2011/01/11

教皇・Ken Ham・PZ Myers

教皇ベネディクト16世は5年前に自然界の背後にインテリジェントプロジェクトがあると発言している
At the end of his general audience Nov. 9, the pope set aside his prepared text and spoke emphatically about the wisdom of recognizing "signs of God's love" in the marvels of creation. He made no scientific claims, but said it would be unscientific to think that "everything is without direction and order." Behind the natural world is "the creative reason, the reason that has created everything, that has created this intelligent project," he said.

2005年11月9日の総合聴取のおわりに、教皇は準備した原稿を使わずに、創造の驚異に「神の愛の徴」を認める知恵について強調した話しをした。彼は科学的な主張をしなかったが、「すべてに方向性や指示がない」と考えるのは非科学的だろうと発言した。自然界の背後に、「あらゆるものが創造し、このインテリジェントプロジェクトを創造した創造的理由」があると言った。

[John Thavis: "Designer God? Vatican experts debate fine points of evolution" (2005/11/11)on Catholic News Service]
もちろん、そのときも「宗教がその信仰のために科学的立証を求めるべきだとは意味しない」と科学への介入も否定している。

そして、2011年初にも同様の発言をしている。
"The universe is not the result of chance, as some would want to make us believe," Benedict said on the day Christians mark the Epiphany, the day the Bible says the three kings reached the site where Jesus was born by following a star.

"Contemplating it (the universe) we are invited to read something profound into it: the wisdom of the creator, the inexhaustible creativity of God," he said in a sermon to some 10,000 people in St Peter's Basilica on the feast day.

「宇宙は、誰かが我々に信じさせようとしているような、偶然の産物ではない。宇宙を熟考することで、我々はそこに深く刻まれたものを読み解くことになる。すなわち、創造主の知恵と、神の尽きることなき創造性を」」と3人の王が星に導かれてイエスの誕生した場所に到達した日だと聖書に書かれている御公現の祝日に、教皇ベネディクトはSt Peter's Basilicaに集まった1万名ほどの聴衆に向けて述べた。


Some atheists say science can prove that God does not exist, but Benedict said that some scientific theories were "mind limiting" because "they only arrive at a certain point ... and do not manage to explain the ultimate sense of reality ..."

無神論者の中には神が存在しないことを科学で証明可能だと言う者もいる。しかし、教皇ベネディクト「16世は科学理論はある種の到達点に至っているだけであり、現実の究極の意味を説明しようとはしないが故に、科学理論は思考を限定している」と述べた。

[Philip Pullella: "God was behind Big Bang, universe no accident: Pope" (2011/01/06)]
宇宙と生命の起源と進化を含むあらゆる科学理論を否定しないポジションをとったとき、神の置き場所は、自然界の背後以外にはない。

そのような考えに対して、"若い地球の創造論ミニストリ"Answers in Genesisを主宰するKen Hamは次のように述べる:
Now, if the book of Genesis is an allegory, then sin is an allegory, the Fall is an allegory, the need for a Savior is an allegory, and Adam is an allegory−but if we are all descendants of an allegory, where does that leave us? It destroys the foundation of all Christian doctrine−it destroys the foundation of the gospel.

If Genesis is an allegory then the first marriage is just an allegory, so marriage can be anything one wants to define it as! Jesus in Matthew 19 quotes from Genesis as real history to build the basis of marriage being one man and one woman.

創世記が寓話なら、原罪も寓話であり、堕落も寓話であり、救世主の必要性も寓話であり、アダムも寓話である。しかし、我々が寓話の子孫であるなら、我々に何が残るのか? それはキリスト教の教義すべての基盤を破壊し、福音書の基盤を破壊する。

福音書が寓話なら、最初の結婚も寓話にすぎず、結婚は自分が好きなように定義できる。イエスはマタイによる福音書19章で、創世記を真の歴史として引用し、一夫一婦制の基礎を打ち立てている。

[Ken Ham: "The Pope on the Big Bang" (2011/01/07) via PZ Myers]
「キリスト教と進化論は両立しない」を連呼する形し、逆にいえば、「進化論が正しければ、キリスト教はカス」となるインテリジェントデザインのJohn G Westと同じ形の論となっている。

寓話でしかないハゲのエリシャなどを事実ではなく寓話だとするなら、イエスの死と復活などの福音書の記述もまた寓話になってしまうと、Ken Hamは言う。それは、おそらく正しい。自然科学の知識と聖書がバッティングしたら、聖書を寓話として読むなら、次に起きるのは福音書の寓話化。実際、福音書に書かれたイエスの言葉の大半は歴史上の人物であるイエスの言葉ではないと見られている。歴史研究と聖書がバッティングしたら、聖書を寓話として読むか、リヴィジョニストになるしかない。

そんなKen Hamに対して、PZ Myers准教授は言う:
Yes! Exactly!

If Genesis is an allegory then the first marriage is just an allegory, so marriage can be anything one wants to define it as!

QED!

Yay! Ken Ham has demolished Christianity! I think I'll go have some tea to celebrate. Maybe take a nap, or read a comic book.

[PZ Myers: "Ken Ham makes it easy to be a lazy atheist" (2011/01/07)]




ちなみに、Ken Hamが引用したマタイによる福音書19章は...
マタイによる福音書 / 19章 3-12節

ファリサイ派の人々が近寄り、イエスを試そうとして、「何か理由があれば、夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」と言った。

イエスはお答えになった。「あなたたちは読んだことがないのか。創造主は初めから人を男と女とにお造りになった。」そして、こうも言われた。「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから、二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」

すると、彼らはイエスに言った。「では、なぜモーセは、離縁状を渡して離縁するように命じたのですか。」

イエスは言われた。「あなたたちの心が頑固なので、モーセは妻を離縁することを許したのであって、初めからそうだったわけではない。言っておくが、不法な結婚でもないのに妻を離縁して、他の女を妻にする者は、姦通の罪を犯すことになる。」

弟子たちは、「夫婦の間柄がそんなものなら、妻を迎えない方がましです」と言った。

イエスは言われた。「だれもがこの言葉を受け入れるのではなく、恵まれた者だけである。結婚できないように生まれついた者、人から結婚できないようにされた者もいるが、天の国のために結婚しない者もいる。これを受け入れることのできる人は受け入れなさい。」









posted by Kumicit at 2011/01/11 00:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | Creationism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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