2007/01/20

酒石酸とグリセリンと猿のリナージュ (5/7) 「百匹目の猿」の変種たち

Lyall Watson[1979),1981)]
は2つの捏造ネタを提示した。

  • HMP-A:「100匹目のサルの新たな参入により、数が明らかに何らかの閾値を超え、...その日の夕方になるとコロニーのほぼ全員が同じことをするようになっていたのだ。」
  • HMP-B:「自然障壁さえも飛び越して、他の島じまのコロニーや本土の高崎山にいた群の間にも自然発生するようになった」
これを原論文[Kawai 1965]など使って撃墜したのがRon Amundson[1985]だった。そして、Lyall Watsonはメタファーだったと言い訳した[Watson 1986]。

これと並行して、ニューエイジャーの世界でも"百匹目の猿"の興亡があった。


Ken Keyes Jr.の興亡

ニューエイジャーであるKen Keyes Jr.(1921-1995)[wikipedia]が、Lyall Watsonの捏造ネタである"百匹目の猿"を真に受けて、"The Hundredth Monkey"[Amazon]という本を出して、世に"百匹目の猿"広めたのが1982年(和訳は1984年)のことだった:
Let us suppose that when the sun rose one morning there were 99 monkeys on Koshima Island who had learned to wash their sweet potatoes. Let us further suppose that later that morning the hundred monkey learned to wash potatoes.
さて、ある朝、太陽がのぼったときに、幸島の九十九匹目のサルが、サツマイモを洗うということを知った、とします。そして、その日の昼近くになって、百番目にあたるサルが、サツマイモを洗うことを学んだとき、まさに、その瞬間に...

THEN IT HAPPENED!
突然、それは起こったのです!

By that evening almost everyone in the tribe was washing sweet potatoes before eating them. The added energy of this hundredth monkey somehow created an ideological breakthrough!
その日の夕方までに、その群れの中の、ほとんど全部のサルたちが、サツマイモを浅瀬に持っていって、洗い始めたのです。この百番目のサルが新しく加わることによって生じたエネルギーが、どういう理由か、私たちの概念 -- いうならば、常識を突き破ってしまったのです。

But notice.
そして、じつに問題は、それだけで終わったわけではなかったのです。

A most surprising thing observed by these scientists was that the habit of washing sweet potatoes then jumped over the sea -Colonies of monkeys on other islands and the mainland troop of monkeys at Takasakiyama began washing their sweet potatoes!*s
日本の科学者たちによって観察された、もっと驚くべき現象というのは、サツマイモを洗うという習慣が、その後、自然発生的に海を越えたという事実です。他の島のサルの群れたち、さらには大分県の高崎山に棲むサルの群れも、彼らのサツマイモを洗いはじめたのです。

(*Lifetide by Lyall Watson, pp. 147-148. Bantam Books 1980. This book gives other fascinating details.)
ここの百匹目の猿現象を知ったのは、序文によれば「I learned about in talks by Marilyn Ferguson and Carl Rogers」であり、本文では"Lyall Watson: Lifetide"を参照している。Ken Keyes Jr.が新たに何かを調べたりしたわけではない。翻訳版は少し表現が強められ、記述も"大分県"とか原文を補足した形になっている。

いずれにせよ、Ken Keyes Jr.の原文も、日本語版も反核プロパガンダ目的の出版物であって、次のように人々に呼びかけるためのネタとして、Lyall Watsonが捏造した百匹目の猿現象を使ったもの:
Your awareness is needed in saving the world from nuclear war.
You may be the "Hundredth Monkey" . . . .
You may furnish the added consciousness energy to create the shared awareness of the urgent necessity to rapidly achieve a nuclear-free world.

核戦争から世界を救うために、あなたの自覚が必要とされているのです。
あなたが"百番目の猿"かもしれないのです。
とにかく、一刻でも早く、核のない世界に到達する必要があるという、共有された自覚をつくりだす意識エネルギーを提供するのは、本当に、あなたかもしれないのです。
これにインスパイヤされて、Hartly Film FoundationのElda Hartleyは1982年に"The Hundredth Monkey"という反核映画を作った[ie The Hundredth monkey]。

ちなみに、日本でも同じように反核映画「100ばんめのさる」が1986年に作られた:
国際平和年記念作品
日本原水爆被害者団体協議会推薦

原作:“The Hundredth Monkey”ケン・キース・ジュニア著
ナレーション:吉永小百合
プロデュース:伊藤正昭/宇田川東樹
製作:シネマ・ワーク/東京メディアコネクションズ
【1986年/カラー/アニメーション+ドキュメンタリー/20分】

 日本の南の国、幸島に住むサルたちはいつもサツマイモの奪い合いをしています。 ケンカの後のイモは砂だらけ。ジャリジャリしておいしくありません。 ある時イモを海へ落してしまいますが、拾ってみると砂がとれ、塩味もついておいしくなっていました。 これ以来、若いサルたちは必ずエサを洗って食べるようになります。 この発見は次第にサルの間に広まり、初めは知らんぷりしていたボスザルや年寄りのサルもイモ洗いに参加。 そしてついに百番目のサルがイモを洗うことを覚えた時、とても不思議なことが起こりました。 なんと海を越えた他の島のサルたちも、一斉にエサを洗うようになったのです。
Lyall Watsonが"百匹目の猿"をメタファーだと言い訳した同じ1986年の公開である。作品はKen Keyes Jr.の原文とは違っていて、絵本「100ばんめのサル 」(絵:尾崎真吾, 国土社, 1987)と同様のものとなっている。

しかし、1985年には既に、ニューエイジャーであるElaine Myersによって、"百匹目の猿"は否定されていた。

==>Elaine Myers: "The Hundredth Monkey Revisited -- Going back to the original sources puts a new light on this popular story", Strategies For Cultural Change (IC#9), Spring 1985, Page 10

これの全訳および解説は:

==>幻影随想: 「100匹目のサルのウソ」はいかにして暴かれたか by 黒影氏

このドキュメントにおいて、Elain Myersは次のように述べて、HMP-AとともにHMP-Bも否定している:
In the original reports, there was no mention of the group passing a critical threshold that would impart the idea to the entire troop. The older monkeys remained steadfastly ignorant of the new behavior. Likewise, there was no mention of widespread sweet potato washing in other monkey troops. There was mention of occasional sweet potato washing by individual monkeys in other troops, but I think there are other simpler explanations for such occurrences. If there was an Imo in one troop, there could be other Imo-like monkeys in other troops.

大元の報告書には、グループが群れ全体に考えを行き渡らせるような決定的な閾値を通過したことを示す言及は全く存在しない。歳を取ったサルは断固として新しい行動を意識しないままであった。同様に、サツマイモ洗いが他のサルの群れへ広範囲に普及したという言及も無かった。時折他の群れでサツマイモを洗う個体が現れたという報告はあったが、このような出来事にはもっと簡単な説明が可能だ。あるグループにイモが現れたのならば、他のグループにもイモのようなサルが現れることは十分ありうる。
[和訳は黒影氏による]
Ron Amundsonがニセ科学の論法として批判したのと同じ論で、Elain MyersもHMP-「B自然障壁さえも飛び越して、他の島じまのコロニーや本土の高崎山にいた群の間にも自然発生するようになった」を、超自然に訴える必要のない現象として否定している。

これにより、ニューエイジの世界でも、HMP-Aは事実そのものが捏造であり、HMP-Bも超自然現象とは言えないという決着を見た。

これで、終わるかというと、終わらない...


陣地を再構築した船井氏

Ron AmundsonやElain MyersによってHMP-AとHMP-Bは葬り去られ、Lyall Watson自身もHMP-AとHMP-Bをまとめてメタファーだったと言い訳した。これを捻じ曲げた形で、再構築したのが船井幸雄氏(1933〜)である。

Ken Keyes Jrが死去した翌年の1996年に、船井氏は「百匹目の猿 (「思い」が世界を変える)」を出版した。この前書きで:
はじめの頃、猿たちは、サツマイモの泥を手や腕で落として食べていました。しかし一九五三年のある日、一歳半のメス猿が泥を川の水で洗い流してから食べはじめたのです。
 メス猿のこの行動は、やがて若い猿たちや母親猿たちにまねられ、一九五七年には、二十匹中十五匹がイモを川の水で洗って食べるようになりました。
 ところがおもしろいことに、十二歳以上のオス猿は、イモ洗いが群れに定着して十年たっても、イモ洗いをしなかったのです。
...
 ところでその後、川の水がかれたことなどもあり、いつの間にか猿たちは海水でイモを洗って食べるようになりました。海水の塩分がイモをおいしくしたのか、このようにして猿たちのイモ洗いは淡水から海水へと変わっていったのです。
と書いて、HMP-Aが起きていないことを明示した。さらに、高崎山についても
そうしてあるとき、大分県の高崎山の猿たちの中にも水でイモを洗う猿たちがいるのが見つかりました。それは幸島で猿たちのイモ洗いが定着したあとのことなのですが、彼らは幸島の猿たちとはなんの関係もない猿たちです。
ここまでは、事実の創作や超自然を思わせる記述はない。その後で、船井氏は事実の誇張し「やがて高崎山の猿たちにもイモ洗いの行動は広がっていきました。」と書く。が、まあこれも捏造とは言えない。

そして、船井氏は次のステップで事実を捏造した:
この猿のイモ洗い現象が遠く離れた幸島から高崎山へ伝播した現象を、アメリカのニューエイジ科学者の第一人者ライアル・ワトソンがベストセラーになった彼の著書『生命潮流』(日本語版・工作舎館)の中で「百匹目の猿現象」と名づけ発表しました。
...
そして、その臨界値を便宜的に「百匹目」としたのです。おもしろい発想です。
船井氏は、「Lyall WatsonがHMP-AではなくHMP-Bだけを主張していた」という捏造を行った。これにより、Ron AmudsonやElain Myersと同様にKawai(1965)を見ればすぐにばれてしまうHMP-Aの捏造をなかったことにした。そして、"シェルドレイクの仮説"を論拠として、HMP-Bが実際に起きたと主張した。

これを船井バージョンのHMP-Bということで、HMP-Bfと呼ぶことにしよう。

HMP-Bf:「シェルドレイクの仮説が科学者の間で認められた。従って、幸島の群れのイモ洗いが、高崎山にいた群に伝わったのは本当だ」:
「百匹目の猿現象」は必ず起こる現象だと私なりに確信を持ったのです。理由は、欧米の生物学者や物理学者、数学者や哲学者などが十有余年の激論と検証の末、この現象を科学的に論じた「シェルドレイクの仮説」を認めざるをえなくなったのを知ったからです。


これによって、"百匹目の猿"は日本で再度、流布されていくことになる。


おおよそ船井氏と同じな喰代氏

船井氏と連携する形で、1996年に"百匹目の猿"についても取上げた本"なぜそれは起こるのか"[Amazon]を出版したのが喰代栄一氏である。この本で喰代氏は、ひたすらSheldrakeのMorphogenetic Fieldを持ち上げ、あれもこれもMorphogenetic Fieldのせいなのさ...と主張した。

船井氏と同じく喰代氏も幸島の猿たちについて事実の捏造は行っていない。高崎山について、一気にイモ洗いが広まったといった事実の誇張もしていない。

事実の解釈において、何でもMorphogenetic Fieldのせいなのかも...とやっただけである:
日本モンキーセンター所長で、ニホンザルの行動研究に造詣深い河合雅雄博士によると、サルに言語がなく、言葉で対象をはっきりと指し示す指示機能がないので、積極的に教えるという能力はない。模倣によって取り入れた行動が、習慣となって固定化していくそうである。だから、幸島のサルのイモ洗い行動は、初めに行ったイモの行動を他のサルたちが模倣することによって、群れ全体に広がっていったということになろう。

たしかにそのとおりであろう。しかし、シェルドレイクの仮説のとりこになっている私には、その方式だけでは説明できない原理が隠されているように思えてならない。なぜなら、サルのイモ洗い行動が幸島だけでなく、その後、他の野猿公園にも見られるようになったからである。...

[喰代栄一: "それは何故起こるのか", 1996 pp.161-162.]
船井氏と異なり、喰代氏は幸島でイモ洗いがゆっくりと広まっていたこと自体もMorphogenetic Fieldのせいだと示唆している(主張というほど強くはない)。

この後は船井氏と同じで、Lyall WatsonがHMP-Bだけを主張していたかのように"百匹目の猿現象"という用語を使う。


ということで、1996年に再登場した"百匹目の猿現象"は、幸島の猿について事実の捏造はなく、高崎山で観察されたイモ洗いについて、SheldrakeのMorphogenetic Fieldを持ち出すという新しい形(HMP-Bのみ)をとっていた。

これが広まったなら、HMP-Aは消えてなくなるはずなのだが...


消えないHMP-A

船井氏と喰代氏が新たに送り出したHMP-Bに特化した"百匹目の猿"現象だったが、従来からのLyall WatsonのHMP-A:「00匹目のサルの新たな参入により、数が明らかに何らかの閾値を超え、...その日の夕方になるとコロニーのほぼ全員が同じことをするようになっていたのだ。」も生き残り続けている。

適当にgoogleでさがしてみると、HMP-AとHMP-Bをちゃんと持っているパターン:
宮崎県の幸島に棲む猿の話。砂のついた芋を海水で洗って食べる習慣が、ある個体数を超えた瞬間に、猿の群れ全体の文化となり、海を隔てた他の離れ島の猿も同時に芋洗いを始めた。
http://npo-kikou.cocolog-nifty.com/blog/2005/03/101.html

宮崎県の幸島に棲息する猿の一頭がイモを洗って食べるようになり、同行動を取る猿の数が閾値(仮に100匹としている)を越えたときその行動が群れ全体 に広がり、さらに場所を隔てた大分県高崎山にいた猿の群れでも突然この行動が見られるようになったという。
http://www6.ocn.ne.jp/~aber7/new_page_78.htm


あるいは、HMP-Aだけなパターン:
最初は芋を海水で洗うサルはほとんどいなくて、異端扱いだった。でもその少数派だった洗うサルの数は少しずつ増え、ある数を超えた途端、ほぼ全てのサルが海水で芋を洗うようになったという。
http://parrotfish.seesaa.net/article/191596.html


「一匹のサルが始めた "何か新しい行動" が、やがて少しづつ、ゆっくり回りのサルに波及していって101匹目を超えると爆発的に増えてゆく・・・・・という有名な論文「101匹目のサル」というのがあるらしい
http://silver.ap.teacup.com/applet/night/8/trackback


など、HMP-Aが消えていない。船井&喰代バージョンではなく、もともとのLyall Watsonのリナージュが生き残っているようだ。



そして、うろ覚えな変種群ももちろんたくさんある:


まさに、変種群を生み続ける都市伝説といったところだろうか。


posted by Kumicit at 2007/01/20 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Hundredth Monkey | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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