2010/06/20

"Negative Argument"の反証可能性

インテリジェントデザインはつまるところ「進化論で説明できないものはデザインだ」というものである。このような"Negative Argument"形式の定義であるインテリジェントデザインは「進化論で説明できないと見られていたものが、進化論で説明できた」ことによって、反証されることになる。

たとえば、インテリジェントデザイン理論家Dr. William Dembskiはまさしく、そのような形式の反証可能性を掲げている。

==>Dembskiの「インテリジェントデザインの反証可能性」

もちろん、Popperの意味で、これは「インテリジェントデザインの反証可能性」ではない。

たとえば、「進化論で説明できない鞭毛はデザインだ」というインテリジェントジェントデザインの主張を反証すべく、「鞭毛の進化経路」を提示したとしよう。この「鞭毛の進化経路の提示」は「鞭毛は進化論で説明できない」という主張を反証しているが、「鞭毛はデザインだ」という主張にはまったく触れていない。検証対象はあくまでも進化論であって、インテリジェントデザインは反証の対象になっていない。

つまり「進化論で説明できないものはデザインだ」という主張は無傷である。「進化経路の提示」はインテリジェントデザインの主張「進化論で説明できないものはデザインだ」を反証できない。別な方法を考えないと、インテリジェントデザインは原理的に反証不能。

しかし、このような反証可能性をインテリジェントデザインの本山たるDiscovery Instituteも掲げている。
There is a belief among media commentators that intelligent design is unscientific because it is unfalsifiable or untestable: no empirical evidence can count against it. Though common, this charge is demonstrably false. Of course there’s no way to falsify a mere assertion that a cosmic designer exists. This much we are agreed on. But contemporary design arguments focus not on such vague claims, but on detectible evidence for design in the natural world. Therefore, the design arguments currently in play are falsifiable.[1]

インテリジェントデザインは反証不能あるいは検証不能、経験的証拠で反証できないと理由で、インテリジェントデザインは非科学であるという考えが、メディアの解説者たちに広がっている。しかし、この批判はまったくの誤りである。もちろん、宇宙のデザイナーが存在するという主張を反証する方法はない。これについては我々も同意する。しかし、現在のデザイン論はそのようなあいまいな主張ではなく、自然界にあるデザインの検出可能な証拠にフォーカスしている、したがって、現在実行されているデザイン論は反証可能である。

Consider the argument that Michael Behe makes in his book Darwin’s Black Box. There he proposes that design is detectable in many “molecular machines,” including the bacterial flagellum. Behe argues that this tiny motor needs all its parts to function―it is “irreducibly complex.” Such systems in our experience are a hallmark of designed systems, because they require the foresight that is the exclusive jurisdiction of intelligent agents. Darwin’s mechanism of natural selection and random variations, in contrast, requires a functional system at each transition along the way. Natural selection can select for present but not for future function. Notice that Behe’s argument rests not on ignorance, but on what we know about designed systems, the causal powers of intelligent agents, and on our growing knowledge of the cellular world and its many mechanisms.

Michael Beheが自著Darwin's Black Boxで使った論を見てみよう。Beheは、細菌の鞭毛などの多くの「分子機械」で、デザインが検出可能だと提唱している。Beheは、この小さなモータは、すべての部品がそろわないと機能しない「還元不能に複雑」である。そのようなシステムは我々の経験では、デザインされたシステムの証拠である。というのはそれらは、インテリジェントエージェントにのみ見られる先見の明が必要だからだ。これと対照的に、自然選択とランダムな突然変異というダーウィンのメカニズムでは、機能するシステムは段階的に進む必要がある。自然選択では未来の機能ではなく、現在の機能に対して選択が働く。Beheの論は無知に基づくものではなく、我々がデザインされたシステムについて知っていることに、インテリジェントデザインの因果力、細胞世界や多くのメカニズムのついて発展しつつある知識に基づいている。

How does one test and discredit Behe’s argument? Describe a realistic, continuously functional Darwinian pathway from simple ancestor to present motor. Darwinists like Kenneth Miller point to the hope of future discoveries, and to the type III secretory system as a machine possibly co-opted on the evolutionary path to the flagellum. The argument is riddled with problems, but it shows that Miller, at least, understands perfectly well that Behe’s argument is testable. Similarly, the Internet is filled with supposed refutations of contemporary design arguments, many written by scientists using information from the natural world to make their arguments. An argument can’t be both open to falsifiability and unfalsifiable at the same time.

どうやって、Beheの論を検証あるいは反証するのか? 単純な祖先から現在のモータへの連続的に機能するダーウィンの経路を記述することだ。Kenneth Millerのようなダーウィにストは将来の発見および、Type III Secretory systemが鞭毛へのコオプションした可能性のあるマシンだと指摘している。その論には多くの問題があるが、Millerは少なくともBeheの論が完全に検証可能なことを理解していることを示している。同様に、インターネットには、現在のデザイン論を論破するという想定が満ちており、自然界にある情報を使って、自らの論を作り、多くを記述している。ひとつの論は反証可能かつ反証不可能ではありえない。

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[1] Recent work in the philosophy of science has revealed the degree to which high level scientific theories tend to resist simple refutation. If it were applied consistently, in fact, every theory in science would be hastily rejected. As a result, Karl Popper’s criterion of “falsifiability,” which most commentators seem to presuppose, was rejected by most philosophers of science decades ago as a litmus test for science. Nevertheless, it’s certainly a virtue of scientific proposals to be able to say what evidence would count against it.

科学哲学の最近の研究では、ハイレベルの科学理論は単純な反論には抵抗する傾向があることを明らかにしている。事実、一貫して適用されれば、科学理論はすべて速やかに棄却される。結果として、多くの解説者たちが前提としている、Karl Popperの反証可能という基準は、多くの科学哲学者によって数十年前に、科学のリトマス試験紙として放棄されている。しかし、いかなる証拠によって反証可能か言えるということは科学的提案の長所である。

[Center for Science & Culture, Discovery Institute: "Intelligent Design is Falsifiable" (2005)]
非常に明瞭に、「進化論で説明できたら、インテリジェントデザインは反証された」という形式である。もともとの論の定義が"Negative Argument"なので、誰が考えても、それ以外の形式にはなりえない。

なお、Discovery Instituteの注釈[1]は間違っていない。


タグ:id理論
posted by Kumicit at 2010/06/20 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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