2007/01/31

見かけのデザインをめぐって

たまには復習と言うことで...

「デザインのように見えるがデザインではなく、突然変異と自然選択のような自然の過程でできあがったもの」である「見かけのデザイン」と、インテリジェントエージェンシーによる「本当のデザイン」を識別すること。それが、インテリジェントデザインの最大にして唯一の課題。今のところ、「進化論で説明できたらデザインではない」というルール以外に「本当のデザイン」を見つける方法がない。

デザイナーはバカでもいいと威勢良く言ってみせるインテリジェントデザイン理論家Dr. William Dembskiであるが:
But why then place the adjective "intelligent" in front of the noun "design"? Doesn't design already include the idea of intelligent agency, so that juxtaposing the two becomes redundant? Redundancy is avoided because intelligent design needs also to be distinguished from apparent design. Because design in biology is so often attributed to natural forces (e.g., natural selection), putting "intelligent" in front of "design" ensures that the design we are talking about is not merely apparent but actual (for scientific realists, actual in the sense that there is a real designer behind the design; for scientific anti-realists, actual in the sense that the design is in principle irreducible to natural causes). Whether the intelligence thus posited acts cleverly or stupidly, wisely or unwisely, optimally or suboptimally are separate questions.

しかし、名詞「デザイン」の前に形容詞「インテリジェント」をつけるのか? デザインは既にインテリジェントエージェンシーの概念を含んでいるので、2つを並置するのは冗長ではないのか? インテリジェントデザインは見かけのデザインと区別しないといけないので、冗長性は避けられる。生物学におけるデザインはしばしば、自然選択のような自然の力のせいにされるので、「デザイン」の前に「インテリジェント」つけることで、見かけのデザインではなく、本当のデザインについて論じていることを明示する。科学的リアリストにとっての「本当の」は、デザインの背後に真のデザイナーが存在するという意味であり、科学的反リアリストにとっての「本当の」は、原理的に自然の原因の還元できないデザインを意味する。インテリジェンスが賢いか愚かか、思慮深いか浅はかか、最適か最適でないないかは別問題だ。

[William A. Dembski: "IS INTELLIGENT DESIGN A FORM OF NATURAL THEOLOGY?", 2001/03]
「本当の」デザインが何だか示せない。

本当のデザインは自然のメカニズムでは説明できないと主張するのだが:
This is a fallen world. The good that God initially intended is no longer fully in evidence. Much has been perverted. Dysteleology, the perversion of design in nature, is a reality. It is evident all around us. But how do we explain it? The scientific naturalist explains dysteleology by claiming that the design in nature is only apparent, that it arose through mutation and natural selection (or some other natural mechanism), and that imperfection, cruelty, and waste are fully to be expected from such mechanisms. But such mechanisms cannot explain the complex, information-rich structures in nature that signal actual and not merely apparent design--that is, intelligent design.

ここは堕ちた世界である。神がもともと意図した善きものは、もはや目に付かない。多くは歪められた。自然界のデザインの堕落たる"dysteleology"は現実だ。その証拠は我々の周りに多くある。しかし、我々はそれをどう説明するのだ。科学的自然主義者は"dysteleology"を説明するために、自然界にあるデザインは見かけのものであって、突然変異と自然選択あるいは他の自然のメカニズムによってできたと主張し、欠陥と残酷さと無駄がそのようなメカニズムから予期されるものだと主張する。しかし、そのようなメカニズムは、見かけではなく本当のデザイン、すなわちインテリジェントデザインたる複雑で情報に満ちた自然界の構造を説明できない。

[William A. Dembski: "Intelligent Design is not Optimal Design", 2000/02]
言葉の定義上、インテリジェントエージェンシーによってデザインされたものは突然変異と自然選択では説明できないだろう。もっともDaniel Dennettなら一撃で打ち倒してくれるが:
だからPaleyは、デザインは説明すべきすばらしいものだと語っただけでなく、デザインは知性を必要とするとも語った点で、正しかったのだ。彼がただ一つ見落としたのは、--- そしてダーウィンが提供してくれたのは --- この知性は、まるで知性とは見なされないほど小さくて愚かな断片に砕かれたあと、一連の巨大なネットワーク状のアルゴリズムのプロセスを通して、空間と時間に分散していくことができるのだという考え方であった。[Daniel C. Dennett: ダーウィンの危険な思想, 2001 (Amazon)]


インテリジェントデザインの文書倉庫ISCIDは、見かけのデザインと本当のデザインを識別する方法は、「還元不可能な複雑さ(Irreducible complexity)」と「指定された複雑さ(specified complexity)」だと言う:
The two most prominent intelligent design theorists are William Dembski and Michael Behe. Dembski has developed a rigorous mathematical method using the criterion of specified complexity for inferring design. Behe's major contribution has been the notion of irreducible complexity and the hurdle that irreducibly complex systems pose for Darwinian evolution.

[ISCID: Encyclopedia: Intelligent Design]
だが、これは「自然法則でも偶然でも説明できなくて、意味ありげなものはデザインだ」というDembskinの説明フィルタすなわち、"God of the gaps"論でしかない。つまり、進化論で説明できればデザインではなく、説明できなれければデザインだというもの。識別方法とはとても呼べない。



posted by Kumicit at 2007/01/31 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | DiscoveryInstitute | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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