2011/05/01

Chris Mooneyの「我々が科学を信じない理由についての科学」(2/4)

前回の続き....
[Chris Mooney: "The Science of Why We Don't Believe Science" (2011/04/18) on Mother Jones]

我々が科学を信じない理由についての科学 (2/4)

17世紀の科学的方法の理論家であるFrancis Baconが心の偶像と呼んだ、主観的な過失を排除しようとする試みから、近代科学は生まれた。個々の研究者たちが自分自身の理論を溺愛したとしても、最終的には最善の考えが優先されることが保証されるように査読や組織的懐疑がデザインされている。

しかし、科学が到達した結論に対する、我々個々人の反応はこれとは別問題である。皮肉なことに、研究者が残された不確実性の原因を開示しようとすることが、科学的証拠は選択的な読み取りや誤解を受けやすくなる一因なる。イデオロギー信奉者や党派心の強い人々に、彼らの信念に関連した科学的データを与えることは、「動機づけられた推論」に彼らを解き放つようなものである。

人々が予め持っている信念を正当化するように科学的あるいは技術的証拠に反応することが、多くの心理学研究で示されている。1979年の古典的な研究で、死刑賛成者および死刑反対者に、2つのフェイクな科学的研究結果を提示した。死刑が凶悪犯罪、特に殺人を抑止するという主張を支持する研究と、否定する研究である。さらに、被験者たちに、フェイクな研究についての方法論的な批判詳細を提示した。科学的意味で、いずれの研究も相手に勝っていない。それでもなお、被験者たちは、自分が支持しない結論の研究を強く批判し、イデオロギー的に合った結論を出している研究を「説得力があるもの」と描写した。

それ以来、同様の結果が、差別是正措置や銃規制やゲイのステレオタイプの正確さなどについての「証拠」への反応で示されてきた。たとえ、被験者たちが直接的に、バイアスなく公平に証拠に対処するように指導されていても、多くの場合、被験者たちは失敗する。

人々は予め持っている見方を支持するように科学的証拠を歪めたり、選択的に読んだりするだけではない。Yale Law SchoolのDan Kahan教授と共同研究者たちによる研究によれば、倫理や社会のあるべき管理方法についての、人々の深く根差した見方によって、人々が誰を正統な科学的専門家と考え、論争となっている問題についての「科学的コンセンサス」がどこにあると考えるかが、予測できる。

Kahanの研究では、被験者は個人主義か共同社会主義者、階層主義者か平等主義者という文化的価値観に基づいて分類された。(非常に単純化するなら、階層主義な個人主義者は保守的共和党支持者で、平等主義な協働社会主義者はリベラルな民主党支持者と考えられる。)ある研究では、各グループの被験者たちは、近しい友人が、気候変動・核廃棄物隔離・個人情報保護法のリスクを判断するのを助けるように頼まれた。「友人はあなたに、問題についての本を読むつもりだが、どの著者が知識があって、信頼できる専門家なのか意見を聞きたいと言ってきた」と。そして被験者にはフェイクな専門家について「National Academy of Science会員で関連分野で有名大学で博士学位を取得し、現在は別の学部にいる」といったレジメが提示される。そして、被験者には、そのフェイクな専門家による本の引用が提示される。それには問題となっているリスクが高い、あるいは低い、確立されている、あるいは憶測的であると描写されている。その結果は荒涼たるものだった。科学者の立場が「地球温暖化は本当で人類起源のものだ」というものであるとき、階層主義な個人主義者で、その科学者が信頼できる知識ある専門家だと回答したのは23%にすぎなかった。しかし、平等主義な共同社会主義者では同じ科学者を、信頼できる知識ある専門家だと回答したのは88%だった。同様の結果が、「地下に安全に核廃棄物を隔離できるか」や「銃所有が犯罪抑止になるか」でも見られた。(平等主義と共同社会主義、階層主義と個人主義が常にリンクしているわけではない。別の研究では、階層主義者と共同社会主義者が精神障害者に治療を強制する法律に賛成し、個人主義者と平等主義者が反対した。)

言い換えるなら、人々は、自分たちの深く根差す見方に反する結論の故に、科学的ソースの妥当性を否定する。そして、各シナリオに内在する相対リスクを否定する。階層主義な個人主義者は、自分たちが称揚するもの(商業・工業・家族を守るための銃を所有する権利)が、社会に対して害を及ぼす結果になることを受け入れがたいことがわかった。一方、平等主義な共同社会主義者は、自由市場は有害で、家父長的な家庭は子供をダメにし、人々は銃を扱えないと考える傾向にある。いずれにせよ、被験者たちは心の中では「非科学」ではない。被験者にとってそうであってほしいと思うものが「科学」なのだ。

そして、「人々を説得する方法は証拠と論である」というスタンダードな考えは弱められる。事実、真っ向勝負で説得しようとすると、ときどきバックファイア効果を引き起こす。そうなると、人々は事実に直面して考えを変えないどころか、誤った見方をより強固にする。

たとえば、2003年の米国のイラク侵攻の直前にSaddam Husseinが大量破壊兵器を隠し持っていたかどうかの問題を考えよう。政治科学者Brendan NyhanとJason Reiflerが被験者に、そのことが最初は示唆され(ブッシュ大統領の2004年の発言からの引用)たが、あとでこれが否定された(侵攻前のイラクに大量破壊兵器問題がの証拠が見つからなかったというブッシュ大統領のイラク調査グループ報告)ことが書かれたフェイクな新聞記事を提示した。このとき保守的な人々は、この主張を信じる傾向が強かった。(研究者たちは、「ブッシュ大統領が実際には幹細胞研究を禁止していないことが提示された時のリベラルの反応も調査している。リベラルも特に説得に従いやすいわけではなかった。ただし、バックファイアー効果は見られなかった。)






posted by Kumicit at 2011/05/01 04:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | Skeptic | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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