2010/03/21

聖書は無謬の記録 again

"地球も宇宙も6000歳"な"若い地球の創造論者"たちは、聖書の記述が無謬の記録だという立場をとっている。
So, either the rock record is the evidence of millions of years, or it is largely the evidence of Noah’s Flood. It can’t be both. If we believe what the geological establishment says―that the earth is billions of years old and shows no sign of a worldwide Flood―then that belief contradicts our belief in Noah’s Flood. If we accept God’s inspired, inerrant testimony regarding the Flood, we cannot logically believe in millions of years.

したがって、岩石記録は数百万年の証拠であるか、主としてノアの洪水の証拠であるか、いずれかである。地質学の専門家が地球は数十億歳で世界規模の洪水が起きた痕跡はないと言うのを信じるなら、それは我々がノアの洪水を信じていることと矛盾する。我々が、ノアの洪水についての、神にインスパイヤされた無謬の記録を受け入れるなら、我々は論理的に数百万年のという時間を信じられない。

[Terry Mortenson: "The Key to the Age of the Earth" (2007/04/16) on Answers in Genesis]
聖書の記録が無謬であるなら、それは科学的に説明がつくべきだと創造論者たちは考える。当然、聖書と科学は対立物とはみなされない。
There doesn’t need to be any conflict between science and the Bible, if you take the Bible as the original authors intended it and as the original audiences would have understood it. We’ve made this clear in our Get Answers section.

聖書を原著者の意図したとおりに、そして元々の読者たちが理解したように、聖書を受け取るなら、科学と聖書は対立する必要はない。我々はそのことを"Get Answers"で明らかにしている。

God’s Word is sufficient to give you a big picture of history so you can properly explain the world. The only reason someone would reject the Bible’s plain reading is due to man-made beliefs that conflict with the Bible. I want to encourage you to trust the Bible first, and man’s ideas second. If man’s ideas ever conflict with God’s, then you should reevaluate man’s fallible ideas, because God doesn’t get it wrong.

神の言葉は歴史についての全体像を与えるに十分なものである。したがって、それにより世界を適切に説明できる。聖書の字義通りの読みを否定できるただ一つの理由は、それが聖書に反する人為的な信仰によるものであること。まず聖書を信じて、人間の考えを二の次にすることを奨める。人間の考えが神の考えと矛盾するなら、過つ可能性のある人間の考えを再考すべきだ。なぜなら。神は間違わないからだ。

[Feedback for the week of March 20, 2006 on Answers in Genesis]
そして、聖書の記述を科学的説明すべくネタを考え出す。特に「地球も宇宙も6000歳なのに、6000光年より彼方の星が見える理由」と「ノアの洪水の水源」について。

ただ、それらの試みは科学ではなく、「創世記」というSFのひとつのジャンルというべきものだった。たとえば、Dr. Henry M. Morrisはノアの洪水の水源として、8メートル分を上空蒸気層(Vapor Canopy)として想定した。それは水源という意味と、オマケとして定性的な温暖な地球という気分でしかなかった。実際には維持限界2メートル分で、50cm分で地上は100℃を超える。

Dr. Henry M. Morrisは定量的な考慮はまったくしていなかった。


タグ:創造論
posted by Kumicit at 2010/03/21 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Creationism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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