2010/01/13

フロントローディングについて「何か」言ってみたインテリジェントデザイン支持者Jay Richards

「何かがデザインされた」と主張し、その何かへの進化経路が見るかると、「進化するようにデザインされた」と言ってデザインという主張を守ろうとするインテリジェントデザイン支持者たち。しかし、それは介入をフロントローディングに変えてしまう。

==>フロントローディングをめぐって on 忘却からの帰還ATWIKI

そして、最終的には「自然法則と初期値の形で、情報を宇宙に持ち込んだ神」という有神論的進化論に帰着して、科学と矛盾しなくなる。それは、もちろん、インテリジェントデザイン支持者たちが最も忌み嫌う事態だ。ある意味、インテリジェントデザイン運動にとって、「フロントローディングは滅ぼすべき敵」である。

このフロントローディングについて、インテリジェントデザイン支持者で、Discovery InstituteのフェローであるJay RichardsがエントリをDiscovery Institute公式ブログにポストした。

で、Jay Richardsは、まず、フロントローディングでもデザインは検出できるという:
First, taken seriously, this is quite obviously a theistic form of design that simply tries to locate all the designing activity at the beginning--in the cosmic fine-tuning and initial conditions. The design does real work, and there's no reason that the effects of that design would not be empirically detectable (as long as we have an open-minded, nonpositivist view of science). As a simple analogy, think of front-loading this way. If I shoot a gun at a target and hit it, I've intentionally aimed the bullet at the beginning, even though the bullet's trajectory follows the rules of gravity, momentum, etc. In God's case, of course, he would also establish the law-like rules and superintend them. All I can do when I shoot a gun is take them into account.

最初に、まじめに受け取ると、これは有神論のデザインを宇宙の最初のデザイン行動に置く、すなわち宇宙の微調整と初期条件とするものであることは明らかである。デザインは本当に働き、そしてデザインの効果を経験的に検出できない理由はない(オープンマインドで、少なくとも科学に楽観的でなければ)。簡単なアナロジーで、フロントローデングを考えてみよう。私が銃で的を撃って当たったとすると、たとえ弾丸の軌道が重力と運動量などの法則にしたがっているとしても、私は意図的に最初に弾丸で狙っている。神の例では、もちろん、法則名ルールを確立して、これを監督する。私が銃を撃つときにできるのは、それらの法則を考慮することだ。
検出できるのは自然法則と初期値であって、それを神の意図と解釈するかどうかは哲学問題。科学の版図内では、そんなことは知ったことではない。

で、続いて、Jay Richardsはインテリジェントデザイン部門長たるStephen Meyerの論とフロントローディングが矛盾しないという。まあ、それは当然で、神が自然法則と初期値の形で宇宙を実装し切ってしまわない限り、インテリジェントデザインと矛盾しない。
Second, some front-loading and fine-tuning is not only compatible with but necessary for Steve's argument. But I think the argument that everything can be explained this way doesn't capture the details of Steve's argument about information at the origin of life.

第2に、何らかのフロントローディングや微調整はStephen Meyerの論と矛盾せず、必要ですらある。しかし、私はフロントローディングと微調整だけですべてが説明できるというのは、Stephen Meyerの生命の起源における情報についての論を捕えていないと思う。
そして、神の介入の必要性を語り始めるJay Richardsは...
Third, even if it's possible for God to frontload things in this way, it hardly follows that this is a better explanation than the one Steve proposes, which is (at least implicitly) (1) that matter shows degrees of freedom inconsistent with such complete front-loading and (2) that intelligence plays an active and detectable role within cosmic history, and probably is not limited in the way proposed (or suggested) by Conway Morris and others.

第3に、神がこのような形でフロントロードできるとそいても、これがStephen Meyerの過程[神の介入]よりも良い説明になりそうにないことだ。少なくとも間接的に、(1) 物質が示す自由度と、そのような完全なフロントローディングは整合しない。(2) インテリジェンスが能動的かつ検出可能な役割を宇宙の歴史において果たしていて、おそらくそれはConway Morrisたちが提唱する方法(フロントローディング)に限定されない。
フロントローディングがあっても、神の介入はあるのだと言ってみただけのようだ。

ときどき、フロントローディングに対して何か言っておく必要があるが、それはまさに「何か」でよいと感がているのかも。
タグ:DI id理論
posted by Kumicit at 2010/01/13 00:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | DiscoveryInstitute | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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