2010/06/25

インテリジェントデザインは反証可能だと考えているはず...

竹内薫氏は「反証可能性」のみをもって科学を定義する:
科学の定義はたったこれだけ。
反証可能性--つまり、反証ができるかどうかということです。

[竹内薫: 99.9%は仮説, p.132]
そこまで単純なわけでもないが()、とりあえず承っておこう。

一方、竹内薫氏はインテリジェントデザインを科学だとみなしている:
いまのアメリカで物議を醸している科学論争に、「インテリジェントデザイン説」というものがあります。直訳すると「知的設計説」ですね。(p.160)

ひとことでいうなら、知的設計説というのは、このダーウィンの「進化論」に対する対立仮説なんです。(p.161)

[竹内薫: 99.9%は仮説(2006)]
もちろん、インテリジェントデザインは科学とはみなされていない。しかし、「竹内薫氏が定義する科学」には該当するかもしれない。

すなわち、「科学の定義はたったこれだけ。反証可能性」という定義にしたがって。

この反証可能性について、インテリジェントデザイン理論家Dr. William Dembskiは「インテリジェントデザイン理論がデザインだと主張するものが、進化論で説明されたら、インテリジェントデザインは反証された」と言えるのだと述べている。これは、Discovery Instituteの公式な立場でもある。

この立場では、観測事実は「進化したか否か」に対してのみ用いられる。従って、いかなる観測事実もインテリジェントデザインを直接、肯定も否定もしないことになる。これでは、Popperの意味での反証可能性を持たない。

でも、インテリジェントデザインは科学だとみなすのだから、竹内薫氏の意味では反証可能性があることになる。

とすれば、次のような主張は科学とみなされる。

  • 科学者は原始的な人々がイースター島の岩石を動かせたと説明できない。したがって、異星人が関与したはずだ。もし、岩石を動かす方法が示されれば、この主張は反証される。[SkepticWiki, *]
  • 科学的には、これらの心霊写真の説明がつかないので、心霊現象は存在する。もし、科学的に説明がついたら、この主張は反証される。
  • 「 神はクリーブランドに生息している800ポンド(363kg)のウサギをデザインした」は明らかに反証可能[Plantinga, *]




注:

ポパーの理論の難点の一つは、科学の大部分は、理論が間違っていることを証明しようとすることではなく、理論が通用しなくなる地点を定めることによって、利用できる範囲(即ち、科学者が間違った予測をする範囲)を定めようとすることになるという事実である。今の物理学者は、現代量子物理学の理論は宇宙全体にあてはまるのか、それともある状況のもと(ブラックホールの中だとか、100億年も前の宇宙のまさに起源にあったビッグバンの爆発のさなかだとか)ではなりたたなくなるのかといった問いによって動いている。(p.37)

[ロビン ダンバー (Robin Dunbar):「科学がきらわれる理由」]
また、Lakatos的には、Hard CoreとProtective Beltという階層を持ち、個々のProtective Beltは反証・修正されるが、Hard Coreは...
(Contrary to Popper 1934) It is rational to work in a research programme that is already “refuted” ? anomalies can be pushed aside with the hope they will turn into corroborations in the fullness of time.

(Contrary to Kuhn) research programmes have achieved monopoly only rarely; the history of science is and should be the history of competing research programmes. The sooner competition starts the better.

ポパー(1934)とは逆に、既に「論破された」研究プログラムにそって研究することが合理的である。異常はいずれは時間を掛ければ整合すると期待して、脇においておく。

クーンとは逆に、研究プログラムが独占を実現することは稀である。科学史は競合する研究プログラムの歴史であるし、そうあるべきだ。そして、競合は早く始まるほどいい。

Like Popper:

we must retain the determination to eliminate, under certain objectively specifiable conditions, certain research programmes.

A research programme is given up if it is degenerating while another is progressive.
It is only when a progressive programme explains the failures of a degenerating one that the degenerating one is treated as falsified.

ポパーのように、我々は、客観的な特定条件のもとで、研究プログラムを破棄する決定を留保しなければならない。研究プログラムは、他の研究プログラムが発展しているにもかかわらず、その研究プログラムがそうでない場合にのみ破棄される。

[Zoltan Dienes, Philosophy of Psychology "Imre Lakatos (1922-1974) The rationality of science"]
このあたりを、創造論者Todd Woodは次のように解説する。
種は一つの共通祖先から進化したという考え方を例にしよう。これは非常に単純なハイレベルの考えで、ダーウィン以前にも多くの人々が考えていた。このモデルを支持する観察が幾つかある。(1) 化石に記録された"進展" (2) 比較生物学(比較解剖学、比較胎生学など)(3) 類縁の種の生物地理学。お望みなら、多くのタイプのデータを説明する共通祖先の哲学的統合帰納を加えてもいいだろう。私の推定では、大半の進化生物学者はこれらの証拠が全種の共通祖先を支持するに十分な証拠だということに同意するだろう。
..
共通祖先という考え自体は、科学的にはある意味、役に立たない。共通祖先は、より経験的に作られた仮説(ロウレベル理論)のない、ある種の雲のような考えで、データとはより直接的にはつながっていない。たとえば、種はどう進化するだろうか? ラマルクが信じたように、種は環境に適応するのだろうか? 適応を推進する内在的なものがあるのだろうか? 遺伝的浮動で"自然に"進化するのだろうか? あるいは自然選択は関与するのだろ うか? これらすべての考えは、大なり小なり経験的な帰結を持っている。言い換えるなら、これらにはハイレベルな考えである共通祖先にはない、予測力がある。
...
ロウレベル理論での戦いが、ハイレベルのモデルを受け入れることと、ほとんど関係していない。 科学者たちは共通祖先というハイレベルの考えを問題にすることなく、自然選択の有効性を議論できる。同様に、新たな化石は、ロウレベル理論を修正するという意味で、「進化についての理解を変える」ことはある。これらの修正には、ハイレベルのモデルの強さはほとんど影響を受けない。

[Todd Wood: "The Nature of Explanation" (2009/10/15) quoted in 創造論者の攻撃に対して"共通祖先"が無傷である理由を語る"若い地球の創造論者"Todd Wood (2009/11/15)]



posted by Kumicit at 2010/06/25 08:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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