目的論な進化論の記述例をさがそうとして、手近なインテリジェントデザイン文献を見たが、目的因な記述は見つからなかった[11月2日のエントリ]。当然と言えば当然で...
機械仕掛けの宇宙を自然法則で記述する機械論は、"目的"や"意義"や"価値"といったものを取り扱えない。方法論的自然主義という科学の原則からすれば、"進化の目的"とか"宇宙の存在意義"とかは、その有無を含めて科学の取り扱い対象外。
「取り扱い対象外=存在しない」と言う解釈で、方法論的自然主義と形而上学的自然主義を同一視するインテリジェントデザイン支持者たちは、"神の介入による進化"のような立場をとって進化論批判に"Undirected, Unguided, Purposeless"といった形容詞を使いたがる[ie. William S. Harris and John H. Calvert]。インテリジェントデザイン支持者にとって、"目的"とはアリストテレスの目的因のようなものではなく、もちろん"神"の定めた目的。なので、インテリジェントデザイン支持者が、目的論とか目的論的世界観といったところで、超自然と同義でしかない。
目的論な利己的遺伝子を語る者
で、他をあたってみたら、たまたま進化の目的因を語った例が見つかった。この例では、Richard Dawkinsの利己的遺伝子を目的因とする解釈が語られている。
まずは目的の存在から(強調はKumicitによる):
利己的遺伝子説とは、リチャード・ドーキンスが提唱した進化学説である。ドーキンス説とも言える。それまでのダーウィン説に対置されるべきものだ。
ダーウィン説では、個体が遺伝子よりも優先する。個体は、自己に似た個体を子として生むことを目的とし、そのために遺伝子を利用する。
ドーキンス説では、遺伝子が個体よりも優先する。遺伝子は、自己に似た遺伝子を増やすことを目的とし、そのために個体を利用する。
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/biology/class_83.htm
一見、比喩的表現を使っているよう読めてしまうが、これを前提にちゃんと目的因として解釈されている:
利己的遺伝子説では、「遺伝子は自己の複製を増やすことを目的として進化する」と考える。とすれば、進化するにつれて、遺伝子は自己複製の能力がどんどん向上しているはずだ。「自己の複製を増やす」という目的因によって「進化」するという解釈が示されている。そして、複製能力が向上しないのは目的因に反するから、目的因が間違っていると論を進められている。
...
「進化が進むにつれて、自己複製の量はかえって減ってきた」
これは、利己的遺伝子説の主張に矛盾する。なぜなら、自己複製で自己を増やすことが進化の目的であるなら、「哺乳類から単細胞生物へと退化することが進化だ」ということになるからだ。つまり、「退化こそ進化だ」ということになるからだ。
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/biology/class_83.htm
ついでに、進化が"Descent with modification"ではなく、高みを目指すものであるかのような「退化こそ進化だ」という表現も見られる。これも比喩ではない。
南堂は、次のことを否定する。
「生物の本質は、遺伝子の増殖である」
ただし、ここでは、「遺伝子」を否定するのではなく、「増殖」ということを否定する。
仮に、生物の目的が「遺伝子の増殖」が目的であるなら、人類よりは細菌の方がずっと有利だ。だから、「遺伝子の増殖」が目的であるなら、人類は細菌に《 進化 》するべきなのだ。……しかし、そんなのは、どうしても理屈に合わない。
「遺伝子の増殖」という概念そのものが、「進化」という概念とは相容れないのである。http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/biology/class_83.htm
「遺伝子の増殖」という目的因による進化は「人類を細菌に変える」
ここでは「理屈」は示されていないが、「人類が細菌に進化していない」という経験的事実ではなく、「進化とは・・・」という理屈が想定されているようだ。でなければ、「事実に反する」と書けばいい。「哺乳類から単細胞生物へと退化することが進化だ」というのは無条件に誤りだという記述とあわせれば、「高みを目指す」という進化の目的因が暗に想定されていると考えてもよいだろう(本人にそれが目的因として利己的遺伝子に対置されるべきものだという認識がなくて、明確に記述しいない。とても残念!!)。
そして、「遺伝子の増殖」という目的因からの帰結は正しく記述されている:
さらに、論理的にも、「利己的な遺伝子」説は矛盾をかかえている。なぜか? この説は、「遺伝子は自己複製をするのが目的だ」ということを原理としている。そこで、もしこの説が正しいとすれば、生物にとっては、完全なる自己複製をもたらす無性生殖が理想になるからだ機械論では意味のない言葉遊びに過ぎないが、目的論ではこのような論理が成立する。それを素面で語った例はあまりない。
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/biology/class_01.htm
目的因を語る者に幸あれ
ところで、目的因を語ることについて、面白い研究がある。Kelemen&DiYanni(2005)は、英国の児童を調査して、「生物および非生物の自然界の事物について、人工物のような目的機能の説明をつくり、動物と人工物の起源としてインテリジェントデザインを支持する傾向があること」を見つけている:
Deborah Kelemen and Cara DiYanni
Boston University
Intuitions About Origins: Purpose and Intelligent Design in Children's Reasoning About Nature
Journal of Cognition and Development, 2005, Vol. 6, No. 1, Pages 3-31
(doi:10.1207/s15327647jcd0601_2)
Abstract
Two separate bodies of research suggest that young children have (a) a broad tendency to reason about natural phenomena in terms of a purpose (e.g., Kelemen, 1999c) and (b) an orientation toward "creationist" accounts of natural entity origins whether or not they come from fundamentalist religious backgrounds (e.g., Evans, 2001). This study extends this prior work to examine whether children's purpose-based reasoning about nature is actively related to their intelligent design reasoning in any systematic fashion. British elementary school children responded to 3 tasks probing their intuitions about purpose and intelligent design in context of their reasoning about the origins of natural phenomena. Results indicated that young children are prone to generating artifact-like teleo-functional explanations of living and nonliving natural entities and endorsing intelligent design as the source of animals and artifacts. They also reveal that children's teleo-functional and intelligent design intuitions about natural phenomena are interconnected.
別々の2つの研究機関による研究は、児童が(a) 自然現象を目的の言葉で推論する幅広い傾向と(b) ファンダメンタリストの宗教的バックグラウンドの有無に関わらず、自然物の起源について"創造論者"の説明に向かう傾向[eg. Evans, 2001]を持っていることを示唆している。この研究では、これら2つの研究を拡張し、自然についての子供たちの目的ベースの推論が、何らかの系統性を以って積極的に、インテリジェントデザイン推論と関連しているか調査した。英国の小学校の児童が、自然現象の起源についての推論のコンテキストで目的とインテリジェントデザインについての児童の直感を調べる3つのタスクに答えた。児童は生物および非生物の自然界の事物について、人工物のような目的機能の説明をつくり、動物と人工物の起源としてインテリジェントデザインを支持する傾向があることがわかった。自然現象についての児童の目的機能およびインテリジェントデザインな直感には関連があることがわかった。
Evans, E. M. (2001). Cognitive and contextual factors in the emergence of diverse belief systems: Creation versus evolution. Cognitive Psychology, 42, 217-266.
Kelemen, D. (1999c). The scope of teleological thinking in preschool children. Cognition, 70, 241-272.
目的因を語るのは、もしかすると子供の心を失っていないからかもしれない。それは、科学の範疇で物を語ることができないかもしれないが、普通の生活の上では悪いことではないかもしれない。
本論とはまったく関係ない細かい突っ込みで申し訳ないのですが、仮に目的因で進化するとしたらそのように進化するのは人類だけではないだろうし、すべての生命がウイルスになったらそれ以上増殖できなくなるので、やはり細菌止まりにしておくのが(目的因進化的には)無難かと思うのですが。