2007/01/18

酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (3/7) シェルドレイクに合体するグリセリン

"グリセリンの結晶化"は、もとは百匹目の猿と同じくLyall Watsonが"Lifetide"(1979)で捏造したネタである。そして、いつのまにやら、SheldrakeのMorphogenetic Fieldの例として語られるようになった。

捏造の経緯は以下に詳しい

==>kikulog: グリセリンの結晶
==>懐疑論者の祈り:グリセリン結晶化の逸話(シンクロニシティ)

ここでは、まずは、これらの復習から。

始まりのLyall Watson

1979年にLyall Watsonは次のようにグリセリンの結晶化ネタを語った:
Some substances crystallize easily, some can be persuaded to do so only with difficulty and some, it seems, may never form crystals under any circumstances -- though our inability to get them to do so may be merely the result of our limited imagination.

For example, two hundred and fifty years ago glycerine was first extracted from natural fats in the form of a colorless, sweet, oily liquid and put to use in medicine, lubrication, and the manufacture of explosives. Despite super-cooling, reheating, and all the usual aids for inducing crystallization, glycerine remained resolutely liquid and it was assumed that the substance had no solid form. Then, early this century, something strange happened to a barrel of glycerine in transit between the factory in Vienna and the regular client in London. "Due to an unusual combination of movements which occurred, purely by chance, in the barrel," it crystallized. [Oparin 1957]

The client was probably livid, but chemists were delighted and began borrowing bits from the barrel to seed their own samples, which rapidly solidified in the same way at a temperature of 18 degrees Centigrade. Among the first to do this were two scientists interested in thermodynamics who found that, soon after their first crystals arrived in the post and were used successfully for inducing crystallization in an experiment on one sample of glycerine, all the other glycerine in their labs began to crystallize spontaneously, despite the fact that some was sealed in air-tight containers. [Gibson and Giauque, 1948] They reported this occurrence as a casual, unimportant aside in a technical paper on another topic, but today similar unintentional metamorphoses have taken place in many parts of the world and glycerine crystals are common.

[Lyall Watson, Lifetide (Hodder and Stoughton Paperbacks, London, 1979) pp 53-54]

簡単に結晶化する物質もあれば、誘発してもなかなかしにくいものもある。どんな状態のもとでもけっして結晶化しないものもあるようだ。もっともそれは、われわれの想像力が限られているために結晶化を惹き起こす方法を知らないだけかもしれないが。

一例を挙げると、250年前に天然脂肪からグリセリンが抽出され、無職で甘味のある油性の液体ができた。そして医用潤滑油として、さらには爆発物の製造用に使用された。結晶化を起こす通常の手立てである超冷却、再加熱、その他あらゆることをしてもグリセリンは頑として液状のままで、とうとう固体グリセリンはないのだと思われるようになった。ところが今世紀初頭、ウィーンの工場からロンドンの得意先に運ばれる途中の一樽のグリセリンにおかしなことが起こった。「まったくの偶然だが、その間に起こった種々の動きのまれにみる組み合わせにより...」[Oarin 1957] 結晶化が起こったのだ。

ロンドンの得意客はまっ蒼になっただろうが、化学者たちは大喜び。その樽のグリセリンを少しずつ頂戴しては自前の試料作りにかかったが、それらは摂氏18度で同じように固体になった。いち早くこれを試した科学者のなかでもふたりの人物が熱力学に関心を抱いていて、以下のことを発見するに至った。ふたりが最初の結晶を郵便で受け取り、あるひとつのグリセリン試料を使った実験で結晶化に成功すると間もなく、実験室にあった他のすべてのグリセリンが自然発生的に結晶化し始めたのである。なかには密閉容器に入っていたものすらあったという[Gibso and Giauque, 1948]。ふたりは別のテーマに関する専門的論文の中でこの出来事を報告した -- とるに足らない蛇足として。だが、今日までに世界各地で同じような無作為の変態が起こった結果、グリセリン結晶ももはやありふれたものとなった。

[木幡和枝ほか訳: 生命潮流, 工作舎, 1981, pp.59-60](強調はKumicitによる)
とてもうまい語りだ。酒石酸エチリンジアミンと違って、ヴィジュアル的にもいい。結晶化しないと信じられていたグリセリンが結晶化し、それが世界へ広まる」というイメージはとてもいい。

しかし、それは語りの効果優先の捏造だった。Sheldrakeを高く評価していると思われるJames Kieferが、このLyall Watsonの捏造を批判して、Lyall Watsonが論拠として提示した参考文献を調べた:
CITATION 1: [Aleksandr Ivanov Oparin, Academy of Sciences of the USSR, THE ORIGIN OF LIFE ON EARTH, 3rd ed, translated by Ann Synge, Academic Press, New York, 1957, p 98]
Dauvillier adduced the crystallization of glycerine as an example of such configurations arising by chance. Although glycerine had been known since the eighteenth century, for a long time it had only existed in liquid form. The first crystals of glycerine were found in a barrel which was sent from Vienna to London. This sudden crystallisation was due to an unusual combination of movements which occurred, purely be chance, in the barrel. Since that time the spontaneous crystallisation of glycerine has been observed two or three times in all. It is, however, easy to obtain crystals of glycerine by seeding liquid glycerine with a pre-existing crystal.

偶然できる配置の例としてDauvillierはグリセリンの結晶化を挙げた。グリセリンは18世紀から知られていたが、長きにわたって、液状としてのみ存在していた。グリセリンの最初の結晶はウィーンからロンドンへ運ばれた樽の中で見つかった。まったく偶然に、種々の動きのまれにみる組み合わせにより、樽の中で突然結晶化した。その後、グリセリンの自然結晶化は、合計2回か3回観察された。しかしながら、既存の結晶を種とすることで液状グリセリンから、容易にグリセリンの結晶を得られる。

NOTE: Oparin does not footnote his reference to Dauvillier, but has the following entries for him in the bibliography: [A. Dauvillier, ASTRONOMIE, 52, 529 (1938); GENESE, NATURE ET EVOLUTION DES PLANETES, Paris, 1947; COSMOLOGIE ET CHEMIE, Paris, 1955.]

CITATION 2: [GE Gibson and WF Giauque, "The Third Law of Thermodynamics. Evidence from the specific heats of glycerol that the entropy of a glass exceeds that of a crystal at the absolute zero", J. Am. Chem. Soc. 45:93-107, 1923][ACS]

The problem of crystallizing glycerol proved to be of some interest. A tube of glycerol was kept with one end in liquid air, the other at room temperature, for a period of several weeks without results. Seeding with various organic crystals of similar structure was also tried. In fact the artifices ordinarily used for starting crystallization in the absence of seed crystals were all tried without success. The few references in the literature indicated that glycerol has only been obtained in the crystalline form by chance. Inquiry among places storing large quantities of glycerol finally revealed some crystals at the plant of the Giant Powder Company at Nanoose Bay, B.C. After the seed crystals had arrived it was found that crystallization practically always occurred when amounts of 100 g. of any laboratory sample were slowly warmed over a period of a day, after cooling to liquid-air temperatures. This occurred even when great precautions were taken to exclude the presence of seeds. However, it was found readily possible, by temperature manipulation alone, to produce crystalline or supercooled glycerol at will.

グリセリンの結晶化の問題についても、少し興味をそそられることがわかった。グリセリン1本の片側を液体空気、反対側を室温に、数週間たもっても何も起きなかった。類似した構造の有機結晶を種として試した。実際に、種結晶を使わずに結晶化させる通常の方法を試したが、結晶化させられなかった。幾つかの文献では、グリセリンの結晶は偶然にしか得られないと示していた。大量のグリセリンを保管しているところに問い合わせた結果、British ColumbiaのNanoose BayにあるGiant Powder Companyの工場に、結晶があることがわかった。種結晶が届いた後で、実験室にある100gの試料を液体空気温度まで冷却してから、1日かけて暖めてれば、いつでも結晶化することがわかった。種結晶が混入しないように予防措置を徹底しても、この結晶化は起きた。しかし、温度操作だけで、容易に結晶や過冷却グリセリンを意図的に作り出せることがわかった

(強調はKumicitによる)[James Kiefer: "The Pattern Theory"より引用]
どこにも超自然な記述はない。温度操作だけで可能だと記述されている。

なお、Lyall Watsonは結晶化が起きた場所を特定していないが、原論文にはBritish Columbia州Nanoose BayにあるGiant Powder Companyという工場を特定する記述がある。


これとは別に、グリセリンの結晶化についてのソースを見つけた:
At one time crystallized glycerin, from a Vienna manufacturer, was brought to London, requiring the knife and hammer to break it. It resembled rock-candy (sugar), being in white, octahedral crystals, with considerable refractive power, and, when melted, the liquid glycerin presented all its usual properties, but could not be again reduced to the crystalline condition. It seems that prolonged exposure to a temperature of 0° C. (32° F.) will bring about crystallization, and contact with a crystal already formed will promote this process. The crystals, while hard and gritty, are very hygroscopic. More recently, some specimens, after being melted, were found by Prof. Trimble to have a high specific gravity (1.2618) (see Wallace Procter, in Amer. Jour. Pharm., 1885, p. 273).

あるとき、結晶化したグリセリンがウィーンの製造業者からロンドンに届いた。これを壊すのにナイフとハンマーが必要だった。それは、氷砂糖に似ていて、白色の八面体の結晶で、かなりの屈折力を持ち、溶けると普通のグリセリンと同じ性質を持っていたが、再結晶化できなかった。0℃の状態に長くさらされたことで結晶化が進み、既に形成されていた結晶によってこれが促進されたと思われる。結晶は硬くてざらざらしていたが、強い吸湿性を持っていた。最近、少しのサンプルが溶けた後に、高い比重(1.2618)を持つことがわかった(Wallace Procter, in Amer. Jour. Pharm., 1885, p. 273)。

[King's "American Dispensatory" by Harvey Wickes Felter, M.D., and John Uri Lloyd, Phr. M., Ph. D., 1898.]
この記述からすると、1885年のProcterの論文よりも以前に、この偶然の結晶化は起きたようだ。蒸気自動車は実用化されていたが、ガソリンエンジンは登場前後くらいの時代のことになる。


Sheldrakeと結合させた喰代バージョン

喰代氏は"なぜそれは起こるか"(1996)において
ベストセラー「スーパーネイチャー」の著者でニューサイエンスの旗手ともいわれるライアル・ワトソンがその著「生命潮流」の中で述べている。私たちの新しいものの見方、新たなる姿勢、つまり一種の「精神の種子」が作用を及ぼして、結晶化が起こるというのだ。本当だろうか。

これから本書で紹介する「シェルドレイクの仮説」は、この現象をうまく説明することができる。
と書いて、Lyall Watsonに触れつつ、Sheldrakeに話をつないでいる。ただし、グリセリンの結晶化がLyall Watsonの"Lifetide"を出典としているとは書かれていない。

で、グリセリンについての記述は次の通り:
ところが19世紀に入ってまもなく、怪現象が起こった、一樽のグリセリンがウィーンの工場からロンドンに運ばれる途中のことだった。どうしても結晶にならなかったグリセリンが、樽の中で突然、結晶化したのである。これに興味をもった化学者たちはその結晶をわけてもらい実験してみると、たしかにグリセリンは結晶化した。それは摂氏17度前後を境にして起こった。

同じころ、カナダのブリティッシュコロンビア州にあるジャイアント・パウダー・カンパニーという化学会社の工場のグリセリンが結晶化していた。それを知ったカリフォルニア大学のG.E.ギブソンとW.F.ギアウケはその結晶をわけてもらった。彼らはグリセリンの詳しい研究をするため、別途輸入した液体グリセリンで結晶をつくろうとしていた。普通、つくりたい結晶の物質が溶けている溶液の中に核となる微細粒子を入れると、その粒子に結晶が付着してきて結晶は成長する。それで結晶をつくるときは、核となる微細物質を使うことが多い。ギブソンたちはグリセリンと構造のよく似た物質の結晶を核として、グリセリンの結晶をつくろうとしていた。ところがいくら試みてもグリセリンは結晶化しなかった。そこで彼らはその化学会社からわけてもらったグリセリンの結晶を核に使ってみたのである。はたしてわけてもらった結晶を核として使うと、別途輸入した液体グリセリンは容易に結晶体になった。

不可解なことはそれから起こった。その化学会社の結晶が彼らの実験室に届いてから、それを結晶の核として使わなくても、液体グリセリンは容易に結晶化したのである。また、その結晶が核として混じらないように細心の注意をはらっても、結果は同じだった。ところが、まもなくするうちに実験室にあったすべてのグリセリンは温度を変えるだけで自動的に結晶体になったのだそして今では世界中のグリセリンは17度以下で結晶化するのである

[喰代 栄一: "なぜそれは起こるのか", 1996 (Amazon)] pp.20-21

この記述について、「kikulog: グリセリンの結晶」において、喰代氏が原論文を読んでいるはずとの指摘がなされている。論点は:

  • [喰]では「カナダのブリティッシュコロンビア州にあるジャイアント・パウダー・カンパニー」とあるが、これは[LW=Lyall Watson]にはない。
  • [LW}では「実験室にあった他のすべてのグリセリンが自然発生的に結晶化し始めたのである」とあるが、[喰]では原論文にしたがって「まもなくするうちに実験室にあったすべてのグリセリンは温度を変えるだけで自動的に結晶体になったのだ」とある
  • [LW]では「なかには密閉容器に入っていたものすらあったという」とあるが、[喰]では「その結晶が核として混じらないように細心の注意をはらっても、結果は同じだった。」
喰代氏はLyall Watson:"Lifetide"の記述が捏造品であることを知っていて、原論文にあわせていると思われる。

ただし、「そして今では世界中のグリセリンは17度以下で結晶化するのである」と超常現象を思わせる記述に入る。その上で、SheldrakeのMorphogenetic Fieldの例として挙げている。これが、Sheldrakeとグリセリンの結晶化が結びつかせることになったようだ。

ただ、喰代氏よりも4年前に結びつけた例はある。ただし、この例では出典を明示している:
シェルドレイクはこの書で「形態共鳴」という実に興味深い概念を展開しています。似たようなエピソードがライアル・ワトソンの『生命潮流』(工作舎)にも紹介されています。

今世紀初頭、ウィーンの工場からロンドンの得意先に運ばれる途中の一樽のグリセリンにおかしなことがおこった。「まったくの偶然だが、その間に起こった種々の動きのまれにみる組み合わせにより・・」結晶化が起こったのだ。(当時、固体グリセリンの製造は不可能とされていた)(中略)
(その後、化学者が)あるひとつのグリセリン試料を使った実験で結晶化に成功すると間もなく、実験室にあった他のすべてのグリセリンが自然発生的に結晶化し始めたのである。なかには密閉容器に入っていたものすらあったという。(P59-60)

[1992/08/30 ウィルスレベルでの形態共鳴仮説 by アクエラ]


その後は、Lyall Watsonバージョン(たとえばこれとか)と喰代バージョン(たとえばこれとか)が流布されている。


変種群の登場

そして、今では様々なグリセリンの結晶化の変種群が出現している。


  • グリセリンの結晶化をSheldrakeが語った
    http://web.kyoto-inet.or.jp/people/shiunji/tegami/tegami7.html
     化学の世界では、どんな物質でも一度結晶化することができると、後は簡単に結晶にすることができると言われています。イギリスの植物学者ルパート・シェルドレイク博士は、「すべての物質には、同じ種類の物どうしを結ぶネットワークのようなものがあるのです。ひとつのグリセリンが結晶の仕方を覚えたとき、その経験が、見えないネットワークを通じて他のグリセリンにも影響を与えたのではないでしょうか」と言っています
    そんなことは言ってない。というか触れてもいないのだが。

  • 同時にカナダでも結晶化した
    http://suiren.dokyun.jp/archive/d-20060620.html

    グリセリンは摂氏17.8度以下で結晶化するという性質がありますが、このグリセリンは昔は温めても冷やしても絶対に結晶化できない物質でした。
    ところが19世紀になってウィーンからロンドンへの輸送中に突然結晶化。原因は不明です。驚くことに、ほぼ同時期カナダの研究所でも突然グリセリンが結晶化。
    一気にカナダまでとは。

  • 20世紀初頭に、ニトログリセリン?
    http://page.freett.com/slicer93/0-l-space-3799.html

    マンガを読んで面白いものが載っていたので報告です。
    ...
    ニトログリセリンは100年以前までは熱しようが凍らせようが絶対に結晶化しない液体でした。
    20世紀初頭、ウィーンからロンドンへ大量のグリセリンを輸送中のこと、折しもビスケー湾は記録的な台風に見舞われた。
    わずかな振動も許されぬグリセリンの輸送だというのに…
    とにもかくにも船は無事に到着。
    船員達は真相を確認すべく樽の開封を急いだ。
    そこで彼らの見た物は、今まで見たことない見事に結晶化したグリセリンだった。
    ところが事態はそれだけにとどまらずその日を境に世界中のグリセリンが次々と結晶化をした、と報告が入るようになった。

    この"マンガ"は、板垣恵介の「バキ」

ヴィジュアル的にはLyall Watsonの捏造よりも、「バキ」のニトログリセリンの輸送の方が印象的だ。それにしても危ない過ぎる。1979年のLyall Watsonの捏造したグリセリン伝説は、ニトログリセリンに変身して新たな伝説として流布されていくかもしれない。

posted by Kumicit at 2007/01/18 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Hundredth Monkey | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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