A: 進化論によれば、人類は偶然の積み重ねによる進化の果てに出現した。という論が提示されることがある[ie. William S. Harris and John H. Calvert: Intelligent Design: The Scientific Alternative to Evolution (和訳 by Kumicit)のBioethical Implications of Origins Theories(起源理論を生命倫理と関係付ける)]。進化論の正否とは無関係に、この論は論理的に根拠なき主張である。
B: 従って、人類に存在目的はない。
C: そのような結論を出す進化論は間違っている。
Bの結論はAからだけでは得られない
A: 進化論によれば、人類は偶然の積み重ねによる進化の果てに出現した。AからBを導くことはできない。三段論法の「A=小前提」「B=結論」と対応するが、「大前提」に対応する言明がないからだ。Bの結論を出すためには、おそらく次の「大前提」が暗に存在していなければならない:
B: 従って、人類に存在目的はない。
S: 偶然に出現したものには存在目的はない。これがあると
S: 偶然に出現したものには存在目的はない。となって、きれいな三段論法になる。
A: 進化論によれば、人類は偶然の積み重ねによる進化の果てに出現した。
B: 従って、人類に存在目的はない。
大前提Sは科学の言明ではない
では
S: 偶然に出現したものには存在目的はない。という言明は科学だろうか?
いかなる物理理論を振り回しても、この言明を導くことはできない。自然法則の組み合わせても、「存在目的」を結論する方法はない。というか、「存在目的」あるいは「意義」あるいは「価値」は科学の対象外である。
とするなら、大前提Sは科学の言明ではなく、宗教の言明である。
結論Bは宗教の言明である
宗教S: 偶然に出現したものには存在目的はない。とくれば、結論Bは
科学A: 進化論によれば、人類は偶然の積み重ねによる進化の果てに出現した。
宗教B: 従って、人類に存在目的はない。宗教の言明である。進化論の主張はAのみである。
科学Aには、人類の存在目的についての結論Bは含意されていない
結論Bは宗教の言明だが、既に科学Aは宗教Bを含意(Aが真なら必ずBも真)しているという反論があるかもしれない。しかし、この反論は「大前提」に
宗教Sn: 幾度繰り返しても二度と生まれないかもしれない偶然の結果出現したものは、それだけで存在意義があり、存在し続けることそのものが目的となるを採用すれば、結論Bは否定される。
従って、科学Aは宗教Bを含意しない。すなわち、科学Aは結論Bを肯定も否定もしない。よって、「C: そのような結論を出す進化論は間違っている」という言明は意味を持たない。
三段論法SABの宗教バージョンをつくる
もう一歩、話を進めるために、宗教バージョンをつくってみる:
St: 偶然に出現したものには存在目的はない。=目的を持って創造されたものには存在目的があるAtとBtはトートロジーのように見えるので、大前提Stは不要に見える。
At: 神が目的を持って、6000年前に現在の形で、人類を創造した。
Bt: 従って、人類に存在目的がある。
普通、「神が目的を持って、6000年前に現在の形で、人類を創造した。従って、人類に存在目的がある。」という形で、「大前提」を明示することなく語られるだろう。
なお、Atは"若い地球の創造論"バージョンだが、「10万年前」にすれば"古い地球の創造論"バージョンになるし、年代不特定・介入方法不特定にすればインテリジェントデザインになる。
大前提Stがあることの効果
大前提St
St: 偶然に出現したものには存在目的はない。=目的を持って創造されたものには存在目的があるがあると、事実の言明Atの「神の目的」の内容を問わずに、結論Btに至れる。
神の目的が人間に不可知であってもよい。また。神の腕試しでも、気晴らしでも、実験目的でもよい。論理的にはStがあることで、人間の存在目的があることをが結論される。
...というのはまずい。フェッセンデン博士が実験室に作り出した宇宙の住人たちにも、存在目的があることになる。
AtはBtを含意すべき
人類にまっとうな存在目的を持たせるには、大前提Stをはずして、Atを修正して
At': 神が、6000年前に現在の形で、存在目的を持たせて、人類を創造した。とすべき。これで、確実に「人類に存在目的がある」は保証される。
Bt: 従って、人類に存在目的がある。
というか、At'はBtを含意している(At'が真なら、Btも真)。
創造論者が誤る理由がここで明らかに
宗教バージョンでは
At': 神が、6000年前に現在の形で、存在目的を持たせて、人類を創造した。が
Bt: 従って、人類に存在目的がある。を含意する。
この類推から
A: 進化論によれば、人類は偶然の積み重ねによる進化の果てに出現した。が
B: 従って、人類に存在目的はない。を含意すると誤る。
さらに、宗教バージョンは大前提を持たないので、
S: 偶然に出現したものには存在目的はない。という宗教の言明が大前提となっていることを見落とす。
よって、
B: 従って、人類に存在目的はない。を宗教ではなく科学の結論と見誤る。
2007/3/6 0:20 Harris&Calvertの部分を撤回します。理由は...
以下の部分を、Kumicitは、「Harris&Calvertが、William Provieが科学の原則を言っている文を引用している」ように読んで、「科学はこう言っているが...」というコンテキストで見ていました:
The late Professor William Provine helps us understand the deeper implications of a naturalistic, materialistic, and Darwinian worldview.First, modern science directly implies that the world is organized strictly in accordance with mechanistic principles. There are no purposive principles whatsoever in nature. There are no gods and no designing forces that are rationally detectable. Second, modern science directly implies that there are no inherent moral or ethical laws, no absolute guiding principles for human society...[http://www.intelligentdesignnetwork.org/NCBQ3_3HarrisCalvert.pdf p.560]
[71William Provine, “Evolution and the Foundation of Ethics,” MBL Science 3.1 (1988): 25–29.]
これは読み違いでした。読み違いは以下の2点で:
- この部分は「Bioethical Implications of Origins Theories」という節で、科学そのものではなく、科学のインプリケーションを語っている部分でした。
- 引用されたWilliam Provineの原文の続きには
Third, human beings are marvellously complex machines. The individual human becomes an ethical person by means of two primary mechanisms: heredity and environmental influences. Fourth, we must conclude that when we die that is the end of us.
とあり、続けて読めば、明白に無神論を主張しているものであり、科学の原則を説明しているものでありませんでした。
タグ:創造論
該当部分を読み直して、読み違いに気づきましたので、その旨、本文に追記しました。
なお、当該部分は赤色で目立つように残しておきます。