2013/05/23

"Genzai Bakudan" つづき

1945年8月12日の"genzai bakudan"記事は、怪しい歴史ネタだが、David Snell自身が記事末尾に書いているように、人を惹きつけるものがある。
On the hand, he said, Allied Intelligence must have know of the atomic project at Konan, because of the perfect timing of the Hiroshimo bombing only six days before the long-scheduled Japanese naval test.

Perhaps here is the answer to moralists who question the decision of the United States to drop an atomic bomb.

[Wakabayashi大尉は]「一方、連合国情報部は興南の原爆プロジェクトについて知っていたはずだ。というのは、長期計画だった日本海軍の核実験のわずか6日前に広島に原爆を投下したからだ。」と述べた。

おそらく、ここに、米国による原爆投下の決断を疑問視するモラリストたちへの回答があるだろう。

[1946 Atlanta Constitution Atom Bomb Articles (1946/10/02)]
翌日にAPが否定記事を配信する。
GenzaiBakudan19461003AP.png

原爆を開発し、終戦三日前に実験に成功した日本の科学者たちが、モスクワでソ連の捕虜となっているとAtlanta Constitutionが自社記事で木曜日(1946/10/02)に述べた。

元Atlanta Constitutionの記者で、ソウルで活動している第24犯罪捜査部隊の軍務から最近、帰国した、その記事の執筆者David Snellは、ソ連人たちが「原爆のノウハウ」を手に入れようとして科学者たちに圧力をかけたと述べた。

Snellはこの話を、朝鮮興南にあった日本の原爆開発拠点の防諜部隊長と称する日本人将校から聞いた。この将校は、ソ連軍侵攻の数時間前に、機械と秘密文書と部分的に完成していた原爆を破壊したと述べたと、Snellは書いている。

「全くの嘘だ」という烙印

東京では米国陸軍情報将校が木曜日に、米日の科学者たちとともに、Snellの証言を嘲った。

「まったくの嘘だ」と日本の最も注目される核物理学者Dr. Yoshino Nishinaはコメントした。

「まずありえない」と東京の米国陸軍情報将校は素っ気なくコメントした。

日本の軍事専門家であるDr. Nishinaは「常に嘘をついており、根拠なくものを言っている。そのような実験は朝鮮では行われていない。ただし、興南には化学肥料工場があった」と付け加えた。

マンハッタン計画を率いたLeslie Groves少将は「話が本当なら、彼は非常に興味を惹かれたことだろう」との見方を示した。しかし、サンフランシスコではPatterson陸軍長官は日本の原爆の爆発報道は真実ではないことを保証した。彼は終戦三日前に日本が原爆実験を行ったという報道を否定した。

"Genzai Bakudan"と呼ばれた

しかし、米軍が日本に入った時、実験室で使われていた原子分離装置であるサイクロトロンを発見して、破壊したことが思い出される。

Snellは、日本の原爆開発スタッフのひとりが、6月にソ連人たちのもとから脱出し、米国情報機関の尋問を受けた件に関係していた。さらに彼自身が、偽名"Tsetusuo Wakabayashi"大尉という情報提供者から得た情報を、ソウルの米国陸軍情報部に提供したと述べた。

しかし、米国陸軍省は「日本の原爆についての得た情報は、ほぼすべてSnellによるものだったと」と真偽を留保した。

[Assoviated Press 1946/10/3]
そして、"Genzai Bakudan"は消え去った。

しかし、1985年にRobert K. Wilcox: "Japan's Secret War"で再び、世に知られるようになったようである。
Wilcox1985.jpg

日本では、時事通信が1999年に原爆記念ネタとして、"Genzai Bakudan"を取り上げている。
http://news.yahoo.co.jp/headlines/nnp/990806/loc_news/10450000_nnpnws018.html
1999年8月6日(金) 10時45分

「旧日本軍が終戦直前、原爆実験?」 朝鮮半島東岸沖合 GHQに極秘情報(西日本新聞)


 【ワシントン5日時事】旧日本軍が第二次世界大戦の終戦直前、現在は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)領となっている朝鮮半島東岸の興南沖合で原爆実験を実施したとの情報を米軍がつかみ、戦後日本を占領統治した連合国軍総司令部(GHQ)などが秘密裏に調査していたことが、米国立公文書館で時事通信が入手した米軍機密文書(約三百ページ)で分かった。一九四七年の米軍防ちょう機関の報告は「原爆に似た爆発があった」と伝えているが、真相は解明できなかったもようだ。

 また、これらの文書から、米軍は興南にあった化学コンビナートで日本海軍が秘密裏に核開発を進めていたとみて、朝鮮戦争(五〇―五三年)に乗じて疑惑施設を徹底的に爆撃していたことも明らかになった。

 米軍犯罪調査部隊のデービッド・スネル氏は、旧日本軍が四五年八月十二日未明、興南沖三十数キロの海上で原爆実験を行い、巨大なきのこ雲が上がったとの情報を、ソウルで元日本軍情報将校から入手。退役後の四六年、米ジョージア州アトランタの新聞に公表したが、一笑に付されていた。

 しかし、在朝鮮米軍司令部防ちょう部隊が四七年一月十六日付で作成した報告は、調査結果として、「日本軍は朝鮮北部東海岸沖に浮かべた小さな船で爆破を伴う実験を行い、原爆に似た爆発が起きた。関与した科学者らの名も(スネル報告は)正確だ」と指摘、科学者は旧ソ連軍によってソ連に抑留されたと伝えた。興南は八月十二日、進攻ソ連軍に占領された。

 興南での日本軍の核開発説について、四五年のGHQ文書は(1)日本軍復員者によると、興南の化学工場で原子力関係の実験が行われていた(2)日本海軍は興南の化学工場の秘密部門で、「NZ計画」と呼ばれる水素化合物によるジェット燃料実験を実施していた(3)ソ連による興南占領後、秘密施設がソ連軍に接収され、日ソ両国科学者の共同研究が行われている―などの情報を挙げて、徹底調査を命じた。

 興南には戦前、日本窒素肥料(チッソの前身)の大型化学工場があり、海軍と共同で重水などを生産していた。

 一方、朝鮮戦争中の米軍文書(五〇年十二月二十九日付)によれば、米軍は興南の化学工場施設に空爆を加え、施設の九五パーセントを破壊したという。

[西日本新聞1999年8月6日]
copy, (2012/09/25) on 中日新聞]
やはり、気にしていたらしい。

英語圏でも、その後、核や第2次世界大戦を扱った本に時折、登場し、2005年にMilitary ChannelがJapan's Atomic Bombでとりあげに至る。


フィクションでも扱われたり...
TenMenTenSunslg.jpg
Two men ten suns(2012)


一方、韓国ではMBSが「1945/08/12 Genzai Bakudan実験成功」ネタを事実のように伝える番組を流している。米国とは違った意味で、韓国には、このようなネタの需要があるようだ。
‘이제는 말할 수 있다’
<끝나지 않은 비밀 프로젝트, 일본의 원폭개발>

"今だから言える"
<終わっていない秘密のプロジェクト 日本の原爆開発>(2005/06/12)

◆ 1945년 흥남 앞바다에서 원폭 실험이 있었다?

1947년 연합군사령부 정보 보고서는 놀라운 내용이 들어있다. 1945년 8월 12일 흥남 앞바다에서 섬광과 버섯구름을 동반한 폭발이 있었으며 천 야드 정도 되는 직경의 불덩이가 하늘로 솟았다는 것이다. 섬광과 버섯구름은 바로 원폭실험의 가장 유력한 징표이고 다른 무기는 버섯구름이 불가능했기 때문에 이 보고서는 상당한 논란을 증폭시켜왔다.

8월 12일은 바로 히로시마, 나가사키에 원폭을 맞은 직후여서, 일본이 흥남의 원폭실험 때문에 항복을 늦추고 있었다는 의혹을 낳았다.

또한 일본은 원폭개발에 성공했다면 인간어뢰, 풍선폭탄, 잠수함 등에 원폭을 탑재해 가미가제식으로 미국을 공격하려는 계획을 세웠다. 첫 목표는 하와이였고, 최종 목표는 미국 본토였다.

1945年興南沖で原爆実験があった?

1947年連合軍司令部の情報レポートには、驚くべき内容が含まれていた。1945年8月12日興南沖で、閃光とキノコ雲を伴った爆発があり、1000ヤード程度の直径の火球が空に舞い上がった。閃光とキノコ雲は、まさに原爆実験の最も有力な兆候であり、他の兵器ではキノコ雲が生じえないので、このレポートには、かなりの論議を増幅させてきた。

8月12日は、広島と長崎に原爆攻撃を受けた直後なので、日本が興南の原爆実験のために降伏を遅らせていたという疑惑を生んだ。

また、日本は原爆開発に成功したら、人間魚雷、風船爆弾、潜水艦などに原爆を搭載し、神風式でアメリカを攻撃する計画を立てていた。最初の目標はハワイであり、最終的な目標は、米国本土であった。

[MBS: 끝나지 않은 비밀 프로젝트, 일본의 원폭개발]
もちろん、韓国内にも、ありえないネタという報道もある。
Many modern researchers find fault with Wakabayashi's claims including Walter E. Grunden who compared the American plant at Oak Ridge, Tennessee (93 square miles with 82,000 personnel all dedicated to the production of U-235) to Hamheung, a mere 15 square miles, which at its peak probably had about 45,000 personnel, many of them ``Korean laborers, conscripted students, convicts, and prisoners of war,'' who were primarily involved in ``manufacturing synthetic fuel, explosives, and industrial chemicals.'' Grunden also claims that there were only five buildings in Hamheung that the United States was unsure of their purpose.

多くの現代研究家たちが、Wakabayashiの主張に誤りを見出している。Walter E. Grunden は、テネシー州Oak Ridgeの米国のプラント(93平方マイル、ウラン235製造を専門とする要員82000人)とHamheungを比較しており、それによれば、わずか15平方マイルで、最大要員45000人で、その多くは「朝鮮人労働者、学徒動員、囚人、捕虜」であり、主として「合成燃料や爆薬や工業化学製品の製造」に従事していた。Grundenは、米国が用途を特定できなかったHamheungの建屋はわずか5つだったと主張している。
...
Gruden asserted that stories such as this, once they have become historical myths are almost impossible to dispel and suggested that the allegations of Japan's testing of the bomb in Hamheung was, as Snell had concluded, ``…the answer to moralists who question the decision of the United States to drop an atomic bomb.''

Grudenは、このようなストーリーがひとたび歴史的神話になると、消すことはほぼ不可能だと主張した。そして、Hamheungでの日本の原爆実験があったという嫌疑は、Snellが結論したように「米国による原爆投下の決断を疑問視するモラリストたちへの回答」だと示唆した。

[Robert Neff:"Japan Tested Atomic Bomb in NK Before End of WWII?" (2009/12/04) on Korean Times]
それでも、ググってみると、それなり韓国では、1945年8月12日明け方に興南沖で原爆実験が成功したと信じている人がいるようだ。


posted by Kumicit at 2013/05/23 22:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | Fake | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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