wikipedia: 有神論的科学(Theistic science)
有神論的科学(Theistic science)は有神論的リアリズム(Theistic realism)[1]、アウグスティヌス的科学、イスラム科学とも呼ばれ、方法論的自然主義を超自然的啓示[2]によって知らされるという科学哲学で置き換えたり、特に進化論のような神学に影響を与える話題について場合によっては超自然な説明を許容したりする見方である。この見方は、主流科学および宗教運動[3]によって避けられている。この見方の主唱者には、J. P. MorelandやAlvin PlantingaやStephen C. Meyer[4]やPhillip E. Johnson[1]がいる。Phillip E. Johnson
1987年のEdwards v. Aguillard裁判以後、Phillip E. Johnsonは、科学の定義に科学コミュニティで使われている方法論的自然主義には超自然の過程が含まれておらず、したがって創造論は不公正に排除されているので、創造論者たちは裁判に負けたのだと考えるようになった。そして彼は、創造論者は超自然を含むように科学を再定義しなければならないと結論し、Wedge Strategy[5]を構築した。インテリジェントデザイン運動は1989年の"Of Pandas ad People"[6]の出版によって始まり、その後、Johnsonは事実上の指導者となった[5]。
1996年のエッセイで、Johnsonは、有神論的リアリズム(彼は"単なる創造(mere creation)"とも呼んでいる)はインテリジェントデザイン運動を定める概念である[7]と述べている。
Johnsonは1998年の彼の本"Reason in the Balance"で、有神論的リアリズムをインテリジェントデザインの哲学的正当化として提示している。Johnsonによれば、真の知識は、宇宙の創造主として神と、神よって創造された宇宙の統一的性格を認めることから始まる。有神論的リアリズムは、神が実在し、神が人格を持ち、神が機械論的創造を通して自然界に作用するという概念に依存している。J. P. Morelad
J. P. Morelandは有神論的科学を「仮説の構築と検証や、科学における物事の説明や、多様な仮説の尤もらしさの評価において、知っていること、および信じるに足る理由を持つことすべてについて、キリスト教徒は考慮すべきであり、特に考慮すべきは神学(および哲学)の命題であるという考えに根差した」研究プログラムとして描写し、次の2つの中心的命題を定義した[4]:
- 「人格持つ、偉大な力と知性を持つ超越的存在と考えらる神が、直接的で第一義的なエージェント因果律と間接的で第二義的な因果律を通じて、ある目的のために世界を創造しデザインし、世界の発展過程の様々な時点(歴史以前、人類の登場以後の歴史)で直接介入してきた」そして
- 「命題1で表明したことは、科学の実践のまさに基礎および科学的方法の適用に適切に取り入れることができる」
Alvin Plantinga
1991年の論文で、Alvin Plantingaは有神論的科学と創造科学を次のように特定した:`Unnatural Science', `Creation Science,' `Theistic Science' - call it what you will: what we need when we want to know how to think about the origin and development of contemporary life is what is most plausible from a Christian point of view. What we need is a scientific account of life that isn't restricted by that methodological naturalism.[8]
非自然科学、創造科学、有神論的科学とどう呼んでもいいが、それは、現在の生物の起源と発展について、キリスト教の観点から最も尤もらしいものは何かをどう考えるか知りたいときに必要になるものだ。我々に必要は物は、方法論的自然主義によって限定されることのない、生命についての科学的説明だ[8]。
Plantingaはこの概念をアウグスティヌス的科学として述べ、「アウグスティヌス科学の実行では、まずはじめに信仰表明を仮定し、これを所与の科学的問題あるいは科学プロジェクトへ取り組みから知りえたことすべてとともに採用する」と述べている。Plantingaは、ひとつの共通科学ではなく、異なる世界観・党派的科学の受容を論じた[2]。
Plantingaは、宗教と科学の関係を調べるにあたって対立テーゼ[宗教と科学は対立する]を採った。これらの見方は対立テーゼを否定する、キリスト教徒な物理学者Howard J. Van Tilによって、聖書の創造の教えを調べるにあたり、聖書の民間解釈に基づいていると批判された。Van Tilは問題は進化論ではなく、自然主義的護教論の誤用にあると論じた[9]。
哲学者でローマカトリックの聖書者であるErnan McMullinは、有神論的科学はまったく科学とは考えるべきでないものだとして、Plantingaの有神論的科学に反対した。そして、Plantingaは進化論を支持する証拠をきわめて過少に述べていると主張した[10]。その他
同様の考え方は、George M. MarsdenやMehdi Golshaniによって表明されている[11]。後者はこれをイスラム科学と呼んでいる。Notes
[1] Dembski, William (1998). Mere Creation. Downers Grove: InterVarsity Press. p. 315. ISBN 0830815155.
[2] Stenmark(2004) pp187-188
[3] Scott, Eugenie C. "The 'science and religion movement': an opportunity for improved public understanding of science?", in Kurtz, Paul (2003). Science and Religion. Buffalo: Prometheus Books. p. 104. ISBN 1591020646.
[4] Van Till, Howard (June 1995). "Special Creationism in Designer Clothing: A Response to The Creation Hypothesis". Perspectives on Science and Christian Faith 47 (123). Retrieved 2011-01-21.
[5] Understanding the Intelligent Design Creationist Movement: Its True Nature and Goals. (pdf) A Position Paper from the Center for Inquiry, Office of Public Policy Barbara Forrest. May, 2007, Retrieved 2007-06-12.
[6] Of Pandas and People, the foundational work of the 'Intelligent Design' movement by Nick Matzke 2004, Retrieved 2007-06-12.
[7] Starting a Conversation about Evolution, Phillip E. Johnson, 1996, cited in Forrest&Gross(2004) p315
[8] Plantinga, Alvin (1991). "When faith an reason clash: evolution and the Bible". Christian Scholars Review 21 (1): 8–32., cited in Drees, Willem (1998). Religion, Science, and Naturalism. Cambridge: Cambridge University Press. p. 159. ISBN 052164562X.
[9] Pennock(2001) p111
[10] Pennock(2001) p112
[11] Stenmark(2004), pp188-194References
Forrest, Barbara; Gross, Paul R. (8 January 2004). Creationism's Trojan Horse. Oxford University Press. ISBN 0195157427.
Pennock, Robert (2001). Intelligent Design Creationism and Its Critics. Cambridge: MIT Press. ISBN 0262661241.
Stenmark, Mikael (2004). How to Relate Science and Religion. Grand Rapids: W.B. Eerdmans Pub. Co. ISBN 080282823X.
インテリジェントデザイン理論家Dr. Michael Beheがインテリジェントデザインが検証可能な"科学"であることを示すために次の例を提示している。
[Kitzmiller v. Dover裁判記録]これは検証したことにならないのが、有神論的科学の致命傷。
In fact, intelligent design is open to direct experimental rebuttal. Here is a thought experiment that makes the point clear. In Darwin’s Black Box, I claimed that the bacterial flagellum was irreducibly complex and so required deliberate intelligent design. The flip side of this claim is that the flagellum can’t be produced by natural selection acting on random mutation, or any other unintelligent process.
実際、インテリジェントデザインは直接実験による反証を受け入れている。これを明らかにするための思考実験を提示しよう。Darwin’s Black Boxで、私はバクテリアの鞭毛が還元不可能な複雑さを持つので、インテリジェントデザインであると主張した。この主張は、突然変異に対して自然淘汰が働くこと、あるいはその他のアンインテリジェントな過程では鞭毛は創れないを意味する。
To falsify such a claim, a scientist could go into the laboratory, place a bacterial species lacking a flagellum under some selective pressure, for mobility, say, grow it for 10,000 generations, and see if a flagellum, or any equally complex system, was produced. If that happened, my claims would be neatly disproven.
この主張を反証するには科学者は実験室に行って、鞭毛のないバクテリアを運動性に対する適当な淘汰圧のもとにおいて、10000世代培養する。そして鞭毛もしくは同等の複雑なシステムができているか見る。出来ていれば、私の主張は完全に反証される。
- 「鞭毛もしくは同等の複雑なシステムができていたら」それは、「進化した」あるいは「デザイナーが配置した」
- 「鞭毛もしくは同等の複雑なシステムができていなかったら」それは「進化できなかった」あるいは「デザイナーが進化を妨害した」
もちろん、これを避ける方法はある。オッカムの剃刀に準じた
- 自然の過程で実現することをデザイナーは妨害しない
- 自然の過程で実現できないことに介入する
ただし、そうすると「自然科学で説明できないことは神の介入だ」という"God of the gaps"詭弁に帰着する。
タグ:id理論

