2011/05/02

Chris Mooneyの「我々が科学を信じない理由についての科学」(4/4)

前回の続き....

[Chris Mooney: "The Science of Why We Don't Believe Science" (2011/04/18) on Mother Jones]

我々が科学を信じない理由についての科学 (4/4)

"Yale Project onClimate Change Communication"の長であるAnthony Leiserowitzによれば、Climategateは世論に大きな影響を与えた。Climategateは気候変動についての人々の懸念を低下させ、科学者に対する信頼を大きく損なった。しかし、今になって我々が予測できることであるが、この懸念と信頼を低下させたのは米国人の特定集団に集中していた。共和党支持者・保守・個人主義の価値観を持つ人々である。リベラルや平等主義の価値観を持つ人々は気候科学や科学者への信頼を対して低下させていない。「Climategateはいわばロールシャッハテストようなもので、異なる集団が曖昧な事実を異なる方法で解釈した」とLeiserowitzは言う。

では、左翼が主たる科学否定の事例研究はあるだろうか? イエスだ。子供へのワクチン接種が自閉症の流行を引き起こしたというものだ。これの最も有名な支持者は、環境保護主義者(Robert F. Kennedy Jr.)とハリウッドのセレブたち(特にJenny McCarthyとJim Carrey)だった。Huffington Postは否定論者に宣伝の場を提供した。"The Panic Virus"の著者Seth Mhookinによれば、ワクチン否定論者に遭遇したければ、Whole Foodsに行けばいいと指摘している。

ワクチン否定論は、反論に従わない信念システムとしての特徴をすべて持っている。過去10年以上、子供のワクチンが自閉症を引き起こすという主張は複数の疫学研究と、自閉症の犯人とされたワクチンの添加物(水銀ベースの防腐剤チメロサール)が除去されて以降も、自閉症の発生率が増大しているという事実から、否定されてきた

しかし、真のビリーバーたちは彼らの見方を否定する新たな研究を批判して抵抗し、主唱者であるAndrew Wakefieldを擁護し続けた。現在のワクチン恐怖症の基となった彼のLancet 1998年の論文が撤回され、医師資格を失ってもなお。しかし、これに驚く理由があるだろうか? ワクチン否定論者たちはウェブサイト"Age of Autism"のような自分たちのメディアを持ち、ワクチン否定論に見方を疑問視するような新たな発展があればいつでも批判と対抗議論を浴びせかけている。

ここで疑問がわき起こる。情報処理におけるバイアスに左翼と右翼で有意味な違いがあるだろうか?それとも、我々は同じように影響を受けやすいのだろうか?

明かな違いが幾つかある。気候や関連する環境問題や反進化論や再生医療科学へのキリスト教右翼の攻撃や、幹細胞やバイオメディカル問題などを見れば、今日の科学否定が政治的右翼側に顕著に見られる。さらに言えば、ワクチン否定論の立場をとる民主党議員は事実上存在しないが、気候科学否定の見方は共和党議員にのみ見られる。

一部の研究者たちは左翼と右翼には、新たな情報に対する反応する心理学的な違いがあり、保守は厳格で権威主義的であり、リベラルは曖昧さに寛容である。New York Universityの心理学者John Jostは、さらに保守は「システム正当化」だと論じる。彼らは現状を守る「動機づけられた推論」を行うのだと。

しかし、これは論争となる領域だ。固有の政治的違いを心理分析しようとすると、対抗議論が登場する。独善かつ過激な教唆主義者たちはどうなのか? 歴史上、党派がどう違っていたのか? 結局のところ、イデオロギーによる科学否定の最も標準的な事例は、ソビエト連邦による遺伝学の否定である。反メンデル主義の科学者でありスターリンの手先であったトロフィム・ルイセンコに同意しなかった研修者たちは処分され、遺伝学はブルジョアの化学だとして公式に禁じられた。

結論:我々が現在わかっていることは、ある種の状況では誰もが盲目になるという事実だ。そして疑問が出てくる:人間の自然な性質自体に対抗するのに何ができるのか?

予め持っている信念の力が、新たな情報への反応を歪めてしまうことを考えれば、明らかになことがひとつある:誰かに新たな証拠を受けれさせたければ、防御的・感情的反応を引き起こさないコンテキストで、その証拠を提示することだ。

YaleのKahanの研究成果もあり、この理論は勢いを増している。ある研究では、Kahanの共同研究者たちは、気候科学の基礎を2つの違った見出しのフェイクな新聞記事として被験者に提示した。ひとつは「科学委員会は地球温暖化対策としてに対する汚染防止を推奨した」もうひとつは「科学委員会は地球温暖化対策として原子力発電所を推奨した」。これを、異なる価値観の人々に提示して、反応を見た。まさしく後者の見出しでは、階層主義な個人主義者は、人間起源の地球温暖化の事実をより受け入れた。Kahanは「この効果は、科学が産業支持の世界観にアピールする形で書かれたことによるもの」と推測した。

この論理にしたがえば、次の結論にたどりつく。保守は、ビジネスや宗教の指導者から、環境保護主義者や科学者が論じるような価値観とは別の価値観のコンテキストで話を聞けば、より気候科学を支持するようになる。そうすることが、Kahanの言うところの「事実についての文化戦争」におけるデタントのシグナルとなる。言い換えるなら、逆説的だが、相手を納得させるためには事実を優先してはならない。事実が戦う機会が得られるように、価値観を優先すべきだ。





posted by Kumicit at 2011/05/02 12:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | Skeptic | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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