2007/09/20

デザインの定義

インテリジェントデザイン理論の"デザイン"の意味を定義した例は、ただひとつ:
What is "design"? Design is simply the purposeful arrangement of parts. The scientific question is how we detect design.
デザインとは何か?デザインとは部品の意図的配置だ。科学的問いは、どうやってデザインを検出するかだ。
[Behe 1998]
これだけ。Dr. William DemskiもDr.Stephen Meyerも、Phillip Johnsonも定義を記述しことはない。Dr. Michael Beheもこれ以外で、"デザイン"の定義を述べたことがない。

これについて、ただいまインテリジェントデザインの本山のMichael Egnorと交戦中のJeffrey Shallitが、意味の候補を3つ

  1. パターンがある
  2. 機能がある
  3. 目的論(あるいはデザイナーの存在)
挙げて論じている。
If ID advocates intend the first meaning ("pattern"), then the answer is clear: design need not imply a designer. The world is full of patterns that arise from the constrained nature of the physical universe. We can explain the overall pattern in a snowflake, for example, by referring to the symmetry in a water molecule in ice combined with the homogeneity of conditions as the snowflake forms. We don't normally bring in supernatural beings to explain snowflakes.
インテリジェントデザイン支持者が第1の意味(パターン)を意図しているなら、答えは明らかだ。デザインはデザイナーを意味しない。世界には物理宇宙の性質の制約から現れるパターンに満ちている。たとえば、雪の結晶のパターンを均一な条件で結合している水分子の対称性によってすべて説明できる。雪の結晶の説明に超自然の存在を必要としない。

ID advocates, such as Bill Dembski, have nevertheless tried to rescue this hopeless case by bringing in probability. Dembski has argued that if an observed event fits a pattern, and the probability of this fit is extremely small, then the event must be due to design by an intelligent being.
しかし、William Dembskiのようなインテリジェントデザイン支持者はこの絶望的状況から、確率論を使って救い出そうとする。Dembskiは観測された現象がパターンにあっていて、その確率があまりに小さければ、その現象はインテリジェントな存在によってデザインされたと論じる。
[Jeffrey Shallit:"On Design" (2007/09/17) on Recursivity]
Dembskiの確率ネタは、コルモゴロフ複雑性を誤解したもの[1]で、Jeffrey Shallit自身が長い批判を書いているもの。

第2と第3の意味は:
The second possible meaning of "design" corresponds to the inferred function of some object; this is basically the old argument of William Paley involving the watch found on the heath. While this argument may have been convincing two hundred years ago, it's convincing no longer, for the obvious reason that we know that evolutionary processes can produce function. ...
"デザイン"の意味の第2の可能性は、何らかの物の推論された機能に対応する。これは基本的には、荒野の時計を含むWilliam Paleyの古い論である。この論は200年前なら説得力があったかもしれないが、今ではまったくそうではない。我々は進化過程で機能を作ることができることを知っているからだ。
...
The third possible meaning of "design" involves teleology; we infer a designer when we see something designed for a purpose. But either this begs the question, or it reduces to the previous paragraph about "function". So in all three cases, I don't think that seeing "design" implies a "designer".
"デザイン"の意味の第3の可能性は目的論を含む。すなわち、目的のためにデザインされたものはデザイナーの存在を推論する。しかし、これは問いを回避するか、昨日の問題に帰着する。従って、どの意味においてもデザインはデザイナーを意味しない。

[Jeffrey Shallit:"On Design" (2007/09/17) on Recursivity]
Jeffrey Shallitは以上により、デザイナーの存在を推論できる"デザイン"の意味・定義はないだろうと論じる。


本来、"デザイン"の定義は、生物および生物器官の"見かけのデザイン"を、進化論に依存することなく、が進化の産物なのか、デザイナーの産物("真のデザイン")かを区別できるものでなければならない。
現実にはそうではないので、結果として、「進化で説明できないものはデザインだ」になっている。つまりデザインの定義は「進化論では説明できない"見かけのデザイン"」になっている。

それがわかっているからこそ、インテリジェントデザイン支持者は"デザイン"の定義について黙して語らないのだろう。




タグ:id理論
posted by Kumicit at 2007/09/20 00:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | Skeptic | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック