2007/06/07

慈悲深い神と魂の存在を信じる者に幸いあれ

創造論者たちの反"進化論"な主張の一つに、進化論はモラルハザードを引き起こすというのがある。たとえば、これ:
People in America today are deeply concerned about what they see to be a moral meltdown in our country. Many understand that the ethical implications of a purely naturalistic approach to science can be far-reaching. If life is simply an accident, what's wrong with aborting children? Why not euthanize the aged and the handicapped? Why not end the institution of marriage? Why tell the truth? Why not steal or kill? As Fyodor Dostoevsy said: "If there is no God, all things are permissible."

今日の米国に住む人々は、米国における倫理のメルトダウンと見られるものに深く憂慮している。多くの人々は、科学に対する純粋に自然主義的なアプローチの倫理的な意味が、広範囲に及ぶことをわかっています。生命が事故の結果に過ぎないなら、胎児を堕胎して何が悪いのでしょうか?老人や障害者を安楽死させていけない理由があるでしょうか?結婚制度をやめていけない理由があるでしょうか?何故、嘘をついてはいけないでしょうか?何故、盗んだり殺したりしてはいけないのでしょうか?フィヨドル・ドストエフスキーは言いました「もし神がいないなら、あらゆることが許される。」

[Rev. Mark H. Creech: "The 'Monkey See, Monkey Do' Approach to Science" (2005/01/17) on Agape Press]
これに対する、まっとうな反論はあちこちにある。たとえば:
Misconception: “Evolution leads to immoral behavior. If children are taught that they are animals, they will behave like animals.”
誤解:「進化論は、不道徳なふるまいにつながります。子供たちが彼らが動物であると教えられるならば、彼らは動物のようにふるまいます。」

Response: Humans are members of the animal kingdom. We share anatomical and biochemical traits with other animals, and there are many behaviors that we share?we care for our young, we form cooperative groups, etc. There are other behaviors that are specific to particular animals. In this sense, humans act like humans, slugs act like slugs, and squirrels act like squirrels. It is unlikely that children, upon learning that they are related to all other animals, will start to behave like jellyfish or raccoons.

正解:人間は動物界の一員です。私たちの解剖学的特徴と生化学的特徴は他の動物と共通しています。そして多くの振舞いも共通しています。私たちは子供たちをいたわり、群れを作るなど。また、個々の動物に特有の振る舞いもあります。この意味で、人間は人間として振る舞い、ナメクジはナメクジとして振る舞い、リスはリスとして振舞います。子供たちが他の動物と関係していることを学んだら、クラゲやアライグマのように振舞うとは思えません。

Linking immoral or inappropriate behavior to evolution makes no sense. Morality is not based on what is, but on what ought to be.

不道徳なあるいは不適当な振る舞いとと進化論を関連づけることは、意味がありません。道徳性は何であるかではなく、どうあるべきかに基づくものです。
[Understanding Evolution -- Berkeley]
[忘却からの帰還:「FAQ:進化論についての誤解」というより「反進化論」対策]
かなり、お上品な反論である。

これだけだと面白くもなんともない。そこで、「神が人間を創造したなら、モラルは高まる」というRev. Mark H. Creechの主張に対する、陳腐な対抗議論を作ってみよう。


対抗議論

前提

  1. 超越的な(transcendant)神が存在する。
  2. その超越的な神は慈悲深い(benevolent)
  3. その超越的な神が、魂を創造して、人間が誕生したときに吹き込む[霊魂創造論] *1
  4. 魂を吹き込まれないと、「人間と見分けがつかないが、魂のない」自動人形*2になる


この世界に悪は存在しない

神が慈悲深い(2.)のであれば、悪など存在してはならない。
従って、悪や苦難が存在するように見えても、実際には悪や苦難が存在しない。

この世界には、悪の犠牲となる人間はいない
"悪"の犠牲となるのは自動人形である


我々の世界には暴力と苦しみに満ちていて、罪なき者たちが犠牲になっているように見える。
「この世界に悪は存在しない」のであれば、罪なき犠牲者は存在し得ない。

従って、人間は悪の犠牲にはならない。人間(3.)を犠牲にしないなら、それは"悪"ではないことになる。

従って、現に存在する犠牲者たちは、人間(3.)ではなく、自動人形(4.)である。


誰かを殺せたら、その誰かは自動人形である

慈悲深い超越的神(2.)は、人間(3.)が犠牲とならないように、この世界を創造し、統治しているはずである。
従って、"殺人"は起きないし、起こせない。もし、"人"を殺せたとしたら、それは"人"に見えるが"人"ではないもの、すなわち自動人形(4.)である。
たとえ大量破壊兵器を使ったとしても、犠牲となるのは自動人形(4.)だけである。

「親殺しや子殺し」も、問題なし。前提(3.)により、魂は親から引き継がれるものではない。そして子に引き継ぐものでもない。従って、自分の父や母が魂なき自動人形かもしれない。我が子が、夫あるいは妻が、自動人形かもしれない。
殺せたとしたら、それは自動人形だったことになる。


対抗議論に従うと...

この論に従えば、殺"人"が成功すれば、それは殺人ではなく、自動人形の破壊に過ぎない。そしてそれは"悪"ではない。しかも、神義論まで解決している。独創性のかけらもない対抗議論だが、少なくとも「慈悲深い神と魂の存在を信じるだけでは、人間のモラルを高める」かどうかは自明でないことは示せている。

さて、この対抗議論に一項目追加すると、とてもいい感じに、いやな感じになる。


対抗議論の拡張

自分が犠牲になったとしたら、自分は魂があると信じている自動人形である

こうなると、心の平安は得られないかもしれない。自分が自動人形なのか、人間なのかを識別する方法がないからだ。自分が不幸に陥ったまま死ねば、自動人形なのは確定。しかし、そうでないなら、魂のある人間なのかどうかは不確定である。というのは、魂ある人間たちの生活を成り立たせるためのバックグラウンドな自動人形なのか、魂ある人間なのか区別がつかないからだ。

区別をつける方法があるとしたら、死ぬことだろう。魂が残っていれば、魂のある人間だったことになる。それっきりなら、自動人形だったことになる。もっとも、既に消滅しているので、自分が自動人形だったと判断することはできないが。


ところで...

ところで、上記の陳腐な論は「人間と見分けがつかないが、魂のない自動人形が存在する」という前提で成り立っている。これをはずせばどうなるというと...

前提

  1. 超越的な(transcendant)神が存在する。
  2. その超越的な神は世界を創造した。 [ちょっと修正]
  3. その超越的な神が、魂を創造して、人間が誕生したときに吹き込む
  4. 「人間と見分けがつかないが、魂のない」自動人形は存在しない


この世界には、かけがえのないものなど何一つない

超越的な神は、何回でも同じものが創れるはずだろう。
この世界が神の創造物であるなら、この世界だった何回でも創れるだろう。

何度でも創れるようなら、この世界は、かけがえのないものではない。

かけがえのないものでないなら、壊したって悪いことではないだろう


結局のところ

「慈悲深い超越的な神が存在し、世界を創造し、魂を創造した」という前提に立ったところで、モラルハザードな論をつくるのは簡単(陳腐ではあるけど)。

ということは、おそらくRev. Mark H. Creechのような人々は、「神の存在および神による創造」から倫理を引き出していない。

Kumicitにはどこから引き出しているのか想像もつかないが、
As Fyodor Dostoevsy said: "If there is no God, all things are permissible."
フィヨドル・ドストエフスキーは言いました「もし神がいないなら、あらゆることが許される。」
この一文に何かありそう...



*1:
トマスの思想をお浚いしてみよう。植物は植物的霊魂を持つが、その霊魂は動物においては感覚的霊魂に吸収統合されており、さらに人類にあっては、この生長と感覚の2つの機能が理性的霊魂に吸収統合されているのである。この理性的霊魂こそは、人間に知性を授けるものであり、さらに言わせてもらうなら、人をして人格たらしめているものなのである。
神は、胎児が先ず植物的霊魂を、次いで感覚的霊魂を獲得した段階に達して初めて、霊魂を注入する。この時点で初めて、すでに形成された肉体の中に理性的霊魂が創造されるのである(『大全』、T,90)。胎児は感覚的霊魂しか持たない(『大全』,T,76,2とT,118,2)。『異教徒論駁大全』(U,89)では、《胎児がその端緒からその最終的形態に至るまでの間に、いくつかの中間的形態を持つゆえに、人間の発生には順序や段階があるのだと繰り返されている。
[NON GIOCO PIU' 第7回]


*2: おそらく、哲学の議論用ツールとしてのPhilosphical zombi(哲学的ゾンビ)相当品。本来の哲学的ゾンビは議論用途ごとにあって、以下の3種類:

  • A behavioral zombie is behaviorally indistinguishable from a human and yet has no conscious experience.
    行動的ゾンビ:外から行動を見ただけでは、人間と見分けがつかないが、意識的経験を持たない。(アンドロイドは心を持つか?といった議論用)
  • A neurological zombie has a human brain and is otherwise physically indistinguishable from a human; nevertheless, it has no conscious experience.
    神経的ゾンビ:人間の脳を持ち、物理的に人間と見分けがつかない。しかし、意識的経験を持たない。(クオリアなどハードプロブレム議論用)
  • A soulless zombie lacks a soul but is otherwise indistinguishable from a human; this concept is used to inquire into what, if anything, the soul might amount to.
    魂のないゾンビ:魂を持たないが、物理的に人間と見分けがつかない。魂が何に装備されているかについての議論用途。
ここで使うのは、"魂のないゾンビ"である。

posted by Kumicit at 2007/06/07 00:01 | Comment(4) | TrackBack(1) | Creationism | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
細かい議論は解りません。しかし、神は(おそらく)存在します。−正義の為に− 以下のURLへ
Posted by tetuzi at 2007/10/01 20:10
tetuziさん

>...それがこのサイトを立ち上げた理由です。



>別項にあるように...

にまったく論理的つながりがないというオチですね?

でも、笑いのセンスが、Kumicitのとは思いきり離れすぎです。
Posted by Kumicit 管理者コメント at 2007/10/01 21:49
“おち“とかは申し訳ありませんが、理解できません。しかし、何らかを考えている超越的存在としての神はほぼ間違いなく存在するのではないでしょうか・・私がこのサイトで言いたいのは、神は(おそらく)存在し、自らの行いを慎めと言う事です。
なんの為か未だ解りませんが、神は私に何かを示そうとしている事だけは誰も否定できないでしょう。おそらく。今の私からするとそれは何らか警告だと思います。
Posted by tetuzi at 2007/10/03 21:57
Kumicitはtetuziさんに宣伝の場を提供するつもりはありません。
コメント内のURLも削除しました。
Posted by Kumicit 管理者コメント at 2007/10/03 23:20
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悪の犠牲の「自動人形」にも救いあれ
Excerpt: 《忘却からの帰還:慈悲深い神と魂の存在を信じる者に幸いあれ》に「神が人間を創造したなら、モラルは高まる」というに対する対抗議論として次のようなことが述べられていました。 前提: 1. 超越的な(tr..
Weblog: JRF の私見:宗教と動機付け
Tracked: 2007-06-08 22:39