2006/02/12

Luskinは語る「インテリジェントデザインは神の議論ではない」と (2)

現在はインテリジェントデザインの本山たるDiscovery InstituteのスタッフをつとめるCasey Luskinが「インテリジェントデザインは神についての議論ではない」という記事(
Is Intelligent Design Theory Really an Argument for "God"?
)について昨日のつづき。

BeheとDembskiからの引用。そして、Luskinは語る。

生化学担当Dr. Michael Beheの執筆物から

"The most important difference [between modern intelligent design theory and Paley's arguments] is that [intelligent design] is limited to design itself; I strongly emphasize that it is not an argument for the existence of a benevolent God, as Paley's was. I hasten to add that I myself do believe in a benevolent God, and I recognize that philosophy and theology may be able to extend the argument. But a scientific argument for design in biology does not reach that far. This while I argue for design, the question of the identity of the designer is left open. Possible candidates for the role of designer include: the God of Christianity; an angel--fallen or not; Plato's demi-urge; some mystical new age force; space aliens from Alpha Centauri; time travelers; or some utterly unknown intelligent being. Of course, some of these possibilities may seem more plausible than others based on information from fields other than science. Nonetheless, as regards the identity of the designer, modern ID theory happily echoes Isaac Newton's phrase hypothesis non fingo. (Michael Behe, "The Modern Intelligent Design Hypothesis," Philosophia Christi, Series 2, Vol. 3, No. 1 (2001), pg. 165, emphasis added)

現在のインテリジェントデザイン理論とPaleyの議論の最も重要な違いは、インテリジェントデザインがデザインそのものに議論を限っていることである。インテリジェントデザインは、Paleyの議論と違って、慈しみ深き神の存在についての議論ではないことを強く強調したい。取り急ぎ加えるなら、私自身は慈しみ深き神を信じており、哲学と神学がこの議論を広げることをわかっている。しかし、生物学におけるデザインについての科学的議論はそこには及ばない。 私はデザインを論じても、デザイナーについては未知のままにしている。デザイナーの役割を果たせる可能性のある候補は、キリスト教の神、天使と堕天使、プラトンの創造神、何らかの神秘的なニューエイジの力、アルファケンタウリからの異星人、タイムトラベラー、あるいは全く未知のインテリジェントな存在。もちろん、これらの可能性には、他の科学の分野からの情報に基づけば、他よりももっともらしいものもある。しかしながら、デザイナーの特定について、現在のインテリジェントデザイン理論はうまく、アイザック・ニュートンの「私は仮説を作らない」というフレーズを復唱している。

インテリジェントデザイン主導者たちのなかで、デザイナーを異星人でも悪魔でもよいと言っているのはただ一人Beheだけである。
それはさておき、Luskinはここでも、Dr. Michael Beheがデザイナーについて論じない点を強調している。しかし、その前に、デザインの存在を前提にしているところで、既に神の存在の議論なのだが。
「神かもしれないものが存在するかの議論」と「神についての議論」は同じではないが、同じようなものである。

続けて新聞に書いた記事からの同様の引用
"Although intelligent design fits comfortably with a belief in God, it doesn't require it, because the scientific theory doesn't tell you who the designer is. While most people - including myself - will think the designer is God, some people might think that the designer was a space alien or something odd like that." (Michael Behe, Pittsburgh Post-Gazette, 02/08/01).

インテリジェントデザインは神への信仰にフィットしているが、それを必要とするわけではない。というのは科学理論はデザイナーが誰なのか触れないからだ。私を含め、ほとんどのヒトはデザイナーを神と考えるが、ある人々はデザイナーを異星人やもっと奇妙なものと考える。

やっぱり、氏名不詳の神についての議論だといっているに等しい。それでも、Luskinが引用したのは、デザイナーが異星人でもよいと言ってくれるのがBeheだけだからか。

そしてBeheからの引用の最後は、ちょっと古くなってしまった代表作"Darwin's Black Box"から:
"The conclusion that something was designed can be made quite independently of knowledge of the designer. As a matter of procedure, the design must first be apprehended before there can be any further question about the designer. The inference to design can be held with all the firmness that is possible in this world, without knowing anything about the designer." (Michael Behe, Darwin's Black Box, pg. 197)


「何かが設計されたという結論は、全く独立してデザイナーについての知識でできていることができます。手順の問題として、デザイナーについてのどんな更なる質問でもあることができる前に、デザインは最初にとらえられなければなりません。デザイナーについて何でも知っていることなく、デザインへの結論は、この世では可能である全てのかたさで持たれることができます。」



数学担当Dr. William Dembskiの執筆物から

そして、最後はインテリジェントデザインの理論の中心人物たるDr. William Dembskiの著作から引用するLuskinである。

"One of the worries about intelligent design is that it will jettison much of what is accepted in science, and that an “ID-based curriculum” will look very different from current science curricula. Although intelligent design has radical implications for science, I submit that it does not have nearly as radical implications for science education. First off, intelligent design is not a form of anti-evolutionism. Intelligent design does not claim that living things came together suddenly in their present form through the efforts of a supernatural creator. Intelligent design is not and never will be a doctrine of creation. " (William Dembski, No Free Lunch, pg. 314, emphasis added)

インテリジェントデザインについての懸念のひとつは、それが科学で受け入れられることの多くを放棄するということである、そして、インテリジェントデザインに基づくカリキュラムが現在の理科のカリキュラムと非常に違って見えるということだろう。インテリジェントデザインはラジカルに科学へ影響するが、理科教育にはラジカルな影響をあまり与えないと思う。何より、インテリジェントデザインは反進化論ではない。インテリジェントデザインは超自然の創造者によって、生物が現在の形状で同時に突如出現したとは主張しない。

これは、"若い地球の創造論"ではないとDembskiが書いているところ。しかし、"若い地球の創造論"でなければ、神についての議論ではないというわけではない。地球平板説から進歩的創造論まで神についての論は幅広く分布している。
確かにインテリジェントデザイン理論は「進化は一切ない論」という"若い地球の創造論"ではない。しかし、「大進化と言われるものは実は進化ではなくデザインである論」である。「反(Anti)」ではないが、ほとんど「反(Anti)」である。数学&哲学屋のDembskiにとっては大きな違いかもしれないが、普通は同じだ。

"Intelligent design is modest in what it attributes to the designing intelligence responsible for the specified complexity in nature. For instance, design theorists recognize that the nature, moral character and purposes of this intelligence lie beyond the competence of science and must be left to religion and philosophy." (William Dembski, The Design Revolution, pg. 42)

インテリジェントデザインは、自然にある"指定された複雑さ"について"デザインするインテリジェンス"が原因であるという考えで最も穏健なものである。たとえば、デザイン理論家は、このインテリジェンスの特性や道徳的性質や目的については、科学の能力を超えたものであって、それらは宗教と哲学に残されるべきものと認識している。

デザイナーを語らないのが科学だと言っているDembskiの良く引用される部分。しかし、デザインがあるという前提をとっているところが問題なのであって、デザイナーについては元来、科学の取り扱い対象外。

"The most obvious difference is that scientific creationism has prior religious commitments whereas intelligent design does not. ... Intelligent design ... has no prior religious commitments and interprets the data of science on generally accepted scientific principles. In particular, intelligent design does not depend on the biblical account of creation." (William Dembski, The Design Revolution, pg. 40)

最も明らかな違いは、創造科学が宗教的な関与を前提としているのに対して、インテリジェントデザインがそうではないこと。... インテリジェントデザインは宗教的関与を前提とせず、科学的データを一般に認められている科学的原則に従って解釈するものだ。特に、インテリジェントデザインは聖書の創造に記述に依存しない。

創造科学は「創造6日間は何でもあり」だが、その後は聖書の記述にあわせて、科学的な色合いの屁理屈をこねるもの。インテリジェントデザインは「大進化はデザイン」という前提に従うもの。それは普通は宗教に分類されるべきもの。
ただし、特定宗教たるキリスト教の経典たる聖書に依存しないようにつくられている点はDembskiは正しい。

そして、Luskin自らが語る

で、最後に、Luskin自らが、ほとんど繰り返しのように語る:
The scientific theory of intelligent design cannot identify the designer, but only detects the past occurrence of intelligent design in the natural world. Intelligent design theory cannot name the designer because it works off the assumption that all intelligent agents would generally create certain types of informational patterns when they act. While we can detect that type of information in the natural world to infer intelligent design, finding that type of information does not give us any information about the nature or identity of the designer. All we can infer is that the object we are studying was designed.

インテリジェントデザインの科学理論はデザイナーを特定できない。できるのは自然界にインテリジェントデザインが過去に起きたことの検出である。インテリジェントデザイン理論は、あらゆるインテリジェントエージェントが働くとき、一般的に特定の型の情報パターンを創り出すという仮定を置くので、デザイナーの名前を挙げられない。インテリジェントデザインを推論できる情報の型を自然界で検出できるが、情報の型を見つけることでは、デザイナーの性質や身元についての情報は得られない。可能なことはそのももがデザインされた推論することだけだ。

....
The fact that the identity of the designer is a religious question does not negate the purely scientific methods through which we can infer merely that an object was indeed designed. Indeed, when we find the type of information we know tends to be produced by intelligent agents, we have a valid scientific rationale for inferring intelligent design.

デザイナーの身元が宗教的問いであることは、そのものが実際にデザインされたと推論できるという純科学的手法を否定するものではない。実際、インテリジェントエージェントが創りだす傾向にあるとわかっている情報の型を見つければ、インテリジェントデザインを推論するための、有効な科学的正当性を得ていることになる。

用語を説明しておくと、"インテリジェントエージェント"とは時計職人やプログラマや神様など、知性で何かを創りだす存在を指す。

自然界の外側に存在するデザイナーは、機械論すなわち自然法則によって自然界を説明する科学の取扱商品ではない。従って、デザイナーが何者であり、どうやってデザインをしたかを論じることは科学の範疇ではない。これは当然のことであって、Luskinは間違っていない。

しかし、そもそもの問題について語っていない。連続分布する創造論を、進化論サイドと創造論サイドに分かつ境界線は、神様の直接介入を前提とするか否かである。そして、インテリジェントデザインは氏名不詳の神様の直接介入を前提としていることだ。

連続分布する創造論の創造論サイドとは「地球平板説・地球中心説・若い地球の創造論・ギャップ創造論・日=時代の創造論・進歩的創造論」であり、進化論サイドとは「進化論的創造論・有神論的進化論・理神論」である。これらのうち、ぎりぎり進化論よりの創造論である「進歩的創造論」とはつまるところ、「大進化は神による」というもの=「神様の直接介入あり」。この「前提としての直接介入」が科学とバッティングしている。介入者がキリスト教の神様であるか否かは、大した問題ではないのだ。

Luskinはあくまでも、神の属性情報にタッチしなければ"神についての議論"ではないと主張する。そして、それの合う、BeheとDembskiの執筆物を引用する。
しかし、引用された文章は、直接介入を前提とすることを明らかにしている。



posted by Kumicit at 2006/02/12 00:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | DiscoveryInstitute | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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