2006/03/21

再読 インテリジェントデザインネットワーク [3/4 原注訳]

Intelligent Design: The Scientific Alternative to Evolution
William S. Harris and John H. Calvert
http://www.intelligentdesignnetwork.org/NCBQ3_3HarrisCalvert.pdf

原注訳:
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原注

[1] ウィリアム S ハリス博士は生化学者である。 ジョン H カルバート法学博士は1968年から弁護士事務所を開業しており、公立学校での起源科学の教育に関する裁判の憲法問題に焦点をあてている。彼は地質学の学位を持ち、さまざまな法律の契約において実行している。 二人は客観的起源科学に焦点をあてた組織であるインテリジェントデザイン・ネットワークの常務を勤めている。

[2] Ernst Mayr, “Darwin’s Influence on Modern Thought,” Scientific American 283.1 (July 2000): 80〜82. [強調部分は著者による]

[3] 淘汰(Selection)は選択をする、すなわち判断という意味を持つ言葉です。同義語には選択(choosing)や好み(preferring)があります。この意味で、意志を持たない(mindless)過程は"選択(Select)"しえません。川は抵抗が最も小さい道筋に沿って流れるように選択しません。ナトリウムイオンと塩素イオンは塩の結晶を形成することを選択しません。ガソリンと酸素とスパークは爆発を選択しません。そして水切りは麺をよそうことを選択しません。"自然淘汰"は自家撞着であり、この用語が広く使われていることがこの問題の特徴付ける誤った混乱を招いています。

[4] [強調部分は著者による]
Gene Stowe 「神学と科学を混同しないでください。教授たちは主張した。」サウスベンドトリビューン、1998年2月20日参照。 この定義は米国生物学教師協会により公表されました。苦情により、"監督されない(unsupervised)"という単語は削除されました。http://www.asa3.org/archive/evolution/199610/0058.html (2003年7月11日) および

http://www.nabt.org/sub/position_statements/evolution.asp (2003年6月11日)参照。進化生物学の基本的な主義主張は元のままです: 進化は指導も監督もされない過程です。

[5] The New Encyclopedia Britannica, 15th ed., 1973〜1974.

[6] George Gaylord Simpson, The Meaning of Evolution (New Haven, CT: Yale University Press, 1967), 345.

[7] Douglas J. Futuyma, Evolutionary Biology, 3d ed. (Sunderland, MA: Sinauer Associates, Inc. 1998), 5.

[8] Jacques Monod, quoted in Horace Judson, The Eighth Day of Creation (New York: Simon & Schuster, 1979), 217.

[9] 生命の起源を求めて長くて、曲がりくねった旅をしてきたので、がっかりする読者もいるかもしれません。 生命の起源のあらゆる側面にあまりにも多くの推測やモデル理論や論争があり、この科学分野がほとんど絶望的状態にあるとさえ思えます。
Noam Lahav, Biogenesis: Theories of Life’s Origins (Oxford: Oxford University Press, 1999), 302.

[10] 米国科学アカデミーはもっと楽観的です。 「生命の起源を研究している人々の間では、もはや非生物的な要素だけを含む科学過程で生命が発生しうかどうか問題ではない。替わって問われているのは、多くの道筋のどれで最初の細胞が発生したかだ。」Science and Creationism: A View from the National Academy of Sciences, 2d ed. (Washington, D.C.: National
Academy of Sciences, 1999). No hard evidence is presented to support this statement.

[11] 目的論は自然にあるデザインもしくは目的に関する証拠の研究です。

[12] "Consequently, theories of evolution which, in accordance with the philosophies inspiring them, consider the mind as emerging from the forces of living matter, or as a mere epiphenomenon of this matter, are incompatible with the truth about man. Nor are they able to ground the dignity of the human person.”
Pope John Paul II, message to the Pontifical Academy of Sciences (October 22, 1996), “Magisterium Is Concerned with Question of Evolution, for It Involves Conception of Man,” L’Osservatore Romano (English), October 30, 1996, n. 5.

[13] Richard Lewontin, “Billions and Billions of Demons,” The New York Review of Books, January 9, 1997, 31.

[14] Scott C. Todd, “A View from Kansas on that Evolution Debate,” Nature 401.6752 (September 30, 1999): 423.

[15] J. Rennie, “15 Answers to Creationist Nonsense,” Scientific American 287.1 (July 2002): 84.

[16] Robert Wright, Three Scientists and Their Gods (New York: Times Books, 1988), 70〜71.

[17] 「重要なポイントは進化に目的のようなもの、あるいは目的論的なものがありえないということだ。固有の目的という考えは、自然を客観的解析の対象でなくしてしまう。生物学者が他の生物学者を目的論者と呼ぶのは侮辱しているに等しい。」Robert Wesson, Beyond Natural Selection (Cambridge: MIT Press, 1991), 10.
2000年には、進化論と矛盾するという理由で、複雑な自然システムにおけるデザインの検出の科学的研究を行っていたベイラー大学(Baylor University)の学部全体が閉鎖されました。
2003年4月にはミシシッピ女子大学の化学の教授が「進化論に対する批判的考え(Critical Thinking on Evolution)」と題するインテリジェントデザインのような進化論を代替する見方についての講演を行って、解任されました。
Ed Vitagliano, “Professor Dumped Over Evolution Beliefs,” Agape Press, March 11, 2003.
ダラスのテキサス大学でホーマー・モントゴメリー博士が「恐竜の時代」という講義の必要な期末レポートのためのシラバスで以前は、「ソースと題材についての注意... レポートのテーマが反進化論(微生物病因説に反する議論や原子論に反するものも同様)なら、失格とする。創造論者の論文やインテリジェントデザインを主題とする論文を科学論文誌は計算しない。私はそのようなものを採択しない。」と書いていた。その後、シラバスは改定されました。2003年6月23日現在のシラバスに関しては、http://www.utdallas.edu/dept/sci_ed/Homer/dinosyllabus.html 参照。
デザイン理論が科学的でないのは、査読されていないからだという議論は陰険です。というのは、この理論を査読することを妨げるデザイン理論を排除する"不文律"があるからです。実際、インテリジェントデザイン理論は査読されたことがあり、今も査読されています。デザイン理論を主導する科学者であるMichael BeheとWilliam Dembskiのすべての成果は、彼らの主張に反論する自然主義的説明をするために広く査読されている。[訳注: "peer reviewed"に"査読"という訳語をあてたが、本来の意味とは違って、"ただ読まれているだけ"。]

[18] Donald Gould, former editor of New Scientist, “Letting Poetry Loose in the Laboratory,”
New Scientist 135.1836 (August 29, 1992), 51. 「次々と科学者たちが起源科学に対する客観的アプローチを支持することを表明し始めています。そのリストは300名を超えており、その多くが博士学位取得者であり、http://www.IntelligentDesignNetwork.org/polls.pdf. (June 10, 2003) に掲載されています。」

[19]「AAAS評議会は米国の科学の授業でインテリジェントデザイン理論に反対することを決議した」AAAS press release, November 6, 2002. [http://www.aaas.org/news/releases/2002/1106id.shtml] (June 10, 2003).
AAAS決議への反論はIDnetで読めるでしょう。(June 10, 2003). この決議は2002年10月18日にAAAS評議会理事たちにより承認されました。。

[20] 最新の研究論文は、複雑さと情報とデザインについての国際協会(the International Society for Complexity, Information,and Design)のサイト http://www.ISCID.org. (June 10, 2003)参照。

[21] William Dembski, “The Intelligent Design Movement,” Cosmic Pursuit 1.2 (Spring 1998): 22〜26.

[22]“Biology is the study of complicated things that give the appearance of having been designed for a purpose.” 「生物学とはある目的のためにデザインされた表現形を与える複雑なものを研究するものです」Richard Dawkins, The Blind Watchmaker: Why the Evidence of Evolution Reveals a Universe without Design (New York: W.W. Norton & Company, 1996),
フランシス・フリック(DNA構造の共同発見者, 1962年ノーベル賞受賞)によれば、「生物学者は、見たものが出剤されたものではなく、進化したものだということを常に銘記しなければならない。」Francis Crick, What Mad Pursuit: A Personal View of Scientific Discovery (London: Penguin Books, 1990), 138.

[25] Kenneth Chang, “Evolutionary Beliefs: Views in U.S. Much Different Than Elsewhere,”ABC News, August 16, 1999. [http://abcnews.go.com/sections/science/DailyNews/evolutionviews990816.html] (July 2, 2003).

[26] Kenneth R. Miller, Finding Darwin’s God: A Scientists Search for Common Ground Between God and Evolution (New York: HarperCollins, 1999), 187.

[27] "Magisteria"は"教師"に相当するラテン語の単語です。スティーブン・J・グールドは、科学と宗教が別々の、そして、異なった教育権威であると断言する。 残念ながら、どんな真の知的な重さも後者の意見に与えない。
Rocks of Ages: Science and Religion in the Fullness of Life” (London: Jonathan Cape, 2001) 参照。

[28] マノ・シンガム(Mano Singham)は、重複したmagisteriaについての問題について“The Science and Religion Wars,” Phi Delta Kappan 81 (February 2000): 426 で次のように記述しています。「非常に真に重要な問題だと認識しているが、私には解決策はない。我々が科学に対して示唆できる解決策はバイアスのかからない科学的な方法で、データと論理的分析が許す範囲に説明を限り、起源を探求と説明を客観的に行うことだ。そうすれば、生来の人生の目的といった思索的な問題は何であれ、自然と宗教の領分となる。科学が球技の審判のように客観的に探求を行う限り、(審判にも投げつけられる普通の罵倒表現以外に)どちら側にも不満は起こらないはずだ。」
私たちのシンガム博士に対する反論は John Calvert and William Harris, “Ending theWar Between Science and Religion.” [http://www.intelligentdesignnetwork.org/endingwar.htm] (June 10, 2003) 参照。

[29] その決議は「人間の起源の進化論と神の主義の間には、矛盾が全く創造者としてありません。」と再び断言しています。
John Filiatreau, “GA affirms ‘God’s Gift’ curriculum,” 214th general assembly news, June 20, 2002. [http://www.pcusa.org/ga214/news/ga02108.htm] (June 10, 2003).

[30]「神について知られていることが彼らにとって単純なのは、神がそのように創ったから。世界の創造から、神の見えざる性質である永遠の力と神性を、神の創りしものから明らかに見て取り、理解できるので、人間に言い訳はない。」Rom 1:10-20 強調追加。これに対するコメントは次の通りです。「無神論者に言い訳はできません。創造の本質に関する偏見のなく見れば、神の存在は明白になります。」
New International Version Disciples Study Bible (Holoman Bible Publishers, 1988), 1417.

[31] Quoted in Edward Larson and Larry Witham, “Scientists and Religion in America,” Scientific American 283.9 (September 1999).

[32] William Paley, Natural Theology (n.p.: New York: American Tract Society, n.d.), 9〜10.

[33] Tom Abate, “Human Genome Map Has Scientists Talking about the Divine: Surprisingly Low Number of Genes Raises Big Questions,” San Francisco Chronicle, February 19, 2001.

[34] William A. Dembski, The Design Inference: Eliminating Chance through Small Probabilities(Cambridge: Cambridge University Press, 1998), 36〜66.

[35] Dembskiは、確率の下限を1/10^150と見積もりました。彼はこの数字を a) 宇宙に存在する粒子の推定個数(10^80) × b) 1秒間に素粒子が変化する回数(10^45)× c) 宇宙の推定年齢 10^25秒(約150億年もしくは10^16秒 × 10億)と見積もりました。
William Dembski, No Free Lunch: Why Specified Complexity Cannot be Purchased without Intelligence (Lanham, MD: Rowman & Littlefield 2002), 21〜22; see also idem., The Design Inference, sec. 6.5.

[36] 別のレベルでは、このようなパターンの信号を受信する可能性を評価するのは不可能です。というのは休止とパルスが全宇宙で生成される総数を考えないと、特定パターンが出現する確率を正確に評価できないからです。しかしながら、1126のイベントから構成される情報のある文字列を受信する可能性を、知性の存在の証拠であると考えないSETI天文学者はいないでしょう。

[37] Hans D. Pflug, “Earliest Organic Evolution: Essay to the Memory of Bartholomew Nagy,”
Precambrian Research 106.1〜2 (February 1, 2001): 79〜91.

On the basis of such studies, the interaction of microorganisms with the formation of minerals can be traced back to early Archean times, thirty-eight hundred million years ago. There is no indication supporting the assumption that some kind of prebiotic evolution took place in the recordedhistory of the Earth. The origin of life is open to alternative explanations, including extraterrestrialphenomena.”


[38] DNAアルファベットである文字は糖リン酸重合体に沿って連続に結ばれた化学物質です。それらはアデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、およびチミン(T)と呼ばれます。3文字のセットが後で蛋白質を構成する一個のアミノ酸に対応します。

[39] 言語は個々のルールを持っていて、それに従って、意味のある系列(単語)を構成します。英語では"q"のあとには必ず、"u"が続く、"j"や"z"は絶対に後に来ません。DNAでは、まったく意味を持たない数百万の存在可能な文字列があります。それが蛋白質に翻訳されても、何の役にも立たない蛋白質ができるだけです。同じく "jzuqr"という単語は英語では意味を持ちません。

[40] これは統計的に不可能です。
Walter L. Bradley and Charles B. Thaxton, “Information and the Origin of Life,” in J.P. Moreland, ed., The Creation Hypothesis: Scientific Evidence for an Intelligent Designer (Downers Grove, Il.; InterVarsity Press, 1994), 190.


[41] Michael Denton, Evolution: A Theory in Crisis (Bethesda, MD: Adler and Adler,1985), ch. 6, “The Systema Naturae from Aristotle to the Cladists,” 119〜141.

[42] 200人以上の科学者が公式に以族の声明に署名しました。「私たちはランダムな突然変異と自然淘汰が生命の複雑さの説明となりうるという主張に対して懐疑的です。ダーウィン理論の証拠を慎重に存証するべきです。(We are skeptical of claims for the ability of random mutation and natural selection to account for the complexity of life. Careful examination of the evidence for Darwinian theory should be encouraged.)」
[http://www.discovery.org/articleFiles/PDFs/100ScientistsAd.pdf] (June 11, 2003).

[43] Michael J. Behe, Darwin’s Black Box: The Biochemical Challenge to Evolution (New York: The Free Press, 1996), 39; and idem., “Reply to My Critics: A Response to Reviews of Darwin’s Black Box: The Biochemical Challenge to Evolution,” Biology and Philosophy 16.5 (2001): 694〜695.

[44] Behe, Darwin’s Black Box, 39.

[45] 単純な菌の信じられない複雑さを示す恒例が最近レポートされています。それによると、イースト菌は少なくとも232の異なるマルチ-タンパク質」複合体を含み、23の複合体は30以上のタンパク質チェーンを含みんでいます。A.-C. Gavin et al., “Functional Organization of the Yeast Proteome by Systematic Analysis of Protein Complexes,” Nature 415.6868 (January 10, 2002): 141〜147.

[46] Paul Davies, The Fifth Miracle: The Search for the Origin and Meaning of Life (New York: Simon & Schuster, 1999), 60.

[47] 「遺伝子コードの特徴を発見した科学者はコード化のアナロジーをいつも考えていて、その発見をわかりやすく記述するためにコード化の用語を使いました。もし、タンパク質とRNAの化学相互作用のひとつとして扱っていれば、今も答えは出ていなかったでしょう。(The scientists who discovered the nature of the genetic code had coding analogy constantly in mind, as the vocabulary they used to describe their discoveries makes clear….If, instead, the problem had been treated as one of the chemistry of protein-RNA interactions,
we might still be waiting for an answer.)」 John Maynard Smith, “The Concept of Information in Biology,” Philosophy of Science 67 (June 2000): 183〜184.

[48] Lahav, Biogenesis, 158, at note 11. Also see note 37 above.

[49] S.A. Bowring et al., “Calibrating Rates of Early Cambrian Evolution,” Science 261.5126 (September 3,1993): 1293〜1298.

[50] Stephen J. Gould, “The Meaning of Punctuated Equilibrium and Its Role in Validating a Hierarchical Approach to Macroevolution,” in R. Milkman, ed., Perspectives on Evolution (Sunderland, MA: Sinauer Associates, Inc., 1982), 83〜104.

[51] Martin Rees, Just Six Numbers: The Deep Forces that Shape the Universe (New York: Basic Books, 1999), 148〜151.

[52] Peter D. Ward and Donald Brownlee, Rare Earth: Why Complex Life Is Uncommon in the Universe (New York: Copernicus, 2000).

[53]「それ(1954年)以来、何百人もの科学者が研究を継続していきましたが、遺伝子コードの起源についての問題はいまだ解決されていません。ふりかえってみれば、タンパク質統合マシンの複雑さと言う観点で、これは予想されていたことでした。100個以上のコンポーネントから構成されるそのような複雑なシステム(Lacano 1994)を前にして、アンチコドンループとアミノアシル化の位置づけの直接のつながりを欠いていることは、3文字の遺伝子コードとアミノ酸あるいは合成酵素(2次遺伝コードの考え方による)の簡単な立体化学相関関係の探求が絶望的であることを示唆しているとMoras(1992)が言うのも驚くには値しません。」Noam Lahav, Biogenesis, 209.
See also Bradley and Thaxton, “Information and the Origin of Life;”
Robert Shapiro, Origins: A Skeptics Guide to the Creation of Life on Earth, (New York: Bantam 1986), 117〜131.

[54] R.E. Lenski et al., “The Evolutionary Origin of Complex Features,” Nature 423.6936 (May 8, 2003): 139〜144.
It should be noted that such computer simulations serve not to
strengthen but to weaken the naturalistic hypothesis simply because intelligent intervention
was essential for the creation of the rules and constraints (not to mention the computer itself!).

[55] David Berlinski, “A Scientific Scandal,” Commentary 115.4 (April 2003): 29〜37;
this is a scathing critique of a nonexistent computer simulation of the evolution of the eye that has been touted for years as incontrovertible evidence of evolution.


[56] Dembski, No Free Lunch, 179〜228; see also idem., Design Inference.
A recent collection of essays by prominent scientists including Paul Davies, Stuart Kauffmann, and William Dembski is devoted to the problem of finding a law that might explain biocomplexity.
See his introduction in Niels Gregersen, ed., From Complexity to Life: On the Emergence of Life and Meaning (Oxford: Oxford University Press, 2002), 10〜13.
Dembski’s contribution deals with the inadequacy of genetic algorithms to solve the problem.

[57] Ten classic textbook “proofs” of Darwinian evolution including the Peppered Moth, Haekel’s embryos, Darwin’s Tree of Life, the Miller-Urey chemicals-to-life experiments, etc., are scientifically critiqued by Jonathan Wells, Icons of Evolution: Science or Myth (Washington, D.C.: Regnery Publishing, Inc., 2000).


[58]「すべての見かけとは反対に、非常に特別な方法で配置されるにもかかわらず、自然の唯一の時計職人は物理という盲目の力だ。本当の時計職人には先見の明がある。心眼で将来の目標のもとで、彼は歯車とスプリングを設計し、その接続を計画する。ダーウィンが発見し、すべての生物の存在と見た目に目的ある形状の説明であると知っている、盲目にして無意識の自動プロセスたる自然淘汰には何の目的もない。」リチャード・ドーキンス「盲目の時計職人」, 5.


[59]「自然の選択の力が、長い時の流れの中で働けば、変化の量に限界はないはずだ。」ダーウィン:種の起源 114
「この世界に住む数えきれない種, 属, 科はみな世代を重ね、それぞれの綱や群の中で、共通の祖先から、世代を経て変化してきたと、その他の事実と議論がこれを支持しなくとも、この視点を躊躇なく採用する。」ダーウィン:種の起源 457

[60] [30]参照

[61] 全米科学教育センターのEugenie Scottによれば、「デザイン理論とは、『さて、やれやれ、それはわからない。だから、神の為せるわざにしよう』というものであり、いったん神の為せるわざにしてしまえば、それ以上、自然の原理について考えなくなるだろう。だから我々は停止装置(stopper)と呼ぶのだ。」
Nina Shapiro, “The New Creationists: Seattle’s Discovery Institute Leads a National Movement
Challenging Darwinism,” Seattle Weekly, April 19〜;25, 2001.

[62] Lenski et al., “Evolutionary Origin.”

[63] Demarcation criteria (i.e., characteristics that reliably distinguish real from pseudoscience) have been highly criticized by highly regarded philosophers of science. Larry Laudan,“Science at the Bar: Causes for Concern,” in Michael Ruse, ed., But Is It Science? (Buffalo, N.Y.: Prometheus Books, 1988), 351〜355; Philip Quinn, “The Philosopher of Science as Expert Witness,” in ibid., 367〜385; David K. DeWolf, Stephen C. Meyer, and Mark E. DeForest, “Teaching the Origins Controversy: Science or Religion or Speech,” Utah Law Review 39.1 (2000): 68〜75.

[64] リチャード・ドーキンス「盲目の時計職人」, 6.

[65] 「科学は真実の探求と世界を理解するための努力です; それはバイアス、教義、天啓を拒絶しますが、道徳は拒絶しません。科学者の仕事は世界を観察し、現象を記録し、それを解析することです。」
Barbara Marinacci, “Linus Pauling: Scientist for the Ages,” quoting Linus Pauling, The Linus Pauling Institute website [http://lpi.oregonstate.edu/lpbio/lpbio2.html] (July 11, 2003).

科学は、一般真理の発見や一般法則の機能に関して体系化され定式化された知識を集め受け入れます。
知識は分類され、研究や生活あるいは真理の探究に使えるようにします。包括的であるか、深遠であるか、哲学的な知識であるかに。 特に知識は、科学的方法を使ってテストされ手に入ります。
Webster’s Third New International Dictionary of the English Language, unabridged (1993).

[66] National Association of Biology Teachers, [4]参照

[67] S. Hirotsune. et al., “An Expressed Pseudogene Regulates the Messenger-RNA Stability of Its Homologous Coding Gene,” Nature 423.6935 (May 1, 2003): 91〜96.

[68] Alvarado v. City of San Jose, 94 F3d 1223, 1229 (9th Cir. 1996), where the court formulated the following definition of religion:
第1に宗教は深遠で評価不可能なものと関連した原理的で究極の質問に取り組みます。第2に宗教は、個々に独立した教育と対照的に信仰システムからなり、本質的に包括的です。第3に、宗教はしばしば、形式的で外から見てわからない徴によって識別されます。

[69] Edwards v. Aguillard, 482 U.S. 578, 605 (1987); Alvarado v. City of San Jose, 94 F3d1223, 1232, and Fleischfresser v. Directors of School District 200, 15 F3rd 680, 689 (7th Cir. 1994).


[70] Jonathan Weiner, The Beak of the Finch: A Story of Evolution in Our Time (New York: Vintage Books, 1991).

[71] William Provine, “Evolution and the Foundation of Ethics,” MBL Science 3.1 (1988): 25-29.

[72] Fyodor Dostoevsky, “The Brothers Karamazov “ (Cutchogue, NY: Buccaneer Books, 1996).
posted by Kumicit at 2006/03/21 00:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID Introduction | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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