2009/10/20

民数記35章を掲げて刑を論じた?陪審員たち

Telegraphなどの報道によれば、テキサス州の強盗殺人の裁判で、陪審員たちが聖書の一節を参照して判断を下した可能性があるという:
[Texas man faces execution after jurors consult Bible to decide fate (2009/10/15) on Telegraph]

A convicted murderer faces execution in Texas after jurors consulted the Bible while deliberating on his sentence.

陪審は判決を決定するために聖書を参照した。有罪になったテキサスの男性は死刑を執行される可能性がある。


Amnesty International has appealed to the state to commute the sentence on Khristian Oliver, 32, who is due to die on November 5.

He was sentenced to death in 1999 for murdering a man whose home Oliver was burgling. The victim was shot in the face and beaten with his own rifle.

アムネスティインターナショナルは、11月5日に死刑執行されることになっているKhristian Oliver(32歳)に対する判決を変えるために州に訴えている。彼は1999年に、Oliverが強盗に入った家の男性を殺したころにより、死刑判決を受けている。犠牲者は自身のライフルで顔を撃たれ、殴られていた。

It later emerged that while deciding whether he should be given the death penalty, jurors consulted the Bible. Four jury members admitted that several copies had been in the jury room and that highlighted passages were passed around.

At one point, a juror reportedly read aloud from a copy, including the passage: "And if he smite him with an instrument of iron, so that he die, he is a murderer: the murderer shall surely be put to death."

Defence lawyers argued in appeals that jurors had been improperly influenced by the Bibles but the trial judge rejected the claim, a decision upheld by a Texas appeals court.

後に、彼に死刑を宣告すべきか決定する際に、陪審員が聖書を参照したことが明らかになった。4人の陪審員は、聖書のコピーが幾つか、陪審員室にあり、幾つかの節がハイライトされていたことを認めた。伝えられるところによれば、ある時点で、コピーにあった「もし、人が鉄の道具でだれかを打って死なせた場合、その人は殺害者である。殺害者は必ず死刑に処せられる。(民数記35章16節)」といった節を、ある陪審員が大声で読んだ。

被告側弁護人は訴えにおいて陪審員が聖書に不適切に影響されたと主張したが、予審判事は主張を却下した。そして、その決定はテキサス州上訴裁判所によって支持された。

The US constitution calls for the separation of state and religion. In 2005, the state supreme court in Colorado overturned a death penalty on a convicted murderer because jurors had consulted the Bible while deliberating over his sentence.

Commuting Robert Harlan's sentence to life imprisonment without parole, the court ruled that the Bible constituted an "improper outside influence" and a reliance on what it called a "higher authority".

米国憲法は、政教分離を定めている。2005年にはコロラド州最高裁判所が、判決を決定する際に陪審員が聖書を参照したという理由で有罪になった殺人犯への死刑判決を覆している。そして、Robert Harlanの刑を、仮釈放なしの終身刑に減刑し、聖書が不適切な外部からの影響および高い権威と呼ばれるものへの依存を構成すると判決した。

However, a federal appeals court ruled last year that while the Bible should not have been allowed into the deliberation room at Oliver's trial, there was no clear evidence to indicate they had influenced the jurors' decision. In April this year, the US Supreme Court refused to hear Oliver's appeal.

しかし、連邦上訴裁判所は、昨年、Oliverの裁判で聖書が陪審人室で許容されるべき李でないとしつつ、それが陪審員の決定に影響したことを示すはっきりした証拠がなかったと判断した。今年4月に、米国最高裁判所はOliverの訴を却下した。

Kate Allen, Amnesty International's UK director, said Oliver's trial was a "travesty".

"Religious texts provide consolation and spiritual guidance for billions of people the world over, but this use of the Bible to decide life or death in a capital trial is deeply, deeply troubling," she said.

アムネスティインターナショナルの英国の責任者Kate Allenは「Oliverの裁判は戯画的である。世界中の何十億の人々にとって、宗教文書は慰めであり、精神的指針であるが、生死を決める重要な裁判で聖書を使うことは、とても非常に問題である」と述べた。
参照された聖書の部分は、人を死に至らしめた者にたいする刑について、神がモーセに命じた部分(民数記 35章 9-34節)である。
民数記 35章 9-34節 逃れの町

主はモーセに仰せになった。

イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。あなたたちがヨルダン川を渡って、カナンの土地に入るとき、自分たちのために幾つかの町を選んで逃れの町とし、過って人を殺した者が逃げ込むことができるようにしなさい。町は、復讐する者からの逃れのために、あなたたちに用いられるであろう。人を殺した者が共同体の前に立って裁きを受ける前に、殺されることのないためである。

あなたたちが定める町のうちに、六つの逃れの町がなければならない。すなわち、ヨルダン川の東側に三つの町、カナンの土地に三つの町を定めて、逃れの町としなければならない。これらの六つの町は、イスラエルの人々とそのもとにいる寄留者と滞在者のための逃れの町であって、過って人を殺した者はだれでもそこに逃れることができる。

もし、人が鉄の道具でだれかを打って死なせた場合、その人は殺害者である。殺害者は必ず死刑に処せられる。もし、人を殺せるほどの石を手にして、だれかを打って死なせた場合、その人は殺害者である。殺害者は必ず死刑に処せられる。もし、人を殺せるほどの木の道具でだれかを打って死なせた場合、その人は殺害者である。殺害者は必ず死刑に処せられる。

血の復讐をする者は、自分でその殺害者を殺すことができる。彼と出会うとき、自分で殺すことができる。もし、憎しみを込めて人を突くか、故意に人に物を投げつけるかして、死なせるか、または、敵意を抱いて殴りつけて、人を死なせた場合、手出しをした者は必ず死刑に処せられる。彼は殺害者である。血の復讐をする者は、その殺害者に出会うとき殺すことができる。

しかしもし、敵意もなく、思わず人を突くか、故意にではなく人に何かを投げつけるか、または、人を殺せるほどの石を、よく見もせずに人の上に落とすかして、人を死なせた場合、その人がその敵でもなく、危害を加えようとしたのでもないときには、共同体はこれらの判例に基づいて、殺した当人と血の復讐をする者との間を裁かなければならない。

すなわち、共同体は、人を殺してしまった者を血の復讐をする者の手から救い出し、共同体が、彼の逃げ込んだ逃れの町に彼を帰さなければならない。彼は聖なる油を注がれた大祭司が死ぬまで、そこにとどまらねばならない。

しかしもし、人を殺した者が、逃げ込んだ逃れの町の境の外に出た場合、血の復讐をする者が逃れの町の境の外でこれと出会い、血の復讐をする者が、人を殺した者を殺したとしても、彼には血を流した罪はない。なぜなら、人を殺した者は、大祭司が死ぬまで、逃れの町のうちにとどまらねばならないからである。大祭司が死んだ後はじめて、人を殺した者は自分の所有地に帰ることができる。

これらは、あなたたちがどこに住もうとも、代々にわたって守るべき法の定めとせねばならない。

人を殺した者については、必ず複数の証人の証言を得たうえで、その殺害者を処刑しなければならない。しかし、一人の証人の証言のみで人を死に至らせてはならない。

あなたたちは、死罪の判決を受けた殺害者の生命と引き換えに贖い金を受け取ってはならない。彼は必ず死刑に処せられなければならない。

あなたたちは、祭司が死ぬまでは、逃れの町に逃げ込んだ者から贖い金を受け取って国に帰らせて、生活させてはならない。

あなたたちは、自分のいる土地を汚してはならない。血は土地を汚すからである。土地に流された血は、それを流した者の血によらなければ、贖うことができない。

あなたたちの住む土地、わたしがそこに宿る土地を汚してはならない。主であるわたしがイスラエルの人々のただ中に宿っているからである。
これはこれで一つの考え方であるが、少なくとも米国の法律およびテキサス州法ではない。

しかし、テキサス州は州教育委員長に創造論者が就任したり、その後任が福音主義キリスト教の信仰の下で温暖化否定論者だったりするような、福音主義キリスト教の影響が強い場所である。

終身刑と死刑の間で、聖書を根拠に死刑を推した陪審員たちがいても不思議ではない。が、明確にそうだとは言えない。既に連邦最高裁判所も、陪審員たちが聖書の影響を受けたとは認められないと判断している。

いずれにせよ、聖書を掲げて自説を主張するのは、自説の根拠の弱さを示すようなもの。それは温暖化否定でも同様で、その根拠に創世記を読み上げることは自説の根拠がないと言うに等しい。

==>議会で温暖化否定を聖書で語るJohn Shimkus連邦下院議員 (2009/04/16)



posted by Kumicit at 2009/10/20 08:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | News | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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