SPEEDIの運営に携わっていた人々は、正常に機能していたと認識しており、原子力安全技術センターの数土理事長は、「SPEEDIは、3月11日の事故以来、何の落ち度も、遅れもなく、正常に本来の役割を果たしていると思う」と話している。
[不吉な放射能拡散予測―住民避難に生かせなかった日本政府 (2011/08/17) on WSJ(日本版)]
SPEEDIは機能していた
「文部科学省 緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI) -- 単位量放出を仮定した予測計算結果(これまでに行った1時間毎の予測) (2011/05/27)」にあるように、3月11日16:00以降、1時間ごとに定時計算が行われている。
[3月11日(金)]しかし、2011年6月10日付の菅首相名義の参議院の答弁書に計算開始時刻は欠落している。23:00 風速場、大気中濃度、空気吸収線量率 22:00 風速場、大気中濃度、空気吸収線量率 21:00 風速場、大気中濃度、空気吸収線量率 20:00 風速場、大気中濃度、空気吸収線量率 19:00 風速場、大気中濃度、空気吸収線量率 18:00 風速場、大気中濃度、空気吸収線量率 17:00 風速場、大気中濃度、空気吸収線量率 16:00 風速場、大気中濃度、空気吸収線量率
Q. 単位放出量に基づく放射線拡散予測情報の作成を開始したのはいつからか、正確な日時を明らかにされたい。しかも、2011/03/11 16:40時点での文科省の指示により計算が行われたことになっている。
A. 福島第一原子力発電所から一ベクレルの放射性物質が放出されたと仮定した場合の周辺環境における放射性物質の大気中濃度及び空気吸収線量率の試算等を同月11日から
Q. 原子力災害対策本部に対し、文部科学省又は原子力安全技術センターから「SPEEDI」の存在が報告されたのはいつか。また、「SPEEDI」からのデータが報告されたのはいつか。それぞれ正確な日時を示されたい。
A. 平成23年3月11日午後4時40分に、文部科学省から財団法人原子力安全技術センターに対し、福島第一原子力発電所から一ベクレルの放射性物質が放出されたと仮定した場合の周辺環境における放射性物質の大気中濃度及び空気吸収線量率の試算等を行うように指示し、その結果について、同日午後7時32分に、同センターから原子力災害対策本部事務局に対し初回の情報提供が行われた。
[質問第一八一号 平成23年6月2日 森まさこ, 答弁書第一八一号 平成23年6月10日 内閣総理大臣 菅直人]
SPEEDIは使われた
で、地震によりモニタリングポストのデータが途絶したとしても、できないことは線量絶対値の算出のみ。気象データは正常に入手されており、計算結果は通常通りの信頼性のあるもの。あとは、福島第一原子力発電所敷地近辺で、原子炉から放射性物質が放出されたかどうかがわかればいい。
実際、現地では東電が車両などを使って線量を測定していた。そして、部分的に欠落はあるものの、10分値はおおよそ当初より公開されており、福島第一原発敷地境界での線量の推移は見えていた。
==>モニタリング追加・修正データ(3月11日〜21日) (東電)
そして、この線量値が跳ね上がったのは、ベントでも水素爆発でもなくサイレントに進行した2011年3月15日。

その時刻に対応するSPEEDIの予測図は...

[2011/03/15 12:00定時予測 地上ヨウ素]

[2011/03/15 13:00定時予測 地上ヨウ素]

[2011/03/15 14:00定時予測 地上ヨウ素]
絶対値が分からなくても、この範囲に警告を出すべきなのは明らか。
もちろん、実測値で事態の深刻さ、あるいは軽さを把握すべき。その上で警報を継続するか、撤回するか決めればいい。で、福島県は、まさしくこの方面の絶対値を取得している。しかも、この観測値は経産省に届いている。
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福島県には3月11日23:49にSPEEDI情報の初回提供が行われており、これと東電の福島第一の線量値に基づいて、このような経路での観測を行ったと思われる。
Q. 福島県に「SPEEDI」からの情報が送られ始めたのはいつからか、正確な日時及び情報の発信者と受信者について明らかにされたい。
A. 平成23年3月11日午後11時49分に、財団法人原子力安全技術センターから福島県原子力センターに対し初回の情報提供を行っている。
[質問第一八一号 平成23年6月2日 森まさこ, 答弁書第一八一号 平成23年6月10日 内閣総理大臣 菅直人]
2011/03/15 13:17〜15:22に福島市から南東の川俣町高屋敷を往復した観測。福島市から南東へ進むと次第に線量が大きくなっている。それとともに、復路は往路よりも値が大きくなっている、

迫りくる放射性物質を見事の捕捉している。そして、この観測車両が福島にもどってきた15:22頃から1時間後あたりから、福島市の観測点で線量が20μSv/hへと上昇。

観測車両の背後に迫る放射性物質。そしてそのまま福島市内へと流れ込んでくるのが観測されている。
発生源での12mSv/hという線量値、拡散数値予測、予測に基づく自動車観測、定点観測をあわせれば、浪江町・飯館村・福島市へと放射性物質が相当量流れ込んで来ることはほぼ確実に判断できた。東電もSPEEDIも福島県も、ここまで良い仕事をしている。
しかし...
しかし、官邸・保安院・福島県とも、30km圏外の飯館村・福島市に対して、避難準備区域と同等の外出制限を行うことはなかった。
政府が動いたのは4月11日のことである。
[官房長官記者発表 平成23年4月11日(月)午後]
この間、周辺地域の放射線量等に関する情報が順次積み重なってまいりました。そうしたデータの分析に基づいて、周辺地域の避難について新たな決定をいたしたところでございます。.... まず、「計画的避難区域」を新たに設定することといたしました。
そして、官邸は「SPEEDIは欠陥ソフトであり、使えなかった」と主張する
東電は福島第一原発敷地境界での線量観測を行い、SPEEDIは拡散予測を行い、おそらく、それらに基づいて福島県や理化学研究所は実測し、警報を出せるだけの材料が揃えられた。
しかし、細野統合本部事務局長(2011/05/02時点)は次のように述べた:
「SPEEDIというのは、(放射性物質の)放出源のデータが正確に得られたときに初めて機能するシミュレーションの仕組みだ。大きな事故が起こったときには、モニタリングが安定的にできる状況ではなくなるかもしれないということは容易に想像がつくはずだが、実際問題として、今回の事故のあと動いていたモニタリングポストは、東京電力の4ヶ所と、福島県が持っていたものはほとんどダメになってわずか1ヶ所、その計5ヶ所のみだった。国がまともにモニタリングをできるようになったのは(事故発生から)1週間から10日後で、事態が最も深刻化していたときには、モニタリングができなかった。だから、原子力発電所の深刻な事故というのは、どういうもので、どういうことが起こりうるのかということについての想定がほとんどなされないまま、ソフトが作られていたんだと思う。したがって、(データの)公開がこれだけ遅くなったことは国民のみなさまに率直にお詫びをしなければならないと思うが、そもそもこのデータが使えるものなのかどうかも含め、SPEEDIというシステム自体に関係者は疑問を持っていたようなので、その欠陥が影響を及ぼしたのだと思う」SPEEDIの持つリージョナルモデルと拡散モデルで算出された結果(相対値)に、モニタリングの結果から推定される放出量を乗じると予測値(絶対値)になる。その絶対値が不明だから役に立たないのだというのが立場をとっている。
[SPEEDIは欠陥ソフト「何が起こりうるか想定がないまま作られた」と細野氏 (2011/05/03) on ニコニコニュース]
実際のところ、福島第一原発敷地境界での線量観測で、放射性物質が大量放出されたことがわければ、その時刻のSPEEDIの予測図(相対値)をテレビに出して、外出するなと言えば、それなりに役に立つだろう。モニタリングポストが完全動作したら、その予測図にμSv/h単位の数字が入り、深刻さがわかることになるが、その数字がないから役に立たないといことにはならないだろう。
しかし、絶対値が求まらないので役に立たなかったというストーリーは、その後も官邸サイドは堅持しており、2011年7月末時点でも次のような答弁書を出している:
緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)については、「防災基本計画」(昭和三十八年六月十四日中央防災会議決定)等において、関係省庁の迅速な応急対策の実施に資するため、得られた予測結果を関係省庁に伝達すること等を定めているが、平成二十三年三月十一日に発生した平成二十三年(二千十一年)東北地方太平洋沖地震の発生後、東京電力株式会社の福島第一原子力発電所について、地震による通信系統の途絶等により、原子炉の状態等に関する情報が入手できなかったため、実際の放射性物質の予測放出量等の情報を得ることができず、これに基づく放射能影響予測を行うことができなかったものであり、現在においても同様の状況にある。
[答弁第三四〇号 内閣総理大臣 菅直人 (2011/07/29)]
同じような理由で公表しなかったと主張する福島県
菅首相名義の答弁書によれば、政府は福島県に対してSPEEDIを公表するなとは言っていない:
Q. 政府又は原子力安全委員会は、「SPEEDI」からの情報を自治体に伝達した際に、これを外部に開示しないように指示をした事実はあるか。福島県の判断は、官邸と同様で、絶対値が不明なので役に立たないというもの:
A.調査した限りでは、政府において、福島県に対しSPEEDIに係る情報を提供するに際し、これを公表しないよう指示した事実はない。
[質問第一八一号 平成23年6月2日 森まさこ, 答弁書第一八一号 平成23年6月10日 内閣総理大臣 菅直人]
予測データは県が国に提供を求め、ファクスで受けた。3月12日の時間ごとの風向きをベースに、放出されたヨウ素が拡散する予測が地図に掲載されていた。ただ、ヨウ素の放出量を「不明」とした上での予測であり、県は公表できる内容ではないと判断したという。地図は県に30枚示された。この報道は3月12日についてのもの。絶対値不明を理由に公表できるようなものではないと判断しているわけだが、なぜか3月15日にはSPEEDIの予測のウラを取りに行ったかのような経路で線量観測を実施している。
[県、爆発翌日公表せず 国の拡散予測図 (2011/05/07) on 福島民報]
考えられる理由の一つ
WSJはSPEEDIの予測が公開されなかった理由を示唆するものとして、次のような記述をいている。
放射線安全を専門とする東京大学の小佐古敏荘教授はインタビューでも、SPEEDIは避難計画に有用な情報を提供していたが、そのような恐ろしい決定に誰も関わりたがらなかったと述べている。「恐ろしさ」はおそらく数の問題。
[不吉な放射能拡散予測―住民避難に生かせなかった日本政府 (2011/08/17) on WSJ(日本版)]
3月15日時点で、避難あるいは外出制限の対象となっていたのは、避難指示区域(警戒区域)に7.8万人、緊急時避難準備区域に5.9万人の合わせて13.7万人。これに対して、3月15日に外出制限な警報を発令する対象は、福島市(29万人)、伊達市(6.5万人)、本宮市(3万人)、二本松市(6万人)、郡山市(33.6万人)など80万人規模と想定される。規模の大きさに沈黙したかもしれない。(SPEEDIが絶対値を出していないことを言い訳に)