2009/10/01

Discovery InstituteのWesley J. Smithについてつらつらと...

インテリジェントデザインの本山たるDiscovery Instituteには、科学哲学担当Dr. Stephen Meyerと社会学担当Dr. John G. West率いるインテリジェントデザイン部門(Center for Science and Culture)以外に、幾つかの部門がある。ただし、インテリジェントデザインと比べれば無に等しい。

そのひとつに、事実上Wesley J SmithひとりのプロジェクトBioethicsがある。形式的には、ダーウィニズム破壊を文鮮明に誓った結婚専門家Dr. Jonathan Wellsと、インテリジェントデザイン部門のDr. John G. Westも関わっていることになっているが、それらしいドキュメントを書いた形跡はない。活動実態は宗教右翼系雑誌First ThingにあるWesley J SmithのブログSecondhand smokeと、月1回程度のWesley J Smithの新聞などへの寄稿程度。

さて、このBioethicsだが、すなおにキリスト教の主張を前面に押し出したものとなっている。

  • 安楽死と自殺幇助反対
  • 幹細胞研究反対(ニュージャージー州での住民投票で研究資金が拒否されたのに、ニューヨーク州が研究資金支出を決定したことに文句をいうエントリ)
  • 動物実験推進
    So once again the choice is clear: Use able bodied people, animals, or don’t try to develop the technology. The choice is that simple and that stark.

    選択は明白だ。健康体の人間か、健康体の動物か、テクノロジーを開発しないか。選択はとても簡単かつ厳しい。
主張の根幹は自らも宣言するように"Human Exceptionalism"である。その結果、動物実験推進をのぞいて、自然科学および医学の研究に関して、基本的に敵対的。

そして、Wesley J Smithは、自らが奉じる"Human Exceptionalism"の敵として、環境保護主義者を挙げている。
[Wesley J. Smith: "Collapse Go Hand-in-Hand" (2009/08/18) on First Things -- Secondhand Smoke]

In his first counterpoint, George Monbiot makes an important point about such advocacy:

最初の回答で、George Monbiotはそのような主張について重要な指摘をする:
I detect in your writings, and in the conversations we have had, an attraction towards -- almost a yearning for -- this apocalypse, a sense that you see it as a cleansing fire that will rid the world of a diseased society.

私があなたの著作、そして、この対話に見出すのは、病んだ社会を世界から取り除く浄化の炎という意味での破局に心惹かれている、というより切望している点です。
Exactly. Radical environmentalism has become a new earth religion, yearning for Eden, and seeing humanity as the impediment. Reject human exceptionalism, and pretty soon, you find yourself in one form of nihilism or another -- including, in some cases, the hope for an apocalyptic collapse such as a pandemic or other catastrophe that will punish us and restore the world to its pre human glory.

まさしく、その通り。ラジカルな環境保護主義はエデンを希求する新たな地球教となった。その地球教では人類は障害物なのである。"Human exeptionalism"を否定すれば、ある種のニヒリズムに容易に陥る。そして、場合によっては、我々を懲罰し、世界に人類以前の栄光を回復する、パンデミックなどの破滅的崩壊を求めるようになる。

Kingsnorth so much as admits the truth of Monbiot’s observation by never denying it. Indeed, he writes:

KingsnorthはMonbiotの観察を否定しないことで、それが正しいことを認めている、実際Kingsnorthは次のように書いている:
Civilisations live and die by their founding myths. Our myths tell us that humanity is separate from something called “nature”, which is a “resource” for our use. They tell us there are no limits to human abilities, and that technology, science and our ineffable wisdom can fix everything. Above all, they tell us that we are in control…

文明はその建国の神話とともに生まれ、そして死んでゆく。我々の神話は我々に人類が「自然」と呼ばれるものとは別物だと告げている。そして、自然は我々が使う資源だと。神話は我々に人間の能力の限界はなく、テクノロジーと科学と我々の言語を絶した知性は、いかなる問題も解決できると告げている。...

I think our task is to negotiate the coming descent as best we can, while creating new myths that put humanity in its proper place. Recently I co-founded a new initiative, the Dark Mountain Project, which aims to help do that. It won’t save the world, but it might help us think about how to live through a hard century. You’d be welcome to join us.

私は我々の責務が、人間をあるべき処に収めるための新たな神話を創り、来るべき凋落を可能な限り乗り越えることだと思う。最近、私はまさにこれを助けるために、"Dark Mountain Project"というイニシアチブを創設した。このイニシアチブは世界を救わないが、厳しい世紀を生き延びる方法を考えることの助けとなるだろう。もちろん、あなたを歓迎する、
How disappointed do y’all think Kingsnorth will be when the apocalypse doesn’t come? Very, I suspect. (If we collapse, it won’t be global warming, it will be nuclear war.) In any event, I don’t know anything about the Dark Mountain Project. But I intend to find out.

破滅の日が来なければ、Kingsnorthは落胆するだろうか。おそらくそうだと思う。我々の崩壊するとしたら、それは地球温暖化ではなく、核戦争によるだろう。なんにせよ、私はDark Mountain Projectを知らない。しかし、私は知ろうとしている。
Wesley J. Smithにとって、環境保護主義者は「エデンを希求し、人類は障害物だという新たな地球教徒」である。

確かにWesley J. Smithの引用部分からは環境保護主義者Kingnorthはそのように見える。

ただし、インテリジェントデザイン支持者はQuote Miningをするのが一般的なので、Wesley J. Smithが引用からドロップした部分も見ておくと..
This craving for control underpins your approach. If we can just persaude the polit

コントロールしたいという熱望が、あなたのアプローチを支えている。もし我々が政治家にAとBとCを速やかに実行させることができたなら、我々は救われるだろう。しかし、気候変動が我々に示していることは、我々は生物圏も、それを破壊している機械も、コントロールできていないということだ。このことを受け入れるのは非常に大きな試練だ。
これがあっても、意味は変わらない。

また、Kingsnorthは次のように、確かに"human exceptionalism"について言及している:
Take a civilisation built on the myth of human exceptionalism and a deeply embedded cultural attitude to "nature"; add a blind belief in technological and material progress; then fuel the whole thing with a power source that is discovered to be disastrously destructive only after we have used it to inflate our numbers and appetites beyond the point of no return. What do you get? We are starting to find out.

"human exceptionalism"の神話と、「自然界」に対する深く埋め込まれた文化的態度
の上に文明を築いてみよう、そして、技術および物質的発展に盲目の信頼を置く。我々の人口と食欲を"point of no return"を超えて膨らませるために使い、そのあとには破壊的な状態になるエネルギー源とともにすべてに点火する。どうなるだろうか?我々それを目の当たりにしようとしている。

[Is there any point in fighting to stave off industrial apocalypse? (2009/08/17) on Guardian]
Kingsnorthは文明の崩壊を不可避と見ていて、それに備えて「人間をあるべき処に収めるための新たな神話を創る」ことが責務だと述べている。

どうも、Wesley J. Smithの「環境保護主義者はエデンを希求し、人類は障害物だという新たな地球教徒」だという主張は、一部の環境保護主義者たちについては、正しそうだ。

と同時に、Wesley J. Smithは温暖化否定論というDiscovery Instituteのポジション[ie Bruce Chapman]を、対地球教徒という形で主張していることも。

そして、環境保護主義あるいは地球温暖化対策を地球教部分を攻撃するのはWesley J. Smithひとりではない。政治評論家Michael Baroneはほぼ同様の考え方を示している:
[Michael Barone "On Guns and Climate, the Elites Are Out of Touch" (2009/05/11) on Real Politics]

I think there's something else at work here. For liberal elites, belief in gun control and global warming has taken on the character of religious faith. We have sinned (by hoarding guns or driving SUVs); we must atone (by turning in our guns or recycling); we must repent (by supporting gun control or cap and trade schemes). You may notice that the "we" in question is usually the great mass of ordinary American citizens.

これには何か別のものが働いていると考えている。リベラルエリートにとって、銃規制や地球温暖化に対する信条は宗教信仰の特徴を持っている。我々は罪を犯した(銃を保持しているとか、SUVを運転しているとか)ので、我々は贖罪(銃を警察に渡すとか、リサイクルするとか)しなければならず、後悔(銃規制やキャップ&トレードを支持して)しなければならないと。そして、問われている"我々"は、大量の普通の米国市民を指していることに気づくだろう。

The liberal elite is less interested in giving up its luxuries (Al Gore purchases carbon offsets to compensate for his huge mansion and private jet travel) than in changing the lifestyle of the masses, who selfishly insist on living in suburbs and keeping guns for recreation or protection. Ordinary Americans are seen not as responsible fellow citizens building stable communities but as greedy masses, who must be disciplined to live according to the elite's religious dogmas.

リベラルエリートは自分自身の贅沢をあきらめる(Al Goreはカーボンオフセットを買って、大邸宅やプライベートジェットでの旅行を補償する)よりも、自分本位の都市近郊に住み、リクレーションや護身のための銃を持つ多くの人々のライフスタイルを変える方に関心がある。普通の米国人は、安定したコミュニティを建設する信頼できる仲間な市民ではなく、貪欲な多数者とみなされる。そして、そのような人々はエリートの宗教教義によって生き方を規制されなければならないのだと。
福音主義キリスト教と温暖化否定論・環境保護反対のつながりは明らかであり[google: denial "global warming" evangelical]、温暖化否定論・環境保護反対の主張するだけでは、「宗教対科学」の構図になってしまう。それを「宗教対宗教」という構図で提示したがっているという面が、これらの主張にはある。


もっとも、自然科学の研究を妨害する反科学の要素を持つ環境保護主義者たちが問題なことは確かだけどね。




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posted by Kumicit at 2009/10/01 07:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | DiscoveryInstitute | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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