2010/01/22

簡単に宗教を語ってみたDaniel C. Dennett

最強の自然主義哲学者Daniel DennettがWashington Postの連載で、宗教を特別扱いするのは終わりにしようという記事を書いた:
[Daniel C. Dennett: Religious no longer a protected class (2010/01/12) on On Faith -- Washington Post]


Q: キリスト教に対して広まったメディアバイアスはあるでしょうか?Brit HumeやSarah Palinのような福音主義キリスト教徒に対して? 公然と直接に自らの信仰を語る公人に対して? あなたがそうして信じる人々に対して?

キリスト教に対するメディアバイアスなんかないよ。あるように思える人がいるとしたら、数十年間のすごい駆け引きと、宗教を批判しちゃいけないものだっていう一般人の理解があったんだけど、それが遂にタブーを破って、アメリカンライフにある、あれやこれやの宗教アフォについて、率直に議論し始めたからじゃないかな。宗教の看板の後ろに隠れてなければ、誰からも批判されるような行いが、やっと適切に調べら始めてるね。

でも、まだまだ、やることは多い。飲酒運転に対する世論がひっくり返ったように、宗教についても今の仮定を変えないといけないね。ボクが若いころは、酔っ払い運転したヤシは、酔っ払ってたんだから仕方がないと言い訳したものさ。今じゃ、とってもいいことなんだが、酔っ払ってやっちまったことに対して、罪が倍になる。

宗教な熱狂の影響のもとでの暴力が、貪欲な犯罪よりも、もっと恥ずべきで不名誉だと思われるようになり、それだけ重い罰を受けるようになる日が待ち遠しいよ。でね、そんな行いに導いた宗教指導者は、危ない障害を持った人々を公道に送り出すバーテンダーと同じように軽蔑の眼で見られる日がね。

それから、説教壇の権力を濫用して、科学や公衆衛生や地球温暖化や進化論に対する誤解を吹き込む牧師たちが、不正直だという批難に応えなければならなくなる日が待ち遠しいよ。信じている子供たちに偽善なウソをつくのは、まったくの児童虐待そのものだよね。効かない治療法を売ったニセ医者や詐欺師は、詐欺で有罪になるんだから、奇跡療法とか祈りの効果とか、証明されていない主張をする聖職者だって、有罪にならなきゃ、おかしいだろ。

アカウンタビリティについての基準のほとんど全部を、宗教については免除してやるというダブルスタンダードはもう終わりにしなくちゃ。メディアバイアスが理由で捕まった銀行家や証券ブローカーなんか見たことない。彼らは自分たちが最近やったことのせいで、人々の関心と批判を招いたことを知ってる。彼らにはフリーパスなんかない。宗教の指導者や擁護者は、自分たちの組織がアメリカンライフにとっても影響力を持ってるので、人々に、その挙動すべてを見る権利があることを認めないとね。メディアが昔より厳しくなったと思うなら、それは宗教を調査から擁護するメディアバイアスが消え始めてるってことさ。潮時だろ。
ごもっともな正論である。だが、米国ではものすごく受けが悪そう。



posted by Kumicit at 2010/01/22 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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