2009/06/05

John G Westのキリスト教と進化論は両立しない(1/5)「有神論的進化論とは何か」

今日から5回で、インテリジェントデザイン運動の本山たるDiscovery Instituteの副センタ長であるDr. John G Westによる、有神論的進化論批判を読んでいくことにする。この批判シリーズはDiscovery Instituteの新たなサイトFaith+Religionに2009年5月1日付で掲載されたもので、福音主義キリスト教徒が創造論から有神論的進化論へと流出することを予防することを意図したものである。

このため、進化論をほぼ正しく提示した上で、ひたすら「キリスト教と進化論は両立しない」を連呼する形になっている。逆にいえば、「進化論が正しければ、キリスト教はカス」というものである。

で、1回目は一番長い記事である「有神論的進化論とは何か」から。

まず、John G Westは有神論的進化論を、ある種のキリスト教な視点から概観する:
[John G. West: "What is Theistic Evolution?" (2009/05/01) on Faith+Religion]

Theistic evolution is the effort to reconcile Darwin’s theory of undirected evolution with belief in God in general and Christian theology in particular. Analogous terms to theistic evolution include “evolutionary creation,” “fully gifted creation,” and “biologos.”

有神論的進化論は、方向性なき進化というダーウィンの理論と、一般的な神と特にキリスト教学を調停しようという努力である。有神論的進化論と類似した用語に進化論的創造論や"授けられた創造論"や"バイオロゴス"などがある。

Theistic evolution encompasses a wide array of different approaches and views, which has generated considerable confusion about the actual meaning of the term. To a large extent, differences in opinion among theistic evolutionists are driven by how theistic evolutionists define both “theism” and “evolution.” Does theism require a God who actively and intimately guides the development of life? Or does it allow a passive God who may not even know how the development of life will ultimately turn out? Alternatively, does evolutionary theory require an undirected process (as Darwin insisted)? Or can evolution include a process guided to specific ends by an intelligent cause? One’s conception of theistic evolution will be markedly different depending on how one answers these questions.

有神論的進化論は、幅広く違ったアプローチや見方を含んでおり、そのことが本当の意味について混乱を生じさせた。その近論の多くは、有神論と進化論の定義の違いによって起きる有神論的進化論者の間での意見の違いである。有神論は、能動的かつ親しく生命の発展に関与する神がを必要とするのか? それとも。生命の発展や、その行きつく果てすら知らないかもしれな受動的な神を許容するだけなのか? 言い換えるなら、進化論はダーウィンの言うように方向性のない過程を必要とするのか? それとも進化はインテリジェントな原因によって特定の到達点へと導かれる過程を含んでいるのか? これらの問いにどう答えるかによって、有神論的進化論の考え方は大きく違ってくる。

In the initial decades after Darwin proposed his theory, theistic evolution typically was presented as a form of guided evolution. Although Darwin himself firmly rejected the idea that evolution was guided by God to accomplish particular ends, many of Darwin’s contemporaries (including those in the scientific community) rejected undirected natural selection as sufficient to explain all the major advances in the history of life. Instead, there was widespread acceptance of the idea “that evolution was an essentially purposeful process... The human mind and moral values were seen as the intended outcome of a process that was built into the very fabric of nature and that could thus be interpreted as the Creator’s plan.” [Darwinism (1993), p. 6]

ダーウィンが進化論を提示したあとの最初の数十年は、有神論的進化論は、導かれた進化という形式で提示されていた。特定の到達点を実現するために神が導く進化を、ダーウィン自身はしっかり否定していたが、ダーウィンの同時代の人々は、方向性のない自然選択が生命の歴史の主たる発展を説明しきるとは考えていなかった。「むしろ、進化は本質的に目的ある過程だという考えが広がっていた。人間の心と道徳的価値は、自然の構造としてまさしく組み込まれた、創造主の計画と解釈できる過程の意図的帰結とみなされた」[Darwinism (1993) p.6]

This view of evolution as a purposeful process began to disintegrate early in the twentieth century after Darwinian natural selection underwent a resurgence due to work in experimental genetics. Once Darwin’s theory of undirected evolution became the consensus of the scientific community, the task for mainstream theistic evolution became considerably harder: Now one had to reconcile theism not just with the idea of universal common ancestry, but with the idea that the development of life was driven by an undirected process based on random genetic mistakes. But how can God “direct” an “undirected” process? Modern theistic evolutionists do not offer clear or consistent answers to this question.

実験遺伝学の成果によるダーウィンの自然選択の復活のあと、意図的過程としての進化という見方は20世紀初頭に崩壊し始めた。ひとたびダーウィンの方向性のない進化論が科学界のコンセンサスになると、有神論的進化論のメインストリームの課題は困難になった。有神論的進化論者は、一般共通祖先の考え方のみならず、ランダムな遺伝子の間違いに基づく方向性のない過程によって導かれる生命の発展と、有神論を調停しなければならなくなったからだ。しかし、方向性のない過程を神はどうやって指示すればいいのか?現代の有神論的進化論者は、この問いに明確かつ一貫した回答を出せていない。

Prominent current proponents of theistic evolution include Brown University biologist Kenneth Miller, author of Finding Darwin’s God; Eastern Nazarene University physicist Karl Giberson, author of Saving Darwin; former head of the Human Genome Project Francis Collins, author of The Language of God; and biologist/theologian Denis Lamoureux. Former Calvin College professor Howard Van Till was a prominent defender of theistic evolution in the early to mid 1990s, but his prominence waned after he abandoned Christianity and embraced “freethought.”

有神論的進化論の著名な支持者に、"Finding Darwin's God"の著者であるBrown Universityの生物学者Kenneth Millerや、"Saving Darwin"の著者であるEastern Nazarene Universityの物理学者Karl Gibersonや、"The Language of God"の著者であり、ヒトゲノム計画の前責任者であるFrancis Collinsや生物学者/神学者であるDenis Lamoureuxがいる。Calvin Collegeの元教授であるHoward Van Tillは1990年代初頭から中葉では著名な有神論的進化論の擁護者だったが、キリスト教を捨て、freethoughtを受け入れた後、著名ではなくなった。
キーワードは「方向性のない進化 vs 神の導き」である。

John G Westが前提とするキリスト教的な世界観とは、つまるところ「強制イベントによってストーリーをたどる」形式のRPGである。人間は自由意志にしたがって行動するとしても、予め仕込まれたイベントが起きて、予め定められたストーリーをたどる。たとえ、45億年の地球と40億年近い生命の歴史を認めたとしても、彼らはその過程が予め計画されたものではければならない。神にする行きつく果てを予測できない「方向性のない進化」は容認できない。

それを、この後、John G Westは指摘する:
While some contemporary proponents of theistic evolution maintain that their views are consistent with traditional Christian theology, many others have made clear that embracing theistic evolution requires radical revisions in how one views God.

有神論的進化論の現代の支持者たちのなかには伝統的キリスト教神学と矛盾しない見方を持っている者もいるが、多くの支持者たちは、有神論的進化論を受け入れるにはラディカルな改変を必要とする形の神についての見方を明らかにしている。

Contemporary proponents of theistic evolution raise at least three significant challenges to traditional Christian theology:

有神論的進化論の現代の支持者たちは、伝統的キリスト教神学に対して、少なくとも重要な3点で挑戦している。
John G Westの言う「伝統的キリスト教神学」がどこま伝統的キリスト教神学なのかはわからないが、少なくとも福音主義キリスト教の神学ではあるのだろう。それはさておき3点を順に見ていこう。
First, many theistic evolution proponents assert that because Darwinian evolution is by definition “undirected” God could not have actively guided the evolutionary process, contrary to traditional Christian teachings about God’s sovereignty. Indeed, God supposedly cannot even know with certainty or specificity how the evolutionary process will turn out. Applied to human beings, this means that God did not know beforehand whether the evolutionary process would produce human beings or some other rational creature such as a big-brained dinosaur.

第1は、有神論的進化論の支持者たちは「ダーウィン進化論は定義として方向性がないので、神は能動的に進化過程を導いていない」と主張しており、これは神の主権についての伝統的キリスト教の教義に反している。実際、神は、進化の過程に行きつく果てを確実に知ることできない。これを人間に適用すれば、これは神は進化過程が人間を生み出すのか、脳を発達させた恐竜のような別の理性的な生物を生み出すのか知らなかったことを意味する。
「人間が神の形に似せて創られたという命題は、西洋文明が構築された基盤原則のひとつである」で始まるDiscovery Instituteのアジェンダ「Wedge Document」に忠実な指摘である。すなわち、進化論が正しければ、「西洋文明が構築された基盤原則のひとつ」は共同幻想であると。特に問題のある主張ではない。

続いて、John G Westは堕落と原罪について述べる:
Second, many theistic evolution proponents repudiate traditional Christian teaching about the original goodness of creation and its subsequent “Fall.” According to Karl Giberson in Saving Darwin, human beings were flawed and sinful from the very start because they were produced by an evolutionary process driven by selfishness. Thus, there was no “Fall” from original goodness in the history of humanity. The foreword to Giberson’s book was written by fellow theistic evolutionist Francis Collins.

第2に、多くの有神論的進化論支持者たちは、原初の良き創造と、それに続く堕落についての伝統的キリスト教の教義を否定する。"Saving Darwin"でKarl Gibersonは、人間は利己性によって駆動される進化過程によって生み出されたので、人間は最初から不完全で罪深いと書いている。したがって、人間の歴史には、原初の良き創造からの堕落はない。Gibersonの本の前書きを、同じく有神論的進化論者であるFrancis Collinsが書いている。
エデンも、アダムとイブも実在したと暗黙のうちに仮定した記述となっている。すなわち、進化論が正しければ、創世記はおとぎ話にすぎなくなるという、ごくごく当たり前の主張である。

そして3つめは、神の存在する証拠が存在するはずだという原則について:
Third, theistic evolutionists who seek to retain the idea that God guided the evolutionary process typically insist that God’s guidance in biology is hidden from us. Such theistic evolutionists claim that God created evolution to look like “a random and undirected process,” even though it isn’t. These theistic evolutionists repudiate the consensus view of Jewish and Christian thinkers who for more than two thousand years maintained God’s design could be clearly observed throughout nature.

第3に、神が進化過程を導いたという考えを維持しようとしている有神論的進化論者たちは、生物学における神の導きは我々から隠されていると主張する。そのような有神論的進化論者は、たとえそうでないとしても、神は「ランダムで方向性のない過程」のように見えるように進化を創造したと主張する。これらの有神論的進化論者は、神のデザインは自然界において明確に観察可能だと言う2000年にわたって維持されてきたユダヤ教とキリスト教のコンセンサスな見方を否定する。
これは少しトリックのある主張。「生命の発展過程に神のデザインは自然界において明確に観察可能だ」というのは「2000年にわたって維持されてきたユダヤ教とキリスト教のコンセンサスな見方」ではないだろう。

ただし、こう主張することで、John G Westは「進化論が正しければ、2000年にわたって維持されてきたユダヤ教とキリスト教のコンセンサス」が幻にすぎなかったと主張したことになっている。

そして、最後に生物学者は無神論者だと書く:
Although theistic evolution receives much attention from the newsmedia, it clearly represents a fringe position among leading evolutionary biologists. Nearly 95% of the biologists in the National Academy of Sciences describe themselves as atheists or agnostics, a far higher percentage than in any other scientific discipline. [Where Darwin Meets the Bible (2002), pp. 271-273]

有神論進化論はニュースメディアから多くの関心を持たれているが、指導的な進化生物学者のなかで周辺的な位置にいる。National Academy of Sciencesの生物学者の95%は自らを無神論者あるいは不可知論者と回答しており、それは他の科学分野のどこよりも多い。[Where Darwin Meets the Bible (2002), pp. 271-273]

Similarly, according to a 2003 Cornell survey of leading scientists in the field of evolution, 87% deny existence of God, 88% disbelieve in life after death, and 90% reject idea that evolution directed toward “ultimate purpose.” [Cornell Evolution Project Survey]

同様に、2003年のCornellが行った、進化論の指導的科学者たちに対する世論調査で、87%が神の存在を否定し、88%が死後の世界を否定し、90%が進化が究極の目的に向かっているという考えを否定している[Cornell Evolution Project Survey]。
これについては、第5回で触れることにする。

いずれも、John G Westの主張は大きく狂ったものではない。これは「聖書に反しているから進化論は間違っている」と主張していないことによる。実際、この後の残り4回で紹介する記事を含めて、John G Westは「進化論は間違っている」と言っていない。

「キリスト教と進化論は両立しない」すなわち「進化論が正しければキリスト教はカス」だと言っているだけである。


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posted by Kumicit at 2009/06/05 01:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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