2007/08/15

ニセ科学「AIDS再評価運動」〜南アフリカの場合〜

Panda's Thumbの執筆者のひとりDr. Tara C Smithが、2007年8月13日に個人ブログAetiologyで、ニセ科学「AIDS再評価運動」に絡んで、南アフリカ共和国の副厚生相解任のニュースを取り上げた。

今日はそのエントリをたどってみることにする。

主要な登場人物は3名:

  • Thabo Mbeki 南アフリカ共和国大統領[1999〜]
    HIVはAIDSの原因ではないというAIDS再評価運動を擁護する
  • Manto Tshabalala-Msimang 南アフリカ共和国厚生相
    抗レトロウィルス剤によるAIDS対策に消極的で、レモン・ガーリック・テービルビートの効用を主張する。
  • Matthias Rath, MD
    ガンやAIDSに関するニセ医学を広めている。Dr. Rath Foundation South Africaは抗レトロウィルス剤を有害だと宣伝

Mbeki_SA Manto_SA Rath_SA

これまでの経緯

そして、南アフリカは2005年時点で、人口4743万人で、一人あたりのGDPは$12,161とそれなりのレベルにある。HIV感染は1990年あたりから急速に進行し、2004年あたりから安定状態に入っている。
南アフリカの妊娠した女性のHIV感染率

1990 0.8%
1993 4.3%
1996 12.2%
1997 17.0%
2001 24.8%
2002 26.5%
2003 27.9%
2004 29.5%
2005 30.2%
2006 29.1%

[HIV&AIDS in South Africa]
[South Africa HIV&AIDS statistics]
2005年時点の南アフリカ国民全体に占めるHIV感染者は10.8%(500万人)に達したと推定されている。

de Klerk政権(1989-1994)で感染拡大を抑られず、Nelson Mandela政権(1994〜1999)で感染が進行し、、現Mbeki政権(1999/6〜)で遂に感染者が国民の10%を超えるに至っている。

実際、Mandela政権はHIV/AIDS対策に熱心ではなかったようである。
When Mandela became President, he was preoccupied by the tasks of reconciliation and resisted calls to lead a major campaign against Aids. Edwin Cameron, a courageous gay South African judge who was found to be HIV-positive, became a prominent campaigner against Aids, and later reluctantly but firmly criticised Mandela's inaction.

Mandelaが大統領になったとき、彼は和解の仕事にかかりきりになり、エイズ対策という大きな運動を指導するという要求に抵抗した。HIV陽性であるとわかった勇敢な同性愛者である南アフリカの裁判官Edwin Cameronは、著名なエイズ反対者となり、後に、しぶしぶ、しかし、しっかりと、マンデラの怠慢を批判した。
[Mandela at 85 (2003/07/06) Guardian]
Nelson Mandela氏自身も退任後、自らの失敗を認めている。
Indeed, after stepping down from the presidency, Mandela admitted that he had not done enough to fight HIV/AIDS while in office. He had been afraid of the political cost of admitting that the country was facing a massive humanitarian crisis. "AIDS," Mandela says now, "is no longer a disease. It is a human rights issue."

事実、Mandelaは大統領退任後、在職中にHIV/AIDSとの戦いを十分に行わなかったことを認めた。Mandelaは、南アフリカが巨大な人道的危機に直面することを認めることによる政治的コストを恐れた。しかし、今、Mandelaは言う「AIDSは病気だけの問題ではない。人権問題である」と。
{1/9/05 - Can Mandela's AIDS Message Pierce the Walls of Shame? (2005/01/09) on Peninsula Peace and Justice Center ]



Mbeki大統領とAIDS再評価運動

Mbeki大統領は一貫して、HIVはAIDSの多くある要因のひとつにすぎないと論じてきたとされる[AVERT updated 2007]。たとえば、2000年に以下のような発言をしたことが報道されている。
"All HIV/AIDS programmes of this government are based on the thesis that HIV causes AIDS," said Mbeki, adding "There is absolutely no confusion about what to do."
「現政権のHIV/AIDS対策はすべて、HIVはAIDSを引き起こすという理論(thesis)に基づいている。何をすべきかについて、いかなる混乱もない」とMbekiは述べた。

But he went on to ask "Does HIV cause AIDS? Can a virus cause a syndrome? How? It can't, because a syndrome is a group of diseases resulting from acquired immune deficiency." He said that the question still unresolved by scientists is: what contribution does HIV make to the collapse of the immune system?
しかし、Mbekiは「HIVはAIDSを引き起こすのか? ウィルスが症候群を引き起こせるのか? どうやって? それはありえない。というのは、症候群は後天性免疫不全の結果として起きる一群の病気だからだ。免疫系の破壊にHIVがどう関与しているかについては、科学者たちが解決できていない問題である」と述べた。

"Indeed, HIV contributes, but other things contribute as well," said Mbeki.
「実際、HIVは関与しているが、他の要因も同様に関与している」とMbekiは述べた。

[How can a virus cause a syndrome? asks Mbeki (2000/09/21) on iClinic]
このような動きを、

==>Jon Cohen: News of the Week -- SOUTH AFRICA:AIDS Researchers Decry Mbeki's Views on HIV, Science 28 April 2000: Vol. 288. no. 5466, pp. 590 - 591 (DOI: 10.1126/science.288.5466.590)


特にMbeki大統領の問題は、HIVに効果があるとされる抗レトロウィルス薬[ie]に疑念を持っていること。
While international scientific consensus holds that antiretroviral medication is an effective treatment for HIV, Mbeki has claimed that it is harmful and unsafe. Drug companies, he argues, have exaggerated the importance of antiretroviral treatment in order to further their profits.

Mbeki大統領は抗レトロウィルス薬が有害であり、安全ではないと主張している。彼は、薬品会社が利益を上げるために、抗レトロウィルス薬の重要性を誇張していると論じている。
[AIDS in South Africa updated 2007 on AVERTing HIV&AIDS]



ニセ医学なDr. Matthias Rath登場


「ほとんど病気はビタミンCとリジンの不足で起こり、AIDS治療には抗レトロウィルス薬よりビタミン剤が有効だ」と主張するDr. Matthias Rathが南アフリカに登場する。

このDr. Matthias Rathのニセ医学は、Skeptic Dictionaryや、ニセ医学ウォッチサイトQuackwatchで批判されている。

==>Matthias Rath, M.D. on Skeptic Dictionary
==>Matthias Rath's Cancer Treatment Criticized on Quackwatch

これらによれば、

  • Swiss Study Group for Complementary and Alternative Methods in Cancerが、「Matthias Rathの主張は、その前提は科学的に検証されておらず、現在の医学知識に基づかず、癌の防止あるいや治療効果は証明されていない」と調査結果を出している。
  • 米国FDAは、「Matthias Rathが、"Vitacor Plus"と"Diacor"を治療効果があると宣伝して販売するのはFederal Food, Drug, and Cosmetic Act違反である」と通告している。
  • Guardianの報道によれば、英国のAdvertising Standards Authorityも同様。



このDr. Matthias Rathが、南アフリカに"Dr. Rath Health Foundation Africa"を設立した。

これに対して、Quackwatchによれば、2005年3月9日にAdvertising Standards Authority of South AfricaがDr. Rath Health Foundation Africaに対して、「HIV感染に対して栄養補助食品が化学療法より安全で効果的である」を止めるように命じた。

このとき、Mbeki政権が発足した1999年から在任しているTshabalala-Msimang厚生相は、このDr. Matthias Rathを擁護した。南アフリカの新聞Mail&Guardianによれば、
In the papers, Tshabalala-Msimang said she believed that “no reason exists to criticise Rath, his treatments and his foundation”, while health director-general Thami Mseleku said investigations by the department’s law enforcement unit had failed to find hard evidence of the foundation’s alleged illegal practices, including unlawful clinical trials in the Western Cape. “There is no good reason for the minister to criticise the activities of any of [Rath respondents],” Mseleku said.

Tshabalala-Msimang厚生相は「Rathと彼の治療法と彼の財団を批判する理由はないと信じている」と言った。health director-generalであるThami Mselekuは「Western Capeでの不当臨床試験を含む違法診療の確かな証拠を、司法当局は見つけられなかった。厚生相がRathの活動を批判する正当な理由はない」と言った。
[Rath defies order to remove web slander (2007/03/10) on Mail&Guardian]




レモンとガーリック

Dr. Tara C. Smithは2006年8月22日のエントリ「HIV conference messages still reverberating」で、Mbeki大統領を批判して、カナダTrontoでのInternational AIDS Societyによる第16回会議について触れた。そのエントリによれば...

南アフリカのヨハネスブルクの新聞Business Dayは、カナダTrontoでのInternational AIDS Societyによる第16回会議について2006年8月21日に報道している。これによれば、International AIDS Societyの前会長Mark Wainbergは、南アフリカ共和国政府に対して、世界最悪の状況にあると知られているHIV流行に対処できていないとして、強力な批判を開始した。

  • 南アフリカ政府の対策の遅滞で、HIV感染者数は550万人になり、毎日600〜800名が死亡している
  • Tshabalala-Msimang厚生相は、レモンとガーリックがAIDS治療薬になるのだという、科学的に証明されていない見方を宣伝して、政治家や科学者などから批判された
  • University of Cape Townの研究者Nicoli Nattrassによれば、AIDS対策が進まないのは、財源不足ではなく政治的意志である。
  • 2000年のDurbanでの第13回会議で、HIVがAIDSの本当の原因かどうかを明らかにする委員会を招集するという南アフリカ政府の態度に、全員が愕然とした
  • もはや個人的懸念を表明しない科学者として控えているときではない



さらに、2006年9月7日のBusiness Dayの報道によれば、2006年9月4日には、世界のHIV研究者たちが、Mbeki大統領に対して、Manto Tshabalala-Msimang厚生相の解任を求める書簡を出した。
"Much credit for the impressive advancement of HIV science belongs to scientists and clinicians in SA and elsewhere in Africa. Their expertise should play a critical role in alleviating the awful consequences HIV has caused South African society. We are therefore deeply concerned at how HIV science has been undermined by ... Dr Tshabalala- Msimang," said the scientists.

HIV科学の大きな進歩は、南アフリカやその他のアフリカの科学者たちと臨床医たちによるものです。彼らの専門知識は、HIVによる南アフリカ社会への悲惨な結果に対処することに、重要な役割を演じなければなりません。従って、私たちは、Tshabalala-Msimang厚生相によって、HIV科学が蝕まれたことを深く憂慮します。
これに対して、Mukoni Ratshitanga大統領報道官及びCharity Bhengu厚生相報道官はコメントを拒否した。


この後、たまたまTshabalala-Msimang厚生相が肝臓障害の治療のために職務をお休みすることになる。それに伴い、AIDS対策はMadlala-Routledge副厚生相の指揮のもとで、まともに進み始めた。

しかし、2007年6月にTshabalala-Msimang厚生相が職務に復帰したことで、再びAIDS対策に暗い影が見え始めた。


Madlala-Routledge副厚生相解任

New York Timesは、2007年8月10日に、Madlala-Routledge副厚生相が解任されたことを報道し、

  • Tshabalala-Msimang厚生相がビタミンやガーリックでAIDSが防げると主張して、国際的批判をあびたのちに、Madlala-Routledge副厚生相がAIDS専門家たちに喜んで迎えられたこと
  • 5年以上に渡って遅滞していたAIDS対策を、Tshabalala-Msimang厚生相が病気で職務を離れている間に、Madlala-Routledge副厚生相が推進したこと
  • 6月にTshabalala-Msimang厚生相が復帰
  • 7月にFrere Hospital問題で厚生相と副厚生相が衝突
  • 8月に出張問題
という経緯を淡々と記述してた。

Time誌のAssociate EditorであるChristine GormanはMadlala-Routledge副厚生相解任について、次のように批判している。
The most immediate casualty, apart from the deputy minister herself, may be South Africa’s newly developed National Strategic Plan for AIDS (2007-2011), a highly regarded and forward-thinking blueprint for tackling the crushing HIV epidemic in that country. Nozizwe Madlala-Routledge played a major role in getting the plan pulled together, which was developed with input from many health experts inside and outside of government as well as civil society leaders. Madlala-Routledge was able to take that leading role because her erstwhile boss, Minister of Health Manto Tshabalala-Msimang, was out of the picture for a while with a serious illness that eventually required a liver transplant earlier this year.

副厚生相以外の最大の被害者は、南アフリカで新たに作られてAIDS国家戦略(2007-2011)だろう。これは、南アフリカの壊滅的なHIV流行に対処する、高く評価された将来を見通した青写真である。この戦略は、政府内と民間の医療健康の専門家たちや市民社会の指導者たちとともに作られたもので、Nozizwe Madlala-Routledge副厚生相は、その中心的役割を果たした。上司であるManto Tshabalala-Msimang厚生相が、今年はじめ肝移植を必要とする重病で職務を離れていたため、その中心的役割をNozizwe Madlala-Routledge副厚生相が引き受けることできた。
[Deputy Health Minister Sacked in South Africa (2007/08/09) on Global Health Report]


Christine Gormanによれば、この解任の直接の引き金は、Eastern Capeの産科病院Frere Hospital訪問だったという。

2007年7月12日に、南アフリカEast Londonの地方紙Daily Dispatchが2か月の調査の上で「Frere Hospitalで器材とスタッフ不足で多くの新生児が死亡している」と報道した。Madlala-Routledge副厚生相は現地に行って、この報道内容を確認した。

一方、Daily Dispatchによれば、Tshabalala-Msimang厚生相はFrere Hospitalの施設改善を表明した。ところが、与党ANCはNewsletterでその報道を「dramatic but false(劇的だが間違い)」と批判した。つまり、Mbeki大統領とTshabalala-Msimang厚生相がキレたと。

表向きの解任理由は、Christine Gormanによれば:
The cause given for the deputy minister's removal was a trip she had taken in June to an AIDS seminar in Madrid, allegedly without Presidential permission. A one-sided press report suggested that she left in defiance of Mbeki's decision but rumors were rife in South Africa that she had been given permission to go, which was then revoked while she was in the air. As soon as she learned about the change, she took the next available flight home, without even attending the conference.

解任の理由は、6月に、大統領の許可なくMadlala-Routledge副厚生相が、マドリードでのAIDSセミナーに出かけたこと。一方的な報道では、Madlala-Routledge副厚生相がMbeki大統領の決定に反して出張したと示唆した。しかし、「出張は承認された。しかし、後で取り消され、それを副厚生相は離陸後に知った。副厚生相は次の便で帰国し、コンファレンスには参加していなかった」という噂が流れている。
[Deputy Health Minister Sacked in South Africa (2007/08/09) on Global Health Report]
この噂について、翌日のMail&Guardianの報道が補強している。
Madlala-Routledge has received a presidential tongue-lashing before. After she took a public Aids test and said she believed other politicians should follow suit, The Sunday Telegraph interpreted this as her challenge to Mbeki also to be tested. She was called to his office then and hauled over the coals.

Madlala-Routledge’s letter requesting permission to attend and speak at a conference of the International Aids Vaccine Initiative in Spain shows that the presidency thought that it would be a routine approval. The letter is stamped “approved” and is ready for signature, presumably the rote pattern for most ministerial travel. On June 11, the day of the former deputy minister’s departure, Mbeki crossed out the stamp and wrote “Not approved. TM. 11/06/2007” on the letter.

By that time, Madlala-Routledge was flying. When she arrived in Madrid the next morning, she heard that the trip had not been approved; she, her adviser and her son got on the next flight to London and then flew home.

[Madlala-Routledge was set up (2007/08/10) om Mail&Guardian]
[via Global Health Report]



そして、これから

このあと、再び、南アフリカのAIDS対策が遅滞するのかどうかはわからない。

いずれにせよ、「HIVがAIDSの原因ではない」や「抗レトロウィルス薬の効用は薬品会社の誇大宣伝」といったことを信じる者を大統領に選出したことが、これまでの南アフリカのAIDS対策の遅滞を招いたのは事実。そして、そのことが、少なくとも母子感染を拡大してしまった可能性は高い。




関連エントリ
ニセ科学「AIDS再評価運動」とID理論 (2007/07/05)


タグ:HIV denialism
posted by Kumicit at 2007/08/15 02:32 | Comment(0) | TrackBack(0) | Others | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。