この呪術思考は経験的事実に基づくという点で宗教とは異なる場合が多い。たとえば「ある手順に従って雨乞いをしたら、雨が降った」という経験的事実に基づいて、「ある手順に従って雨乞いをすれば、雨が降る」と考える呪術思考がある。これは手順を守れば予測される結果が生じると考えるものであり、超越的な神による奇跡とはまったく違う。奇跡が起きるかどうかは奇跡神族の意志次第だが、雨が降るのはいわば"法則"である。
一方、呪術は科学ではない。それは「ある手順に従って雨乞いをしたら、雨が降った」という経験的事実から、呪術がただちに「雨乞いと雨とに因果関係を見出す」のに対して、科学がそうではないからだ。"Intercessory Prayer"をめぐる実験の二重盲検の破れについての論争[ie. 2006/12/7]が繰り広げられるのが科学であり、Dr. Elisabeth Targによるテキサスの狙撃兵を使ってしまった実験結果[ie. 2006/12/6]であっても祈りに効果ありと考えるのが呪術。
このような呪術思考についてのPrincetonの心理学のEmily Pronin助教授らによる研究をNew York Timesが2007年1月23日付のBenedict Careyによる記事「Do You Believe in Magic? -- LUCKY CHARMS Magical powers are ascribed to all manner of objects. 」で報じている。
Psychologists and anthropologists have typically turned to faith healers, tribal cultures or New Age spiritualists to study the underpinnings of belief in superstition or magical powers. Yet they could just as well have examined their own neighbors, lab assistants or even some fellow scientists. New research demonstrates that habits of so-called magical thinking ... are far more common than people acknowledge.思った以上に呪術思考の広まりは大きい。それは呪術思考が有益に働くからだという。
心理学者と人類学者は、一般的に、迷信や呪術への信頼の基礎を研究するために、信仰療法者や部族文化まあるいはニューエイジの降霊術信者を対象としてきた。それでも、彼らは自らの隣人や研究室の助手や同僚の研究者もまた研究対象にできた。新たな研究で、呪術思考と呼ばれる習慣がふつうに知られている以上に、一般的であることが明らかになった。
These habits have little to do with religious faith, which is much more complex because it involves large questions of morality, community and history. But magical thinking underlies a vast, often unseen universe of small rituals that accompany people through every waking hour of a day.
これらの習慣はほとんど宗教信仰とは関係がない。また、これは道徳やコミュニティや歴史の重要な問題を含むので、より複雑である。しかし、呪術思考は、人が目覚めているときはいつでも、小さな儀式の見えざる広大な宇宙の基礎をなしている。
The appetite for such beliefs appears to be rooted in the circuitry of the brain, and for good reason. The sense of having special powers buoys people in threatening situations, and helps soothe everyday fears and ward off mental distress. In excess, it can lead to compulsive or delusional behavior. This emerging portrait of magical thinking helps explain why people who fashion themselves skeptics cling to odd rituals that seem to make no sense, and how apparently harmless superstition may become disabling.
そのようなものを信じたいという欲求は、脳の回路に根ざしていて、適切な理由があると思われる。特別な力があるという感覚は危機的状況にある人々を支え、日々の恐れを沈めて、精神的苦悩を防ぐように働く。度が過ぎれば、衝動的あるいは妄想的な挙動に至る。呪術思考についてのこのような新しい見方は、自らを懐疑的な人々が何故に意味のないと思われる奇妙な儀式にこだわり、明らかに無害な迷信をいかに働かなくさせるかを説明する。
The brain, moreover, has evolved to make snap judgments about causation, and will leap to conclusions well before logic can be applied.すなわち、決断しないよりも、間違った決断の方が生存確率が高かったということがあったのかもしれない。
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For people who are generally uncertain of their own abilities, or slow to act because of feelings of inadequacy, this kind of thinking can be an antidote, a needed activator, said Daniel M. Wegner, a professor of psychology at Harvard.
さらに、脳は、因果関係について即断するために進化し、論理を適用する前に結論に飛躍する。
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Harvardの心理学のDaniel M. Wegner教授は、自らの可能性がわからない人や、不適切な感覚によって行動が遅い人には、この種の思考は解毒剤あるいは必要とされる活性剤となると語った。
ということで、我々は簡単に呪術思考に絡めとられてしまったりするらしい。PrincetonとHarvardの心理学者たちは:
And they found, similarly, that devoted fans who watched the 2005 Super Bowl felt somewhat responsible for the outcome, whether their team won or lost. Millions in Chicago and Indianapolis are currently trying to channel the winning magic.
そして、同様に、彼らは2005年のスーパーボウルを観戦した熱烈なファンは、応援しているチームの勝ち負けに関わらず、その勝ち負けついて何らかの責任があると感じていることを発見した。シカゴとインディアナポリスの数百万人は、いままさに勝利呪術を届けようとしている。
人類は半世紀にわたりテレビの前で、野球やサッカーの中継を見て応援してきた。応援が届くことは科学的に証明されたことはないが、応援が届くような気になって、テレビに向かって声をあげてきた。あるいはテレビの前で勝利を祈ってきた。
それは呪術思考に他ならない。だから、もし、呪術思考するという能力を失えば、テレビの前で熱狂することはなくなってしまうかもしれない。
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