2006/03/18

Unguided! Unguided! Unguided!

Unguided とはメンテナンスフリーのことだが、何か?


インテリジェントデザインネットワークを主宰するカンザス州在住HarrisとCalvertは解説する:
the most important, defining characteristic of Darwinian evolution is that it is an unguided, unplanned, and purposeless process;
.....
When biologists speak of “evolution,” this is what they mean. Not just change
but unguided, unintended, purposeless change uninfluenced by a higher intelligence.

ダーウィン進化論の最も重要で明白な特徴は、それが指導も計画もされない目的のない過程だということだ。
....
生物学者が"進化"というとき、これが意味しているもの。それは単なる変化ではなく、高次のインテリジェンスによって影響も、指導も、意図もされない目的なき変化である。

William S. Harris and John H. Calvert "Intelligent Design: The Scientific Alternative to Evolution" [URL]


そして、インテリジェントデザインの数学哲学担当Dembskiは言う:
The evolutionary literature treats the evolution of humans from ape-like ancestors as overwhelmingly confirmed. Moreover, this iterature defines evolution as an inherently material process without any guidance from an underlying intelligence. ..... Instead, it argues that an evolutionary process unguided by intelligence cannot adequately account for the remarkable intellectual and moral qualities exhibited among humans.

進化論の文献は、類人猿のような祖先から人類が進化したと圧倒的に確認されたものとして扱う。さらにこの文献は進化を、基礎となるインテリジェンスによっていかなる指導もされない本質的に唯物論的過程として定義している。.... それに対して、インテリジェンスによって指導されない進化過程では、人間が示す特筆すべき知性とモラルについて適切に説明できないことを論じる。

William A. Dembski, "Reflections on Human Origins", 2004 [URL]
きっと本人たちは格調高く真理を語っているつもりなのだろうが、「unguided, unplanned, and purposeless」と言われても、意味がわからない。というか、「神様の直接介入」と言えば、わかりいいのだが。

もちろん、「unguided, unplanned, and purposeless」は神学論争の言葉だから、科学から見ると意味不明。本来、敵としていたのが、神がいかなるものかについて意見の異なる者たち。Dembskiは「有神論的進化論」を批判して:
Theistic evolution places theism and evolution in an odd tension. If God purposely created life through Darwinian means, then God’s purpose was ostensibly to conceal his purpose in creation. Within theistic evolution, God is a master of stealth who constantly eluded our best efforts to detect him empirically. Yes, the theistic evolutionist believes that the universe is designed. Yet insofar as there is design in the universe, it is design we recognize strictly through the eyes of faith. Accordingly the physical world in itself provides no evidence that life is designed.

有神論的進化論は有神論と進化論を妙な関係に置く。神がダーウィン的な手段で生命をわざわざ創造したなら、創造時点での神の目的は創造における神の目的を隠すことだったはずである。 有神論的進化論では、神は経験的に神を検出しようとする我々の最善の努力を避けるステルスの王者である。確かに有神論進化論者は宇宙がデザインされたと信じている。 ただ、宇宙にあるデザインは、厳密には信仰の目によってしか認識できないものである。従って、(有神論的進化論においては)、物理的世界には生命がデザインされたという証拠はありえない。

神様は自らの存在を隠すようなものではないという神学。

この手の考えには、その昔のNewton対Leibnizの戦いにおいて、Leibnizが放っている攻撃:
"Mr. Newton and his followers," says Leibniz, "have a curious opinion of God and his work. According to them, God must wind up his watch from time to time; otherwise it would cease to move. He had not sufficient insight to make it run forever. Nay, God's machine is so imperfect, according to them, that he is obliged to clean it, from time to time, by an extraordinary concourse, and even to repair it as a watchmaker repairs his work; the oftener he is obliged to mend it and to set it right, the poorer a mechanic he is."

Leibnizは言う「Newtonと彼の支持者たちは、神と神の創りしものに奇妙な意見を持っている。彼らによれば、神はときどき神の時計を巻きなおさないといけない。そうしないと時計は止まってしまう。神には、それを永遠に動かし続けるだけの、十分な洞察がなかった。否、彼らによれば、神の機械はまったく不完全であり、神は時々、非凡な集合で掃除しなければならず、時計職人のように自分で作った時計を修理しないといけない。」
http://www.class.uidaho.edu/mickelsen/texts/Weber%20-%20History/leibniz.htm
Newtonは惑星軌道の微修正による安定化を神様がしていると考えていたのだが、Leibnizは、神様が自分で創ったものに介入し続けると主張するのは、神様が出来の悪い時計職人だ言っているようなものだ攻撃。

いずれにせよ、科学の枠外の話であり、科学で決着のつく話ではない。「神様の直接介入」=「自然法則の枠外たる超自然」=「確率過程を含む自然法則で説明できない」なので、"God of the gaps"論になってしまって、疑似科学にしかならない。



posted by Kumicit at 2006/03/18 11:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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