2006/10/31

神と科学をつなぐ渡辺久義先生

たまには、渡辺久義先生による、統一教会の下部組織である世界日報の連載"人間原理シリーズ"も見ておこう。ということで今日は「デザイン理論は科学と神学をつなぐ」を見てみる。

表紙見返しの宣伝文をDembskiの書いた文のように紹介する渡辺久義先生

科学と神学をつなぐ

ウイリアム・デムスキーの『インテリジェント・デザイン――科学と神学をつなぐもの』(Intelligent Design: The Bridge Between Science & Theology)の冒頭にはこうある。
インテリジェント・デザインとは次の三つのものである。すなわち、知的要因(intelligent causes)の結果を研究する科学的な研究プログラム、ダーウィニズムとその自然主義的遺産に挑戦する知的運動、および神の行為を理解する一つの方法。インテリジェント・デザインは従って、科学と神学を横断するものである。
[強調はKumicitによる]
これは冒頭ではなく、表紙見返しである。もちろん文責はDr. William Dembskiではなく、出版社である。実際の表紙見返しには:
The intelligent design movement is three things: a scientific research program for investigating the effects of intelligent causes, an intellectual movement that challenges naturalistic evolutionary theories, and a way of understanding devine action. Although the fast-growing movement has gained considarable grassroots support, many scientists and theologians remain skeptical about its merits. Scientists worry that it is bad science (merely creationism in disguise) and theologians worry that it is bad theology (misundestanding divine action). In this book William Dembski addresses just such concerns and brilliantly argues that intelligent design provides a crucial link between science and theology.
...
インテリジェント・デザイン運動とは次の3つである。インテリジェントな原因の効果を研究する科学的研究プログラム、自然主義的進化論への挑戦、および神の行為を理解する一つの方法。急成長した運動は、かなりの草の根の支持を集めたが、多くの科学者と神学者たちはこれのメリットについて懐疑的なままである。科学者たちは偽装された創造科学に過ぎない悪い科学ではないかと疑い、神の行動を誤解する悪い神学ではないかと疑う。この本でWillam Dembskiは、そのような懸念に対処し、インテリジェントデザインが科学と神の間を重要なつながりを提示することをこの本でWilliam Dembskiは指摘する

[William Dembski: "Intelligent Design"のFront Flap]
とあって、渡辺久義先生は強調部分を落として訳をつけて、Dr. William Dembskiが書いたかのように紹介している。しかも、一般人相手にはそこそこ商売できているが、科学と神学の両分野で成功していないと自ら認めたような部分も削除して。


方法論的自然主義を否定する渡辺久義先生

方法論的自然主義とは、機械仕掛けの宇宙を自然法則で記述しようとした機械論の登場時点から存在している原則であり、今も科学の原則である。「自然法則で記述」する以上は、自然法則の外側は取り扱い対象外となる。超越的な神は、その存否を含めて取り扱い対象外である。すなわち、科学的には超越的な神の存在を肯定も否定もしない。

これに対して、インテリジェントデザインでは科学を再定義し、自然法則の外側に言及しようとする。それは、機械論の隙間に神を見出す"God of the gaps"論という形をとる。この立場を渡辺久義先生は記述する:
、「生命も含めたこの宇宙のすべては物理力・自然力によって説明できる。たとえ困難があってもそれで押し通せ。宇宙は自己充足的なものでなければならないのだから」という至上命令である。
 なぜそんなふうに断定し、自分で自分を縛るようなことをしなければならないのか、というのがデザイン論者のぶっつける疑問である。
これは、科学は、形而上学的自然主義すなわち神は存在しないという立場だと言って批判する創造論やインテリジェントデザインの基本パターン。

で、何故かファインチューニング論へ進む:
これが外からの知的な働き(すなわちデザイン)によるものと十分に推定され得るのは、「爆発」の当初から、将来、今あるような生命と生命環境を作り出すために必要な、恐るべき精度でファイン・チューニング(微調整)された物理的数値がいくつも重なっていて、そのすべてがクリアされなければ(すなわち、どの一つがわずかに狂っていても)今あるこの世界は作られていなかったという計測的事実による。ヒュー・ロスの『創造者と宇宙』(連載初回に紹介した)によれば、それは強い核力、弱い核力、重力、電磁力それぞれの常数、重力常数に対する電磁力常数の比、陽子に対する電子の質量比、宇宙の膨張速度、光速など三十五項目に及ぶ。
Brandon Carterによる観測選択効果としての人間原理と、インテリジェントデザイン理論家たちが使う宗教バージョンの人間原理[named by 三浦俊彦]を、ファインチューニングでは区別できない。そして、神がいても(宗教バージョン)でも、いなくても(Brandon Carterバージョン)結果は同じなので、神の存否とは無関係に、オッカムの剃刀の原則により、宗教バージョンは科学の外側に放り出されてしまう。

ついでだが、「ヒュー・ロス」とは古い地球の創造論の老舗サイトReasons to Believe主宰のDr. Hugh Rossのこと。

さらに、ここであっさり"Science Stopper"を宣言してしまう:
だからインテリジェント・デザイン運動は神から始まるのではない。自然界をもっと自由な立場で合理的に説明しようとすると、結果として神に行き着くということにすぎない。
「鞭毛はデザインだ」以上に前へ進むことがないインテリジェントデザイン、すなわち「神に行き着いたらゴール」ということ。

つまり、「それ以上は問うな=Science Stopper」


で、つなぐ先の神学とは

ファインチューニング論から宗教バージョンの人間原理へ至る、この渡辺久義先生のルートで、どんな神学にたどりつくだろうか。

Nick Bostrom: シミュレーション・アーギュメント

それとも

フィリップ・K. ディック: 世界をわが手に [Amazon]
エドモンド・ハミルトン: フェッセンデンの宇宙 [Amazon]

あるいは

涼宮ハルヒの憂鬱[wiki]

さて、渡辺久義先生の神学はこれらを超えるほど立派かな?

posted by Kumicit at 2006/10/31 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Hisayoshi | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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