2006/04/03

祈りの効果についての報道

2006年3月24日のエントリ「方法論的自然主義」に、2006年4月2日にヤエミさんから

朝日新聞の記事に祈りの効果なし?テンプルトン財団をしりました。どうしても、私に分る、科学と宗教についてはなしたいのですが、どうすればいいですか?調べていると、このページに出会いました。宜しくお願いします。

というコメントがあった。なんのことかと探すと:
朝日新聞: 心臓手術に「祈り」の効果なし? 米で1800人研究(2006年4月1日)
Livedoor News: 祈りの効果信じますか?=米研究チームが心臓手術患者1802人を調査(2006年4月2日)


とりあえず、本エントリでは情報収集結果を報告する。
なお本件は、「科学と宗教」の問題ではない。この研究を行ったグループは、宗派比較や神の存否などは研究対象外であると言明している。そうでなければ、学術誌に掲載されることはないはずだ。



で、米国方面の報道においても、結果の概略数値を報じただけであり、実験条件などについては触れていない。

CNNがThe Associated Press配信記事をそのまま掲載した2006年3月30日付のNew York発の記事「Study: Prayer doesn't affect heart patients
Reutersの2006年3月31日付けのChicago発の記事「Study fails to show healing power of prayer

そこで、例によって1次ソースを見ることにする。


論文のアブストラクト

Herbert Benson, MD, Jeffery A. Dusek, PhD, Jane B. Sherwood, RN, Peter Lam, PhD, Charles F. Bethea, MD, William Carpenter, MD, Sidney Levitsky, MD, Peter C. Hill, MD, Donald W. Clem Jr., MA, Manoj K. Jain, MD, MPH, David Drumel, MDivgh, Stephen L. Kopecky, MDi, Paul S. Mueller, MDj, Dean Marekk, Sue Rollins, RN, MPH, Patricia L. Hibberd, MD, PhD: Study of the Therapeutic Effects of Intercessory Prayer (STEP) in cardiac bypass patients: A multicenter randomized trial of uncertainty and certainty of receiving intercessory prayer, American Heart J., 151, 943, 2006.

Abstract

Received 5 January 2005; accepted 6 May 2005

Abstract

Background
Intercessory prayer is widely believed to influence recovery from illness, but claims of benefits are not supported by well-controlled clinical trials. Prior studies have not addressed whether prayer itself or knowledge/certainty that prayer is being provided may influence outcome. We evaluated whether (1) receiving intercessory prayer or (2) being certain of receiving intercessory prayer was associated with uncomplicated recovery after coronary artery bypass graft (CABG) surgery.

背景:
Intercessory Prayerは病気からの回復に影響すると広く信じられているが、そのご利益の主張は制御された臨床試験では支持されていない。従来の研究においては、祈りそのもの、もしくは祈られることを知っているかどうかが影響するか対象としていなかった。我々は(1) Intercessory Prayerを受けたか (2) Intercessory Prayerを受けることを確かに知っているかが、心臓の冠動脈バイパス手術(CABG)の術後に合併症を伴うかどうかを調べた。

Methods
Patients at 6 US hospitals were randomly assigned to 1 of 3 groups: 604 received intercessory prayer after being informed that they may or may not receive prayer; 597 did not receive intercessory prayer also after being informed that they may or may not receive prayer; and 601 received intercessory prayer after being informed they would receive prayer. Intercessory prayer was provided for 14 days, starting the night before CABG. The primary outcome was presence of any complication within 30 days of CABG. Secondary outcomes were any major event and mortality.

方法:
米国の6つの病院の患者をランダムに3つに振り分けた。604名は、「Intercessory Prayerを受けるかもしれず、そうでないかもしれず」と知らされた後にIntercessory Prayerを受けた。597名は同様に知らされた後にIntercessory Prayerを受けなかった。601名は「Intercessory Prayerを受ける」こと知らされた後に、Intercessory Prayerを受けた。Intercessory Prayerは、冠動脈バイパス手術の前夜から始まり術後14日後まで続けた。第1の結果は、冠動脈バイパス手術後30日以内になんらかの合併症が起きたかどうか。第2の結果は重大な症状もしは死亡である。

Results
In the 2 groups uncertain about receiving intercessory prayer, complications occurred in 52% (315/604) of patients who received intercessory prayer versus 51% (304/597) of those who did not (relative risk 1.02, 95% CI 0.92-1.15). Complications occurred in 59% (352/601) of patients certain of receiving intercessory prayer compared with the 52% (315/604) of those uncertain of receiving intercessory prayer (relative risk 1.14, 95% CI 1.02-1.28). Major events and 30-day mortality were similar across the 3 groups.

結果:
Intercessory Prayerを受けるかどうかわからない2群では、Intercessory Prayerを受けた患者の52%(315/604)が合併症を起こしたのに対して、Intercessory Prayerを受けなかった患者の51%(304/597)が合併症を起こした。(相対リスク 1.02, 95%信頼区間 0.92〜1.15)[訳注: 統計的に有意ではない]。Intercessory Prayerを受けることを知っていた患者の59%(352/601)が合併症を起こした。これを、受けるかどうかわからずにIntercessory Prayerを受けた患者の52% (315/604)と比べた。(相対リスク 1.14 95%信頼区間 1.02〜1.28)[訳注: 95%の確度で統計的に有意] 重大な症状および30日間の死亡率は3群でほぼ同じであった。

Conclusions
Intercessory prayer itself had no effect on complication-free recovery from CABG, but certainty of receiving intercessory prayer was associated with a higher incidence of complications.

結論:
Intercessory Prayerそのものは冠動脈バイパス手術後の合併症には影響を及ぼさなかった。しかし、Intercessory Prayerを受けることを知っていた患者は、合併症の発生率が高かった。


本文は有償なので、アブストラクトを読んでみた。
Intercessory Prayerを受けたか受けないかの差は統計的に有意でないが、Intercessory Prayerを受けることを知っているか、知らないかは統計的に有意であるとのこと。

なお参加機関は:

  • Baptist Memorial Hospital (テネシー州メンフィス)
  • Beth Israel Deaconess Medical Center (マサチューセッツ州ボストン)
  • Integris Baptist Medical Center (オクラホマ州オクラホマシティ)
  • Mayo Clinic (ミネソタ州ロチェスター)
  • St. Joseph's Hospital (フロリダ州タムパ)
  • Washington Hospital Center (ワシントンDC)
  • the Mind/Body Medical Institute


研究を実施したHarvard Medical Schoolのニュースリリース

2006年4月の論文掲載にあわせてニュースリリースが3月1日に出ている。アブストラクトに記載されていない実験条件について見てみよう。

==>Harvard Medical Schoolの2006年3月1日付のニュースリリース「Largest Study of Third-Party Prayer Suggests Such Prayer Not Effective In Reducing Complications Following Heart Surgery

治療者および検査者について:
Caregivers and independent auditors comparing case reports to medical records were unaware of the patients' assignments throughout the study. The study enlisted members of three Christian groups, two Catholic and one Protestant, to provide prayer throughout the multi-year study. The researchers approached other denominations, but none were able to make the time commitments that the study required.

治療者および症例報告と医療記録を比較する独立検査者は、研究期間を通して患者がどのグループに割り振られたか知らされない。研究では複数年にわたって祈りを行うために、3つのキリスト教グループ(カトリック2つとプロテスタント1つ)のメンバーを募集した。研究者は他宗派にもアプローチしたが、研究に必要な時間を確約できなかった。

  • 治療する側は、患者が祈りを受けることを知っているかどうかおよび実際に祈りを受けたかを知らない。
  • 患者は実際に祈りを受けたかどうかを知らない
という形の実験になっている。

祈るメンバーには:
Unlike traditional intercessory prayers, STEP investigators imposed limitations on the usual way prayer-givers would normally provide prayer. The researchers standardized the start and duration of prayers and provided only the patients' first name and last initial. Prayers began on the eve or day of surgery and continued daily for 14 days. Everyone prayed for received the same standardized prayer. Providing the names of patients directed prayer-givers away from a desire to pray for everyone participating in the study. Because the study was designed to investigate intercessory prayer, the results cannot be extrapolated to other types of prayer.

伝統的なIntercessory Prayerとは異なり、STEP調査者は、通常は祈る人に与えられる祈りの提供について制限を加えた。研究者は祈りの開始および期間を共通化し、患者のラストネームのイニシャルとファーストネームだけを提示した。祈る人は、手術の前夜もしく当日に祈り始め、14日後まで毎日続けた。祈る人はすべて、受け取った標準化された祈りをした。患者の名前を提供することは、研究に参加している誰のためにでも祈りたいという願望から離れて、祈りの提供者に指示した。Intercessory Prayerを研究するように設定したので、研究結果を他のタイプの祈りには適用できない。

誰のために祈るかを限定し、間違って、祈りを受けないことになっている患者のために祈らない仕掛けは用意されている。また、祈り方を標準化して差異が出ないようにしている。

患者および家族などには:
Patients across the three groups had similar religious profiles. Most believed in spiritual healing and almost all believed friends or relatives would be praying for them. Investigators did not ask patients to have their friends and families withhold prayers, and assumed that many patients prayed for themselves during the study.

3つのグループの患者の宗教プロファイルはほぼ同様。ほとんどがスピリチュアルな治療を信じていて、友人や家族がすべて自分のために祈ってくれると信じている。研究者は、患者の友人および家族に対して、祈りを差し控えるようには依頼していない。また、多くの患者は研究期間に自分自身のために祈ることを仮定した。

"One caveat is that with so many individuals receiving prayer from friends and family, as well as personal prayer, it may be impossible to disentangle the effects of study prayer from background prayer," said co-author Manoj Jain, Baptist Memorial Hospital, Memphis, Tennessee.

「ひとつの留意点は、友人や家族からの祈りを受けている患者や、同じく自分自身に祈っている患者が多くて、これらからの影響と、研究での祈りの影響を分離できないかもしれないことだ。」

患者は祈りの効果を信じている人々で構成されており、患者の宗教傾向による差異はでないようになっている。ただ、家族や友人や本人の祈りは止められないので、そこは実験の制御からはずれてしまっている。

結果を見る

実験条件は普通にコントロールされていたように見える。で、結果をふりかえると、

合併症発生率は
(1) 祈られるかどうか知らない+祈りを受けた .......... 52%
(2) 祈られるかどうか知らない+祈りを受けなかった .... 51%
(3) 祈られるかどうか知っている+祈りを受けた ........ 59%
であり、(1)vs(2)は統計的に有意でないが、(1)vs(3)は95%の信頼度で統計的に有意。

つまり、信頼度95%で

  1. 祈りを実際に受けたかどうかで、術後合併症の発生率に影響はない
  2. 「祈りを受けた」という条件のもとでは、「祈りを受けることを知っている」か「祈りを受けられかもしれず、そうでないかもしれず」かは術後合併症の発生率に影響する。


これらのうち、2.は患者に与えられる情報によって、患者が影響を受けるという、予想される結果だと思われる。ただし、逆センスに出ているので、その理由付けが必要だろう。


ここで注意すべき点を論文の共著者の一人Mayo ClinicのDean Marek神父がニュースリリースで言っている。
"Our study was never intended to address the existence of God or the presence or absence of intelligent design in the universe. The study did not endeavor, either, to compare the efficacy of one prayer form over another or to assess participants' understanding of the nature and purpose of prayer. Finally, it was not our objective to discover whether prayers from one religious group work better than prayers from another," said co-author Father Dean Marek, Director, Chaplain Services, Mayo Clinic.

我々の研究は、神の存在や、宇宙におけるインテリジェントデザインの存在あるいは不在についてのものではない。研究は、祈る人の効果を比較するものでもなければ、参加者の祈りの性質および目的の理解度を計測するものでもない。どの宗教団体に属している者の祈りが効くかも目的ではない。

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これについて、Kumicitの考えは次の通り:

  • 患者がIntercessory Prayerを受けることを知らせれているかどうかは術後合併症に発生率に影響している。これは普通に科学。
  • たとえ現在は未発見であろうとも、自然法則によってメカニズムを記述可能な祈りなら科学の取り扱い対象になる。しかし、自然法則の外側、すなわち超越的な神が関与する祈りは機械論たる科学の取り扱い対象外である。
  • STEPの実験では、友人や家族や本人の祈りの排除、祈りメンバーの祈り方が標準どおりかの検証がないなど)ので、確定した結論は出せない。
  • 以上により、科学の取り扱い範囲内では、確定ではないが、Intercessory Prayerの効果は確認できなかったと見られる。




2006/12/05訳語修正:
"Intercessory Prayer"に"仲裁の祈り"という訳語をあてていたが、あまりよい訳ではないし、"とりなしの祈り"に変えても意味不明なので、後続エントリ[1,2,3,4,5,6,7]にあわせて、英語表記に変更。

なお、Intercessory Prayerそのものに治療効果があると主張する研究は散見されるものの、それらは二重盲検が破れていたり、詐欺師がいたり、テキサスの狙撃兵だったり。
posted by Kumicit at 2006/04/03 03:32 | Comment(3) | TrackBack(1) | Prayer&Magic | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
"Intercessionary Prayer"の訳語について

日本語訳が見つからなくて、「仲裁の祈り」にしてみたのだが、失敗だったみたい。
 「仲裁」==>「喧嘩の仲裁」==>「何だろう?」
とイメージが流れたみたいだ。「とりなしの祈り」が妥当かな?
Posted by Kumicit 管理者コメント at 2006/09/22 16:31
Kumicit様、はじめまして。いつも楽しく拝見させて頂いております。

Longman dictionary of contemporary English, Longman Group Ltd.によれば

intercession
1. the act of interceding
2. a certain sort of prayer which asks for other people to be helped, made well, etc.

「人のための祈り」くらいの意味だと思います。
Posted by LiX at 2006/10/19 23:18
この実験では「第3者による人のための祈り」で十分でしたね。

なお、もうちょい重いニュアンスがあるようなことを言っている人々もいるようです。
==> http://www.spirithome.com/prayintr.html
Intercessory prayer is not the same as prayers for yourself, or for 'enlightenment', or for spiritual gifts, or for guidance, or any personal matter, or any glittering generality. Intercession is not just praying for someone else's needs. It is praying with the real hope and real intent that God would step in and act for the good of some specific other person(s) or other entity. ...

==>http://www.gotquestions.org/intercessory-prayer.html
Intercessory prayer is the act of praying on behalf of others, but goes beyond the "normal" kind of prayer for others. The person is acting as a mediator between God and the person or people, closing the gap between them...


訳語に困ったのか、「代理祈とう」という表現にしてみた人も....
==>http://www.niph.go.jp/toshokan/cochrane/JP/REVABSTR/JP/jp000368.htm

Posted by Kumicit 管理者コメント at 2006/10/20 01:47
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Excerpt: “intercession”という単語はしょぼい辞書だと「仲裁」と訳されてしまう。そのため、“intercessory prayer”を訳すと、「仲裁の祈り」となってしまって訳(わけ)が分からない。実..
Weblog: 一人人海戦術
Tracked: 2006-10-19 23:13