2006/10/03

対富樫人工世界(2) 人工世界を証明できない書かれざる前提

人工世界というオメガポイント理論の変種を唱える富樫氏に、視点を変えて反応するシリーズ2回目。今日は、富樫氏の論が正しく人工世界を証明しているかをチェックする。特に、富樫氏が暗黙の前提として書かなかったことが、いかに人工世界の証明を破砕しているかをチェックしよう。


致命的な暗黙の前提="五行思想のようなもの"

意識質感の不可解性による証明。単純明快にいって、色質感や音質感、触系質感の数が非常に多いのに、クォークを基礎とする物理界は基礎物質の種類があまりに少なく、質感と対応関係が全然結べないというのはおかしい。例えば音質感だけで何万種もあるのに、原子は100あまりしかないというのは不可解。脳の外では光の波長と色が、空気の振動波形と音質感が対応関係を結んでいるのに、いざ脳の中に存在しているはずの意識質感と様々なアトム的存在との間に対応関係が全然ないというのは不可解にすぎる−例えばある原子がある色を、ある電磁波がある音質を−と対応関係を結んでいくと、いたるところに意識質感が散らばっていることになり、人間の意識質感を担当する確率は極めて低くなる。これはおかしいので、人工世界説を採用し、意識質感は物理存在と全く別の存在だと考えるのが合理的。

何のこっちゃらと思うのが普通だろう。これは、富樫氏脳内では不動の真理である暗黙の前提に基づいて語っているからだ。

で、その暗黙の前提とは、富樫本人に自覚症状が有るかどうかもあやしいが、五行思想[wiki:五行思想]である。

五行思想だと「木・火・土・金・水」という5元素を、色「緑 紅 黄 白 黒」(あるいは「青 赤 黄 白 黒」)や方位「東 南 中 西 北」や季節「春 夏 土用 秋 冬」や感情「喜 楽 怨 怒 哀」や声「呼 言 歌 哭 呻」 や音「角 徴 宮 商 羽」などに対応付ける。この五行思想と陰陽思想が結びついて、複雑な事象の説明を行うようになったとされる[wiki:陰陽五行思想]。ただし、5元素を何故に5つの色彩が象徴するのかについては、ネット上でそれらしい記述をさがせなかった。

富樫氏にとっては、クォークあるいは原子は我々が普通に知っているQuarkやLeptonたちあるいは原子ではない。むしろ、五行思想の5元素やギリシャの4大元素のような存在だろう。そう考えると、「基礎物質の種類があまりに少なく、質感と対応関係が全然結べないというのはおかしい」という主張は自然と理解できる。
すなわち、富樫氏にとって、作為が働かないなら、五行思想の世界に似た、元素・クォークたちと、色と声と音とがつながっているのが自然だということ。

これは、シミュレーション・アーギュメントの論としては、完全に逆転している。理論と実験を介して間接的に知っているUpとDownとCharmとStrangeとTopとBottomとElectronとMuonとTauとElectron NeutrinoとMuon NeutrinoとTau Neutrinoたちに対応した音質感が、数千年前から存在していたら、その方が作為的だろう。
ほぼ致命的と言っていいバカな暗黙の前提だ。


ただし、UpとDownとCharmとStrangeとTopとBottomとElectronとMuonとTauとElectron NeutrinoとMuon NeutrinoとTau Neutrinoたちに対応した音質感が存在しないことは、"ここ"がシミュレーションでないことを証明するものではない。そのように設定されているシミュレーションなのか、基底的現実なのかを識別する方法はないからだ。


致命的な暗黙の前提=善意の基底世界

Tiplerのオメガポイント理論では:
The implication of this theory for present-day humans is that this ultimate cosmic computer will essentially be able to resurrect everyone who has ever lived, by recreating all possible quantum brain states within the master simulation. This would manifest as a simulated reality, except without the necessity for physical bodies in "reality". From the perspective of the inhabitant, the Omega Point represents an infinite-duration afterlife, which could take any imaginable form due to its virtual nature.
http://en.wikipedia.org/wiki/Omega_point_(Tipler)

この理論が今日に生きている人々に対して含意することは、究極の宇宙コンピュータは、マスターシミュレーション内部に、すべての可能な量子脳状態を再生することで、これまで生きたすべての人々の復活が基本的に可能だということだ。これはシミュレートされた現実として現れ、現実の肉体の必要性がない。住人たちの視点では、オメガポイントは無限の長さの来世であり、その仮想自然であるが故に、考えられるいかなる形にもなれる。
これは希望的観測である。可能性は現実性を保証しない[三浦俊彦, 2002]。

==>三浦俊彦: 可能世界とシミュレーション・ゲーム -- オメガ点理論の人間原理的解釈, 大航海 No.42, 2002/4. [三浦俊彦: ゼロからの論証, pp.56-69][Amazon]

富樫:人工世界は同じように"善意の基底世界"という希望的観測を暗黙の前提としている。

従ってもしこの宇宙が基底現実であるならば、それぞれがまるで他の存在を気遣うかのように的確な比で並び、都合よく熱い太陽や火が赤色系で、温かみのある人間の血が赤で、空と海が涼しげに青系で、植物が質感的に鬱陶しくないように緑に成るなどということは決して起こらない。当然質感者を無視してそれぞれが独自に光の波長を偶然的に設定するから、例えば空は不気味に赤黒く、海は黄色く、太陽は紫に、火は青に、植物は鬱陶しいピンクに、人間の血は気色悪く黄緑色に−という風になる。従って生まれた子供はいきなり泣き崩れることになる
....
質感的に自然に見える背景色の組み合わせは今現在使用されている色合いだけであり、無限時間経過しても変更されることはない。質感的に自然に見える知的生命体の姿は人間形態しか存在せず、無限時間経過しても変更されることはない

富樫氏は、基底世界の住人たちは、人工世界を「熱い太陽や火が赤色系で、温かみのある人間の血が赤で、空と海が涼しげに青系で、植物が質感的に鬱陶しくないように緑」に作るのだという暗黙の前提を置いている。あるいは「質感的に自然に見える背景色の組み合わせは今現在使用されている色合い」に人工世界を作るのだと。

しかし、その前提を保証するものは何もない。基底世界の住人は「空は不気味に赤黒く、海は黄色く、太陽は紫に、火は青に、植物は鬱陶しいピンクに、人間の血は気色悪く黄緑色」に人工世界を作るかもしれない。

一方、物理的には「当然質感者を無視してそれぞれが独自に光の波長を偶然的に設定」ほど任意ではない。

太陽光を白色と定義するなら、太陽の色と空の色と海洋の色はセットで決まってくる。太陽からの短波長の光が大気圏で散乱されたために、空は短波長の色すなわち青っぽく見え、その分だけ見かけの太陽は黄色っぽく見える。海洋も空と同じ。
炎の色は炎の温度で決まってくる。太陽よりは冷たい焚き火は赤っぽく見える。任意の波長で燃えるわけではない[eg.]。

血の色はヘモグロビンの色で、ヘモグロビンの色は鉄イオンの色[wiki:ヘモグロビン]で、鉄の色は電子軌道で決まっていて、電子軌道は任意ではなくて.......ってどこまでいけばいいかな?
鉄イオンの代替品は銅イオンで、銅イオンだとヘモシアニンになって、酸素と結合すると青色になる。タコとかイカとか貝とかはヘモグロビンではなくヘモシアニンを持つ。ヘモシアニンだと銅原子2個で酸素1個、ヘモグロビンだと鉄原子1個で酸素1個[wiki:ヘモシアニン]。ヘモグロビンの酸素輸送効率がとってもよいので、脊椎動物でも使えるけど、ヘモシアニンだと軟体動物どまり。



以上により、「熱い太陽や火が赤色系で、温かみのある人間の血が赤で、空と海が涼しげに青系で、植物が質感的に鬱陶しくないように緑」であろうが、「空は不気味に赤黒く、海は黄色く、太陽は紫に、火は青に、植物は鬱陶しいピンクに、人間の血は気色悪く黄緑色」であろうが、それは"ここ"が、基底的現実であるかシミュレーションなのかを判断するための証拠にはならない。


そもそも人工世界を題材としたSFの古典である、Edmond Hamilton:"Fessenden's World"(1937)[邦訳/Amazon]なんて例もある。P.K. Dick:"世界を我が手に"とか、これのオマージュな作品もあるのだから、基底世界の住人の善意を前提にするというのは、考慮不足だろう。




間違った前提=前髪

進化論に従えば、生物は生存競争に勝つため、生存に最適な姿形をしているはずである。だから生存に適しない姿形をした動物がいれば、進化論ではなく、創造主によって因果律が捻じ曲げれられて創られたということになる。それがいわゆる人間である。もし人間が進化論によってのみ進化したならば、前髪は長く伸ばせないはずである、なぜなら狩りや採集に視界の確保は絶対条件だからである。その証拠に前髪が視界を覆うほど伸ばせる動物は一種もいない。


これはシンプルな間違い。布山喜章:進化をめぐるさまざまな誤解によれば:
自然選択は適応度を上昇させる方向に働きますが、だからといって生物の環境に対する適応能力を向上させるとはかぎりません。その良い例は雄シカの枝分かれした大きな角や雄のクジャクの派手で大きい尾羽に代表される第二次性徴です。....

もちろん、これを以って、"ここ"が基底的現実であることは証明できない。

さらに、アフリカンだと人にもよるが、多くの場合、ストレートパーマかけないと前髪はたらせない。


ということで...

富樫氏は数学や物理や生物が不得意らしい。まあ、それはそれでもいい。しかし、論の背後に暗黙の前提があり、それが結局、人工世界を証明していない。そっちはダメダメだ。

posted by Kumicit at 2006/10/03 00:01 | Comment(5) | TrackBack(0) | Creationism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
世界がシミュレーションなら、クォークや原子の種類は多すぎますよね。
だってコンピュータは 0 と 1 ですべてを計算しているわけだし。基数が自然対数の底だと一番効率がいいんだけれど、それは 2 と 3 の間だから二進法か三進法のどちらか。そうすると五行思想も4大元素も人工世界にはふさわしくない。よってこの世は人工正解ではない。

…いかんいかん、妄想のひろげかたに慣れてないので富樫氏の足元どころか半径 100km にも近寄ってないですな。反省。
Posted by Seagul-X at 2006/10/04 13:09
Seagul-XさんもKumicitも、いろいろ知っているために、富樫氏のように"自由な妄想"に進めないようですね。

原理的には、"ここ"がシミュレーションであることは反証不可能。にもかかわらず、"ここ"がシミュレーションであることも証明は困難。主唱者Nick Bostromが挙げた直接的な証拠となりうるものは、「ここはシミュレーションだよーん」というポップアップウィンドウが出てくるといってものです。
http://www.simulation-argument.com/faq.html
Posted by Kumicit 管理者コメント at 2006/10/06 09:35
 五行思想うんぬんと、今までの批判の中で史上空前の馬鹿批判でした。いくらなんでも書いてないものを持ち込まれてもねえ。人工世界論の他人の批判レスをみなさい、まだあなたよりはましだだから。
Posted by 富樫 at 2006/12/02 13:07
 誤字脱字、ましだだから→ましだから
Posted by 富樫 at 2006/12/02 13:09
富樫氏のまずやるべきは、"人工世界"が"Simulation Argument"という既存品をパクったか、既存品の存在を知らずに再発明したことを認めることだ。既に、"ここ"が基底的現実であることを証明する方法が原理的に存在しないこともわかっていること。逆に"ここ"がシミュレーションであることを示すには「ここはシミュレーションだよーーん」というポップアップが目の前に出現するようにな"ありえない"ことが起きない限り、不可能に近いこともわかっている。そんなことは富樫氏に言われるまでもないこと。

富樫氏のやったことは、"ありえない"ことをリストアップしたことだけ。しかし、それがアホぞらいだと言っている。ここの論点は、「原子の数と質感の数が対応しているなら、作為的だ」と主張するならまだしも、「原子の数と質感の数が対応してないから、作為的だ」というのはアホ過ぎだということ。

陰陽五行が嫌いなら、別に普通のコスモロジーでもいいし、魔法でもいい。世界の背後に物理学の取り扱えない"何か"があって、すべはつながっているという信仰が、時代や地域を問わず存在する。「原子の数と質感の数が対応している」なら、科学の範疇外のものが存在することを示唆する。すなわち、"ありえない"ことだから、ここが基底的現実ではないと主張するのは"あり"だろう。しかし、その逆は完全にアホだ。

Posted by Kumicit 管理者コメント at 2006/12/02 16:52
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