創造科学の父Dr. Henry Morrisがインテリジェントデザインは何も新しいことを言わなかったと、Institute for Creation Scienceのサイトの2005年の記事「Design Revelation」で批判した。その記事で、Dr. Henry Morrisは特に3点を挙げている。
- バクテリアの鞭毛はInstitute for Creation ScienceのDick Blissの持ちネタだった
- 指定された複雑さ(Speci]fied Complexity)は、Dr. Henry Morris自身がつかったOrganized Complexityと同じ意味である
- 偶然を排除する確率の基準をDr. Henry Morrisは10^110とした。インテリジェントデザインでは10^150であり、いずれもボレル数に言及して数字を出した
これに対して、Dr. William Dembskiは「INTELLIGENT DESIGN'S CONTRIBUTION TO THE DEBATE OVER EVOLUTION: A REPLY TO HENRY MORRIS」という記事で反論した。
まず、Dembskiはそもそも"唯物論的"進化論に対抗する議論はギリシャ哲学から存在するものであると言う:
The debate between intelligent design and materialistic evolution is as old as civilization. ... We see it also at the dawn of western philosophy, in which Greek atomistic philosophers like Democritus, Leucippus, and later Epicurus, championed a materialistic evolutionary process, whereas others, such as Anaxagoras, Plato, and the Stoics, argued for an intrinsic intelligence or purposiveness underlying the material world.
インテリジェントデザインと唯物論的進化論の間の議論は文明の歴史と同じくらい古い。... 西洋哲学の夜明けのギリシャにも見られる。唯物論的進化過程を支持したデモクリトスやレウシッパスそして後のエピクルスなど原子論哲学者たちと、物質界の基礎をなす内的知性や目的性を論じたアナクサゴラスやプラトンやストア派。
これは言過ぎ。進化論対創造論の戦いは19世紀後半に始まった、ヒトとサルが共通祖先を持つかどうかをめぐる戦い。Common Descentを認めるインテリジェントデザインなど誰も見向きもしないことは、DembskiブログUncommon Descentでのエントリ削除にいたったドタバタでも明らか。
==>共通祖先を肯定しようとしたが、やっぱり否定にもどった?Discovery Institute [2006年2月8日]
==>インテリジェントデザインと非共通祖先の分離を言ってみるDave Scot [2006年2月15日]
それはさておき、Dembskiの主張はギリシャから続く長き戦いの流れに、創造科学もインテリジェントデザインもあるということのようだ。だから、Dembskiはこう言う:
My own view is that Morris at once overstates creationism's contributions here and understates those of intelligent design.そして、創造論のダメな点をインテリジェントデザインが補完したかを並べ立てる。
私の見方では、Morrisは創造論の貢献を過大に、インテリジェントデザインの貢献に過少に言っている。
The problem with creationism's approach to design detection and ruling out chance is that its relevant concepts (like "organized complexity") were never developed beyond the intuitive, pretheoretic level.デザインの検出が直感的で厳格でないのが創造論の問題点だとDembskiは言うのだ。
....
But that's just the problem: the logic of design detection is not perspicuous and, at the hands of creationists, was never developed with sufficient rigor.
....
Morris should simply say that the design in creation is self-evident. End of story.
デザイン検出と偶然を排除する創造論のアプローチの問題点は、("organized complexity"のような)問題とされる概念が直感的で理論以前のレベル以上に発展することがなかったことだ。
...
しかし、それがまさに問題なのだ。デザイン発見の論理は明白でなく、創造論者によって十分に厳格なものは作られることがなかった。
...
その場合には、モリスは単に創造のデザインが自明であると言わなければならない。それでおわりだ。
そして墓穴を掘るような一言を添える:
By contrast, much of my own work on intelligent design has been filling in the details of these otherwise intuitive, pretheoretic ideas of creationists. For instance, I learned about Emile Borel and his universal probability bound of 10^(–50) through the writings of the creationists. Indeed, I recall as an undergraduate reading on the Chicago subway a book by ICR associates Clifford Wilson and John Weldon debunking UFOs. That book had an appendix that examined the chance formation of the origin of life and mentioned Borel's universal probability bound.なんのことはない。Dr. Henry Morrisが設立した Institute for Creation Researchの本を読んで勉強して、そのダメなところを補完したのだと誇っているDembkiであった。
これに対して、インテリジェントデザインについての私の多くの成果は、この創造論者たちの直感的で理論以前の段階のアイデアの詳細を埋めていくものだった。たとえば、私はEmile Borelとそのユニバーサル確率限界の10^50を、創造論者の本で知った。実際、学生の頃にシカゴの地下鉄の中で読んだ、Institute for Creation ResearchのClifford WilsonとJohn Weldonが書いたUFOをデバンクした本を思い出す。その本の付録で、Borelのユニバーサル確率限界に触れてて、生命の起源が偶然におきる可能性を論じていた。
Instead of emphasizing and developing work pertinent to design, creationists have tended to focus on other issues, such as dating the earth or accounting for geology in terms of a global flood.
創造論者たちはデザインに関する研究を強調・発展させずに、地球の年齢や洪水地質学の説明など他の話題に集中していた。
そして、創造科学者たちが使ってきた鞭毛にしても、進化では実現するのが困難であることを示したのはBeheたちであるとDembskiは言う。
結局、Dembskiはこう言った
創造科学が直感的な話だけしかせずに放置していたネタをちゃんと仕立て上げたのがインテリジェントデザインだとDembskiは言う。だから、「インテリジェントデザインは何も新しいことを言っていない」というDr. Henry Morrisの主張は間違いであると。
まさに、インテリジェントデザインは創造科学の補完者であると。
そして、Dembskiは創造科学を勉強していたと。