フレームワークは既存品...ただし本人は知らない?
富樫氏はオリジナルだと豪語する:
はっきりと分かりやすい、子供や老人でも分かる神の証明法がある。それはやはり客観的な数学や物理学である。以下に述べる神の証明は無論私のオリジナルであり、どの本にも載ってないしかし、もちろん、このフレームワークは既出品。前世紀末からあるシミュレーション・アーギュメントと、さらに歴史の古いTiplerバージョンのオメガポイント理論である。
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哲学的証明として−普通に考えて、科学が発展すればいずれにせよ人工的な世界を創ることになる、そして一度でも人工世界が出来てしまえば、あとは無限時間ずっと人工世界が存在する世界になる。従って人工世界が存在しない基底現実世界というのはただの一回切りであるから、無限時間に対してその一回切りの世界に生まれるというのは確率的にいって不可能である。たまたま超初期の基底現実界に生まれるというのは、無限の数だけ目があるサイコロを一回だけ振っていきなり1を出すようなものである。―――神の証明その8。
富樫:人工世界
シミュレーション・アーギュメントとは、たとえば三浦俊彦[2003]によれば:
正確に言うと、シミュレーション・アーギュメントとは、次の四つの命題のうち少なくとも一つは正しいはずだという論証です。
(1) 現在の人類程度の科学技術(レベルC)に達した文明は、さらに高い段階(レベルD)へ進む前に、確実に滅亡する。
(2) レベルDのコンピュータ・シミュレーションによって、あなたの心と同程度にクリアな意識を作り出すことはできない。
(3) レベルDの文明は、あなたの心と同程度にクリアな意識シミュレーションを作り出す興味を満たない。
(4) あなたは、コンピュータ・シミュレーションで作られた意識である。
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そして、一旦シミュレーションが始動すれば、シミュレーション内のシミュレーション内の……といった多重シミュレーションが展開し、なまの現実に住む意識よりもシミュレーション内意識のほうが圧倒的に数多くなるだろうと予想されます。
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実際に生じている全意識のうち、私たちは少数派の生物学的意識であるより、多数派のシミュレーション意識である確率のほうが圧倒的に高いからです。自分は平凡であり多数派に属するはずと考えるのが科学の大原則「コペルニクスの原理」ですからね。
三浦俊彦: シミュレーションが現実を虚構色に染め上げる(比喩ではない!), 「岩波講座 文学8 超越性の文学」月報9, 2003/8.[三浦俊彦: ゼロからの論証, pp.51-55][Amazon]
また、オメガポイントのTiplerバージョンは:
I have presented and defended my Omega Point Theory at length in my book The Physics of Immortality (Doubleday, 1994), which is available from Barnes and Noble or Amazon. As science, the Omega Point Theory makes five basic claims about the universe:
私は、私の本"The Physics of Immortality"で、私の"Omega Point Theory"を詳細に提示し擁護した。科学として、Omega Point Theoryは宇宙について5つの基本的な主張をする:
(1) the universe is spatially closed (has finite spatial size and has the topology of a three-sphere),
(2) there are no event horizons, implying the future c-boundary is a point --- the Omega Point,
(3) Life must eventually engulf the entire universe and control it,
(4) the amount of information processed between now and the final state is infinite,
(5) the amount of information stored in the universe diverges to infinity as the final state is approached.
(1) 宇宙は空間的に閉じている(有限の空間で、3次元球トポロジーを持つ)
(2) 事象の地平線はなく、それは未来のc-境界がポイント、すなわちオメガポイントであることを意味する
(3) 生命は結局は、宇宙のすべてを飲み込み、支配するはずだ。
(4) 現在から最終状態までの間に処理される情報量は無限である
(5) 宇宙に保存される情報量は、最終状態に近づくにつれて、無限大に発散する。
Tipler: Summary of The Omega Point Theory
富樫:人工世界のフレームワークはオリジナリティがないにもかかわらず、富樫氏はオリジナルだと主張し、既存の文献を参照しない。普通、こういうのを剽窃と言う。参考文献なしに記述された富樫:人工世界から見て、実際には剽窃ではなく、「ものを知らず、調べることもしない」という、よくあるトンデモさんな習性で、知らないだけというのが正しそうだが。
オリジナル部分は...
で、フレームワークが既存だとすると、富樫:人工世界にオリジナリティは、この世界が基底かシミュレーションかを識別する方法群にあることになる。なお、"基底"という日本語表記も三浦俊彦[2002]で既出:
==>三浦俊彦: 可能世界とシミュレーション・ゲーム -- オメガ点理論の人間原理的解釈, 大航海 No.42, 2002/4. [三浦俊彦: ゼロからの論証, pp.56-69][Amazon]
で、富樫:人工世界の識別方法がこれで:
- 虚数単位"i"
- 質感の数
- 意識の連続性
- クオリアの獲得
- アニメ声質×3
- アニメキャラの前髪
- 視覚系×3
数学者、科学者によれば、自然な論理は+、−、×、÷、=の五つで(その他の演算記号は自然科学上の物理方程式で全く使われないから、あくまで二次的なものだと判断出来る)、二乗して−1になる虚数iは物理的に存在せず、純粋に数学上の存在ということになっている(例えばimaginary number=想像上の数、という名が与えられている)。従ってこの世を統べる物理方程式の一つ、量子力学におけるシュレディンガー方程式において、虚数iが出てくるということは、この世界の始まり以前に数学を完成させた知的生命体が存在し、世界建設の際に人工数として虚数iを使ったということになる。
これは笑わせてくれる...と言いたいところだが、笑いの域にすら到達していない。
ということで、今回は、笑いの域にすら到達していない、虚数の話をしよう。あとのネタは次回以降に。
複素数の用途〜複素積分
まずは、この定積分を見てほしい:
積分される式も積分区間も実数で、答えも実数だ。この形の定積分は必ず数学公式集に載っている(たとえば、岩波全書の数学公式Iの指数関数を含む定積分など)。
この定積分、実数の世界でどう式変形しても答えはでてこない。では、どうやって求めたのだろうか?
大学で数学・物理・電気工学などに進んでいて、複素解析を履修していれば、もちろん答えはわかっているはず。複素積分する。この定積分だと、たとえば、
を積分経路
に沿って積分すれば、答えが求まる。
複素数は計算の都合で登場しているが、結果は実数だけ。
富樫氏の主張に従えば、この定積分は「この世界の始まり以前に数学を完成させた知的生命体が存在し」たことの証明になるのだろうか。
複素数の用途〜exp[i(ωt-kx)]
角速度ω波数kの波を、exp[i(ωt-kx)] で記述するという習慣がある。波ではなく振動だけなら、exp[iωt] を使う。sinとcosで書くより文字数は少ないし、微積分も簡単だからだ。さらに、解析的に解を求めることができて、物理を議論しやすい。だから、プラズマであろうが、交流回路であろうが、現象は問わない。
また、exp[ (a + bi) t ] の形であれば、
a > 0 なら波は成長
a < 0 なら波は減衰
a = 0 なら波はそのまま
ということを表現できる。プラズマのミクロ不安定性などを解析的に求めたときなど、とても便利。
シュレディンガー方程式を実数だけで書いてもよい...
「波動関数の絶対値の二乗が粒子の存在確率である」ので、虚数の物理量が登場するわけではない。書くのがめんどうだが、波動関数を実部と虚部に分けて書けば、虚数単位iは登場しない。
ということで...
富樫氏はおそらく、複素積分も exp[i(ωt-kx)]な習慣も知らないだろう。波動関数の絶対値の二乗が存在確率になっていることも。
しかし、それはそれでいい。そもそも、シミュレーション・アーギュメントについて語るに、虚数など必要ないのだから。
わざわざ、「虚数は人工数」とかバカをさらして、自らの論の説得力を下げるなど、まったくの愚行。さっさと削除してしまえばいい。
あなたの数学間違ってるよ。シュレディンガー方程式を実数のみで書くなんて云っている奴なんてどこにもいないよ。あなた相変わらず馬鹿すぎ。
【人工世界論とシミュレーション・アーギュメントとの相違について シミュレーション・アーギュメントは第一、第二、第三命題を否定させて、第四命題を立証しようとする理論であるが、第四命題の立証は当然否定による立証ではなく、肯定−即ち論証や証拠によって行わなければならないので、(否定だけでは何の証拠性も生じない)、この理論はただちに却下される。人工世界論における証明はすべて肯定的な証明なので、意識の発生は人工性を伴った作業であると立証出来るであろう。巨大なシミュレーション内部に更に無限にシミュレーションが層状的に生じることが出来るので、意識の存在確率はシミュレーション内部の方が基底現実よりも確率が非常に高いという思考実験は、成り立たない−なぜなら意識質感は基底空間に直接張り付いた存在性であり、層状的なシミュレーション世界とは無関係な存在性だからである。これによって人工世界論とシミュレーション・アーギュメントとの相違が理解頂けただろう。この理論は人工世界論と似ているが、結局は思考実験にすぎないので、何の証明性も持ち得ない理論であるのに対して、人工世界論は思考実験ではなく、現実性を伴った理論であるので、全く別種の理論であると断言出来る】。
Nick Bostrom: "Are you living in a computer simulation?", Philosophical Quarterly (2003), Vol. 53, No. 211, pp. 243-255.
http://www.simulation-argument.com/simulation.html
"ここ"が基底的現実であることは証明不可能。同時に、"ここ"がシミュレーションであることを証明する方法は以下のようなものである。このため科学ではなく哲学の範疇にある。
There are clearly possible observations that would show that we are in a simulation. For example, the simulators could make a “window” pop up in front of you with the text “YOU ARE LIVING IN A COMPUTER SIMULATION. CLICK HERE FOR MORE INFORMATION.” Or they could uplift you into their level of reality.
[Nick Bostrom: The Simulation Argument FAQ,http://www.simulation-argument.com/faq.html]
高校の国語か社会の教科書に載せるべきかどうかはわからないが、載っていても何の問題もないだろう。
そして、もうひとつ知ってもらいたいことは、この"Simulation Argument"の劣化再発明であるが故に"富樫人工世界"はトンデモに堕ちていること。
その理由の第1は、この連続エントリに書いたように、"ここ"がシミュレーションだと証明しようとして挙げられた例がアホである="劣化"であること。
そして第2は、まさに"再発明"であり、そのオリジナルたる"Simulation Argument"が既に論理学・科学哲学の良き素材と化しているにもかかわらず...
Martin Gardnerの挙げる擬似科学者の偏執狂的傾向に合致すること
(1) 彼は自分を天才と考える
(2) 彼は自分の仲間たちを、例外なしに無学な愚か者とみなす
(3) 彼は自分が不当に迫害され、差別待遇を受けていると信じる。... 彼は自分を、異端のかどで不当に迫害されたジョルダノ・ブルーノ、ガリレオ、コペルニクス、パスツールその他の偉人になぞらえる
(4) 彼は最も偉大な科学者や最もよく確立された理論に攻撃を集中する強い衝動をもっている。... 数学者は角の三等分が[定規とコンパスだけでは]不可能なことを証明した。だからこそ奇人は角を三等分する
(5) 彼はしばしば複雑な特殊用語を使って書く傾向がある。
[マーチン・ガードナー 奇妙な論理I pp.31-34]
もちろん、劣化再発明がなされる理由は、劣化再発明者が無知でありながら、文献検索しないから。そのような習慣を富樫氏が持っていないことは、富樫氏のページ群にまともにCitationがないことからも明白。