others have either read into the story or made up for themselves. Moore calls such doings 'holy fabrication'!

James Mooreは、ホープ夫人がおそらく1881年9月28日(水)〜10月2日(日)の間にチャールズ・ダーウィンを訪問しただろうと結論している。そのとき、ほぼ確実に、息子Francis Darwin[1848-1925]と娘Henrietta Emma "Etty" Darwin[1843-1927]が不在だが、妻のEmma Darwin [1808-1896]はいたと思われる。James Mooreは、公表されている物語は、時間と場所について何らかの本物の詳細を含んでいるが、事実の誤りも含んでいる。チャールズ・ダーウィンは死の6か月前には寝たきりではなく、夏の別荘は30人を集めるには小さすぎた。物語で最も重要な点は、チャールズ・ダーウィンは進化論を捨てたとか、キリスト教を受け入れたと言っていないことである。進化論を捨てたとか、キリスト教を受け入れたという主張は、誰かの記事を読んで引用したか、主張者自身で創ったのである。Jame Mooreはそれらを「神聖な作り事」と呼んでいる。

...

It therefore appears that Darwin did not recant, and it is a pity that to this day the Lady Hope story occasionally appears in tracts published and given out by well-meaning people.

したがって、チャールズ・ダーウィンが信仰を改めなかったようである。そして、ホープ夫人の物語が時折、善意の人々によって発表され、広められていることは、残念なことである。

[9] James Moore, The Darwin Legend, Baker Books, Grand Rapids, Michigan, 1994, p.167

[Greig, Russell, 1996. Did Darwin recant? Creation 18(1): 36-37. ]


そして、進化論サイドの「Mark Isaakの創造論者の主張リスト」にもあるネタ:

CG001:「ダーウィンは死の床で進化論を撤回した」

Source:
Enoch, H., 1916. Darwin's final recantation. Bombay Guardian, 25 March 1916 quoted at here

Response:

  1. ダーウィンが撤回したという話は真実ではない。ダーウィンの死の直後にホープ夫人が「ダーウィンを死の床に訪れて、ダーウィンが進化論を悔いて、キリストを受け入れた」と、集まった人々に告げた。しかし、ダーウィンの娘ヘンリエッタは、ダーウィンの最期の日々に付き添っていたが、ダーウィンが病いの床にいたときホープ夫人が見舞いに来たことはなく、ダーウィンはおそらく病床でホープ夫人を見たことはなく、ダーウィンは自身の科学的見解を何一つ撤回しなかったと述べている[Clark 1984, 199; Yates 1994]。
  2. この話が真実だとしても、何の関係も無い。進化論は多くの異なるソースからの証拠に基づくものであって、誰かの権威によって成り立つものではない。

Links:

  1. Greig, Russell, 1996. Did Darwin recant? Creation 18(1): 36-37.
  2. Yates, Simon, 1994. The Lady Hope story: A widespread falsehood.

References:

  1. Clark, Ronald W., 1984. The Survival of Charles Darwin: A biography of a man and an idea. New York: Random House.
  2. Yates, Simon, 1994. (see above)

      Further Reading:

      1. Clark, Ronald W., 1984. The Survival of Charles Darwin: A biography of a man and an idea. New York: Random House.
Grant Swank牧師が、創造論の動向に疎いのか、普通に嘘つきなのか、さてどっちかな。
posted by Kumicit at 2009/02/16 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Creationism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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