2011/08/10

1961年のボルトテック

キューバ危機が起きた1962年10月15日から、13か月前の1961年9月15日付けの雑誌LIFEに、次のような記事が掲載されていた。
LIFE_19610915_p05.png

いかにして放射性降下物を生き延びることができるか?
100人中97人を救うことができます....
シェルター建設の詳細プラン....
そして、ケネディ大統領から皆さんへの手紙

[LIFE 1961/09/15 Front page]



大統領からのメッセージ

ホワイトハウス
1961年9月7日

わが同胞であるアメリカ国民諸君へ:

核兵器及び核戦争の可能性は、今日我々が無視できない現実です。今日の世界が直面する、いかなる問題も戦争によって解決できるとは私は考えていません。しかし、決定は我々だけではできません。

政府は、民間防衛を通じて、皆さんのコミュティで皆さんの防護を高めようと動いています。我々は今後1年半にわたり、公共建築物のフォールアウトシェルターとしての可能性を調査し、50人以上を収容する適切なシェルターに標識を出します。我々は連邦政府の新たな及び既存の建物にフォールアウトシェルターを準備します。これらのシェルターには避難者のための一週間分の食料と医薬品と二週間分の飲料水を備蓄します。さらに、攻撃後に必要となる、全米各地のセンターでの食糧備蓄の確立を議会に求めます。最後に皆さんの家庭や職場に、攻撃警報をブザーで知らせることが可能な、攻撃警報システムの開発しています。

これらよりもさらに広範囲にわたる手段を用意していますが、すぐには完成しません。それまでの間は、皆さんが皆さん自身を守るためにできることが多くあります。それをすることで皆さんの国を強めることにもなります。

私は皆さんにLIFEの今号の記事を真剣に読んで考えることを強く求めます。我が国の安全と世界平和は我々の政策目標です。しかし、この危険な時代には、これら2つの目標は脅かされており、我々はあらゆる可能性に備えなければなりません。生き延びる能力は、生き延びる意志とともにあります。したがって、生き延びる意志は我が国にとって不可欠です。

John F Kennedy

[LIFE 1961/09/15 ]
そして、まずアイダホ州のコミュニティシェルターが紹介される。


組織だった防衛: アイダホ州Boise(人口3.5万人)の郊外で、ひとり100ドルの権利を購入した家族が、丘の下に掘られたコミュニティシェルターの外に並んでいる。シェルターには共同寝室・発電機・病院・除染シャワーがある。家族は非常用食糧を預けるために登録している。シェルターをテスト用に使用することに対して、政府は12万2000ドルを提供する。

[LIFE 1961/09/15 ]
この後は、個人や共同でシェルターを建設し、必需品を備蓄する記事が続く。

まさに、ボルトテック社の広告のような風景である。というより、こっちがオリジナルだけどね。
posted by Kumicit at 2011/08/10 01:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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