これまでの議論で、放射性物質の拡散状況を予測する緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)を基にする日本独自の手法から、放出された放射性物質の実測値などに基づくことへの変更方針は出されていた。東京電力福島第1原発事故でSPEEDIが機能しなかったため。作業部会の主査を務める本間俊充・日本原子力研究開発機構安全研究センター長は18日、「緊急時にSPEEDIは信頼性に欠ける。予測システムで何かができるというのは幻想だった」と指摘した。これは原子力安全委員会の原子力施設等防災専門部会防災指針検討ワーキンググループ(2011/07/27から11回の会合を開いている)の検討結果のこと。
[比嘉洋: "原子力安全委:3段階で被ばく対策 原発事故防災指針見直し" (2012/01/19) on 毎日新聞]
官僚サイドはおそらく最初からSPEEDI不使用を決めていたようで、2011年10月20日の事務局作成たたき台として、SPEEDIを使わない案を出していた。
事故の不確実性や急速に進展する事故の可能性等を踏まえ、予測的な手法による意思決定ではなく、計測可能な判断基準である運用上の介入レベル(OIL)に基づく避難、屋内退避等を準備する区域を設ける。このときは、委員からの反発があった。
[防WG第6−3号 (原子力安全委員会事務局作成たたき台) 原子力発電所に係る防災対策を重点的に充実すべき地域に関する考え方(案) (2011/10/20) 防災指針検討ワーキンググループ]
(1)防災対策を重点的に充実すべき地域しかし、それら意見に基づくと称する2011年11月1日バージョンでも、SPEEDI不使用な記述になっている。
・実施の考え方として整理すべき。
・意思決定スキームは、別項目を立てるべき。
・予測手法を否定すべきでない。補助的な使用も検討すべき。
・SPEEDI を参考利用する。
・SPEEDI を削除するのは極端。
[防WG第7−3−1号 各委員の意見を反映した修正案 (2011/11/01)]
東京電力福島第一原子力発電所の事故においては、事故が急速に進展したため迅速な対応が求められた。防護措置の実施に当たっては、このような事故の不確実性や急速に進展する事故の可能性等を踏まえ、これまでは予測的な手法に基づく意思決定を行うこととしてきたが、今後は、国際基準等を踏まえ、主として緊急事態の区分と区分決定のための施設における判断基準(緊急時活動レベル(EAL:Emergency Action Level)及び環境における計測可能な判断基準( 運用上の介入レベル(OIL:
Operational Intervention Level))に基づき迅速な判断ができるような意思決定手順を構築する必要がある。
[防WG第7−3−2号 原子力発電所に係る防災対策を重点的に充実すべき地域 に関する考え方(案) (2011/11/01) 防災指針検討ワーキンググループ]
これで、SPEEDIが消えるかというと、何らかの形で存続する。というのは、IAEAの安全要件を満たすために、必要だから。
IAEA 安全要件 GS-R-2 原子力又は放射線の緊急事態に対する準備と対応 防災指針等での対応 4.24. 脅威区分T、U、V又はWの各施設あるいは行為の事業者は、「[緊急時対応が必要とされる状況を同定し]、以下に関する十分な情報を迅速に作成し、それを責任ある関係当局に通達するための十分な[取り決めが]行われることを確実なものとしなければならない。
(a) 放射性物質の環境への[計画外の]排出[又は被ばく]の範囲と程度の早期予測又は評価。
(b) [原子力又は放射線の緊急事態]の進展に伴う迅速かつ継続的評価10条、15条事象の判断基準と通報を事業者に義務つけている。
被ばくの範囲、程度の予測はERSS, SPEEDIに基づいて行う。5.18. 「緊急時計画には、適宜、以下が含まれなければならない。
(e) [原子力又は放射線の緊急事態]及びその敷地内外への影響を評価する方法と機材の説明ERSS, SPEEDI,モニタリング指針が準備されている。 5.21. 運転及び対応組織は、第4 章で制定した緊急時対応要件を満足するために規定された機能を遂行可能とするために、必要な手順、解析ツール及び計算プログラムを開発しなければならない。
5.22. 緊急時対応要件を満足する機能遂行に用いる手順、解析ツール及び計算プログラムは、模擬した緊急時条件で試験を行い、使用前に妥当性を検証しておかなければならない。防災基本計画や防災指針に ERSS, SPEEDI の運用が記載してある。
既に何回も訓練において使用され、妥当性が検証されている。
[IAEA安全要件(GS-R-2)への対応 (2012/01/18) 原子力安全委員会原子力施設等防災専門部会防災指針検討ワーキンググループ(第11回会合)]
(ただしこれは、わたしの科学者的思考による合理的解釈であって、役所の委員会が同様な合理性に基づいているかどうか、定かでないのですが。)
いまワーキンググループのウェブサイトには、1月18日の会議で配布された資料はあっても会議の記録がまだないので、議論の結果がわかりませんが、
資料4-1 (防WG第11−4−1号)を見ると
「被ばくの範囲、程度の予測はERSS、SPEEDIに基づいて行なう」
というところに赤字で
「今回の事故ではERSS、SPEEDIが機能せず」とあります。あとは現防災指針の本文が青字で書かれているだけで、そこをどう変えるかの案は見あたりません。
参考資料には政府の事故調査委員会(畑村委員長)の中間報告の抜粋がありますがSPEEDIを活用するべきだったと言っている部分が含まれていません。これを事務局が「防災指針にはSPEEDIを使わない」という方針を打ち出したと見ることは可能ではありますが、事故調査委員会の勧めに積極的にさからうほどの根拠があるとは考えにくいです。わたしの(科学者的)合理的解釈は、ワーキンググループははひとまずSPEEDIをどう使うかをたなあげにしてSPEEDIが使えない場合の対策を考えることに集中した、というものです。
なお、SPEEDIはどのように使えるかに関するわたしの考えは
http://d.hatena.ne.jp/masudako/20120106/1325827502
に書きました。
その中で、しれっと事務局が「予測的な手法による意思決定ではなく」を入れて、委員たちが反発したけど、「これまでは予測的な手法に基づく意思決定を行うこととしてきたが」となり、意思決定にSPEEDI不使用な文言で着地したように見えます。