In a Christian context, many creationists adopt a literal interpretation of creation narratives, and say that the Bible provides a factual account, given from the perspective of the only one who was there at the time to witness it: God. They seek to harmonize science with what they take to be an eye-witness account of the origin of things .もちろん調和と言っても、科学に聖書解釈をあわせるコンコーディズム(これとかこれ)と真逆で、聖書に科学をあわせようとするもの。
キリスト教のコンテキストでは、多くの創造論者は創造物語の字義通りの解釈を採用する。そして、その時、その場にいて目撃した唯一の存在たる神の視点から与えられる事実の説明を、聖書は提供すると言う。創造論者たちはものごとの起源についての目撃報告とみなすものと科学を調和させようとする。
その際の原則は以下の3つ:
- 聖書の記述は、誤りなき観測事実の記録である
- 創造6日間を過ぎたら、神の創造行為はなく、自然法則が完全に働く
論拠は旧約聖書創世記第2章1-3節で:And thus the fact that God is not creating things today should not be interpreted as God’s weakness or God’s inability to do what Genesis 1 tells us He did at the beginning, because the Bible itself assures us in Genesis 2:1-3 that creation, as a distinct method of God in reference to this world, was finished.
そして、今日、神が創造をしていないという事実を、神の弱さあるいは神が創世記に記された始まりに行ったこと能力を失ったと解釈すべきではない。何故なら、聖書が、神の卓越した方法によるこの世界の創造は終わったと記した創世記2章1-3節において、そのことを保証しているからだ。
http://www.answersingenesis.org/creation/v13/i1/creator.asp
天地万物は完成された。第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。
(創世記第2章1-3節: 日本聖書協会訳使用) - 聖書の記された観測事実からは、自然法則を導出しない
都合の悪い自然法則を否定する論拠に聖書の記述は使わない。あくまでも経験的観測事実をつなぎあわせ、無理やりな外挿をしてでも、自然法則をねじまげる
わかりやすい例として、かつて光速は現在の1兆倍も速かったという主張を見てみよう。(なお、この主張は、地球も宇宙も6000歳なのに、6000光年より遠い宇宙が見えるのは何故かという屁理屈の初期のものである。また、この説は既に"若い地球の創造論"者たちが誤りであるとして、自ら放棄している。)
このような光速減速説を唱えたのは創造論者Barry Setterfieldである。彼の主張は、Ken Hamが主宰する若い地球の創造論サイトAnswers in Genesisにも掲載されている。
==>B. Setterfield: The Velocity of light and the age of the universe [Answers in Genesis, 1981]
==>B. Setterfield and T. Norman: The Atomic Constants, Light, and Time[1987]
また、Barry Setterfieldは、使用した古来よりの光速測定数値を公開している。
==> http://www.ldolphin.org/cdata.txt
Barry Setterfieldの論点:宇宙は6000歳なのに、100億光年彼方の銀河が見えるのはおかしい。もし、創造6日間の光速が1兆倍速ければ、4日ほどで最遠の銀河の光も地球に到達できるので問題なし。
この主張を分解すると
- 宇宙は6000歳
-->聖書にしるされた正しい観測事実 - 100億光年彼方の銀河が見える
-->経験的観測事実 - のはおかしい
-->自然法則に則った帰結 - 創造6日間の光速が1兆倍速ければ
-->創造論者Barry Setterfieldの仮説 - 4日ほどで最遠の銀河の光も地球に到達できる
-->仮説が正しければ得られる帰結
聖書が論拠となっているのは「宇宙は6000歳」という創造論的観測事実だけである。論拠と言うよりは、「嘘をつかない神様の目撃証言」というべきだろうか。
Barry Setterfieldの光速1兆倍な論: 過去の光速測定数値を Log(c) = A + B * Log(Sin(T)) の形で近似して外挿すると、光速減速が推定される。
==> Barry Setterfieldのものすごい外挿
つまり、「創造直後の光速が1兆倍速ければ」の論拠は聖書の記述ではない。あくまでも、経験的観測事実からの主張という形をとる。これが創造科学の基本パターンである。これは、聖書を論拠にしてしまうと、聖書の記された観測事実を聖書で説明しているだけで、科学的には何も言ったことにならないから。
ちなみにBarry Setterfieldのインチキとは
「光速が1兆倍速かった」ももちろん、創造論者の主張のテンプレ。TalkOriginsのMark Isaak: Index to Creationist Claimsにちゃんと載っている。
==> The speed of light has changed.
==> Physicists found that the speed of light was once faster.
批判点をまとめると:
- 193点のデータを拾い集めて、うまーく120点選んで、光速減速の雰囲気が出るようにした。実は193点使うと、過去の測定精度が悪いという問題がばれるのと、Excelで線形近似すると逆に光速加速中に見えるという問題がある。
- もし光速がそんなに速かったら、創造6日間の間に、急速な放射性物質の崩壊熱で地球は溶けてしまう。(光速を変えたことの副作用を無視している。)
Morton, G. R., H. S. Slusher, R. C. Bartman and T. G. Barnes, 1983. Comments on the velocity of light. Creation Research Society Quarterly 20: 63-65. - Roemerによる1668〜1678年の木星の衛星イオの観測結果と最も合う光速は、現在と同じであるという論文が1973年に宇宙物理の学術誌"The Astronmical Journal"に掲載されているが、そんな都合の悪いものを無視している
S.J. Goldstein Jr. and J. D. Trasco: On the velocity of light three centuries ago, Astron. J., 78, 122-125, 1973 (PDF)
経験的観測事実から論をたてるという科学のふりを装っているが、実態はこんなもの。これももちろん創造科学の基本パターン。