2007/08/16

ポパーについて妙にまともなことを言ってるUncommon Descent

インテリジェントデザイン理論家Dr. William Dembskiと仲間たちのブログUncommon Descentで、妙にまっとうに、「ポパーの反証可能性」の話がなされている。

まずは、DaveScotが、「ポパーの反証可能性」に立脚するなら、インテリジェントデザインは原理的に証明不可能だと淡々と書く。
ID Hypothesis: All abstract code driven information processing and manufacturing machinery, which isn’t simply a replication of prexisting machinery of the same type, was produced by intelligent agency.

インテリジェントデザイン仮説:抽象コードによって駆動される情報処理と既存の同系統の機械の単なる複製ではない機械の組み立てはすべて、インテリジェントエージェンシーによって作られた。

Popper’s hypothesis, he said, could never be proven because there could never, even in principle, be a way of knowing that a black swan doesn’t exist somewhere. Popper said the key thing that made it a scientific hypothesis was that it could be falsified in principle by observing a single black swan.

どこかに黒い白鳥がいないことを知る方法が原理的ないので、白鳥は白いという仮説は証明しえないとポパーは言う。仮説を科学たらしめるものは、黒い白鳥がひとつでも観測されることで反証可能なことだとポパーは言う。

ID’s hypothesis can never be proven because we can never know, even in principle, that no non-intelligent process is able to design these kinds of machines. ID’s hypothesis however can be falsified by observing a single non-intelligent process creating these kinds of machines.

いかなるインテリジェントでない過程がこの種の機械をデザインできないことを、我々は原理的にも知りえないので、インテリジェントデザイン仮説は決して証明されることはない。しかし、インテリジェントデザイン仮説は、インテリジェントでない過程によってこの種の機械が創られた例がひとつでも観察されれば、反証可能である。

[DaveScot: "Karl Popper’s White Swans" (2007/08/12) on Uncommon Descent]
まったくそのとおりで、誰も異論はないだろう。

かつてDembski[2001]も同様なことを言っている。ただし、「インテリジェントデザイン仮説は決して証明されることはない」がなくて、「インテリジェントでない過程によってこの種の機械が創られた例がひとつでも観察されれば、反証可能」だけだが。

==>忘却からの帰還: Dembskiの"God of the gaps"な反証可能性


これに続いて、いかにもUncommon Descentらしく、BarryAがポパーが科学の原則となっていることに疑問を呈する。
While I find Popper’s ideas compelling and often cite them myself, it seems to me that there is nothing axiomatic, fundamental or self-evident about them, and there are other methods by which we could determine the value and/or validity of a scientific theory. Inference to the best explanation (abduction), is one such method.

私にはポパーの考えは魅力的で、私自身もよく引用しているが、私にはそれらが原理的にも自己完結的にも自明ではまったくないと思える。そして、何か他に科学理論を価値や有効性を評価できる方法があるのではないかと思える。

I have often wondered, therefore, why do Popper’s ideas alone have the force of law? Who made Popper the pope of science and by what authority? Was Popper sitting ex cathedra when he announced his falsifiability criterion as the foundation of the definition of scientific inquiry?

なので、私はよく、何故にポパーの考えだけが強制力を持つのかと不思議に思う。誰がいかなる権威のもとで、ポパーを科学の教皇にしたのか? 科学的探究の定義の基礎として反証可能性を主張したとき、ポパーは権威の座にあったのか?

[BarryA: "Who Made Popper Pope?" (2007/08/12) on Uncommon Descent]
実のところ、これも間違っていない。ポパー以後も議論は続き、ラカトシュがポパーを修正し、ファイヤアーベントは何でもアリだと言い....


実のところ、インテリジェントデザインは、そもそもの「進化論で説明できないからデザインだ」という実装方法が問題。この論だと、「ポパーの反証可能性」を持ち出すまでもなく、DaveScotが自ら言ってしまっているように、「インテリジェントデザインは原理的に証明不可能」になってしまっている。これは
  • 現在の進化論で説明できない現象・生物器官が、将来の進化論でも説明できない
ことを証明できないから。




タグ:id理論
posted by Kumicit at 2007/08/16 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Dembski | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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