前回(2014/04/11)から、2年ほどたったので、少し調べなおしてみると...
- 初出は変わらず、1886年の英国Lancetの記事(執筆者不詳、実験の場所・時代不詳)
- フランス語圏への伝播は、Lancet記事の引用で、1886年。このとき「英国・前世紀」が加えられた。これがFlammarion(1900)英語版に引用されたと思われる。
- 誌名不詳・年代不詳のインドの医療系定期刊行物に記載されていたとするインド系列の存在。これが1936年に始まり、除細動器開発者であるLownの1996年の著作で引用されて広まっている。
- 「ブアメード」という名は、笠巻勝利(1998)以前に見当たらない。
はじまり
[The Lancet Vol 127 No 3277 Jun 19, 1886, p.1175 "CAN IMAGINATION KILL?"]これと同一の記事が他の雑誌にも、1886年に掲載されている。
The writer of the article in our contemporary, we think wrongly, brings forward two remarkable instances of what may be regarded as practical jokes with melancholy terminations. In the case of the convict delivered up to the scientist for the purpose of a psychological experiment (the man was strapped to a table and blindfolded, ostensibly to he bled to death; a syphon containing water was placed near his head, and the fluid was allowed to trickle audibly into a vessel below it, at the same time that a trifling , scratch with a needle was inflicted on the culprit'a neck ; it is said that death occurred at the end of six minutes), fear must have played no inconsiderable share in the fatal result, and we do not knew whether all the vital organs were in sound condition, though they were presumably so.
現代に生きる、この記事の筆者は、我々が誤って考える、実用的なジョークとみなされる、2つの悲しい結末を提示しよう。心理学実験の目的のために科学者のもとへ連れてこられた囚人(台に縛り付けられ、目隠しをされ、表向きは出血死させられることにんっていた。彼の頭の近くに水の入ったサイフォンが配置され、水が音を立てて、下の容器に落ちるようになっていた。同時に、囚人の首に針で些細な傷がつけられた。そして囚人は、6分が経過すると死亡すると告げられた。)致命的な結末において恐怖が少なからぬ役割を果たしたはずだ。囚人のすべての臓器が健全な状態だったかわからないが、おそらくそうだっただろう。
- The Legal News, Volume 9 (1886)
- Maryland Medical Journal, Volume 15 (1886)
- Public Opinion, Volume 1(1886)
- Chicago Tribune (1886/08/21)
- Scientific American (1886/07)
この他にも...
[Columbus Medical Journal: A Magazine of Medicine and Surgery, Volume 7, p.214 (1889)]
自殺が想像によるものだという理論を支持するものとして、英国誌は2つの例を参照している。うち一つは医学系文筆家には、よく知られているものである。ひとつめの例は、実験目的で医学関係者の手に委ねられた死刑囚。彼は目隠しされ、出血死させられると信じ込まされた。彼は静脈に傷をつけられたと思い、傷口から出血するのを感じ、それが下の容器に落ちる音を聴いた。彼は瀉血によるものであるかのように、死亡した。
[Items of Interest, Volume 8, p.361 (1886)]
これを見ると、Lancetに掲載された、憂鬱な結末を迎えた実用的なジョークとみなせるかもしれない2つの例を思い出す。ひとりの死刑囚が心理学実験のために、科学者のところへ連れてこられた。男は台(table)に固定され、目隠しをされ、出血死させられると思い込まされた。水を入れたサイフォンが彼の頭部の側に置かれ、下に置かれた容器に音を立てて水が落ちるようになっていた。同時に、死刑囚の首には、わずかに傷をつけられた。6分後に彼は死亡したと言われる。...
一方、1887年に、Lancetを引用することなく、同じ話に尾ひれを付けた記事が登場している。
[Chambers's Journal, Volume 64 By William Chambers, Robert Chambers (1887)]
数年前、フランス皇帝ナポレオン3世は、あるフランスの医師に死刑囚に対する実験を許可した。死刑囚は医師のところへ連れてこられ、台(table)に固定され、目隠しをされ、出血死させられると思い込まされた。うなだれた頭部の近くに水の容器が置かれ、サイフォンによって、音を立てて下の床に落ちるようになっていた。と同時に、死刑囚の首に鍼で些細な傷がつけられた。完全な静寂が保たれ、6分後に男は死亡した。
既に、この時点でナポレオン3世と「フランスの医師」が付け加えられている。また、"some years ago"とは言うものの、実際にはナポレオン3世死後17年後の記事であり、「直近の出来事」ではないという記述をしている。直近だと納得感がないのかもしれない。
フランス語圏へ
Lancetの1886年の記事はフランスでも紹介されている。同じ1886年には、出典をLancetと明記しつつ、「前世紀に英国で有罪判決を受けた」ことにした記事が出ている。
The Lancet rapproche de ce cas tout récent deux exemples de cruelle mystification, ou la mort survint également sous le coup d'une profonde terreur.この第2パラグラフは、その後、数回、フランス語の雑誌に登場している。
The Lancetは、深い恐怖の影響のもとでの、残酷な神秘あるいは死亡の、最新の例を2つ挙げている。
Le premier est le cas classique d'un condamné anglais du siècle dernier, livré à des médecins pour servir à une expérience psychologique, dont la mort fut le résultat. Ce malheureux avait été solidement attaché à une table avec de fortes courroies; on lui avait bandé les yeux, puis on lui avait annoncé qu'il allait être saigné au cou et qu'on laisserait couler son sang jusqu'à épuisement complet; après quoi, une piqûre insignifiante fut pratiquée à son épiderme avec la pointe d'une aiguille, et un siphon déposé près de sa tête, de manière à faire couler sur son cou un filet d'eau qui tombait sans interruption avec un bruit léger, dans un bassin placé à terre. Au bout de six minutes, le supplicié, convaincu qu'il avait dû perdre au moins sept à huit pintes de sang, mourut de peur.
第一は前世紀に英国で有罪判決を受け、心理学実験のために医師たちのもとへ送られて死亡した古典的な例である。実験の被験者は丈夫なベルトで台に縛り付けられ、目隠しされて、血液を首から最後の一滴まで流出させると告げられた。そのあと、男の皮膚に針が刺され、目立たない音を立てられた。そして、男の首をつたって水が流れ、床に落ちて目立った音を立てるように、パイプが配置された。6分後に、少なくとも7〜8パイントの血液を失ったと信じた死刑囚は、恐怖で死亡した。
[Annales médico psychologiques (1886)]
- Rochas A.: L'état de crédulité, Revue scientifique, 1887
- Albert de Rochas d'Aiglun:"Les états superficiels de l'hypnose", 1893
- Petites annales de Provence (1894)
このフランス語の記事が、Camille FlammarionのL'inconnu - The unknown (1900)(英語版)のもととなっているようである。
[CAMILLE FLAMMARION: "THE UNKNOWN", NEW YORK AND LONDON, HARPER & BROTHERS PUBLISHERS, 1900, p.338]ただし、Flammarionはフランス語版では「1750年のコペンハーゲン」での出来事と書いている。
An idea, an impression, a mental commotion, while entirely internal, can produce in another direction physiological effects more or less intense, and is even capable of causing death. Examples are not wanting of persons dying suddenly in consequence of emotion. The power which imagination is capable of exercising over life itself has long been established. The experiment performed in the last century in England on a man condemned to death, who was made the subject of a study of this kind by medical men, is well known. The subject of the experiment was fastened securely to a table with strong straps, his eyes were bandaged, and he was then told that he was to be bled from the neck until every drop of his blood had been drained. After this an insignificant puncture was made in his skin with the point of a needle, and a siphon arranged near his head in such a manner as to allow a continuous stream of water to flow over his neck and fall with a slight sound into a basin placed on the floor. At the end of six minutes the condemned man, believing that he had lost at least seven or eight quarts of blood, died of terror.
ひとつの考え、ひとつの印象、そしてひとつの精神的動揺が、内的ではあっても、別の方向の生理現象を大なり小なり引き起こし、ときには死に至らしめることもある。感情の帰結として突然死した人々の例には事欠かない。生命さえも奪ってしまう想像の力の存在は確立された事実である。前世紀に英国で、医師たちによる、この種の研究の被験者となった死刑囚に対して行われた実験はよく知られている。実験の被験者は丈夫なベルトで台に縛り付けられ、包帯で目隠しされて、血液を首から最後の一滴まで流出させると告げられた。そのあと、男の皮膚に針が刺され、目立たない音を立てられた。そして、男の首をつたって水が流れ、床に落ちて目立った音を立てるように、サイフォンが配置された。6分後に、少なくとも7〜8クォートの血液を失ったと信じた死刑囚は、恐怖で死亡した。
Une idée, tout intérieure, une impression, une commotion mentale peut, à l’inverse, produire des effets physiologiques plus ou moins intenses, et même amener la mort. Il ne manque pas d’exemples de personnes mortes subitement à la suite d’une émotion. La preuve est donnée depuis longtemps des effets de la puissance de l’imagination sur la vie elle-même. Personne n’a oublié l’expérience faite à Copenhague en 1750 sur un condamné, livré à des médecins pour une étude de ce genre, et qui fut observé jusqu’à la mort inclusivement. Ce malheureux avait été solidement attaché à une table avec de fortes courroies ; on lui avait bandé les yeux ; puis on lui avait annoncé qu’il allait être saigné au cou et qu’on laisserait couler son sang jusqu’à l’épuisement complet ; après quoi une piqûre insignifiante fut pratiquée à son épiderme avec la pointe d’une aiguille, et un siphon déposé près de sa tête, de manière à faire couler sur son cou un filet d’eau qui tombait sans interruption avec un bruit léger, dans un bassin placé à terre. Le supplicié convaincu qu’il avait dû perdre 7 à 8 litres de sang, mourut de peur.
ひとつの考え、ひとつの印象、そしてひとつの精神的動揺が、内的ではあっても、別の方向の生理現象を大なり小なり引き起こし、ときには死に至らしめることもある。感情の帰結として突然死した人々の例には事欠かない。生命さえも奪ってしまう想像の力の存在は証明された事実である。1750年にコペンハーゲンで行われた、この種の研究のために医師たちのもとに送られ、死ぬまで観察された死刑囚に対する実験は誰も忘れていないだろう。実験の被験者は丈夫なベルトで台に縛り付けられ、目隠しされて、血液を首から最後の一滴まで流出させると告げられた。そのあと、男の皮膚に針が刺され、目立たない音を立てられた。そして、男の首をつたって水が流れ、床に落ちて目立った音を立てるように、パイプが配置された。6分後に、少なくとも7〜8リットルの血液を失ったと信じた死刑囚は、恐怖で死亡した。
[Camille Flammarion: "Línconnu" quoted in Blog União Fraterna Bezerra de Menezes]
英語圏での変容と、"インド"系列
1922年のThe Toledo News-Beeの記事では、英国の医科大学で起きたことになっていた。
1926年に「数年前にフランスの医師」が行った実験として、現Tampa Bay Times(当時St. Petersburg Times)が紹介している。
英国の医科大学で、患者が話したり動いたりできず、感覚もなくなるように麻酔薬を投与された。眼には包帯が巻かれた。外科医は尖ったツララで、彼の心臓近くの皮膚をなぞった。そして、動脈を切断したと叫んだ。暖かい水が彼の横を滴り落ちた。患者は、出血死すると信じて、手術台の上で死亡した。想像が彼を殺した。
[The Toledo News-Bee - Oct 25, 1922 "All in the mind" by Toledoan]
さらに、1930年3月に幾つかの米国の新聞に登場した。
数年前、著名なフランスの医師が、死刑判決を受けた囚人に対して、想像の効果を検証する実験を許可された。男は目隠しをされ、台に縛り付けられ、動脈を開き、死ぬまで出血させると告げられた、彼の頭の近くには水を入れたボウルが置かれ、管を通して水が流れ出て、床の洗面器に落ちるようになっていた。準備が整うと、医師は囚人の首を針で少し傷つけた。コックが開けられて、水がポタポタポタと落ちていった。5分が経過し、コックが閉じられた。男は台の上から降ろされた。男は死んでいた。
[St. Petersburg Times - Feb 21, 1926 (Currently Tampa Bay Times)]
[Arthur Brisbane: "THIS WEEK" Appleton review Vol. 1, no. 11 (March 28, 1930), also on Cass City Chronicle (March 27, 1930), and Rochester Evening Journal - Mar 18, 1930]
What people think decides what they are. Prosperity is to a considerable extent a matter of psychology.
Once a man was fastened in a chair, his feet put in warm water, and as a practical joke he was shown a razor of which the blunt end was drawn across the soles of his bare feet. He was told, "You will bleed to death painlessly in this warm water." He didn't lose a drop of blood, but he died.
Don't let prosperity die in that fashion, killed by imagination.
人は自分で考えることで、自分を規定してしまう。幸運は相当程度に心理学の問題である。
ある男が椅子に縛り付けられ、足を温水の中につけられて、それらしいジョークのために彼は剃刀を見せられ、彼の裸足の裏全体をなぞられた。彼は「おまえは、痛みもなく、この温水の中に出血して死ぬだろう」と告げられた。彼は一滴の血を失うことなく死亡した。
想像で死ぬという形で、幸運を死なせてはならない。
Flammarion系列か分岐したのかどうかわからないが、Archives of Neurology and Psychiatryという学術誌に、同様のネタを「インドの医療系雑誌に掲載されていたネタ」して記載している記事があった。
Emotions as the Cause of Rapid and Sudden Death. Dr. N. S. Yawger.想定出血ポイントが首ではなく四肢先端になっているが、それ以外はFlammarionの記述と違っていないので、インドの医療定期刊行物は存在せず、Flammarionのネタをそれっぽく語っただけという疑いもある。
Years ago, a medical periodical in India published an article entitled 'Killed by the Imagination'. In substance it stated: A celebrated physician, author of a work on the effects of the imagination, was permitted to try an astonishing experiment on a criminal who had been condemned to death. The prisoner, an assassin of distinguished rank, was advised that, in order that his family might be spared the further disgrace of a public hanging, permission had been obtained to bleed him to death within the prison walls. After being told 'Your dissolution will be gradual and free from pain', he willingly acquiesced to the plan. Full preparations having been made, he was blindfolded, led to a room and strapped onto a table near each corner of which was a vessel containing water, so contrived that it could drip gently into basins. The skin overlying the blood vessels of the four extremeties was then scratched, and the contents of the vessels were released. Hearing the flow of water, the prisoner believed that his blood was escaping; by degrees he became weaker and weaker, which, seemingly, was confirmed by the conversation of the physicians carried on in lower and lower tones. Finally, the silence was absolute except for the sound of the dripping water, and that too died out gradually. 'Although possessed of a strong constitution (the prisoner) fainted and died, without the loss of a drop of blood.'
数年前、インドの医療定期刊行物に「想像力による殺人」と題する記事が掲載された。その記事には次のように書かれていた: 想像力の効果についての研究の執筆者である著名な医師が、死刑判決を受けた犯罪者を対象とした驚くべき実験を許可された。高ランクの暗殺者である囚人は、彼の公開処刑によって彼の家族が屈辱を受けることを避けるために、刑務所の壁の中で出血死をする許可が与えられたと告げられた。「死は徐々にやってきて、痛みは感じないだろう」と告げられると、彼は喜んで計画に従った。完全な準備がなされ、彼は目隠しをされ、部屋に連れてこられ、台の上に固定された。台の四隅には水の入った容器があり、ゆっくりと水が床へと滴るようになっていた。四肢の先端の血管を覆う皮膚が傷つけられ、容器の水がリリースされた。水の流れる音を聞いて、囚人は自分の血が流れ出ていると信じた。医師たちの会話の声が次第に低くなるのを聞いて、彼は自分が弱っていくのを確認できた。そして最後には、水の滴る音以外は静寂となり、彼は徐々に死亡した。「囚人は健康体だったが、一滴の血液も失うことなく、気絶して死亡した。」
[PHILADELPHIA NEUROLOGICAL SOCIETY: Stated Meeting, Nov. 22, 1935. F. C. Grant, M.D., President, in the Chair, Arch Neurol Psychiatry. 1936;36(4):869-890. (1999K) (via Gary Bruno Schmid & Bernardo N. De Luca)]
雑誌掲載の年代すら記載されず、場所も時代もわからない記事だが、これを信じたのが、1921年生まれで、除細動器の開発者であり、1985年にノーベル平和賞を受賞した核戦争防止国際医師会議の提唱者である、Bernard Lownである。彼は、1996年に出版した「The Lost Art of Healing」の中で...
My interest in the psychological was constantly rearoused by clinical observation and by studying the encyclopedic literature. A report in an Indian medical periodical, "Killed by the Imagination"* left and indelible impression early in my carrier.これにより、インドの医師ということになった。
臨床観察や百科事典的記述の研究により、私の心理学への興味が、くりかえし、かきたてられる。インドの医療系定期刊行物に掲載された「Killed by Imagination"は、消せない印象を私のキャリアに残した。
A Hindu physician was authorized by prison authorities to conduct an astonishing experiment on a criminal condemned to death by hanging. The doctor pesuaded the prisoner to permit himself to be exsanguinated -- bled to death -- assuring him that death, though gradual, would be painless. The convict, on agreeing, was strapped to a bed and blindfolded. Vessels filled with water were hung at each of the four bedposts and set up to drip into basins on the floor. The skin on his four exremities was scratched, and the water began to drip into the containers, initially fast, then progressively slowing. By degrees the prisoner grew weaker, a condition reinforced by the physician's intoning a lower and lower voice. Finally the silence was absolute as the dripping of water ceased. Although the prisoner was healthy young man, at the completion of the experiment, when the water flow stopped, he appeared to have fainted. On examination, however, he was found to be dead despite not having lost not a drop of blood.
あるインドの医師が、驚くべき実験を絞首刑を宣告された犯罪者に対して行う許可を、刑務所当局から得た。医師は受刑者を説得して、放血すなわち出血死をすることを許諾させた。それは緩慢だが痛みのない確実に死に至る方法である。受刑者は同意のもとで、ベッドに固定され、目隠しされた。ベッドの4つの支柱に、水の入った容器が取り付けられ、床の洗面器に流れ落ちるようにセットされた。彼の四肢の皮膚が引っ掻かれ、水が洗面器に流れ落ち始めた。最初は急速に、そして次第に緩慢に。受刑者が弱る度合いに従い、医師が声のトーンを低くすることで、状況が強化された。水の流れが止まると、静寂が訪れた。実験されたとき、受刑者は健康な若者だったが、水の流れが止まると、意識を失った。検査の結果、彼は一滴の血も失うことなく、死亡していた。
Over the centuries, a wealth of similar anecdotes has been amassed. The medical profession has long known that nervous activity influences every part of the body. Nearly 350 years ago, William Harvey, discoverer of the circulation of the blood, stated: "Every affection of the mind that is attended with either pain or pleasure, hope or fear is the cause of an agitation whose influence extends to the heart."
幾世紀にもわたり、同様の逸話が多く積み上げられてきた。医療従事者は長きにわたり、神経活動が身体のあらゆる場所に影響することを知っていた。350年ほど前、血液循環の発見者であるWilliam Harveyは「心のあらゆる影響は、苦しみであれ楽しみであり、希望であれ恐怖であれ、興奮を引きこ起こし、その影響は心臓にも及ぶ」と書いている。
*N.S. Yagwer, "Emotions as a Cause of Rapid and Sudden Death", Archives of Neurology and Psychiatry, 36 (1936), 875.
[Bernard Lown:"The Lost Art of Healing"(1996/09/30), pp.31-32]
この記述は、その後、幾つかの本で引用されている。たとえば...
In 1936, in India, recounts Nobel Laureate Bernard Lown in "The Lost Art of Healing," an astonishing experiment was conducted on a prisoner condemned to die by hanging. He was given the choice instead of being "exsanguinated," or having his blood let out, because this would be gradual and relatively painless. The victim agreed, was strapped to the bed and blindfolded.年代不明だったのが、1936年の話になった。この話は、さらに引用されて広まっている。
Unbeknownst to him, water containers were attached to the four bedposts and drip buckets set up below. Then after light scratches were made on his four extremities, the fake drip brigade began: First rapidly, then slowly, always loudly. "As the dripping of water stopped, the healthy young man's heart stopped also. He was dead, having lost not a drop of blood."
ノーベル賞受賞者Bernard Lownは自著"The Lost Art of Healing"で、「1936年にインドで、絞首刑判決を受けた受刑者に対して、驚くべき実験が行われた」ことを語っている。受刑者は、「放血」すなわち、出血による死を選択する権利を与えられた。それは比較的、緩慢かつ痛みの小さい死に方であったからだ。受刑者は同意し、ベッドに固定されて、目隠しされた。
彼が知らないうちに、水の入った容器が、ベッドの4つの支柱に取り付けられ、その下にバケツが置かれた。そして、彼の四肢に小さな傷がつけられ、フェイクな水滴が流れ始めた。最初は急速に、そして次第に緩慢に、常に音を立てて。「水の滴りが止まると、健康な若者の心臓も停止した。彼は一滴の血液も失うことなく死亡した。」
[Bill Sones & Rich Sones Ph.D.: "Strange but true: Loud drips can scare you to death" (2004/01/05)]
一方、別のストーリーも今世紀に生き残っている。
Another dramatic example of the power of expectancy involves an inmate who was in prison and sentenced to be executed, He was offered a chance to participate in a research project and told that if he lived through it his sentence would be reduce to life in prison. The prisoner consented and the experiment was conducted. They wanted to find out how much blood a person could lose and still live.
The researchers placed the prisoner in a darkened operating room and made a very slight incision. Very little blood was lost through the incision. But they arranged for sound effects to simulate the dropping of blood which the prisoner believed was his own blood. The next morning, the researchers came into the operating room and found the prisoner had died, He died of his belief that he was bleeding to death. By the way, this study was conducted in the early 20th century and certainly wouldn't be sanctioned under our new AMA guidelines.
期待の力のドラマティックな別の例は、死刑宣告され、刑務所に収容されている受刑者の例である。その受刑者は、研究プロジェクトに参加して、もし生存できれば無期懲役に減刑されると告げられた。受刑者は実験への参加を承諾し、実験が行われた。彼らは、人間からどれだけ血液が失われても、生きていけるか、調べようとしていた。
研究者たちは、その受刑者を暗い手術室において、とても些細な傷をつけた。その傷から、些細な量の血が流れた。しかし、研究者たちは、音響効果を用意し、受刑者には自分の血が流れ続けているのだと信じ込ませた。翌朝、研究者たちが手術室に入ると、受刑者は死亡していた。受刑者は、自分が出血して死亡するのだという信念によって死亡していた。ところで、この研究は20世紀初頭に行われたもので、我々の新たな米国医師会基準のもとでは、認可されることのない研究である。
[Berge Minasian: "The Power of Choice: Living the Life You Always Wanted and Absolutely Deserve" (2010)]
そして、日本へ
フランスで「英国」の出来事にされた記事を基にしたと思われる、FlammarionのThe Unkown英語版が、日本で翻訳出版されたのが1924年。
[フラマリオン 著 ; 大沼十太郎 訳: "未知の世界へ" 東京 : アルス, 大正13 (1924), P.277]これを読んだと思われる谷口雅春は、1932年に、少し改変した紹介をする。
觀念、印象、精神錯亂は全く内的であるが、而も他の方面に對して、多少激烈なる心理的結果を與へ、時には死さへも惹起せしむる事がある。感情の結果、急に死んだ人の例が澤山ある。妄想の力が生命にも影響を與へ得るものだと云ふ事は、久しい前から確かめられて居た。茲に、先世紀、英國で死刑囚に行った有名な實験がある。醫者は此死刑囚をテーブルに緊かり縛り付け、目隠しをした。そして彼に向かって、首から乾く迄血を出すと告げた。それから、針の先で、分かるか分からない程に皮膚を刺した。傍らには如何にも彼の首から血が出て居る様な音を聴かしめる様に、皿の中に水の滴りを落として置いた。暫くして六分の後、其の宣告された者は、最早少なくとも六、七升の血を失つたと思ひ詰めて驚いて死んで了つた。
[谷口雅春: "生命の實相 : 生長の家聖典" 住吉村 (兵庫県) : 生長の家出版部, 昭和7 (1932), P.233]その後、1962年に少し表現を変えて...
或る時死刑囚を實験に供しました。先づ其の男に目隠しをしました身體を厳重に椅子に縛りつけ、さて『これから汝の頸部から一滴ずつ血液を滴らして徐々に汝の全身の血を搾り取つて了ふぞ』と宣告しました。斯く云う宣告をして 恐怖の暗示を與えた後、實験者は囚人の頸部に針の先端をもつて微細な傷をつけ、恰も局所から血が滴つてゐるかのやうに、彼の頸部に水を傳はらせて、床の上に一滴づつ音を立てて落ちるような仕掛をしておいたのであります。六分間程経過して、『サァおまえは全身の血液の三分の二を失つて了つた』と暗示しますと死刑囚はそれを信じて恐怖の余り絶命して了つたのであります。(フラマリオン:"未知の世界")
[谷口雅春: "生命の實相 : 頭注版. 第2巻 (實相篇 下)" 東京 : 日本教文社, 1962.6, P.20]
ある時 死刑囚を実験につかいました。まず其の男に目隠しをしまして、身体を厳重に椅子に縛りつけ、さて『これからなんじの頸部から一滴ずつ血液をしたたらしてじょじょになんじの全身の血を搾り取ってしまうぞ』と宣告しました。こういう宣告をして 恐怖の暗示を与えた後、実験者は囚人の頸部に針の先をもって微細な傷をつけ、あたかも局所から血がしたたっているかのように、彼の頸部に水を伝わらせて、床の上に一滴ずつ音を立てて落ちるようなしかけをしておいたのであります。六分間ほど経過して、『サァおまえは全身の血液の三分の二を失ってしまった』と暗示しますと死刑囚はそれを信じて恐怖のあまり絶命してしまったのであります。(フラマリオン:"未知の世界")
これから派生したと思われるのが笠巻勝利の記述で、「ブアメード」という名が初めて登場している。
[笠巻勝利: "眼からウロコが落ちる本"(1999/09) (PHP文庫), pp.46-47]この「ブアメード」という名を信じたが、その出典を示さずに、少し改変したのが長谷川淳史。
1883年、オランダにおいてブアメードという国事犯を使って一つの実験が行なわれた。表面上、一人の人間からどれだけ血液をとったら人間は死ぬものかというものである。医師団はブアメードをベッドの上にしばりつけておいて、その周りで話し合いをする。「三分の一の血液を失ったら人間は死ぬでしょう」という結論に達した。医師団は、「これから実験をはじめます」といって、ブアメードの足の親ユビにメスを入れた。用意してある容器に血液がポタポタとしたたり落ちはじめた。数時間が過ぎた。医師団は「どれぐらいになりましたか?」「まもなく三分の一になります」と会話する。それを聞いたブアメードは静かに息を引きとったという。実は、医師団は心理実験をしていたのであった。ブアメードの足にメスを入れるといって痛みだけを与えたのである。ブアメードはメスで切られるといわれれば、それこそ、ちょっとした痛さでも、メスで足を切られたと思うだろう。容器に用意しておいた水滴をたらしていたのであった
[長谷川淳史: "腰痛は<怒り>である", 2000]一方、Flammarionとは別の流れで書かれたと思わる、日本語記事がある。
ヨーロッパのある国にブアメードという名の死刑囚がいました。彼はある医師から、「人間の全血液量は体重の10パーセントが定説になっているが、それを証明する実験をしたいので協力してほしい」と持ちかけられます。申し出を受け入れた彼は目隠しをされ、ベットに横たわり、血液を抜き取るため足の全指先を小さく切開されました。足元には容器が用意され、血液が滴り落ちる音が実験室内に響き渡ります。やがて、実験開始から5時間、総出血量が体重の10パーセントを越えた、と医師が大喜びしたとき、哀れこの死刑囚はすでに死亡していました。
ところがこの実験、実は血液など抜き取っていなかったのです。彼にはただの水滴の音を聞かせ、体内の血液が失われていると思い込ませただけだったのです。彼は暗示をかけられ、その事により命をおとしたのです。
[広告屋のネタ帳 1998. 07.25 いつも通り第9号]最初にある「冷凍室と作業員」も100年以上にわたって世界を旅しているネタ。出典は不明である。
アメリカの電機メーカーで作業中にある作業員が冷凍室に閉じこめられてしまった。同僚に助けを呼んでも、誰にも聞いてもらえず一晩閉じこめられ、翌日同僚が気づいたときには、彼は凍死していた。しかし、驚いたことにその冷凍室には電源が入っていなかったのである。彼は冷凍室に閉じこめられ、凍死してしまうという自己暗示によって実際に死んでしまったのである。
すると、アメリカ人というのは実験をしたくなっちゃって、囚人を使って実験を行った。死刑囚に対して、人間は血がどのくらいなくなったら死ぬのかを実験したいということをいって、死刑囚の血を抜くふりをした。あくまでふりで実際には血はほとんど抜いていない。死刑囚の見えないところでバケツに水をぽたぽたと垂らし、医師が「そろそろ危ない状態に陥ります」なんてことを言う。すると、死刑囚はしばらくして本当に死んでしまったというのだ。
ブアメードの130年の旅路
以上の長い旅路をリストアップすると...
出典 | 人名 | 場所 | 年代 | 針の場所 | 固定場所 | 流出したと信じた量 |
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Lancet (1886) | - | - | - | 首 | 台(table) | - (6分後) |
Items of Interest (1886) | - | - | - | 首 | 台(table) | - (6分後) |
Chambers's Journal (1887) | - | - | - | - | - | - |
Chambers's Journal, Volume 64 By William Chambers, Robert Chambers (1887) | - | フランス(の医師) | 数年前(ナポレオン3世の許可) | 首 | 台(table) | - (6分後) |
Columbus Medical Journal (1889) | - | - | - | - | - | - |
Annales médico psychologiques (1886) | - | 英国 | 前世紀 | 首 | 台 | 7-8パイント |
Rochas 1887 | - | 英国 | 前世紀 | 首 | 台 | 7-8パイント |
Flammarion (1900)[F] | - | コペンハーゲン | 1750 | 首 | 台(table) | 7-8リットル |
Flammarion (1900)[E] | - | 英国 | 前世紀 | 首 | 台(table) | 7-8クォート |
フラマリオン 著 ; 大沼十太郎 訳(1924) | - | 英國 | 先世紀 | 首 | テーブル | 六、七升 |
Toledo News Bee (1922) | - | 英国の医科大学 | - | 心臓近くの皮膚 | 手術台 | - |
St. Petersburg Times (1926) | - | フランス(の医師) | 数年前 | 動脈 | 台(table) | - (5分) |
Arthur Brisbane (1930) | - | - | - | 裸足の裏全体 | 椅子 | - |
谷口雅春 (1932) | - | - | 或る時 | 頸部 | 椅子 | 全身の血液の三分の二 |
PHILADELPHIA NEUROLOGICAL SOCIETY (1935) | - | インド(の医学誌) | - | 四肢の先端 | 台(table) | - |
谷口雅春 (1962) | - | - | あるとき | 頸椎 | 椅子 | 全身の血液の三分の二 |
広告屋のネタ帳 (1998) | - | アメリカ | - | - | - | - |
笠巻勝利 (1999) | ブアメード | オランダ | 1883 | 足の親指 | ベッド | 全身の1/3 |
長谷川淳史(2000) | ブアメード | ヨーロッパのある国 | 第2次大戦前 | 足の全指 | ベッド | 全身の10% |
Lowel(1996) | - | インド(の医師) | - | 四肢の先端 | ベッド | - |
Sones&Sones(2004) | - | インド | 1936 | 四肢の先端 | ベッド | - |
Minasian(2010) | - | - | 20世紀初頭 | - | - | (翌朝) |
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