2007/07/31

「肥満は人から人へと伝染する」についての調べ物

Technobahn ニュース : 肥満は人から人へと「伝染」する、ハーバード大学医学部が研究報告について調べ物

この研究はFramingham Heart Studyのデータを使ったものである。

Framingham Heart Studyとは何か

Framingham Heart Studyとは、米国Massachusetts州Middlesex郡の人口6万6000の町Framinghamで1948年に始められた研究プロジェクトである。実施元はNational Heart, Lung and Blood Institute(国立心肺血液研究所)である。被験者となった第1世代は当時、30〜62歳の男女5209名で、1971年に第2世代が参加、さらに2002年には第3世代が参加している。

同一集団およびその子孫の健康状態の推移を継続的に調査し続けるという遠大なもの。生活習慣や血縁関係など医学研究に必要なデータをそろえることができるため、様々な研究調査に威力を発揮してきた。著名な成果としては以下のようなものがある:

  • 1960年: 喫煙は、心臓疾患のリスクを増大させる
  • 1961年: コレステロールレベルと血圧と心電図の異常は、心臓疾患のリスクを増大させる
  • 1967年: 運動は心臓疾患のリスクを低下させ、肥満は心臓疾患のリスクを増大させる
  • 1970年: 高血圧は脳卒中のリスクを増大させる
  • 1976年: 閉経期は心臓疾患のリスクを増大させる
  • 1978年: 心理社会的な要素が心臓疾患に影響する
  • 1988年: 高レベルのHDLコレステロールは、死亡リスクを低下させる
  • 1994年: 左心室の拡大は脳卒中のリスクを増大させる
  • 1996年: 高血圧から心不全への発展の記述



Christakis et al.(2007)のMethodは

http://content.nejm.org/cgi/content/full/357/4/370
Volume 357:370-379 July 26, 2007 Number 4
The Spread of Obesity in a Large Social Network over 32 Years
Nicholas A. Christakis, M.D., Ph.D., M.P.H., and James H. Fowler, Ph.D.

研究の対象者は継続追跡した5124名(EGO)および、こららと関係のある人々(ALTERS)で、合計で12067名。これらを1971〜2003年にわたって、体重を3年おきに測定するとともに、社会ネットワークの分析を行っている。
For our study, we used the offspring cohort as the source of 5124 key subjects, or "egos," as they are called in social-network analysis. Any persons to whom the egos are linked — in any of the Framingham Heart Study cohorts — can, however, serve as "alters." Overall, 12,067 living egos and alters were connected at some point during the study period (1971 to 2003).
対象者は研究開始時点で21歳以上。うち53%が女性であり、平均年齢は38歳。
We included only persons older than 21 years of age at any observation point and subsequently. At the inception of the study, 53% of the egos were women, the mean age of the egos was 38 years (range, 21 to 70), and their mean educational level was 13.6 years (range, no education to 17 years of education).

このとき

  • 「対象者の関係者(ALTERS)の前回のBMI <30 今回のBMI > 30」であるとき関係者は肥満になった
  • 「対象者の前回のBMI < 30 今回の 今回のBMI > 30」であるとき対象者は肥満になった。
という、とってもラフな判定を行っている。
また、"関連"は

  • 配偶者
  • 兄弟姉妹
  • 友人
  • 近所
である。

Christakis et al.(2007)のResultは

関係者が肥満に突入したときに、自分も肥満に突入した確率を、関係者が肥満に突入しなかった場合と比較して、どれくらい確率が高まったかが研究結果。

  • 友人: 57%(95%信頼区間は 6〜123)

       
    • 親しい友人: 171% (95%信頼区間は 59 to 326)
    • そうでもない友人: 有意差なし
    • 同性の友人: 71% (95%信頼区間は 13 to 145)
    • 男性-男性: 100% (95%信頼区間は 26 to 197)
    • 女性-女性: 38% (95%信頼区間は –39 to 161) 
    • 異性の友人: 有意差なし

  • 兄弟姉妹:40%大きい(95%信頼区間は 21〜60)

    • 同性: 55% (95%信頼区間は 26 to 88)
    • 兄弟: 44% (95%信頼区間は 6 to 91)
    • 姉妹: 67% (95%信頼区間は 27 to 114)
    • 異性: 27% (95%信頼区間は 3 to 54),

  • 配偶者:37%大きい(95%信頼区間は 7〜73)
  • 近所: 有意差なし

95%信頼区間が広すぎて、あまり踏み込んだ結論は出せそうにない。

従って結論も「同性の友人や兄弟姉妹は体重増加の影響をしあっているように見える」という弱い表現である。
Finally, pairs of friends and siblings of the same sex appeared to have more influence on the weight gain of each other than did pairs of friends and siblings of the opposite sex. This finding also provides support for the social nature of any induction of obesity, since it seems likely that people are influenced more by those they resemble than by those they do not. Conversely, spouses, who share much of their physical environment, may not affect each other's weight gain as much as mutual friends do; in the case of spouses, the opposite-sex effects and friendship effects may counteract each another.
その影響とは何かについては、もはや依拠すべきデータもない。そこでChristakis et al.(2007)では、示唆するにととめている。
Obesity in alters might influence obesity in egos by diverse psychosocial means, such as changing the ego's norms about the acceptability of being overweight, more directly influencing the ego's behaviors (e.g., affecting food consumption), or both. Other mechanisms are also possible. Unfortunately, our data do not permit a detailed examination.
関係者の肥満は対象者の肥満に、広義の心理学的意味で、影響するかもしれない。 たとえば、過体重の許容ラインとか、挙動とか、あるいはその両方とか。他のメカニズムも可能かも知れない。しかし、残念ながら、我々のデータでは詳細を調査できない。
"might"とか書くのは、根拠はないけど思いつきを論文に書き残して起きたい場合。ここでは、さらに弱めるべく「our data do not permit a detailed examination.」という表現まで加えられている。

それでも、生活習慣が近いと思われる配偶者よりも、男性の友人関係の方が効いているように見える。これをもとに、Christakis et al.(2007)は、"社会的な関係"が効いている可能性を示唆している。

さて、この結果をEureka Alertはどう報じたか

科学全般のニュース速報Eureka Alertは、Christakis et al.(2007)を淡々とまとているのだが、表題は「Obesity is 'socially contagious' (肥満は社会的に伝染する)」になっている。また、"伝染"についての記述は、共著者のFowlerのしゃべりの形で書かれている。
"This is about people's ideas about their bodies and their health," Fowler said. "Consciously or unconsciously, people look to others when they are deciding how much to eat, how much to exercise and how much weight is too much."
「これは人々の体と健康についての考えについてである。意識的にせよ、無意識的にせよ、人々は互いを見て、どれくらい食べるか、どれくらい運動するか、どれくらいの体重が重すぎかを決めている。」とFowlerは言った。

"Social effects, I think, are much stronger than people before realized. There's been an intensive effort to find genes that are responsible for obesity and physical processes that are responsible for obesity and what our paper suggests is that you really should spend time looking at the social side of life as well," said Fowler.
「社会的効果は人々が思っているよりも、はるかに強いと思う。肥満遺伝子や肥満になる体のプロセスを見つける努力が続けられている。我々の研究はこれらと同様に社会的な面も考慮すべきだと示唆している。
[Obesity is 'socially contagious']



Technobahnの報道は間違っている

この件を日本ではTechnobahnが報じているのだが、何か間違っている。
Christakis教授は合計1万2067名に及ぶ人々の1971年から2003年までの32年間に及ぶ体重の遷移を、その人の配偶者、兄弟、親戚、友人関係などの社会関係と共に詳細に分析。その結果、人は友人や親類縁者などに太った人がいると太る傾向があることを突き止めた。
...
Christakis教授によると肥満の友人がいる人は57%の確率で太るという。また、肥満は家族間よりも友人間の方が「遺伝」する可能性が高く、特にこの傾向は特に親しい友人が肥満である場合に加速する傾向が強いという。
...
Christakis教授は、肥満の友人がいる場合は肥満が悪いことだという認識が薄れ、それは普通のことなのだとする考えが浸透してしまうことが肥満が人から人へと「伝染」する原因になっているのではないかと分析している。
[肥満は人から人へと「伝染」する、ハーバード大学医学部が研究報告 ("007/07/26) on Technobahn]
この研究は、「友人に太った人がいると」ではなく「友人が太ったら」である。
「57%」は「太る可能性が57%増」であって、「太る確率=57%」ではない。

そして、「肥満の友人がいる場合は肥満が悪いことだ...分析している」は誇大記述。「示唆」レベルであって、結論でも何でもない。

ちなみに、これの元記事と思われるInternational Herald Tribuneの報道では、次のように原論文に沿った記述になっている。
The answer, the researchers report, was that people were most likely to become obese when a friend became obese. That increased one's chances of becoming obese by 57 percent.
友人が肥満になったときに、もっとも肥満になりやすい。これにより、肥満になる確率が57%増加する。
...
"You change your idea of what is an acceptable body type by looking at the people around you," Christakis said.
「人々は、まわりの人々をみて、容認可能な体形についての考えを変えている」とChristakis教授は言った。
[Gina Kolata: "Obesity spreads to friends, study concludes" (2007/07/25) on International Herald Tribune]



このTechnobahnの誇大記述が、はてブのコメントを変な方向に誘導したように見える。
==>はてなブックマーク > Technobahn ニュース : 肥満は人から人へと「伝染」する、ハーバード大学医学部が研究報告



それにしても、おそるべしは"Framingham Heart Study"である。既存データのマイニングで、こんな研究ができてしまうなんて。


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追記 2007/08/12

調べ物の続き:

他にも本件の報道があるが、Technobahnと違って、記述内容に誤りはない。

類は肥満を呼ぶ: あなたの親友は太っていませんか…? (2007/08/08) on Nikkei Business Online
友人・兄弟・私…肥満の連鎖 「抵抗感が薄れる」見方 (2007/07/29) on 朝日新聞

関連エントリ:
米国の肥満メモ (2007/08/12)
Obesity in America(2007/08/14)

posted by Kumicit at 2007/07/31 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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