- 第1の要因:幸福を追いかけようとする性癖
- 第2の要因:コントロールの回復
- 第3の要因: カウンターナレッジに飛びつく
なお、ここではカウンターナレッジとは、波動や水伝や血液型性格判断のような呪術・HIV否定論やワクチン否定論やホメオパシーなどのニセ医療・スピリチュアルや心霊などのオカルト・神や9.11などの陰謀論・ID論や創造論などの宗教・リヴィジョニズム・その他の有象無象のメインストリームの外側の存在たちのこと。おそらく、そのほとんどはゴミだが、中には宝石も混じっているかもしれない。
第1の要因:幸福を追いかけようとする性癖
第1の要因は、進化心理などを研究するDaniel Nettleの言うところの「幸福を追いかけようとする性癖」:
われわれが進化によってプログラムされているのは幸福そのものではなく、なにが幸福をもたらすかをめぐる信念であり、幸福を追いかけようとする性癖です。(p.25)
わたしたちの体内に埋めこまれた幸福追求のプログラムは、今より良さそうな別の選択肢を発見させて、そこで終わりではありません。わたしたちがそれを追求するよう仕向けなければならないのです。だから、まずは高い地位や安らぎ、セックス、美貌などに関する情報をすばやく察知し、「これらを手に入れさえすれば、もっともっと幸せになれるよ」と心の声でささやくのです。... 人はそれらを欲しますが、いったん手に入れてしまうと、今度は別のものへの欲求に心を奪われてしまいます。(p.74)
ちまたに出まわる幸福の処方箋は、なにも書物にかぎりません。ありとあらゆる療法(セラピー)、ハーブ製品、スピリチュアル技法の数々。くわえて、宣伝広告のたぐいが描く、新商品を幸せそうに使う幸せそうな人々----。ほとんどはその効果が実証されていない、もしくは検証不可能であるにもかかわらず、これらの商品はおそろしくよく売れています。... こういったセラピーや技法をいとも簡単に信じてしまうのは、完璧な幸せを手に入れる方法がどこかにあるにちがいないと思っているからです。(pp.164-165)
[Daniel Nettle (山岡万里子 訳): Happiness - The Science behind your Smile (目からウロコの幸福学)]
第2の要因:コントロールの回復
第2の要因はJennifer Whitsonたちが言うところの「コントロールの回復」:
その理由は、AustinのUniversity of TexasのJennifer Whitsonと、Northwestern UniversityのAdam Galinskyによれば、理解できない力で制御不可能になったという感情を、パターン認識が埋め合わせていること。パターン認識は、生命はランダムだという感覚を均衡させ、何が起きているか理解し、その事態に自分が影響を及ぼせるという感覚を回復させる。株式市場の崩壊を巨大な陰謀論で説明する方が、金融システムが自分の理解を超えていると考えるよりも安心できる。陰謀論を信じれば事件の原因と動機が定まり、単なる偶発時と考えるよりも合理的だと思えるようになり、乱れて予測のつかない現実をコントロールのもとにおくことができる。「陰謀論を信じれば事件の原因と動機が定まり、単なる偶発事件と考えるよりも合理的だと思える」ことにより、次に何をすべくかアクションを決定できるようになる。
...
人間の精神は、世界はランダムであると考えるよりも、神秘的で目に見えない力が秘かに働いていると信じたがる。Whitsonは次のように書いている「あらゆるデータに、人々は誤ったパターンを見出し、株式市場にトレンドを見出し、なじみの人間に陰謀を見出す。コントロールを失うと、たとえそれが空想上の秩序であっても、本能的に秩序を求める。」
[Sharon Begley: "Feeling Powerless? Do I Have a Conspiracy Theory for You" (2008/10/02) on News Week]
次のアクションを決定することができる目的論/陰謀論:
この傾向を強化する要因と次のようなものがありうる。人間にはもともと、偶然よりも必然を、必然よりも意図を物事の原因に求める傾向:
Dr Justin Barrett says:何事にも「行為者・行為者の意図/目的」が存在するという見方に基づけば:
過去10年の科学的証拠により、子供たちの心の自然な成長過程で、自然界をデザインされ、目的あるものとして見て、その目的の背後にインテリジェントな存在があると考える傾向ができることが示されている
子どもたちは通常かつ自然に発達させた心により、神による創造やインテリジェントデザインを信じるようになる。これに対して、進化論は人間の心には不自然であり、理解するのが難しい
[忘却からの帰還:"人間の心は進化論を理解しにくいようになっている?" (2008/11/30)
Deborah Kelemen and Cara DiYanni say:
生物および非生物の自然界の事物について、人工物のような目的機能の説明をつくり、動物と人工物の起源としてインテリジェントデザインを支持する傾向がある
[忘却からの帰還: "目的論を語る子供たち" (2006/11/13)]
- その意図/目的が望ましいものであれば、行為者を応援すればいい
- その意図/目的が自分にとって不利であれば、行為者を攻撃するうか、影響の及ばないところへ逃げればいい
たとえば、「職場 交通事故 お祓い」でググれば、「事故が続けば、お祓いしろ」ばネタが見つかる。偶発的な事故の連続あるいは複雑な要因が絡んでいて簡単に答えにたどりつけそうにないなら、原因を「悪霊が何らかの理由で我々を呪っている」として「対策としてのお祓い」につなげる。そして安心する。
逆から見れば、「我々は未対策事項があると不安を感じるが、この感情は対策を我々に強要する。感情につき動かされるままに対策を求める。そのためには因果関係を知らなければならない。簡単に答えが見つからなければ、"悪霊"という"陰謀論"を受け入れる。」という流れがありそう。
HIV否定論もそんなオカルトと同様の機能を持つ。HIV否定論は個人でできるAIDS対策(レモンとガーリックとか)をオファーしており、HIV感染者が自分でHIV感染という事態をコントロールできると確信できて、次のアクションも定まる。
未対策事項が自らのHIV感染であったChristine MaggioreはHIV否定論を信じ、HIV感染という恐怖を克服した(そして娘にHIVを感染させた、死なせた)。一方、自分の娘にHIVを母子感染させたかもしれないという未対策事項から、HIV否定論に近寄っていた"momma2girls82"は、娘が非感染であることがわかると、HIV否定論を離れた。
==>HIV否定論に至る経路について(2009/05/18)
第3の要因: カウンターナレッジに飛びつく
[[Jesse Preston and Nicholas Epley: "Science and God: An automatic opposition between ultimate explanations", J. Experimental Soc. Psychology, 45, 238241, 2009.]おそらく、これは「科学と宗教」以外でもありうると思われる。
科学と宗教は歴史を通して繰り返し衝突してきた。その理由の一つは、科学と宗教が同一の現象について対立する説明を提示してきたことによる。我々はこの対立が自動的に起きることを示す証拠を提示する。証拠は、一方が認められた価値を増すと、他方の評価自動的に下がる。実験1では、科学理論が貧弱な説明だと言われると、科学への評価を自動的に下げたが、同時に神への評価を自動的に高めた。実験2では、説明として神を使うことは、神の評価を自動的に高めたが、同時に科学への評価を自動的に下げた。宗教と科学には最終的な説明である可能性があり、これらの調査結果は、説明の座をめぐる競争で、自動的に他方の評価を下げることを示唆している。
なかでも目立つのが、「通常科学・通常医療」から「自然志向」への乗り換え。統計的(疫学的)に効果がみられないホメオパシーへの信頼もこれ。実態としては、政府規制を逃れるためにホメオパシーレメディを称する一般薬が紛れ込んでいて、むしろ危険。しかし、ひとたび「自然志向」への乗り換えてしまうと、連鎖的に受け入れてしまう傾向が見られる[ie 幻影随想]。
この第3の要因によって、第1の要因(幸福)については、これまでの方法で「幸せになれなかった」と感じれば、別な方法を選択しやすくなるだろう。第2の要因(コントロール)についても、現状知識で次のアクションを決定できないなら、別な方法を選択しやすくなるだろう。(その際に、カウンターナレッジが正しいかどうかは重要ではない。)
3つの要因による効果
これらのもたらす効果は:
- 次のアクションの決定(幸せになるために何をするか、あるいは当面の問題を解決するためにどの"敵"を打倒するのか、など)
人によっては「次のアクションの決定」を速やかに行えるメリットを、「次のアクション」によるデメリットが超えるもあれば、そうではないこともあるだろう。期待値がマイナスになってないなら、我々をカウンターナレッジを駆り立てる形質は、おそらく残っていくだろう。
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