2013/06/08

より刺激を求めて...

メッセージを伝えるのに恐怖という手段が有効であることは古くより知られている[ie Gerard Hastings et al 2004]。ただ、恐怖という手段で印象付けたメッセージは、時間とともに薄れていくことが、Lowe et al [2006]などにより、実験的に確認されている。また、繰り返し同様の恐怖のメッセージに晒されていると逆の直感が働くようになり、むしろ笑いを引き起こすことになる[Neill and Nicholson-Cole 2009]。従って、常に同レベルの恐怖感をもってもらうには、より強い恐怖感を持ってもらう必要がある。

たとえば、1950年代の米国における核戦争想定報道の被害規模が年々巨大化していくということもあった。
1950年代には比較的小規模な50キロトン核爆弾がTimeのニューヨーク核攻撃の想定だったが、1962年までには20メガトンの超大型になっていた。この時点で米国もソ連も20メガトンの核兵器を配備していおり、1961年10月にはソ連は50メガトン核爆弾の実験を行っている。Science Digestには「この強力な核爆弾が爆発すれば、60マイルかなたにいる人が昼間の太陽より30倍も明るい火球を見ることになり、熱線で21マイルかなたでも人間の着衣に火が付き、31マイルかなたでも、露出した皮膚に大火傷を負う。核爆発は深さ240フィート、直径0.5マイルのクレーターを作り、時速数千マイルの風によるファイアストームが爆心から30〜50マイルの領域を襲い、燃えるものは建物であれ、生物であれ燃え尽くす」と書かれていた。Science Digestによれば、核攻撃から数日以内に、800万のニューヨーク市民のうち500〜600万人が死亡する。(P.61)

[Kenneth D. Rose: "One Nation Underground: The Fallout Shelter in American Culture"]


実際のところ、長期的な問題への人々の関心を維持することは、それがどんなものでも容易なことではない。核戦争は「想定」の話なので、想定を大きくすることで、刺激を強めることができたが、そうでない場合は、厳しいことになるだろう。人々の関心を維持するために、より刺激を求めて、話を盛り、デマとわかっていても恐怖を煽るネタを語る他なくなることもあるだろう。
posted by Kumicit at 2013/06/08 23:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | ID: General | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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