2009/07/22

「自然法則が存在するから聖書創造論は正しい」という創造論者

聖書創造論が正しい理由をAnswers in GenesisのDr. Jason Lisleは、聖書を根拠として次のように書いている:
... I demonstrate that biblical creation absolutely must be true because it is a prerequisite for knowledge and science. That is, if creation were not true, science (or knowledge about anything whatsoever) would be impossible. For example:

私は。知識と科学の前提として必要なので、聖書創造論が絶対的に正しくなければならないと示した。すなわち、創造が正しくなければ、科学や、いかなる知識もありえない。たとえば:

  • Orderly, mathematical laws of nature that describe the consistent clockwork operation of the universe are exactly what we would expect given that Christ upholds all things by the Word of His power (Hebrews 1:3). If the universe were really the chance product of a big bang, then why would it obey laws?

    宇宙の一貫した時計仕掛けの作用を記述する数学的自然法則は、まさに「万物を御自分の力ある言葉によって支えておられます」(ヘブライ人への手紙 / 1章 3節)とキリストが支持するものから期待されるものである。宇宙がビッグバンの偶然の産物なら、何故、法則に従うのか?

  • The fact that the human mind is capable of rational thought and that our senses can reliably probe the universe makes sense given that God created the human mind and sensory organs (Genesis 1:27; Proverbs 20:12).

    人間の精神が論理思考を可能であり、我々の感覚が宇宙を信頼できるものとして探索できるという事実は、人間の精神と感覚器官を神が創造したという事実の下で意味をなす。
    (神は御自分にかたどって人を創造された -- 創世記1章27節, 聞く耳、見る目、主がこの両方を造られた -- 箴言20章12節)

    ...

    [Dr. Jason Lisle: "The Ultimate Proof of Creation" (2009/07/20) on Answers in Genesis]
前半は、まっとうな主張。神の被造物たる機械仕掛けの宇宙を自然法則で記述するのが機械論である。
メルセンヌの首尾一貫した立場は、自然の秩序に示される神の力能と、いかようにも作用しうる神の絶対的な力能という、長き歴史にわたって形成された重要な区別に依存していた。機械論哲学がメルセンヌや後のボイルに訴えたのは、神がこの世界に作用を及ぼすときの通常のやり方を完璧に表現するものと考えられたからである。自然法則とは、秩序の根本原因でる神の意思が表現されたものであるが、神を拘束するものではない、神は望むならば別のやり方でも行動することができるのだから。機械論哲学は奇跡の起こる可能性を排除したのではなく、真の奇跡を認識する手段をはっきりさせた。自然法則のことばで説明しえない出来事、それこそが奇跡なのである、と。

[J.H. ブルック「科学と宗教」p.142]
そして、自然法則の存在は、キリスト教を無視したとしても、科学するために必要な信仰であることは、バチカン観測所Consolmagno神父の指摘するところでもある:
If you're going to be a scientist, there are three things you have to believe. Number one, the universe really exists -- I'm not just a butterfly dreaming I'm a scientist. Two, you have to believe that the universe makes sense. It's not chaotic; there really are underlying laws and we're able to find them. And the third and hardest thing, the most religious of the beliefs, is you have to believe it's worth doing.

科学者になるのなら、信じなければならないことが3つある。

  1. 宇宙は実際に存在する。自分が科学者であるという胡蝶の夢を見ているのではない。
  2. 宇宙には法則が存在して、それを発見できること。
  3. 法則を見つけることに価値があること。

[By Design: Interview with Brother Guy Consolmagno(2005/09/19)]
そして、19世紀には創世記の記述はもはや事実ではなくなってしまっていた。でも、聖書には科学的知識は記述されていないという、キリスト教の初期の方針どおり、聖書はゴミ箱行きを逃れている:
つまりわれわれの著者たちは、天体の形状について真理であることを知っていたが、これらの人々を通して語りたもう神の霊は、救いに何ら益ないことを人々に語ろうとは望まれなかったのだと。

[アウグスティヌス (著), 片柳 栄一 (翻訳):アウグスティヌス著作集 第16巻 創世記注解, 教文館,1994 -- 第2巻第9章20 p.53]


自然法則の存在の背後に超越的神を想定するのは"あり"なのだが、それは創世記の記述の正しさを保証しない。それをDr. Jason Lisleが無理やりつないでいる。
タグ:創造論
posted by Kumicit at 2009/07/22 05:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | Creationism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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