2010/01/02

魂を橋頭保とするインテリジェントデザインのEgnor

細菌の鞭毛や血液凝固系など「還元不可能に複雑だ」と主張したものの分解が進み、魚類と両生類の中間形態が多段階に見つかっていく中で、創造論者たちが次の防衛ラインとしているのが、「脳・心・魂」である。

ということで、インテリジェントデザインの本山たるDiscovery Instituteの公式ブログ執筆陣のひとMichael Egnorは魂の存在を主張する
"confusing the question of how the brain causes mind with the question of does the brain cause mind"

「いかに脳が心をつくるかと、脳が心をつくるか否か、を取り違えること」

Dr. Novella elides the central problem with strict materialism in the mind-brain problem. The first question isn’t "how the brain causes the mind" or "does the brain cause the mind." The primary question is this:

Dr. Novellaは、心と脳の問題の、厳格な唯物論の中心的問題を無視している。最初の問題は、「いかに、脳は心をつくるか」ではない。あるいは、「脳は心をつくっているか」でもない。最初の問題はこれである。

can the brain cause the mind?

「脳は心をつくれるか?」

In order to subject a theory to empirical test, it must first be logically coherent. Materialism fails as logic. What does it mean to say, "The brain causes subjective experience"? There is nothing about the physical scientific description of the brain that invokes subjectivity. The salient qualities of the mind — free will, restricted access and incorrigibility, qualia, intentionality, persistence of self over time, and unity of consciousness — are not properties of matter. Subjectivity is imputed by materialists to neural function, without coherent explanation or logical law-like dependence. The materialist assertion that the brain is the entire cause of the mind is merely an act of faith appended to the science.

理論を経験的に検証するには、まず、論理的にに筋が通っていなければならない。唯物論は論理として失敗している。「脳は主観的な経験をつくれるか」とは何を意味するのか? 主観を含む脳についての物理的科学的な記述はない。心の顕著な特性である自由意志・制限されたアクセス[私の思考を私が経験する]・頑固さ[論破不可能な知識・赤い色とか]・クオリア[主観的経験]・意図[自分の外にあるものに言及する能力・意味付け]・自己の持続性[脳を構成する物質が入れ替わっても同一人物]・意識の統一は物質の属性ではない。主観は、首尾一貫した説明または論理的法則依存性なしに、唯物論者によって神経機能によるものだとされる。脳が心のすべてであるという唯物論的断定は、科学に付加される信仰の成せるわざにすぎない。

[Michael Egnor:"It’s Time for Me to Unshatter My Three Pillars of Neuroscience Denial..." (2009/01/08) on Discovery Institute公式ブログ]
論の形式は"God of the gaps"と同じで、「科学的に説明がつかないから」を論拠としている。

ただ、"魂"は"超越的な神"ほどは簡単じゃない。というのは...

  • 魂それ自体は、超自然の存在で、科学的に検出できないという仕様でもかまわない
  • 魂が自然界を観測する方法は、人間の神経系を経由しても、直接に外界を観測してもよく、それを科学的に検出されないという仕様でもかまわない
  • ただし、魂が脳に干渉しない限り、魂が思ったことを、人間の肉体は表現できない。
  • 魂による脳への干渉は、科学的に検出できないという仕様でもかまわない
  • ただし、干渉前と干渉後で脳の状態は違っていなければならない。それは科学的に検出できなければならない。脳が思ってないけど、魂が思ったことを文字に書くためには、魂が脳にその"思い"を何らかの形で残さないといけない。脳そのものを観測していて、自然界の外側からの干渉の"結果"を見つけられないなら、何も魂は脳に作用していないことになる。
で、検出できないなら...
  • 現在の技術では検出不可能
  • あるいは、魂は存在するかもしれないが、脳には干渉していない
のいずれか。

インテリジェントデザイン支持者たちはもちろん、「現在の技術では検出不可能」と言っておくのが楽なので、本気で魂を見つけに行くことはないだろう。下手に探しに行って、見つからないと、限りなく「コントローラを握りしめてFPSをプレイしているつもりが、コントローラはゲームマシンにはつながっていなかった」に近づいていくことになる。それはさらに歓迎したくない状況。


タグ:DI id理論
posted by Kumicit at 2010/01/02 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | DiscoveryInstitute | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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